04-2(3)
急に建物の外が騒がしくなった。なにか怒鳴り声も聞こえる。
ダリアは身を起こした。遠くでジェーンが隠れているシートが大きく揺れた。彼女も気づいたようだ。
ガチャガチャと鍵を開けるような音がして、引き戸が大きく開けられた。
「人質を連れて逃げろ! 早く!」犯人らしき男たちが三人、慌ただしく入ってくる。
ダリアは自分に犯人の視線を引き付けるよう、立ち上がって両手を広げた。
「な、なんでお前縄を解いてるんだ!」思った通り、犯人たちは全員ダリアに向かって走ってくる。
そのスキを見計らって、ジェーンがシートから這い出し、入り口に向かって走り出す。ジェーンが入り口から出ようとした瞬間、新たに入ってきた集団に捕まってしまった。
失敗した! ダリアに向かってきた犯人たちは「こいつを人質に……」ダリアに向かって手を伸ばす。
ダリアが思わず身構えた瞬間、鈍い音とともに犯人が倒れた。
犯人の後ろから息を切らしたクライドの顔が見えた。
その瞬間、入り口周辺にいた人影が大きく叫んだ。
「警備隊だ! 犯人、確保!」
よく見ると、後から入ってきた集団は皆、警備隊の黒い制服を着ていた。その後ろからも制服を着た男たちが次々入ってくる。
「助かった……」
ダリアは大きく息をついた。気が抜けてふらつきそうになり、クライドが慌てて支えた。
「大丈夫か」クライドが心配そうに見つめてくる。なぜか涙が出そうになったが、泣いている場合ではないと奥歯を噛み締めて涙をこらえる。
「助けてくれてありがとう。私は無事よ。心配かけて悪かったわね」
突然、クライドはダリアを抱きしめた。
「本当に、無事でよかった……」声にならない、かすかなつぶやきだった。
ダリアは何が起こったのか理解できず、固まったままだ。
周囲の警備隊の人たちがチラチラ見てくる。恥ずかしさでダリアの顔が赤くなっていく。
「あ、あの……、クライド?」
なんとか声を絞り出すと、クライドは「ああ、ごめん」と言って手を緩めた。
「ジェーンさんは?」
ダリアは周囲を見渡してジェーンを探す。
「ジェーン?」クライドが怪訝そうな顔をする。
「わたしと一緒に捕まっていた女性よ」
ジェーンが隠れていた入り口近くに目をやると、ベージュ色のドレスが見えた。警備隊の隊員と話をしているようだ。
そちらに向かって歩き出したダリアを、クライドが慌てて追いかける。
「ジェーンさん!」
ジェーンは、ダリアを見ると一瞬ハッとしたような顔をして顔を背けた。
「ジェーンさん、怪我はない? もう大丈夫よ。あなたを無事に助けることができて本当によかったわ」
「ジェーン?」クライドが訝しげな声をあげる。
その声が聞こえると、ジェーンは背中をビクリと震わせその場から走り出そうとしたが、クライドに腕を取られた。
それでもジェーンは顔を上げない。
「ああ、そういうこと。ダリアには偽名を使ってたのか」
クライドの声は低く、怒りに満ちていた。
「偽名?」何が起こっているかよくわからないが、とりあえずジェーンを休ませないといけない。
ダリアはジェーンに向かって手を伸ばした。
そのときクライドはダリアの腕にある無数の傷に目を止めた。
「これは?」
「自分で縄を切るときに失敗しちゃった傷よ。見た目はひどいけどそんなに痛くはないから大丈夫よ」
心配をかけないよう、わざと明るく言う。
その瞬間、クライドはジェーンの胸ぐらをつかんだ。
クライドの目は血走り、今にもジェーンに殴りかかりそうだ。
「ちょ、ちょっとまって、クライド、やめて!」
ダリアは慌ててクライドを止めようとする。
「こいつが!」
クライドはジェーンを見て叫ぶ。
「こいつが共犯だ!」
「え……?」ダリアはクライドとジェーンを交互に見た。
クライドはジェーンから手を離すと
「こいつの名前はジェシカ・ワイアット伯爵令嬢。警備隊にこいつの付添メイドが助けを求めに来た。メイドが全部話したよ。こいつがその辺のゴロツキを金で雇って、お前を攫って痛めつけようとしていたって」
ダリアは信じられないというふうにジェーン——ジェシカを見つめる。ジェシカは下を向いたままだ。
ジェシカ・ワイアット伯爵令嬢といえば、夜会のときにクライドがエスコートを断ったことで絡んできた女性だ。
顔見知りだったから、偽名を使って常に下を向いて顔を見られないようにしていたのか、今更ながら合点がいった。
「こいつが声をかけたゴロツキが、よりによって密輸団の残党だ。あいつらにとってみれば渡りに船だよ。
ダリアを誘拐して捕まった仲間を解放させても、自分たちが警備隊から追われる立場であることは変わらない。だから仲間を解放した後はジェシカ嬢を脅そうと考えていたらしい。伯爵家のご令嬢が犯罪に手を染めたんだもんな、報酬に逃走の手引と口止め料、なんならワイアット伯爵家でずっと匿ってもらうこともできるしな、犯人としてはおいしい話だよ」
クライドは侮蔑のこもった目をジェシカに向けて吐き捨てるように言った。
「そんな……、なんで……」ダリアは動揺を隠せずにいた。
ずっと下を向いていたジェシカが、顔を上げキッとダリアを睨んだ。
「あなたが! あなたがクライド様を盗るから!」
ジェシカが叫んだ。
「やっぱり俺か」これにはダリアよりもクライドが反応した。
「盗るってなんだよ。俺は君のものではないし、そもそも君とは個人的に会ったことは一度もない。君の誘いはいつも断っているだろう」
「そうよ! 断られているわ! いつもいつもいつもいつも! あなたの都合に合わせると言っても全然誘ってくれない!」
ダリアはわけも分からず二人の顔を交互に見るだけだ。
「私が誘っても、忙しい、仕事がある、予定が入っているばかり。たった三十分お茶を飲むのさえ断られる。でもこの女のためなら一日休みを空けてわざわざこんなところにまで会いに来る!」
「この女とか言うな」
いきなりジェシカに指を指されたダリアには、クライドのどうでもいいツッコミに反応する余裕もない。
「ほかの女性ならまだしも、この稀代の悪女なんて! クライド様は騙されているのよ! なんでこんな女を助けに来るのよ!」
「ダリアは悪女じゃない」
そんなこと今はどうでもいいとダリアは思ったが、口にすると話が逸れそうなので無視をして、ジェシカに向き直る。
「それは誤解よ、ジェシカさん。クライドは私に頼まれて仕方なく来てるのよ。ノーバック家を経由して来るように伝えているの」
なんとかこの思い込みを解かないといけない。ダリアは対外的に向けて用意していた言い訳を口にした。
「仕方なくじゃない。自分から来たくて来てる」
「クライドは黙って!」
ダリアはクライドを睨みつけた。
そして、ふと周りを見ると、犯人はすべて捕まり、建物の外に連れ出されていた。
警備隊長が、ダリアに報告をしたいが取り込み中だったため、話しかけられず突っ立ったままだ。
ダリアはゴホンと咳払いをして、指示を出す。
「ゴロツキどもは警備隊長に任せるわ。ジェシカさんは一旦屋敷に連れていきましょう」




