02-3
夜会の翌日。マクレディ伯爵家当主執務室。
ダリアはランダルに昨日のことを話していた。
「結果から言うと、夜会は一勝一敗というところね」
ダリアは顎に手を置き、考えるような仕草をする。
「理由は?」ランダルは当主補佐というより教育係を思わせる鋭い視線をダリアに送る。
「一勝は、各家当主や有力貴族と思ったよりうまく社交ができたこと。多少なりとも悪評が払拭できたような気がするわ。クライドに助けられた部分がかなりあったけど。彼はすごいわね。恐ろしいほどの顔の広さと評判の良さよ。さすが婿にしたい男ナンバーワン」
「クライド様の評判の良さは、トレッド様が当主のときからありましたよ。婿にするということは家の未来を任せることですからね。積極的に学んで結果を出しているクライド様を、是非婿にと求めるのは当然だと思います」
「そういえば、夜会でも年頃の娘を持つ伯爵から絡まれたなあ」
ダリアはふと思い出したように
「クライドは婚約者を作る気ないのかしら」
「それを言ったらダリア様もでしょう。当主になったのだから婿を取ることを考えないと」
「私は無理よぅ。稀代の悪女に婿に来てくれる人なんているわけないじゃない」大げさに肩をすくめてみせる。
「そうですか?意外に近くにいるかもしれませんよ」
「ああ、あの釣書のことね……」
ダリアがうつろな目をしてため息を付いた。
ダリアが当主になってから、ダリヤ宛に婚約の申込みがちらほら来るようになった。しかし、そのほとんどが、嫌われ者の悪女には婿の来手がないだろうから婿になってやってもいい、という上から目線の相手の思惑が見えるものばかりだった。
「そりゃ選り好みしなければいるけど、領地運営を手伝ってもらわないといけないし、マクレディ領は交易の中心地で国防の要所でもあるから、誰でもいいというわけにもいかないのよ。かといって 下出に出て、マクレディ領を乗っ取られたら元も子もないし。私は養子も考えているわ」
ああそうですか、とランダルが冷めた目でダリアを見た。
「それにしても、有力貴族は曲者揃いね。おそらくみんな私の猿芝居なんて見抜いていたと思うわ」
「情報収集は基本ですからね。ましてマクレディ領は国内でも有数の経済規模です。お家騒動でマクレディ領が傾けば国内経済にも影響が出る可能性もありますから、領主たちは徹底的に調べていると思いますよ。
どの家にとっても結局は自分たちの利益になるかどうかが重要で、誰が継ぐかはさほど問題ないということでしょう。
もしかしたら、メアリ様よりダリア様のほうが御しやすいと考えているのかもしれません。足をすくわれないようにご注意ください」
ダリアはランダルの目をじっと見て訊く。
「もしかしてこうなると最初から全部わかっていた?」
「ダリア様、私のことを買いかぶり過ぎですよ」
ランダルは胡散臭いくらい爽やかな笑顔を浮かべた。
「それでは話を戻して、一敗はなんですか?」
ランダルが話を仕切り直す。
「クライドにエスコートをしてもらったせいでご令嬢たちにさらに嫌われたことよ。お茶会参加がさらに遠のいたわ」
ダリアは眉をひそめた。
「婿に来てほしい男性ナンバーワンが稀代の悪女のエスコートをしたものだから、ご令嬢たちの反感を買ったようなのよ。クライドと一緒にいるときはそこまでではないのだけど、少し離れたら聞こえるように言ってくるのよね。あの女が無理やり頼んだに決まっている、クライド様がおかわいそうとか」
これにはクライドも予想外だったそうで、婿に来てほしい男性ナンバーワンという呼称は、令嬢の親や身内がそう思っているだけで、肝心の令嬢たちからの人気はそれほどではないと思っていたそうだ。
「騎士団に令嬢たちが見学に来ることがあるけど、俺はほとんど関わらないし、他の団員のほうが令嬢に囲まれているんだけどなあ」
と首を傾げていた。
帰りの馬車に乗り込みドアを閉める直前、クライドから
「俺のせいで嫌な思いをさせて本当にごめん」
ともう一度謝られた。
辛そうに眉根を寄せるクライドに、ダリアは慌てた。
「クライドは悪くないわ! 一人で参加していたらきっと耐えられなくて社交もできないまますぐに帰っていたと思うもの。クライドがいてくれて心強かったの。今日は本当にありがとう」
クライドは黙って薄く笑った。
昨夜のことを思い出してダリアはため息をついた。
「お茶会も陰口も、今の私じゃしょうがないと受け止めるけど、クライドは……。やっぱり甘えるべきじゃなかった」
この国のお茶会は、女性が中心の社交の場だ。話題は噂や流行などが多く、参加の目的は情報収集が主になる。
仕事に直接関係がない話題が多いので、お茶会に参加するのは、以前はダリアの仕事だった。
当主代理として参加をし親交を深め、最新の流行りや、新聞には載らないような噂や情報を仕入れる。それなりにうまく立ち回っていたと思うが、例の事件でそれも終わった。今のお茶会では、きっとダリアの噂でもちきりだろう。
お茶会の招待状が全く来なくなるのは予想していたし、仮に招待状が来たとしても断るつもりなので問題はないのだが、次のお茶会では、自分の噂や悪口だけでなくクライドまで悪く言われるのだろうかと考えると心が沈んだ。
夜会から一ヶ月。
ダリアは、領地運営はなんとかこなしている。
公の場にはあいかわらずほとんど出ていないが、夜会の効果か、他領の領主たちとも少しずつではあるが交流もするようになってきた。
仕事にも慣れてきて、以前のように睡眠時間を削ってまで仕事をしなくても良いようになってきた。
クライドも休みの日にはよく訪ねてくる。
ダリアは、最初のうちはクライドの評判が悪くなるから来るのをやめるように言っていたが、ちっとも聞き入れてくれないので今では諦めていた。
今では、クライドが来る日は昼食を一緒にとるようになっている。
昼食を摂った後、部屋を移動してお茶を飲みながらクライドと雑談をする。
ダリアが、王都とマクレディ領を結ぶ街道に野盗が出た話をすると、クライドが、最近、王都の外れで野盗が増えてきていると教えてくれた。
王都と周辺の領の境界付近は、騎士団の目も届きにくいうえに、事件が起こっても現場に着くのに時間がかかる、そのため取り逃がすことも多い。
「王都とマクレディ領の境界付近も気になっていたんだよね。あそこは道幅も狭い上に、木が生い茂っているから、野盗が狙いやすい場所だと思うよ」
「あの道は、父の代からの懸案事項なのよ。お父様も共同で街道整備をするよう王都に何度も提案をしていたんだけど、王都にとっては優先順位が低いらしくて保留が続いているのよね。いっそのこと、マクレディ領の部分だけでも工事をしようかとも思ったんだけど、そういうわけにもいかなくて」
ダリアはため息をつく。
「王都側の腰が重いのは、今まで大きな事件が起きていないせいもあるのよね。今のところ、マクレディ領の警備隊が頻繁に巡回して対応しているけど、それも万全ではないから、大きな事件が起きる前になんとかしないととは思っているんだけど」
父トレッドの代から、マクレディ港の取扱量が増えた。それにより、王都とマクレディ領の荷物の運搬も頻繁になっている。
「これは早めに手を打たないとだめね」
ダリアが呟くと、クライドが大きくうなずいた。




