01-2(1)
それからしばらくしたある日、マクレディの屋敷にクライド・ノーバックが訪ねてきた。
彼はメアリが嫁いだヘンリー・ノーバックの弟で、ノーバック子爵家の次男にあたり、今は王都で騎士団の一員として働いている。
「こんにちは、姉を家から追い出した稀代の悪女様」
クライドはさわやかな笑みを浮かべながら憎まれ口を叩く。
「褒めていただいてどうも。長期遠征お疲れ様でした、騎士様。いつ王都にお戻りで?」ダリアは冷めた目を向けながら嫌味を含んだ口調で言い返す。
クライドはそんな態度を気にする風もなくヘラヘラ笑いながら
「一週間前かな。戻ってからもずっとバタバタしててようやく休みが取れたよ」
「こんな悪の巣窟に出入りしないほうがいいんじゃない?世のご令嬢たちに知られたら大問題よ。婿に来てほしい男性ナンバーワンさん」
「あれ、その噂知ってる? そうなんだよ、俺、婿に来てほしい男性ナンバーワンらしいんだよ。まあ、俺イケメンだし、将来有望だし、性格もいいしね。まあ当然だよね」
まさかの自画自賛にダリアは呆れたように冷めた紅茶をすする。
「そのイケメンさんが何の用かしら?」
「なんでこんなことになったのか話を聞きたくてね」
声が一段低くなった。口元は笑っているが、目は笑っていない。
「なんで俺に一言も相談しなかったのかとか、なんで俺が長期遠征中で王都にいないときに事を起こしたのか、とかまあ、せっかくだからこの計画について全部聞いておこうと思って」
「て、手紙で知らせたじゃない」
「ああ、届いたね。君からもうちの親からも翌日に届いたよ。まさに寝耳に水。ご丁寧に、仕事を放りだして戻って来るなの注意書き付き。しょうがないから従ったけどさあ」
クライドは上を向いて大きなため息をつくと、執務机の前に置いてある来客用のソファにどかっと座って、ダリアをじろりと見た。
「それじゃあ、最初から説明して。全部」
ダリアは少し考えるような仕草をすると、侍女に二人分のお茶をいれるよう命じた。
「そんな計画なんて大したもんじゃないのよ」
と椅子から立ち上がり、クライドの向かいのソファに座った。
マクレディ伯爵家は王都の西隣に領地を持つ。外洋に面し、この国で一番大きな港を所有しているため、他国との交易の中心地となっている。
王都からも近いため、マクレディ領の領都はこの国では王都に次ぐ規模で、ここは国内でも上位に入る豊かな領地だ。
一方、ノーバック子爵領は海に面しておらず、林業が主な資源となっている。マクレディ領と比べれば遥かに小さく、経済もマクレディ領に頼っている状態だ。
二つの領は隣り合っていることもあって、昔から交流がある。
小さい頃からときどき、ノーバック子爵家当主は二人の息子ヘンリーとクライドを連れてマクレディ伯爵家へ訪ねて来ていた。
そして当主二人が仕事をしている間、子どもたちは一緒に遊んで過ごしていた。
最初は四人でお茶を飲みながら話をしたりするのだが、ダリアとクライドはすぐに飽きて、二人で庭を走り回っていた。そんな様子をメアリとヘンリーは笑顔で見ている、というのがいつものパターンだ。
そんな生活が数年続き、小さかった子どもたちも少しずつ成長していき、状況も変わってきた。
メアリとヘンリーが恋仲になったのだ。
二人で庭のベンチで語り合っている姿は微笑ましく、ダリアとクライドはもちろん、使用人や周囲の人間も皆、温かい目で見守っていた。
ただ一人、マクレディ伯爵家当主、トレッド・マクレディを除いては。
この国では、跡継ぎは男性や長子でなければならないということはなく、女性や長男以外が継ぐことも多い。
誰が継ぐかはその家の方針によるところが大きく、跡継ぎ候補全員の中から年齢や性別を問わず一番優秀な者を跡継ぎと決めている家もある。
マクレディ伯爵家はメアリとダリアの二人姉妹。男の兄弟はいない。父であるトレッドは、どちらかが婿をとって家を継ぐようにと、二人に同じように当主となるための勉強をさせていた。
結果として、トレッドはメアリを跡継ぎに決めた。
それに関してダリアは悔しいとかという気持ちは全く起きなかった。ダリアもがんばって勉強していたので、多少残念という気持ちも無くはない。だが、姉の有能さを身近で見てきたダリアにとって、自分の力が姉の足元にも及ばないことは身に沁みてわかっていた。
跡継ぎはメアリに決定したが、トレッドはそれを対外的には秘密にし、それを私達にも厳命した。
跡継ぎが正式に決まってしまうと、婚約の申込みが殺到するからだ。
領地を持つ伯爵家への婿入りは、跡継ぎ競争に敗れた男性貴族にとっては喉から手が出るほど欲しい地位である。まして、マクレディ領は国内有数の栄えた領地なので、高位貴族からの申込みも珍しくない。
トレッドは、マクレディ伯爵家にとって最も有効な相手との政略結婚を画策していたのだ。
ところが次期当主のメアリがよりによってノーバックの次期当主と恋仲になってしまった。格上どころかマクレディ領のおこぼれで生活しているような弱小子爵家である。
トレッドは激怒してノーバック子爵家の屋敷への出入りを禁止した。
メアリはひどく落ち込んでいたが、顔には出さず気丈に振る舞っていた。周囲の人間はそれに気付いてはいたが、当主の命令は絶対である。何もできずただ見守ることしかできなかった。
それから数年。公式にはまだ発表していないが、メアリは次期当主として立派に成長していた。ダリアもメアリの補佐という形で仕事を手伝っていた。
メアリの結婚相手はまだ決まっていない。トレッドが吟味に吟味を重ねて探しているため、なかなか決まらないのだ。
そんなとき、マクレディ伯爵夫妻が事故で亡くなった。
あのときのことは、ダリアは正直あまり覚えていない。ショックが大きすぎたため何もできず、部屋の隅でずっと座っていただけだった。
すべてを処理したのはメアリだった。メアリもショックを受けていたはずなのに、そんなことはおくびにも出さずすべての処理を完璧にこなした。
ダリアが気づいたときには全部終わっていた。何もできずにすべてメアリにやらせてしまったことを知ったときは、泣いてメアリに謝った。そんなダリアをメアリは「これからは私があなたを守る。あなたがいてくれてよかった」と優しく抱きしめた。
両親の死から数ヶ月たち、生活もだいぶ落ち着いてきた。
メアリは当主として毎日忙しく働き、ダリアも姉の補佐として頑張っていた。
そのうちにダリアには「父が亡くなったのだから、姉はヘンリーと結婚できるのではないか」という黒い考えが浮かぶようになった。
ヘンリーには弟がいる。ノーバック家は弟のクライドに継いでもらってヘンリーをマクレディ伯爵家の婿に迎えることはできないだろうか。
亡くなった父は好きだったし、父のマクレディ伯爵領をより繁栄させたいという気持ちも理解できる。だが正直なところ、今は亡くなった父より毎日懸命に働いている姉のほうが大切だ。
ヘンリーとの結婚は許さなかったが、なんだかんだで父は私達姉妹にとって良い父親だった。姉の今の働きを見ればきっと父も許してくれるはず。なにより姉の辛そうな顔をこれ以上見ていたくない。
メアリに提案をしたら首を横に振られた。
「お父様が許さないわ」
メアリの表情は硬かった。




