04-3(2)
三人のやり取りを考え込みながら眺めていたダリアは、三人の目線が自分に集まったことに気付き、顎に当てていた手を下ろした。
考えるために宙をさまよわせていた視線を三人に順に移した後、ゆっくりと口を開いた。
「決めたわ。今回の件は無かったことにします」
「なんで!」
抗議の声をあげたのはクライドだった。
「君をあんな目にあわせたのに無罪放免にするのか!」
「結果だけみれば、密輸団の残党を全員逮捕できただけで他に被害は無いのよね。……私の誘拐を除けばね」
ダリアはワイアット伯爵の前で視線を止める。
「ですから、私達への口止め料兼慰謝料として、ワイアット伯爵領との取引をすべて見直させてもらうわ。もちろんノーバック領のもね」
「はあ?」
クライドが呆れたような声を上げたが、ダリアは無視をして話を続ける。
「まずは、ワイアット伯爵領の小麦ね。うちで毎年まとめて買い入れているけど、今年は不作と聞いたからうちに優先的に回して。金額も勉強してもらうわ。あとは……」
次々と要求を並べるダリアをクライドは唖然とした顔で見つめる。
ワイアット伯爵も呆然としたままだ。
「ほら、クライドも。こんな機会はもうないわよ」
クライドを振り返るダリアは笑みを浮かべているが、その目には自身の決定を曲げない強い意志が見えた。
クライドは頭をガシガシ掻くと
「あーもう、わかったよ!」とヤケクソのように言った。
「ダリアが決めたのなら、それに従う。ノーバックの要求は……」
クライドは当主代理としての顔になり、ワイアット伯爵と向き合った。
二人からの要求はしばらく続き、ワイアット伯爵がますます憔悴していった。
空が暗くなり始めた頃、ようやく話はまとまり、ワイアット伯爵とジェシカは帰ることになった。
ダリアとクライドからの容赦ない条件に真っ青を通り越して白くなっている伯爵と、青ざめた顔で黙って下を向いたままのジェシカは、最後に改めて謝罪をして馬車に乗り込んだ。
馬車のドアを閉める直前、クライドは「ああ、ちょっと待って」と声をかけた。
「伯爵、ゴミがついてますよ」と、笑顔で馬車の中に上半身だけ体を入れた。
「あ、ああ、すまん」
ワイアット伯爵が、クライドのいつもの笑顔に安心したように礼を言った。
瞬間、クライドは笑顔を消し、低く冷酷な声で囁いた。
「いいか、今日はダリアが許したからこれで勘弁してやる。次は無いから覚えておけ。どんな手段を使ってでもお前らを潰してやる」
二人は気づいた。ダリアが許しても、クライドは全く自分たちを許していないことを。
ワイアット伯爵は昔から貴族社会にも領地運営にもあまり興味がない。現状維持ができればいいと思っている。
そんな彼の耳にも入ってきたのが、クライドの名前だ。
気難しいと噂される公爵家の前当主に気に入られ、子爵家子息ながら「孫娘がいたら婿にしたかった」と言わしめるほどの人物。
過去に、ワイアット伯爵もクライドに助けてもらったことがあるが、あのときも一介の子爵家子息では考えられない人脈を使っていた。
そんな彼なら、弱小なワイアット伯爵家など潰すことも不可能ではないだろう。
クライドの射殺さんばかりの視線に二人は体が硬直しながらも、なんとか頷いた。
「二度と顔を見せるな」
二人を睨みつけ、ドアを閉めた。
馬車を見送ると、ダリアは「これぞ災い転じて福となす、よね」と満足そうに腕を組んだ。
そのまま隣に立つクライドに目をやり
「あなたもそろそろ帰る? 遅くまで悪かったわね」
「ひとりで大丈夫か? なんなら泊まっていくけど」
「え? 大丈夫って何が?」
「今日攫われただろうが」
「ああ、うん、大丈……」
「いえ、ぜひ泊まっていただきましょう」ダリアの言葉にランダルが被せた。
「ダリア様も心細いでしょうから、ね」ダメとは言わせない圧にダリアはうなずくしかなかった。
その日は二人で夕食をとった。
その後、二人で部屋を移動し、ワインを飲みながら雑談をする。
「今日は悪かったな」
真面目な顔でクライドが言う。
「何が?」
「君が攫われたのは俺のせいだ」
クライドは辛そうに眉根を寄せた。
「あなたのせいじゃないわよ。謝る必要なんてないわ」
「君の名前は出さないようにしていたんだけど、まさか探偵まがいのことまでしてくるとは思わなかったよ。俺に隙がありすぎた。仮にも騎士なのに。しかも、怒りに任せて女性の胸ぐらを掴むなんて最低最悪だ。君がずっと冷静だったのに、俺は本当にダメだった」
吐き捨てるように言うと、グラスのワインを一気に飲み干した。
「そんなことないわよ。あなたが私のぶんまで怒ってくれたから私は冷静でいられたのよ」
「助けるつもりが助けられたよ。俺もまだまだ未熟だ」
「私ね、捕まっている間、きっとクライドたちが助けてくれると信じていたから。だから捕まっている間もそれほど怖くなかったし、今もこうしてダメージをあまり受けずにいられるんだと思う」
「そう言ってもらえると少しは救われるよ」
下を向いて苦笑する。
二人でそのまましばらく他愛もない話をした後、ダリアが思い出したように訊いた。
「ところで明日の仕事は大丈夫なの?」
「明日は遅番だから問題ない。というか、そんなことダリアは気にしなくていいよ」
「そうなんだ。ありがとう」
笑顔でお礼を言うダリアから、クライドは慌てて顔を背けた。
「さてそろそろ寝るかな。君も疲れたろ、早く寝たほうがいいぞ」
赤い頬をごまかすように、クライドは椅子から立ち上がり、伸びをした。
「そうね、そうするわ」
クライドはかがんで、座っているダリアと目線を合わせた。
「いいか、もし何かあったら俺を呼べよ。真夜中でもかまわない」
「え、あ、うん。たぶん大丈夫だと思うけど。ありがとう」
ダリアはクライドの真面目な顔に少し驚きつつ、お礼を言った。
「そのときは一緒に寝てあげるから。ガキの頃みたいに」ニヤリと笑いながら言う。
「ば、ばか。何いってんの」
ダリアの顔が赤くなる。
クライドはそれを見ると満足そうに笑いながら、部屋を出ていった。
クライドを見送った後、ダリアも自分の部屋に向かった。
自分の部屋に入ると、安心したせいか体の疲れを自覚した。
寝室には浴室が備え付けられているので、さっさとお風呂に入って寝ることにする。
普段は一人で入浴を済ますが、今日は手首に包帯を巻いているのでメイドのニッキーに介助してもらいながら入浴をする。
包帯を濡らさないように高い位置まで両腕を上げ慎重に浴槽に浸かると、包帯の白さが嫌でも目に入った。
その様子を、ダリアの髪を洗いながら見ていたニッキーは
「今日はいろいろありましたね」と声をかけた。
「ええ。長い長い一日だったわ。稀代の悪女って大変なのね」
ダリアがクスリと笑った。
「クライド様がいてくれて助かりましたね」
「そうね。一人だったらきっと余裕がなくて、今日と同じような対応はできなかったと思うわ」
今回の事件で、ニッキーは何もできなかった。ただのメイドなので仕方がないのはわかっている。だが屋敷でダリアの無事を祈ることしかできない自分が悔しかった。だからこそ、平和な夜を迎えられたことが本当に嬉しかった。
「本当によかったです」
目を閉じてリラックスした表情のダリアを見て、ニッキーも安心したようにつぶやいた。
入浴が終わると、ニッキーは、何かあったら必ず知らせるようにと念を押して部屋を出ていった。
ダリアは部屋に一人になるとベッドに横になり、手首の包帯に目をやった。
倉庫で助けられた後、傷はたいしたことないから病院は後でいいと言ったが、クライドに強制的に医者に連れて行かれた。
内出血をしてできたあざや擦り傷は全身にあったが、特に酷いのはやはり両手首で、後ろ手で縄をナイフで切る時に誤って自分で傷つけた箇所が無数の切り傷となって血が滲んでいた。
「傷は見た目ほど酷くはないですね。後遺症などは大丈夫でしょう。でも、これだけ傷があると痛いんじゃないですか?」と医者に言われてようやく、今まで感じなかった傷の痛みが襲ってきた。
医者に手当をしてもらい今は包帯を巻いているが、動かすとひきつるような痛みが起きる。
その痛みで昼間の出来事を思い出してしまい、胸に不安が湧き起こった。
大丈夫だ。事件は解決した。そして、今この屋敷にはクライドがいる。
何かあってもきっと彼が助けてくれる。
そう思うと手首の痛みも和らぐような気がしてきた。
翌朝、朝食を二人でとると、クライドは王都に帰っていった。
ダリアは馬に乗って去っていく後ろ姿を見えなくなるまで眺めていた。




