04-2(2)
「ジェーンさん、大丈夫? もしよかったら、お互い少し情報交換をしましょう」
ジェーンは少しだけ目線をダリアに向けると、また下を向いてしまった。
「いろんなことが起こってつらいのはわかるわ。でも何が起こっているのかお互い状況把握だけはしておいたほうがいいと思うの。まず、私から今わかっていることを話すわね」
ジェーンが下を向いたまま、黙ってうなずくのを見てダリアは話し始めた。
「まずは、私のことから。さっきも言ったけど、私の名前はダリア・マクレディ。このマクレディ領を治めるマクレディ伯爵領の当主よ。聞いたことがないかしら? 姉を追い出して当主になった稀代の悪女。あれが私よ」
ジェーンが不安にならないようわざと明るく言う。
「それで、私達を誘拐した犯人だけど、おそらく、この前捕まえた密輸団の残党だと思うわ。私を攫ったとき、そばにいた私の補佐に言っていたの。こいつを返してほしかったら俺たちの仲間を解放しろ、って」
ジェーンの体が小さく震えた。
先日、マクレディ港で暗躍していた大きな密輸団を検挙した。
その密輸団は海を隔てた隣国の密輸団と結託し違法な薬物を密輸していたが、捕まえた密輸団の中に、隣国の密輸団のボスの弟がいた。
さっそく隣国に連絡をすると、隣国密輸団のボスは弟を可愛がっており、捕まったと知ればどんな手段を使っても取り戻そうとするだろう、との報告を受けた。
「だから、交渉の切り札である私達を殺すことはないはずよ」
自分が狙われることも予測して気をつけていたのに、犯人はダリアが一人になった一瞬を見逃さず誘拐した。
自分の詰めの甘さに苛立つが、まずはこの場を切り抜けることを考えないといけない。
「この場所は、おそらくマクレディ領の港にある倉庫。移動時間から考えてマクレディ港近くだと思うわ。ここは私の領地よ。あなたのことは必ず助けるわ。だから安心して」
ジェーンが下を向いたまま小さく頷いたのを確認して、ダリアはジェーンに訊ねた。
「ジェーンさんは、どこで攫われたのかしら? ご一緒の方は? 付添の使用人や馬車は無事かしら?」
少しの沈黙の後、ジェーンは下を向いたままポツリポツリと小さな声で話し始めた。
「……私が一人で馬車を降りて歩いていたところを攫われたので、使用人と御者は多分私のことを探していると思います」
ジェーンが反応を示してくれたことに嬉しくなり、ダリアは思わずジェーンの両手を握った。
「そう! それならきっとまた会えるわ!」
ジェーンは、自分の両手を強く握ったダリアの手首が傷だらけになっているのを見て、小さく悲鳴を上げた。
ジェーンの目線が自分の手首に向かっているのを感じ、ダリアは両手を振りながら答える。
「さっき自分の縄をナイフで切るときに失敗しちゃって。血は出てるけど傷は浅いから心配しないで」
ジェーンは目に涙を浮かべながら小さな声で「ごめんなさい」とつぶやいた。
「え? いいのいいの。ジェーンさんは悪くないわ。わたしが不器用なだけだから」
ダリアはジェーンの肩をポンポンと叩く。
「ただ助けを待つのは性に合わないわ。できることはやりましょう」
「敵の目的は私だけれど、ジェーンさんはなぜ攫われたのかしら。なにか心当たりある?」
ジェーンは青白い顔でうつむいたままだ。落ち着くまでしばらくそっとしておいたほうがいいかもしれない。
「ジェーンさん、わたしはこの建物の中を調べてみるわ。少しここから離れるけど何かあったら声をかけて」
ダリアは建物の端に向かい、壁に沿って丁寧に調べ始めた。古いとはいえ、石の壁だ。小さな隙間はいくつもあるが、人が通れるくらいの大きさのものは見つからない。倉庫の出入り口は木製の大きな引き戸が一つあるだけだ。当然だが鍵がかかっていて開かない。木は古びていて強い力をかければ壊せそうだが、大きな音を立てれば犯人たちが気づいて戻ってくるかもしれない。
せめて建物内に何かないかと探してみたが、結局見つけたのは荷物の保管に使われていたであろう、古びた大きなシートだけだった。
ダリアはそのシートを持ってジェーンのところに戻った。
「ジェーンさん、辛いのはわかるけど、犯人がいつ戻るかわからないから話を聞いて」
あいかわらず無言で下を向いたままのジェーンに構わず話しかける。
「建物の中を調べてみたけど、逃げられる方法は見つけられなかったの」だから、と持ってきた古びたシートをジェーンに見せた。
「これから私はあの辺りにいるわ」
ダリアは建物中心の明るくなっている場所を指差す。屋根の壊れた部分から陽の光が入ってきてそこだけ切り取ったように明るい。
「犯人がこの建物に入ったら、まず中央の明るい場所にいる私に目が行くはず。ジェーンさんは入り口のすぐ横の暗いあの辺りで、このシートを被って隠れていて。
犯人たちは、私が両手自由な状態でいるのを見たら慌てて私の方に駆け寄ってくるだろうから、その隙にジェーンさんはシートから出て入り口から逃げてちょうだい」
ジェーンが顔をあげる。ダリアはジェーンの目を見てはっきりと言った。
「後ろを振り向かず、まっすぐ走って助けを呼んできて」
ジェーンは困惑している。
「でも、そしたらあなたが……」
「わたしは大丈夫。マクレディ領の領主として、あなたを傷つけるわけにはいかないわ」
「でも……」ジェーンは目線を下に向けたままつぶやく。
「申し訳ないけど、今はこれしか方法が思いつかないの。大丈夫、マクレディの警備隊は優秀よ。きっと犯人より先にここに助けに来るから安心して。さ、犯人がいつ戻るかわからないわ。準備しましょう」
ダリアはジェーンを連れて、入り口のすぐ横、ちょうど建物の角にあたる部分に行く。陽の光が入らない場所なので暗く、死角になるはずだ。そこにジェーンを座らせるとシートを広げた。
「犯人がいつ来るかわからないから、これを掛けたらもうお話はやめましょう。あなたを巻き込んでしまって本当にごめんなさい。もし無事に逃げることができたら一緒にお茶でもしましょう」
ジェーンを安心させるように笑顔で、ダリアはシートを被せた。
ダリアはジェーンに話した通り、入り口真正面の明るい部分に座った。見上げると朽ちた屋根の隙間から青空が見えた。ここなら建物に入った瞬間、陽の光に照らされたダリアが目に入るだろう。
とにかく優先すべきことはジェーンを怪我なく帰すことだ。もし失敗しても、ジェーンだけは助かるよう犯人に交渉しなければならない。
それにしても、なぜジェーンさんを攫ったのだろう。最初はジェーンさんだけを人質にするつもりだった?だとしてもなぜジェーンさんだったのだろう。もしかしてまだ何か裏があるのかもしれないが、今は考える材料が足りない。ダリアは天井を見上げ、屋根の隙間を横切っていく雲を見つめていた。
天井から降る光の位置が変わったことに気付いて、ダリアは光の中心に移動した。
ここに座り始めてからどれくらい経っただろうか。光の位置が変わるたび、すこしつ移動していたので、数時間は経っていたかもしれない。
捜査はどうなっているだろうか。犯人の要求を聞いたラリーは警備隊に駆け込んだはず。警備隊長に任せておけば問題ないと思うが、ジェーンが一緒に捕らえられていることは把握しているのだろうか。今日はクライドが来る予定だったから彼にも心配をかけてしまったなあ。など、いろいろなことがダリアの頭をよぎっていく。
お姉様が当主だったなら、こんな失態を起こさなかったんだろうか。ダリアは唇を噛んだ。




