02-2(1)
夜会当日、会場となる王宮へ向かう馬車の中でダリアはため息をついていた。
「……行きたくない」
メアリを追い出して当主になると決めたときから覚悟はしていた。
それでも行きたくないものは行きたくない。でも行かなければいけない。
憂鬱な顔を隠そうともせずダリアがため息をつき続けるので、付添のニッキーに「いい加減諦めてください」とたしなめられた。
「ここにはあなたしかいないんだから愚痴らせてよ」
ダリアは口をとがらせた。
エスコート役のクライドは王都で騎士として働いているため、現地集合ということにした。
屋敷まで迎えに来ると言ってくれたが、ダリアは、これ以上彼に負担をかけるわけにはいかないと固辞した。
さっさと挨拶をしてとっとと帰る。これが今日の予定である。
王宮に馬車が到着すると、クライドが待っているのが見えた。
ダリアはクライドが差し出してくれた手をとり、馬車から降りた。
心を落ち着かせるように、周囲をゆっくりと見渡すと、お茶会で何度か会ったことがある令嬢たちが見えた。令嬢たちからは、悪女、姉を追い出した、などヒソヒソ話をしている声が聞こえ、その噂話が伝播したようでざわついていた周囲が静まり返った。ダリアの体がこわばる。
クライドはダリアの手を引き寄せると、耳元で小さく、でもはっきりと呟いた。
「怯むな。覚悟を決めたんだろ」
その声に、ダリアの背筋が伸びる。
「そうね。あれが猿芝居だとバレるほうがみっともないわ」
クライドを見て微笑む。
「いくわよ」
クライドもそれに応えるように口角を上げる。
「その意気だ。さすがは稀代の悪女様」
その瞬間、周囲がざわついた。
「あの悪女とクライド様がほほえみ合っている!」
ダリアは笑顔を引っ込めた。
ダリアは夜会の前にクライドに何度も念を押していることがあった。
それは、エスコートはダリアが無理矢理やらせていることにしてほしい、ということだ。
クライドはそんな気遣いは不要と言ったが、彼のイメージダウンは極力抑えたい。だから、ノーバック家にメアリを押しつけたように、エスコートも脅してやらせたことにしてほしいとお願いした。
最初は渋っていたクライドだったが、ダリアから「受け入れてくれないのなら一人で行く」と言われ渋々了承した。
ホールはたくさんの招待客ですでににぎやかだった。
みんな思い思いにダンスや会話を楽しんでいるので、目立たないように少し遅れて着いたダリアに周囲は気づかない。
「さあ、さっさと挨拶を済ますわよ」
せっかく来たのだから、マクレディ領にとって大切な相手には当主として挨拶をしようと決めていた。
やがて、白髪のよく見知った男性を見つけるとクライドと挨拶に向かう。
「モントーヤ侯爵、ご無沙汰しております」
モントーヤ侯爵家はマクレディ領の隣に領地をもつ。海岸線に沿って隣り合っているため、外洋からの警備には常に協力しあわなければならず、マクレディ領にとって大切なお隣さんだ。
父トレッドもそれを知っているため、次期当主となる姉妹には小さい頃から侯爵と会わせる機会をよく作り、かわいがってもらっていた。
メアリを追い出すための準備として、メアリが重要な相手先と面談をするときは必ずダリアも同伴するようにランダルが画策していたので、モントーヤ侯爵とは仕事の面でもすでに面識がある。
「やあ、ダリア・マクレディ伯爵、噂は聞いているよ」モントーヤ侯爵は口元に意味深な笑みを浮かべながら言う。
ダリアは頬を染め「家の恥をさらしてお恥ずかしい限りです」と申し訳なさそうに答える。
ダリアに対して、悪い感情を持っているようには見えない。表面上は。
軽い挨拶の後、仕事の話をいくつか交わし、最後に侯爵が言った。
「内緒にしていてくれと言われてたんだけどね、先日、君のお姉さんから手紙が来たよ」
「えっ」
「要約すると、あれは、妹が私のために行ったことで、ああいう行動を起こさせてしまった私に原因がある。私は現状に満足しているし妹を恨んでもいない。勝手で申し訳ないがマクレディ伯爵領と当主となった妹をよろしくと」
「お姉様が……」
「うちは隣の領地だから、マクレディ伯爵家の内情にはそれなりに詳しいつもりだよ。私としては、正直な所、君でもメアリでもどちらが当主でもかまわない。仕事をきちんとしてさえくれればね」
侯爵は少しおどけたように言った。
「私の仕事ぶりはお眼鏡に叶いましたでしょうか」
「まだなんともいえないけど、悪くはないと思うよ。今のところはね。まあ今後ともよろしく頼むよ」
やわらかく笑うと目線をクライドに移し
「ダリアを頼むよ。わかっていると思うけど結構無茶をする娘なんだ」困ったように肩を竦めると、それじゃあと去って行った。
「よかったな」
去っていく背中を見ながらクライドが言う。ダリアもモントーヤ侯爵の背中を見つめたままうなずく。
「言っただろ、うちの家は君に感謝しているんだって。君からはほとぼりが冷めるまで何もするなと言われているけど、それでもなんとかしたいと思ってるんだよ。特にメアリがね」
「うん」
目頭が熱くなる。奥歯を強く噛んで泣きそうになるのを我慢する。
「次、いくわよ」クライドの腕を強く掴んだ。
その後もいろんな人物に挨拶をしていく。このときにクライドの人望と顔の広さが役に立った。
ダリアの名を聞くと眉を顰める人も、クライドが間に入ることでとりあえずは話を聞いてくれる状態に持ち込むことができたのだ。
普段、夜会は断っているクライドが参加をしているということで、クライド目当てに話しかけてくる人も多く、当初は挨拶は必要最低限にしておくつもりだったが、結局は思った以上の人々と友好的に挨拶を交わすことができた。
「これで私はともかくマクレディ領の評判が多少でも良くなるといいのだけれど。それにしてもあなたの顔の広さと好感度はすごいわね」
「ノーバックの当主代理としていろんな会合に参加しているんだよ。そういう会合は出席するのは年配の人が多くてさ。俺みたいな若造が行くと、目立つみたいでよく声をかけてもらえるんだよ」
「へえ」
「周りはみんな知識も経験もある人ばかりで、俺にいろいろ教えてくれるんだ。プレッシャーがすごいけど勉強になるよ」
「あの癖の強い当主たちに気に入られているってこと? すごいわね」
「すごくないよ。必死でなんとか食らいついているだけ」
「あの人達に食らいついていけるのがすごいのよ。あなたが婿にしたい男ナンバーワンになるのがわかる気がするわ」
ダリアはクライドの顔を覗き込み笑顔で言った。
急にクライドが足を止めたので、エスコートされていたダリアは少し前のめりになり慌てて止まった。
「ちょっとどうしたのよ?」
不満そうにクライドを見ると、クライドは空いた手で口元を押さえて顔をそむけている。心なしか耳が赤い。
「クライド?」
クライドは小さく咳払いをすると
「ごめん、なんでもない。さあ次に行こう」とダリアを促した。




