02-2(2)
必要な挨拶もだいたい終わり、そろそろ帰ろうかという頃に、声をかけられた。
「クライド殿、夜会に参加とはめずらしいですな」
振り返ると、恰幅のいい中年男性とその後ろにダリアより少し年下と思われる令嬢が立っていた。
「これは、ワイアット伯爵。ご無沙汰しております」クライドが笑顔で答える。
「ワイアット伯爵、こちらはダリア・マクレディ伯爵。マクレディ伯爵家の当主です」
「ああ、君が……」ジロジロと見定めるような視線をダリアに投げかけてくる。
「ダリア、こちらはワイアット伯爵。ノーバック領ととても良い関係を築かせて頂いている」
ダリアは不躾な視線に気づかないふりをして笑顔で挨拶をしようとするが、ワイアット伯爵はそれを遮るようにクライドに向かって話し始めた。
「今日はこちらの女性のエスコートを?」
「ええ、幼馴染なんです」クライドも表情を崩すことなく笑顔で答える。
「うちの娘のエスコートはいつも仕事を理由に断るのに、今日はお仕事では?」
「今日はたまたま休みだったんです」
「こちらは、あのお姉さんを追い出して当主の座を乗っ取ったという噂のマクレディの女当主ですかな。クライド殿がエスコートする価値のある方とは思えませんが」
ダリアが笑顔のまま固まる。たしかにそうだが、本人を眼の前にして言えるのがすごい。
今日の挨拶で失礼なことはいろいろ言われたが、ここまではっきり言われたのは初めてだ。
クライドも一瞬体が強張ったが、笑顔を崩すことなく話を続ける。
「私はそんな大層な人間ではありませんよ。あの件に関しては、兄とメアリは仲睦まじく暮らしていますし、ノーバック家としてはむしろ感謝しているくらいです」
それまで父親の後ろで話を聞いていた令嬢が前に出てくると、ダリアとクライドを交互に見て言った。
「今回、私のエスコートを断ったのは、この方をエスコートするためだったのですか?」
「そうですね」
クライドが笑顔を崩さず、でもきっぱりと言ったので、ダリアは慌てた。これはまずい流れだ。
事前の約束通り、無理やりエスコートさせたと訂正するためダリアは前に出ようとしたが、クライドに無言で制された。
「私は以前から何度もエスコートをお願いして断られていますのに。ダリア様にエスコートするよう言われたのですか?」
「ジェシカ嬢のお誘いをお断りしたのは申し訳なく思います。ですが、ダリアは今、とても肩身の狭い思いをしています。私は彼女の幼馴染として、そんな彼女の力になってあげたいのです。
ジェシカ嬢は魅力的な女性ですから、私ではなくても他にエスコートをしたいと思っている男性がたくさんいらっしゃいます。ですが、今のダリアにはエスコートをしてくれる男性はいません。そんな中、一人でこの夜会に来ようとしている彼女をほっておけなかったのです」
眉根を寄せ、辛そうに語るクライドを、ダリアは引き気味に見ていた。
昔から、調子が良くて大人に可愛がられるタイプだったけど、成長してさらに磨きがかかっている。
これが婿に来てほしい男性ナンバーワンの実力か。ダリアは心の中で舌を巻いた。
気がつけば、周囲の人達がこのやり取りを興味深げに眺めている。
おそらく皆、ダリアとクライドの組み合わせに興味があったのだろう。
「ジェシカ嬢、エスコートをしてくれる素晴らしいお父上がいてよかったですね」
クライドは嘘くさいまでの満面の笑みを浮かべ、ジェシカとワイアット伯爵を交互に見ると、
「それでは失礼します。ダリア行こう」
ダリアは一瞬迷ったが、二人に挨拶をしてクライドについてその場を去った。
去り際に、後ろをちらりと振り返ると、ジェシカがこちらを睨みつけていることに気づき、慌てて前を向き直した。
「聞いてないわよ」
ダリアはクライドを睨みつけて小さな声で言った。
「何が?」
「エスコートを断ったという話。エスコートする相手がいないと言ってたじゃない」
「断ったんだから、いないだろ」
「そういうのを屁理屈というのよ」
「へー、知らなかった。勉強になったよ」
「まったく、こんなのが婿に来てほしい男性ナンバーワンなんて世も末だわ」
「俺も本当そう思うよ」
「……ぷっ」ダリアが思わず吹き出す。
「俺のせいで嫌な思いをさせて悪かったな」
クライドが急に真面目な顔になった。
「あなたのせいじゃないわ。それを言ったら、あなたはずっとわたしのせいで嫌な思いをしていたでしょう。悪かったわね」
「俺は嫌な思いなんてしていないから、謝る必要なんてない」
クライドはダリアを見つめてきっぱりと言った。
「さあ、あとやり残したことは?」
クライドは腕を差し出した。ダリアはそこに腕をかけると
「もう全部終わったわ。あとは帰るだけ」
「それなら、さっさと帰った方がいい。馬車まで送るよ」
二人でホールの出口に向かって歩き出し、そしてそのまま夜会を後にした。




