01-3
二人の足は〝裏の森〟に向かっていた。
ここは、小さい頃に四人でよく遊んだ場所でもある。
クライドはしばらく無言で周囲の景色を眺めていたが、
「ああ、そういえば言うの忘れてた」
思い出したように、ダリアを振り返る。
「久しぶり。元気だった?」
昔と変わらぬ優しい笑顔を向けられて、ダリアも思わず笑顔になった。
「ええ、あなたも元気そうでよかったわ。あなたが騎士団だけでなくノーバック子爵代理としてもがんばっている噂はお茶会でよく耳にしたのよ。婿に来てほしい男性ナンバーワンという呼称はどうかと思うけど、それはあなたが努力した結果なのよね」
「俺が王都にいるから父の代理を言いつけられているだけで、そんなにたいしたことはしてないよ」
クライドは照れたように下を向いて右手の親指で鼻の頭を擦った。
二人が会話をするのは七年ぶりだ。
七年前に、トレッドに出入り禁止を言い渡されてからは、子供同士が会うことも手紙のやり取りも禁止された。
貴族の集まりなどでお互いを見かけることがあったが、不用意に接触してトレッドの機嫌を損ねてしまうことを恐れ、話をすることもなく、ただ遠くからお互いの存在を確認するだけだった。
七年ぶりに交わした会話がアレか。
先程執務室で交わした会話が、七年前とさほど変わらず気安いものだったことに二人は今更ながら気づいた。
「裏の森に来るのは、トレッド様から出入り禁止を言い渡されて以来か。なんかあんまり変わってない気がするよ」
「最低限の手入れしかしてないもの。樹木が育ったぐらいで何も変わってないと思うわよ」
クライドが大きく伸びた樹木を見上げると、木の枝の上に小さな巣箱が見えた。
「アレは巣箱?」
ダリアは隣に立つクライドを見た。目線の先にはクライドの二の腕があった。
七年前には同じぐらいだった目線は今ではずっと上にある。自分の頭一つ上にあるクライドの顔を見上げ、そのまま彼の目線を追う。
目線の先には木に掛けられた小さな巣箱があった。
「そう。ここは小鳥も多いからね」
クライドは急に頭を左右に動かし、何かを探すような動作をする。
「どうかした?」
「いや、たしか俺も昔……」
付近をうろうろとしはじめ、やがて、少し森に入った木の上に古びた巣箱を見つけた。
「あった!あれ、俺が昔作った巣箱だろ」
宝物を見つけたような笑顔を向ける。
「よく覚えていたわね」
「君と一緒に作っただろ。どっちの巣箱に先に鳥が巣を作るか競争しようって。そういやその日の帰りに出入り禁止を言い渡されたんだっけ」
笑顔から一転、クライドは遠い目をする。
「それで、どっちが勝った?」
「え?」
「どっちの巣に先に鳥が住み着いた?」
「……忘れたわ」
ダリアがぷいっと目線を逸らすと、クライドは不満そうに口をへの字にした。
「ちぇ。それじゃあ、こっちにある新しい巣箱は誰が作ったの?」
「……私」
「え?」
「これもあれも、そっちにあるのも私が作ったの。もう全部の巣箱に鳥も住み着いてるわ」
ダリアは巣箱を指さしながら、なぜか勝ち誇ったような顔をする。
「俺の巣箱に鳥は住んでる?」
「昔は住んでたけど、今は空室。もうすっかり古くなってるからね」
「撤去しても良かったのに。落ちたら危ないだろ」
「そうね。……でもまあせっかくだから」
そう言われればそうだ。ボロボロになったのなら取り外して新しいのをつければいい。
他の巣箱はそうして、古くなったら新しいものに交換していた。でもこの巣箱はなぜかそんな気は起きなかった。そんな心の中に起こった小さな疑問はすぐに忘れた。
「そういや庭師のじいちゃん元気?」
クライドが思い出したように言った。
「ジョン? 元気よ。そこの小屋にいるんじゃないかな」
「ちょっと挨拶したいんだけどいい?」
裏の森の片隅にある小屋まで案内をし、ドアをノックする。
「開いてるよ」
ドアを開けると、中には小柄だがどっしりとした老人がいた。真っ白いひげをはやし、物語に出てくるドワーフを思わせる風貌だ。
この小屋は物置兼作業小屋で、庭師の彼は外で作業をしている以外はだいたいここで農具の手入れなどをしている。
「ダリア様どうされました? その方は……」
「ジョンじいちゃん久しぶり、クライドです。クライド・ノーバック」
ジョンは少し目を細めると、懐かしそうに、はあと息を吐いた。
「クライドぼっちゃん。いやもうクライド様とお呼びしたほうがいいんでしょうね。お久しぶりです。大きくなりましたね」
「ジョンじいちゃんは変わらないね。あいかわらずじいちゃんだ」愉快そうに笑う。
「ナイフで木を削るコツとか焚き火の起こし方とか、昔ここでじいちゃんに教わったことが結構役に立ってるんだよ。だからお礼を言いたくて」
「そんなお礼を言われるようなことなどしとらんよ。クライド様の努力の結果だよ」
「じいちゃんに教わった釣りも上手になったんだぜ。今度あの池で勝負しよう」
昔と変わらずやたらジョンに懐いているクライドを、ダリアは少し離れたところから眺めていた。
小さい頃はクライドと二人でこの小屋によく遊びに来ていたから、遊び道具をここに置かせてもらってたっけ。
ダリアは小屋の隅にある古ぼけた箱に目をやった。そこには子どもの遊び道具が無造作に投げ入れられており、その中にホコリまみれのボールが見えた。
ダリアは楽しかった過去を思い出して少し笑った。
その日からクライドは、ちょくちょくマクレディの屋敷を訪れるようになった。
訪ねる前には手紙がくるので、ダリアはその都度断っていた。
最初のうちは、王都とは日帰りできる距離とはいえ、せっかくの休みに馬での往復は大変だろうからとか、悪名高いマクレディ伯爵家に出入りしていることが知られればクライドの評判にも関わってくるとか、多少なりとも言葉を選んでいたのだが、どうにも話が通じず、断っても毎回来る。
埒が明かないので「私が勝手にやったことだから恩義を感じる必要はない。もう来ないでほしい」とはっきり伝えたが「両親から頼まれている」の一点張りで、あいかわらずちょこちょこと訪ねてくる。
一度はわざと一日中外出をしたが、訪ねてきたクライドはダリアがいなくても気にする風もなく、領内を散歩したり、庭師のジョンと釣りをしたり、ランダルたち使用人と雑談をしたりして楽しんで帰っていったらしい。
とはいえ、正直なところ、ダリアにとってクライドの来訪はありがたい。
ダリアが社交の場や貴族が多く集まる王都を避けているせいで、いろんな情報が入りづらくなっているのだ。国の交易の中心地となっている場所で、領主が情報に疎いというのはよろしくない。
クライドはそれを知ってか知らずか、来訪するたびに王都の情勢、貴族内の噂話や流行などを教えてくれるのだ。
来るなと言いつつ、クライドの持ってくる情報を頼りにしている自分をダリアは少し嫌悪してしまう。
ある日、ダリアが仕事の合間に裏の森をひとりでぷらぷらと散歩をしていると、木の上に見かけない巣箱を見つけた。
ここにある巣箱はすべてダリアが作って設置している。
「一体誰が……」
すぐ庭師のジョンの小屋に向かう。
「あれはクライド様ですよ」
「え? いつの間に?」
「先日、屋敷に来たときに持ってきたんですよ。自分で作ったらしいです。わしのところに梯子を借りに来て、自分で設置までしていきました」
「何をしているのよ、あの人は」
その巣箱からは小鳥が顔を出していた。




