01-2(2)
ダリアは自分の考えが間違っていたことにようやく気づいた。
実際は逆だったのだ。父が亡くなったことで、父の言葉は遺言となり姉の心をより縛り付けてしまっていた。
父が生きていた時のほうがまだ可能性があったのだ。父を説得することができたかもしれない。父が心変わりをしてヘンリーを認めてくれたかもしれない。でも亡くなってしまった今は、その言葉は永遠に覆せない。これはもう呪縛だ。
このままだと、姉は心を殺したまま父の言っていた条件に合った男性を見つけ、婿に迎えるだろう。それは姉が望んだ結果ではある。しかし、不器用な姉がヘンリーへの恋心を忘れるにはまだかなりの時間がかかるだろう。そんな状態で婿を迎えても良い関係など築けるはずもない。何より婿に来てくれた相手に失礼だ。
それなら、ヘンリーを連れてきて無理やり婿に据えるか。いやそれもだめだ。父が反対していたヘンリーでは、父の呪縛は弱まるどころか強くなってますます姉を苦しめる。どれを選んでも全員が不幸になる未来しか見えない。
姉がマクレディの当主でいる限り。
「それなら、私がマクレディの当主になればいい」
ダリアはまっすぐにクライドを見つめた。
「私が当主になりたいから邪魔な姉を無理やり追い出したという体で、有無を言わせずお姉様をノーバック家に嫁がせればいいと思ったのよ。
お姉様にかけられた呪縛はお姉様の心がかけたもの。お姉様自身でしか解けないのに肝心のお姉様が解くことを拒絶している。
お姉様が解けないのなら、私が無理やり解くしかない。今度は私を恨むかもしれないけど、それでもいいわ。私は生きているんだもの」
ダリアは紅茶を一口飲んで話を続ける。
「私がこの家を継ぐにはどうしたらいいか、まずはランダルに相談したの。ランダルは父の右腕だったから」
クライドは部屋の隅にいるランダルに目をやる。
彼は父、トレッドが当主だった代からもう何十年もマクレディ伯爵家の実務に関わってきた人間だ。
「ダリア様から相談を受け、最初は反対しました。メアリ様が苦しんでいることは私も存じていました。ですが、当主は同情でできるものではありません。そして、ダリア様には当主になるだけの知識も経験も全く足りないから当主になるのは無理だとはっきり申し上げました」
「それなら、知識と経験は急いでこれからつけるからランダル教えてくれない?と私がお願いして」
「それから、メアリ様に隠れて仕事の指導をするようになりました。ダリア様は当主補佐としてメアリ様の手伝いはずっとしていましたが、当主と当主補佐とでは仕事も責任も段違いです。正直な所、すぐに音を上げると思っていましたが、ダリア様はがんばりましたよ。予想よりもずっと早く成長されました」
ダリアはランダルの顔を少し驚いた顔で見つめ、嬉しそうに笑った。
彼がこのように褒めるのは珍しいのだ。
「トレッド様はもちろん、メアリ様にもまだまだ程遠いですがね」
ダリアが笑顔のまま固まる。
「そこでようやく、ダリア様の計画に協力することにして、準備を進めました。メアリ様の負担軽減という名目で、ダリア様を補佐から当主代理に格上げをして、メアリ様がいなくなっても大丈夫なような体制を作り始めました」
「それから、うちの使用人たちにも協力を頼んだの。これからマクレディ家は嫌われることになるし、そもそも私が当主になることに反対の人もいるだろうから、もし嫌なら次の仕事先は斡旋するから辞めてもいい、って。そしたらみんな協力してくれると言ってくれて。お姉様の専属侍女が一番乗り気だったのが意外だったわ」
「彼女が一番近くでメアリ様の苦しんでいる様子を見ていましたからね」
「逆に一番乗り気じゃなかったのが、私の専属侍女だったことも意外だったわ」
横にいる、ダリアの専属侍女のニッキーをちらりと見る。
「ダリア様が大変な思いをするとわかっているのにノリノリで協力できるわけないでしょう」
少しムッとしたように言うニッキーに、ダリアは苦笑する。
「見通しがついたあたりで、ノーバック子爵家にお願いに行ったのよ。うちのメアリをお嫁にもらってくださいって」
「ああ、うちの家族みんなびっくりしたって言ってたよ」
「内容が内容だから罵倒されることも覚悟していたんだけど、みんな受け入れてくれてうれしかったわ。逆に私に悪い噂がつく方法ではなく他の方法を考えようと仰ってくれたわ。時間がないから断ったけど」
「時間?」クライドが首をかしげる。
「お姉様が伯爵家を継ぐことは公表していないけど、お父様が亡くなってからずっと当主として働いていたから、もう周囲はお姉様が後継者と認めてしまって、婚約の申込みが増えてきているのよ」
「はー、なるほど」
「今までは喪に服すからと断っていたけど、一年を過ぎて、そろそろその理由も利かなくなってきたみたいなの。断っても失礼ではないとされるけど、断り続けるのも気が引けるみたいで、最近、ずっと放置していた釣書をお姉様が見ていることが増えてきたのよ。だから早くしないとお姉様が結婚してしまうと思ってね」
ダリアは紅茶を一口飲むと話を続けた。
「とにかく、そこからノーバック子爵家にも協力してもらうようになったの」
「俺抜きでね」
クライドの不満そうな顔を見て、ダリアは焦った。
「だって、あなたが長期遠征に行っているなんて知らなかったんだもの。ノーバック子爵に了承を得ることができたら、その後王都まで説明にいくつもりだったのよ。だから、ノーバック子爵には、クライドにも了承を得てから実行すると話したんだけど、クライドはしばらく戻らないし、話すと絶対反対するから待たなくていいと仰って」
「まあ確かに、俺がいたら確実に反対して計画を潰してたね」クライドは苦笑した。
「それに、王都は噂の中心になるだろうから、あなたが王都を離れているときが良いと思ったのよ」
「せめて、内々ですませればよかったのに、わざわざ使用人を使って噂をばらまく真似をして」
「表沙汰にしないと、お姉様がマクレディに無理やり戻ってきて無かったことにされるかもしれないでしょ。その予防線よ。徹底的にやればお姉様も私の覚悟を理解してくれると思ったの」
「……俺としては、最初に計画を思いついた時点で相談してほしかったよ」
クライドに労るように見つめられ、ダリアは思わず目をそらした。
「それは……。これは結局は私の自己満足だから。他の人を巻き込むわけにはいかないし」
「まあ、実際君とはトレッド様激怒事件以来連絡をとっていないからね、相談しづらいというのもわからないでもないけど。でも結局は君一人が悪者になっただけじゃないか。それに関してはうちの家族もすごく気にしているんだよ」
「私は自分で決めたことだもの。それよりもお姉様を嫁がせるためとはいえ、あなたの家を罰ゲーム扱いにしたことが申し訳なかったわ」
「ノーバック子爵家は本当に弱小で貧乏だから」クライドは笑う。
「うちは本当に感謝しているんだ。兄はクソ真面目だから、メアリの気持ちを汲んであきらめようとしてたし。そんな兄を母は心配してたし、父は自分がマクレディ伯爵領に頼り切っていたせいだと心を痛めていたし」
クライドはふっと真面目な顔になってダリアを真正面から見つめる。
「今のノーバック家の幸せは君のおかげだ。本当にありがとう」
「……そう、よかった……」ダリアは心の底からの笑顔を見せた。
クライドは頬を少し赤らめると目をそらした。
「それで、君がいつまでも悪女のままでいるのが心苦しくてね。君からは噂はそのうち鎮静化するだろうから何もせずに静観していてほしいと手紙に書いてあったけど、親から心配だからちょっと見てこいと。なんなら手助けしてこいと。それで今日来たわけ。
君はうちに申し訳ないと言っているけど、うちとしては、隣の領のいじめに耐える弱小領として同情票が集まって動きやすくなったよ」
クライドは笑う。
「お姉様たちはみんな元気でやっているのかしら」
「ああ、みんな元気だよ。メアリ、びっくりしてたよ。首にしたと聞いていた自分の専属侍女がノーバック家で出迎えてくれるんだから。
……メアリは、まあ、ノーバックに来た当初は君に申し訳ないと落ち込んでいたけど、兄のフォローのお陰か、だいぶ落ち着いたようだ。侍女が、マクレディの家にいるときより表情がおだやかになったと喜んでたよ」
「ふふ。それならよかった。私は大丈夫よ。元気にやっているわ。公の場にはまだ時期尚早と判断して出ていないだけだから気にしないで、と伝えてちょうだい」
クライドは何か言いたそうな顔をしていたが、大きく息を吐いて、わかった、とだけ言うと、立ち上がろうとした。そして中腰のまま体を止め、ダリアの顔を凝視する。
「ところで君、ちゃんと寝てる? 目の下のクマ、すごいよ」
「失礼ね。レディに向かってそんなこと言う?」
「当主の仕事が忙しいのはわかるけどさ、君が倒れたらまた社交界が大盛り上がりだよ。悪女が倒れた、ざまあみろってさ」
立ち上がり、右手を差し出す。
「散歩しようぜ。ひさしぶりに庭を案内してよ」




