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【完結保証】姉を追い出して当主になった悪女ですが、何か?  作者: 堀多 ボルダ
第四章 悪女と誘拐

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04-3(1)

ダリアたちがマクレディ伯爵家屋敷に戻ると、応接室には訳もわからないまま連れてこられたワイアット伯爵がいた。

ジェシカが事件の関係者だと判明した時点で、ワイアット伯爵家の御者にワイアット伯爵を連れてくるように指示を出していたのだ。


ワイアット伯爵は、クライドの姿を見ると安心したように表情を緩めた。

「クライド殿、あなたならジェシカのことをよく知っているだろう。ジェシカはこんなことをする子ではない。嵌められたに違いないんだ」

ところが、クライドはにこりともせず、冷たい眼差しを伯爵に向けたままだ。


ダリアは伯爵とジェシカをソファに座らせると、向かい合うように自分もソファに座った。隣にはクライドが不機嫌そうに座る。


伯爵への説明はクライドが行った。捕まっていたダリアはまだ事件のすべてを把握していないためだ。


 はじめのうちは静かに聞いていた伯爵だったが、ジェシカが絡んでいることが明らかになると「そんな話が信じられるか!」と撥ねつけた。だが、ジェシカ専属のメイド、ジェシカを乗せてきた馬車の御者が次々と証言していくと、頭を抱えた姿勢で動かなくなった。


倉庫では激高していたジェシカも、場所を変え、父親の顔を見たら観念したようで、大人しくなり、顛末をポツリポツリと語り始めた。


 昨日、クライドの休みが翌日だと知ったジェシカは、クライドをお茶に誘ったが、当主代理の仕事があるからと断られた。いつものように。

夕方にクライドが女性に人気のお菓子を購入しているのを見かけ、もしかして明日の休みは仕事ではなくマクレディ領に行くのではと考えてしまい、そうなると居ても立ってもいられなくなってしまった。

反対するメイドを「不安だから確認するだけ」と説得して、朝早く屋敷を出てマクレディ領へ向かう通り道に馬車を隠して停め、張り込んでいた。


 ジェシカ自身、考えすぎだと思っていた。

だって、クライド様は当主代理の仕事だと言っていた。お菓子を買ったくらいであの悪女と結びつけるなんて心配性にも程がある。張り込んでいたところで、目の前を通るとは限らない。安心したいだけだ。少しここで張り込んで、「ほらやっぱりクライド様は通らない、私の考えすぎだった」と納得して帰ろうと思っていた。


なのに。なのに。クライド様が目の前を通っていった。彼はリュックを背負っていた。馬の振動に合わせ、リュックの蓋が上下する。そこからピンクのリボンがちらりと見えたような気がした。あれは昨日クライド様が買っていたお菓子の包装だ。一瞬だったから見間違いだったのかもしれない。でも、ジェシカにはもうそうとしか思えなくなっていた。


 ジェシカにとって、クライドに嘘をつかれた悲しみより、ダリアに対する怒りが強かった。

姉を追い出してマクレディ領を自分のものにするだけじゃ飽き足らず、クライド様まで手に入れようとするのか。先日出席したフォックス公爵家のお茶会でも、ソニキュア様がダリアを糾弾するものだと思っていた。なのに、ソニキュア様はダリアと仲良く歓談をし、最後には認めていた。

悔しかった。クライド様もソニキュア様も、どうしてあんな悪女に入れ込むのかわからない。自分が大好きなものを手に入れるあの女が許せなかった。


「だから、ダリアを攫って痛めつけようと?」

クライドの声は怒りに満ちている。


「少し怖がらせようと思っただけで、傷つけるつもりはなかったの」

小さな声でジェシカは反論した。


 ジェシカにとってクライドは、いつも優しくて真面目な男性だ。怒るどころか不機嫌な様子を見せたことすらない。ジェシカの誘いを断るときも、申し訳なさそうに謝ってくれる。ジェシカだけでなく、どの女性の誘いにも乗らず平等に一定の距離をおいて丁重に扱ってくれる。そんなところが誠実だと言われ、令嬢たちから結婚相手にと望まれていた。


初めて見る彼の怒りにジェシカは泣きそうになっていた。


 同じようにダリアも驚いていた。

ダリアと出席した夜会では、ダリアをエスコートしたことでクライドも辛辣な言葉を投げかけられたが、その時も笑顔を崩すことなく涼しい顔で受け流していた。

先程、倉庫でジェシカの胸ぐらをつかんだことといい、ここまで怒りを露わにしているクライドをダリアは初めて見る。ダリアも戸惑っていた。



「どうするつもりだ」

少しの沈黙の後、憔悴しきった表情のワイアット伯爵は、絞り出すように訊いた。


「どうもこうも、騎士団に引き渡して、罪を償ってもらうしかないでしょう」クライドが無表情で言う。


「そんな!」ワイアット伯爵とジェシカが同時に叫ぶ。


「当たり前でしょう。見逃してもらえると思っていたのですか? 伯爵家当主誘拐ですよ。重大犯罪です」

「これが公になったら、ジェシカの未来が……」

「未来? ダリアの未来を奪おうとしたのに、自分たちの未来を守ろうとするんですか」

「ジェシカは君を想って起こしてしまった行動だ」

「俺が悪いと? 俺を好きだから起こしてしまった事件から許せと? 許せるわけないでしょう。俺が憎いのなら俺を襲えばいい。関係のないダリアを襲わせて許せるわけがない」


クライドは自身を落ち着けるようにゆっくりと息を吐いてジェシカに向き直った。


「いいですか、ジェシカ嬢。今まではあなたに気を使ってはっきり言っていませんでしたがそれがいけなかったようです。はっきりいいます。あなたとお付き合いするつもりも、結婚するつもりもありません。あなたが私に好意を持っていてくれたことはわかっていました。でもその気持ちは迷惑です。ワイアット伯爵には婿のお誘いを受けたことがありますが、すでに断っています」


ジェシカが驚いたように父親の顔を見る。

「本当だ」ジェシカの顔を見ることなくワイアット伯爵が苦々しげに言う。

「お前が悲しむのを見たくなくて言えなかった」


「二度と私に近寄らないでください」クライドが低く冷淡な声でとどめを刺した。


ジェシカは目を見開き、ソファから立ち上がると、堰を切ったように叫んだ。

「なんで? なんでよ? クライド様もソニキュア様も! なんでこんな悪女をかばうのよ!」


クライドは無表情でジェシカを眺めていたが、やがて重い口を開いた。


「ジェシカ嬢、君も将来は伯爵家の女当主になる予定なんだろう。それなら噂に惑わされることのないよう自分の目を鍛えるべきだった。君のやったことはあまりに幼稚で短絡的だ。今回の事件は、君だけじゃなくワイアット伯爵家の責任問題にもなる」


ジェシカはようやくそのことに気づいたようで、みるみる青ざめていった。

「わ、わたしはそんなつもりじゃ……」


「君はダリアを悪女と罵るが、君のほうがよっぽど悪女の名にふさわしいよ」


その言葉が響いたらしく、ジェシカはがっくりと肩を落として、無言でソファに座り直した。


「今回の事件、一番悪いのはジェシカ嬢ですが、次期当主となる娘に必要な勉強をさせていなかったことも一因です。

ソニキュア・フォックス公爵令嬢がなぜダリアを認めたのかわかりますか? 貴族間の紳士協定を破って結婚を強制したダリアに高位貴族が何も言わない理由がわかりますか?」


二人とも無言だ。それが答えがわからないということを暗に示していた。


「伯爵、娘を次期当主にさせるつもりならジェシカ嬢がどんなに嫌がっていても勉強させるべきでした。婿に補佐をさせるから大丈夫なんて考えは危険だと何度も忠告したでしょう。

そもそも、伯爵自身も勉強不足です。当主がお茶会の令嬢レベルの情報しか持ち合わせていないなんて問題外です。……今となっては、その当主すら辞めなければならない状況ですがね」


クライドの失礼な物言いに、伯爵のこめかみがピクリと反応したが、耐えるように拳を握りしめた。


「クライド殿、頼む。どうか、助けてくれないか」

「無理です。諦めてください」

ワイアット伯爵のすがるような訴えをクライドがにべもなく断ると、伯爵は激昂した。


「貴様! 今までさんざん目をかけてやったのに、恩を仇で返すつもりか!」

「謝罪の言葉を一言も口にしない人をどうやって助けろというんですか。まあ、仮に謝ったとしても許しませんけど」


言葉は丁寧だが、目には殺意すら感じられるほど怒りが満ちていた。ジェシカと伯爵は身をすくめ、二人揃って頭を下げた。

「申し訳ありませんでした」

取ってつけたような謝罪に、クライドは、はっ、と呆れたような声を出した。


「謝る相手は私ではないでしょう。それに私は許さないといったばかりです」


ワイアット伯爵とジェシカはダリアに向き直り、もう一度頭を下げた。

その様子をクライドはうんざりした顔で眺め、ダリアに視線を移した。

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