第二十七話 -多勢に無勢の多勢は勝ちフラグとは限らない-
-yuuto side-
『巨大な恐怖』エドルに各国への伝達を頼んで幾らほど経過したのか分からない程忙しかった。
いや、それは現在進行形であるので、正確には、忙しい、なのだろう。
いやいや、文句を言っていてはいけないな。
忙しいのは僕だけじゃないんだ。
フィニーアにも軍の統括の一部を担ってもらっている。
そして、それは相当に辛いのか、今は横でへばっている。
何とかしてあげたいとは思うのだけど僕も手一杯でどうにかできそうにはない。
自分の情け無さが憎いと思うよ。
「各国は間に合いますかねー。日程をズラすつもりはないんでしょう?」
伝達はあの猟兵――いや、人間の中でも最強に属する一人であるエドルなのだ。
失敗するはずがないだろう。
過度な期待は禁物だが、彼は最強と言われる人物達の中でも取り分け有名なのである。
有名だからこそ良いというわけではないが、実際に彼の戦いぶりを見ると信頼せざるを得ない。
最初は人伝で聞いただけであったので信頼を置くことは出来ないと思っていたのだけれど、それを一瞬で反転させてしまうほどの力強さだった。
それに、彼はナークを引き連れていった。
過去に戦闘を行う立場にあったのかナークとエドルの戦闘は凄まじいものだった。
ナークは記憶喪失ということだったが、その戦闘技術は身体に染み付いていたのだろうか。
何にしても異常と言わざるをえない。
最強の中でも最強に近いエドルに名乗らせて尚実質負けてはいない。
気絶で敗北と判定された。
フィニーアを除き、全員が、エドルの攻撃を受けて気絶で済んでいるとは凄いと言っていたが実際は全く違う。
ナークはエドルの攻撃を食らってはいなかった。
何か別の要因で気絶したのだ。
動きが多少ギコチなかったので記憶喪失が影響しているのだろうが、それがなければエドルにも勝てていたのではないかと思ってしまうほどだった。
エドルを筆頭に最強に属する人物達ならまだわかるが、そうではなく、それどころか無名であるナークがそれに匹敵すること自体があり得ないのだ。
あのぎこちなさを感じるナークでも最強の人物達の何人かには勝てるのではないだろうか。
エドルにあれ程拮抗する実力を見せた者はそういない。
最強の人物達でもエドルのあの連撃は避けられないはずなのである。
その中の一人であるアリアリナを筆頭に、魔法使いに属するクラスを持つ最強の人物達はそれに該当するだろう。
剣士に属するクラスの人物であれば最強の人物達でなくとも、それに近い猟兵所の最上位の者達でも回避なら可能だろう。
あくまで回避だけだけど。
ナークがやってのけたように防御するなんてことはまず出来ないだろう。
威力を殺す前に防御に使用した武器が破壊し尽くされるのが目に見えているのである。
この世界にやってきて、よくは分からないが、武術のようなモノはなかった。
しかし、ナークが防御する際に見せた一瞬の動き。
あれは芸術と呼べるほどに不思議なほど綺麗に威力を受け流していた。
ナイフが破損しかけたのはそんな中で少しぎこちなさを感じたのだが、それが原因だろう。
全体的に何かずれている。
そんなイメージをうけた。
「きっと伝達は上手くいく。だから間に合うさ。日程をズラす必要なんて無いよ。寧ろ、早く各国から軍が来くるかもしれないし頑張って準備をしないとね」
さて、このまま訓練を続けて軍全体の練度を上げないとね。
もう十分だと思うレベルまで達しているのだけど油断はいけないと思ってまだ続けるつもりなのだ。
少なくとも、最近頻繁に出現するようになった魔族に遅れをとるような事はなくなっている。
場合によっては一対一であっても勝利を収めるという例が出てきてさえいる程なのだ。
「さ、それじゃ休憩はこれぐらいにしてそろそろ訓練に戻ろうか」
と、言うと、フィニーアはうぇーっとうめき声を上げてだるそうに身体を持ち上げた。
面倒だろうけどこういう日頃の訓練が最終的にモノを言うのだと思っているので止めるつもりはない。
それでも無理して魔王を倒す前に潰れてしまっては意味が無いのでそろそろ休暇を考えたほうがいいかもしれないな。
僕は勇者の恩恵があるから辛さが少ないのだろうし。
「本当に良くなったなぁ」
「そうですね、これもユウト様のお陰です」
フィニーアはそう言ってくれているがこれも全部皆が頑張ったからだと思うよ。
そう言ったら否定するだろうし敢えて口には出さず心の中だけにした。
これまで頑張ってくれていたし今日はこの組み手が終わったら後は休憩としようか。
たまには良いだろう。
最初はこの組み手だけでも数時間かかっていたのだが、今はもう一時間ほどで終われる程だ。
練習慣れなんてものではなく、ただ単に力量が向上しての時間短縮なので素晴らしいことだ。
僕も皆を率いる立場なのだからもっと頑張らないとな。
「ユウト様」
「どうしたんだい?」
呼ばれたので見てみると、フィニーアが何やら眉を寄せて立っていた。
「兵士から報告があったのですが、ユウト様との面会を希望している猟兵らしき服装をした女性が来ているとのことです」
エドル――は女性ではないので違うね。
猟兵の女性なんて知り合いは僕には心当たりがないのだけれど。
もしかして忘れてしまっているのだろうか。
それだったら一大事じゃないか。
完全に僕の失態だ。
まずは思い出すことに努めなければ。
「……心当たりありませんか? なら帰ってもらいますが」
フィニーアが視線を移したのを見届け僕もソレにならうと修練場の入り口付近に兵士数人に立ちふさがれている女性が目に入った。
女性は無理やり入ろうとしたのか妙に多人数に囲まれていた。
顔を見てみるとピンと来るものは一切無い。
ここまでとなると僕が忘れている可能性は低いんじゃないかと思う。
もしかすると、この世界にきて間もない頃の知り合いなのかもしれないけれど。
本当に知り合いかもしれないし、知り合いでも何でもない赤の他人だけど面会を要求している人物なのかもしれない。
後者ならお帰り願っても仕方ないかもしれないけれど前者はそうはいかないだろう。
以前の僕の立場なら面会をしたのだろうけど、今は軍を率いるという立場なのだ。
もしかしたら女性は魔族側のスパイかもしれない。
そうだとしたら暗殺されるということも無くはない。
現に、今までに数回それらしいものが見られているのだ。
警戒してしまうのは許して欲しい。
見た目は普通の女性でも魔族なら魔法で変幻して襲ってきたという事例が無ければここまで警戒しなかったのだけど。
その辺りは魔力までは中々隠蔽できない。
高位の魔法使いならそれを感知できるという実績がある。
フィニーアはソレを察してか目に魔力を集中させていた。
フィニーアの様に高位の魔法使いならば目に魔力を集中することで魔力を可視する事ができるのだ。
魔族は、人間よりも遥かに高密度な魔力を保有しているかららしい。
これによってその魔族の魔力量も大まかに測ることが出来るらしい。
ただ、封印という制御方法で魔力を抑制していた場合はそれが難しい。
可視ならば大凡数百人の魔法使いが行えるらしいけど、フィニーアを筆頭に5人。
その5人だけが封印による抑制時でも可視することが出来る。
ただ、それなりの集中力が必要で、常時行えるものでもない。
なので、索敵のようには使用できない。
「あの女性は人間です。魔法使いでもないですね。魔力を一切感じられないので民間の方だと想います」
民間の?
心当たりがないな。
民間人とはあまり関わりももっていない筈なのだけど。
女性の容姿を見てもピンと来るものは一切ない。
普通の――
「あの女性は勇者かもしれない」
普通の黒髪の女性であった。
この世界で、黒髪は勇者のみ、
日本人のみなのだ。
「でも、勇者はもう全員揃っているはずです! それに神器を持っているように見えません!」
確かにそれはそうだ。
過去に例を見ない例外的な勇者の出現――例外的な魔王の頻出を見ればありえるかもしれないと思えるが、現実問題、彼女がフィニーアでも認識出来ないレベルでの隠蔽を行っている魔族である可能性の方が高いだろう。
他に考えられるのはそのどちらでもない日本人の女性であるということだろうが、それはないだろう。
神隠し、というものは僕のように別の世界に飛ばされたものが大半であるのだけど、それは綿密に神が選定した人物が選定された世界へと飛ばされるというもので、一般的な認識とは違い、ゲリラ的なものではないのだ。
そして、神はあの白い世界で人間は五人以外に送るつもりはないと言っていた。
僕を含め五人は既に確認されているのだ。
となると、彼女は必然的に人間ではないということになる。
勇者の証拠である神器があるなら話は変わってくるだろうけどそうではないようだ。
「――そうだね。そう考える方が当然だよね」
悲しいけど、彼女が日本人であるということは現実的じゃない。
訓練をしていた兵が命令され女性を捕縛しようと動き始めた。
「もー! やる気満々ってことー!? アタシは味方ー、悪い人間じゃないよー」
女性はとても武装した兵士に囲まれているとは思えない場違いな雰囲気で叫んでいた。
異様に響く声だ。
女性とは数百メートルあるが、女性はそれ程叫んでいるという素振りもなく声を響かせている。
あの女性は何か違う。
例え日本人であっても間違いなく一般人ではない。
あの声もそうだが、何か雰囲気が違うように感じる。
空気が違うといえばいいのだろうか。
場違いな空気ではない。
女性から感じられる本質的なものは寧ろこの中の誰よりも場に適しているように感じられた。
華奢な女性が、だ。
僕の勘違いと思わざるをえないところなのだろうけど、何故かそうは思えなかった。
「油断しないでくれ! その女性は普通じゃないかもしれない!」
僕の余裕が無い声を聞いて兵士たちが身を固くした。
普段の行いが良かったのか、その身振りから皆が僕の言葉を信じてくれたのだ。
これだけの人数・戦力差がある状態で、警戒態勢を保つ事ができそうなので最悪の事態にはならないだろう。
勇者の一人である僕が殺されてしまっては士気に関わる。
魔王へと攻め込む事を控えた今、それは厳しいのだ。
「もしかして魔族の何らかをあの女性から感じたのですか?」
女性に目を向け魔力を高めながらフィニーアがそう訪ねてきたが僕は首を横に振るだけで口を動かしての返答をするまで余裕はなかった。
女性がこちらを見ていた。
街で見かけるような笑みを浮かべている。
僕はソレを見て嫌な汗が流れるのがわかった。
女性の口が動いた。
先程のように響いて僕にまで聞こえることがなく、普通の音量だった。
口は、あなたがゆうしゃ、という形に動いたように見えた。
ごくり、と喉がなり、どういう訳か危機感を感じた。
そんな僕を見て女性はにやり、と笑みを浮かべた。
先程から笑みを浮かべてはいたけど、また別質の笑みだった。
「貴方が勇者で間違いなさそうね。それじゃ、ちょっと用事があるし通してもらいたいんだけどねー」
再び軽い口調で女性は口を開いた。
ピクニックに出かけているかのような軽さだ。
寧ろ楽しさを感じているようにさえ見える。
「悪いが帰ってもらう。ユウト様はお前などには会わないのだ」
と、兵士の一人が前へと出て女性へそう言い、肩をつかもうと動いた。
「アタシは平和的に進めたいんだってー。アタシ敵じゃないしー」
と、軽い口調で返答した。
女性が口を開いた瞬間のみ注視してしまったのだが、その一瞬の間に前へ出ていた兵士は腕をねじられ拘束されていた。
あり得ない早業だ。
勇者でもあの速度は適わない。
人間を超越した存在と言っていい勇者を超えるとなると人ではなくやはり魔族だったのだろうか。
兵士もその考えに行き着いたのか、捕縛されている兵士が怪我をすることを覚悟で全員で攻撃へと転じた。
いや、転じ様とした。
相手が女性だと思って油断が出ていたらしく、全員、多少武器を下げていたのだ。
通常であるならここから覆ることはないのだが、どういう訳か、それを戻す間に兵士全員に何かが起きていた。
女性を囲んでいた大凡10人弱。
これだけの兵士がどういう訳か一言も発さず地に付した。
魔法かと思ったが、フィニーアの困惑具合を見る限り魔力を未だ感知できないようだし物理攻撃にしても遠いものは女性から20mは離れていたのである。
明らかに射程外だ。
その異常さは言葉で言い表せるものではなく、女性への恐怖が芽生えた。
取り囲んでいなかった兵士、大凡100人。
彼らもこれを目撃したらしく同じように恐怖を抱いているようだった。
「う、うああああああああああああああ!」
兵士の誰かが悲鳴と呼べる声を上げ女性へと走っていった。
それを皮切りにか全員が恐怖の叫び声を上げて女性へと攻撃しようと走った。
剣を持つものは斬りかかり、槍を持つものは突きかかり、弓を持つものは居抜きかかった。
恐怖を感じつつも、逃げずに寧ろ前へと進んだのはこれまでの訓練の成果だろう。
これだけでも賞賛に値する、そう僕は感じた。
凡そ100人による攻撃は、笑みを浮かべたままそれら全てを回避し、時には攻撃の軌道をそらし別の迫り来る攻撃に当てることで防いだりしてのけた。
近距離、中距離、遠距離全てからの攻撃にもかかわらずだ。
女性はそのまま3mにも及ぶ高さのジャンプをしつつ兵士の包囲網から脱出した。
女性が辿り着いた場所は木材置き場だった。
反対方向には演習用の武器置き場があったのでそちらに行った場合のことを考えると内心宜しくない。
兵士達はそれを追い追撃をかけようと追いかけた。
女性が木材を掴んだ。
それは演習用の木人形を作る様に置いてあったものだった。
演習用であるので丈夫なものを選んだのだけど、その分非常に重かった。
重かったはずなのだが女性はそれを軽々と持ち上げた。
それだけでなく宙へと放り投げ、いつ取り出したのか両手に持ったナイフで切り刻んだ。
いや、あれは木刀ならぬ木ナイフを作ったのか。
形はそうであると見て取れた。
女性の手からナイフが消え、変わりに木で出来たナイフのようなものを掲げた。
この人数相手にあれだけの装備で戦うつもりなのだろうか。
自殺行為だ、と言うところなのであろうけど微塵もそんな気持ちは出てこない。
寧ろこちらが負けると思ってしまうほどだ。
「フィニーア、君も頼むよ」
「わかりました」
フィニーアが詠唱を唱え始める。
僕はその間危険が及ばないように守るだけだ。
兵士達が頑張ってくれるはずだし僕の出番はないかもしれないけれど神器・剣『エル・メキ』を構えた。
僕は女性を睨むように見ていたが、いつの間にかその姿が蒸発して消えた。
同様に兵士達全員も消えている。
「勇者ってこんなもんなのー。がっかりじゃーん」
女性は僕の横まで来ていた。
「!?」
僕は思わず剣で斬りかかる。
女性は掻き消え少し距離をおいた場所に現れた。
信じられないことだが、現状の僕でも女性の動きについていけないらしい。
「『隼の剣豪』ヤマギシ・ユウト!」
名乗ると同時に勇者として、ヤマギシユウトとして世界からの恩恵を受ける。
二つ名と名前を名乗るということは特別な意味がある。
決闘の名乗りあいと思われがちなのだが、これは己の全力、場合によってはソレ以上の力を振るう事の許可及び補助を世界へと申請するということなのである。
誰でも行えるというわけではないが、猟兵ならば中ぐらいの力量の者辺りから名乗る事が可能になる。
勇者が名乗る場合、勇者以外の人物が名乗るよりも遥かに大きな効果が期待される。
今、それは期待に応えるように僕の力を増大した。
「これ、アタシも名乗ったほうがいい流れかな。貴方みたいに二つ名とか考えてないけど」
――二つ名がない
それは自信が二つ名さえ持てない弱者であると言っているようなものである。
二つ名は魔族でも存在するモノであるらしい。
魔族は魔法に偏りがちなので名乗る事が出来るものはほぼいないらしいのだが。
女性のあの異様な速さ――もしかすると気がつかない程綿密に隠蔽された魔法かもしれないが――を持ちながらにして二つ名を持たないということはありえない。
二つ名自体は誰でも得ることが出来る。
二つ名をこの世界で持っていない人物となるとそれは二つしか無い。
神か、それとも――
「アタシの名前は後生島 宇美音子。二つ名とかいう素晴しいモノは知らないなぁ。無いもんは仕方ないしー、てきとーに呼んじゃってくれていいよ。あれ、そういえばアタシは貴方のこと二つ名で呼んだ方がいいのかなぁ」
――異世界から運ばれた人間だけである。
ゴショウジマ ウミネコといったか?
その名前の体系は日本人のソレ。
漢字表記であるのだろうけど漢字を特定には至らない。
至らないが日本人であるとわかれば良い。
二つ名を名乗っていないことから偽名である可能性が否定出来ないので刃を収めることは叶わないのだけど。
「はあああああああああああああああ!」
僕が名乗ることにより得られる恩恵は二つ。
二つ名の通り高速の剣戟を繰り出すことが出来る。
これは神器の恩恵なのだが。
簡単に言えば神器の機能を引き出せる。
これは勇者の大半に言えることだ。
次に、魔法とは別の技法、神法を幾らか扱えるようになるということだ。
魔法が魔族の術であるなら神法は神と勇者が扱う術である。
僕は神法を使用し、肉体強度、身体能力、を上昇させ高速の剣戟を放った。
「おっとっとー、これはマズイなー」
それ程危機感を感じ無い声色でそう漏らしている。
何がマズイのか、それはすぐに分かった。
ゴショウジマが持つ武器は言ってしまえばただの木だ。
通常なら一瞬も持たずに粉々になる所を数撃持たしただけで神業と言える。
木ナイフが使い物にならなくなったと思った瞬間ゴショウジマの手にはナイフが握られていた。
「アタシ、ユウト君と話たいだけなんだけどなー。ワキワキしないから大人しくしようよー」
なんだか、先程より従ってはいけないように感じた。
「大人しくできないかぁ。それじゃあ仕方ないから大人しくしてもらう事になるわよ」
剣戟を放ち続けるも全てをナイフで防がれていた。
何の変哲もない只のナイフ。
魔力を感知できないことから何らかの魔法武器である事はない。
信じられないことだ。
只の人間がこの高速剣戟に追いついてきているだけでも驚きであるけれど、それらを全て受け流していることだ。
それが尤も驚嘆に値する。
そもそも僕は神器『エル・メキ』で剣戟を放っているのだ。
この剣戟速度なら、通常の武器ならば数秒で瓦解するはずの衝撃が加えられているはずなのだ。
なのに、このゴショウジマという女性は同じナイフを何秒使用し続けている?
数秒などとっくに経過している。
「ユウト様!」
背後からフィニーアの声が聴こえる。
詠唱が終わったようだ。
なら、僕は彼女と距離を取らなければならない。
「はあああああああああああああああああああああああ!」
全力で剣戟を放つ――同箇所に。
一振りの時間で数振りを行うこの剣戟を同箇所に喰らえばその衝撃は想像を絶するものとなる。
それでもナイフは壊れることはなかった。
ゴショウジマは数m後方へ飛ぶ程度の動作をしただけで耐え忍んだ。
「ファイア・ランス・レイン!」
槍の形状に半物質化状態で構築された炎が無数に出現し、ゴショウジマへと殺到した。
「何なにこれ。危ないモノ向けちゃだめじゃん」
と、この状況でも気の抜けるような声を発する。
「しかも何? ものすごく強そうだし!」
ファイア・ランス・レインは確かに強力な魔法だ。
だけど、人一人に対して使う魔法じゃない。
あれは、大軍魔法といえる破壊力を持つ炎属性上級魔法だったはずだ。
その消火魔力から現在使用できる人間はフィニーアぐらいだ。
フィニーアも彼女に畏怖の念を抱いていたのだろうか。
そうでなければ一度放つだけで一定時間バテてしまうような強大な魔法をここで使うようには思えない。
フィニーアから見ても彼女はそれ程の存在ということなのだろう。
「何か当たり判定が無いのかと思うぐらい見切る先見!」
技名なのだろうか?
どう考えても文章にしか思えない台詞を叫んでゴショウジマ ウミネコは炎に飲まれた。




