ナガメの望み、オランの実り
「……それで、ナガメさん。何か望みは?」
しばらくして口を開いたカイ様が、唐突に投げかけてきた。
「へ?望みというと、欲しいものとかでしょうか」
「そう。このところずっと頑張ってくれていると思うし。それにいまなら、屋敷の者に遠慮しなくていいでしょ」
私の考えすぎだろうか。カイ様と初めて屋敷の庭でお会いしたとき、彼がそっけなかったのは、こういうことなのだろうか。
メイドとして半人前で、雑用を押し付けられている中、人気のあるカイ様が人目をはばからず、私に笑いかけていたら。
ワンパターン嫌味と食事抜きどころでは済まなかっただろう。考えすぎかもしれないけど、カイ様の配慮と優しさが伝わってきた。
私は少しの間、考えを巡らせることに集中した。チャンスかも。
「……それでは時折、外出することができれば嬉しいです」
「外出。そんなことでいいの」
「はい、十分です。私、この世界をよく知らないので、色々見て回りたくて」
周辺がどんな環境なのか、植物や生物のことも気になる。
火魔法も練習したい。お屋敷で使うと、何かしら問題になりそうだし。
魔物……には、できれば遭遇したくない。けれど、1度は本体を見ておいたほうがいい気はする。これって、怖いもの見たさ?!
「あ、それと……」
「?」
「美味しいものを食べて、のんびりできるのはいいですね!なるべくでいいので」
元の世界で望み続けたこと。こちらではすでに、けっこう羽を伸ばせてるけど。
「あ、お屋敷に置いていただく以上、もちろんお仕事はします。外出時は前もってご相談も……」
「ハハッ、なんだ、そんなこと。屋敷はもう、ナガメさんの家だからね。好きに寛いだらいい。それにしても、律儀だね。ナガメさんは」
「はぁ」
褒め言葉と受け取っておこう。
「近々、狩りの予定がある。王国任務の一環でね。屋敷の者を数名、伴うんだ。よければ、着いてきていいよ」
「狩り……ですか。初めてなのでお荷物になりそうですけど、よければ」
「もちろん」
カイ様が、ニコッと笑った。こんな柔らかい表情をする人なんだ、と思う。
それよりなにより、充電された気分だ。
カイ様はまだ用事があるとかで、街へ戻っていき、私は返されたカゴを手に……。
「ええっ、軽~~~い……!」
従者さんの魔法らしい。モノを軽くする魔法。うーん、便利!魔法にがぜん、興味がわく。
おかげで、軽い足取りで帰りの荷馬車へと向かった。
ゴトゴト……と走りはじめた荷馬車に揺られながら、ナガメはつぶやく。
「そういえば、私の鑑定結果って詳しくはどうだったんだろう?」
目の前のカイ様に気を取られて、ほとんど聞けていない。
まあ、そのうち聞き出してみようっと。
一方、街に1人佇むカイ。顔色は白いが、その表情は明るい。
すぐそばに待機していたのか、あらわれた執事のリッドが、うやうやしく声をかけた。
「彼女との時間は、いかがでしたか」
「うん……こうして話せてよかった。料理長にも、あとで礼を言おう。……それよりもコインだな、喜ばせるには。さて、行こうか」
まるで、街での出来事が計画されていたかのようなやり取りだ。
リッドの様子には、なぜかかすかないら立ちが見える。
少し先を歩くカイは、そのことに気づいていないようだった。
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お屋敷に戻ると、お昼におもてなしメニューとして提供した串焼きが、少しだけど取り置きしてあった。
うん、なかなかの出来!
ちなみに、カットしてお出しして、お客人から褒められたオレンジ(っぽいルチェ)、どこで入手したかというと……。少し前にさかのぼる。
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「こぉれはすご~~~い!ルチェの木とは思えません」
屋敷の裏庭にて、料理長ルーヴァンが目をカッと見開いている。
農園管理官が知らせに来たので、こうして見に来たわけだけど……。
3メートル近くありそうな木で、幹も太い。オレンジそっくりの大きな実をつけていた。
ルチェ、というのはそうそう、果物のこと。この間、ミュリスティアも言っていた。
でもオレンジだなんて、この前いち……いや、イティが豊作だったから、春なのかと思っていたのに。季節感はゼロだ。
そして、細かいことを言うと、この地面。前は古い石畳みたいだったのに、瑞々しい草が生い茂っている。
「むむむ……。一体、何が起きたのでしょう」
考え込むルーヴァン。
「あのぅ、多分なんですけど」
「ん?ああ、ナガメさん。いいでしょう、聞いておきます」
「何日か前に、ここで火魔法を使ったんです。練習で」
「火魔法?アナタが?」
「はい。それで、ちょっと焦がしちゃって。地面を。ちょうどそのあたりだなー、と」
「何ッ?!ちゃんと消したんでしょうねっ?」
「そ、それはもちろんです。
それで、ミュリ……ミュリスティアが、何かしたんじゃないかと……」
ルーヴァンが太い首を傾げた。
「ミュリス……ティア?いったい何なんです?それは」
「か、神さまです、歌の。とってもいい声なんです」
やれやれ、というように、ルーヴァンが首を振った。
これ以上話しても信じてはもらえなさそうだ。
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主人とともに屋敷に戻った執事のリッド。地下へと続く階段を下りていき、キイ、と音を立てて鉄の扉を開けた。
「ナガメさんとカイ様、親しすぎる……しかし、彼女は」
今日、2人が店での時間を過ごす間、窓の外から様子を伺っていたのだ。早く用事が終わったので、途中から護衛と見張りを兼ねて待機していた。
窓越しに見るカイ様の表情は、これまで見たことがないほど楽しげだった。会話を楽しんでいたに違いない。
生真面目な彼の心中は、複雑だった。カイ様が領主となる前から、側でお仕えしてきたなりに、案じる気持ちが大きい。
リッドは、さまざまな年代・種類のルチェ酒が眠る保管庫で1人、考えを巡らせる。
(有り体に言ってしまうと、ナガメさんが異世界人なうえ、現状とくに実績のない料理人、ということが問題だ。……彼女が屋敷へ来て以来、提供されるようになった素晴らしい料理の裏に、彼女の功績があるにしても)
屋敷のあるじで、辺境とはいえ領主でもあるカイ様と、釣り合うとは思えない。
リッドに自覚はないものの、女性という存在は彼にとってあまりいいものではない。
彼は、容姿端麗なだけにこれまで女性から数々のアプローチを受けてきた。アプローチ、というと聞こえはいいが、彼にとって思い出したくない、不快な出来事もなかには含まれる。
はあ、と息をついた彼は、ルチェ酒のボトルを手に取ると、慣れた手つきでコルクを取り、グラスに少量だけを注いだ。広がる香りを確認する。
ストレスを感じると、五感を使うのが習慣化している。こうして切り換えることで、芽生えた懸念を少しの間だけでも忘れよう。そんな思惑が垣間見えた。
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