05-1
事件から数週間後、マクレディ伯爵家執務室では、ダリアがノーバック家当主からの手紙を見て固まっていた。
ノーバック家とは普段から仕事の関係で手紙のやりとりは頻繁にある。
だからダリアはいつもの仕事の話だと思い、いつものように手紙を読んだ。そして固まった。
手紙の内容は、クライドを婿にもらってやってくれないか、ということだった。
ダリアが手紙を持ったまま固まっているのを不審に思ったランダルが声をかけると、ダリアは無言で手紙をランダルに渡した。
ランダルは手紙にざっと目を通すと
「よかったじゃないですか」と笑顔で言った。そしてその手紙をなぜか侍女のニッキーにも渡す。
ニッキーも目を通すと
「ダリア様、よかったですね」と笑顔で祝う。
「よくないわよ! なんで?」
そのとき、執務室のドアをノックする音がした。
返事をすると、クライドが笑顔で入ってきた。
子供が友達の家に遊びに来たような気安さで執務室に一人で入ってくるクライドを見て、ダリアは今更ながら疑問に思った。
そういえば、なんでこの人、当たり前のように執務室に来ているのかしら。
普通なら来客は玄関で使用人に止められるのに。
普通なら屋敷内は一人で歩かせず、必ず使用人が案内して執務室まで来るのに。
そういったことに人一倍厳しいはずのランダルも何も言わず、それどころか当然のように歓迎をしてソファーをすすめている。
私が誘拐された事件の後も、警備隊の隊長がクライドをとても褒めていた。どうやらクライドは警備隊とも良好な関係を築いているらしい。「彼のような方だとこちらとしても助かりますよ」と言われたが、意味が分からず適当に話を流してしまった。詳しく訊くべきだったか。
忘れていたが、クライドは海千山千の有力貴族たちに気に入られたゆえの〝婿に来てほしい男性ナンバーワン〟だ。
これがその実力……。ダリアはその凄さに身をもって実感した。
ダリアの手にノーバック家からの手紙が握られているのを見て、クライドは笑顔を見せた。
「ああ、ちょうど読んでたところだった? ノーバック家からの手紙が今日届くと聞いていたから、自分のことを売り込みにきたよ」
「売り込み」
状況が飲み込めないダリアは無表情で言葉を復唱するだけだ。
使用人がクライドの前にコーヒーを出す。出されたコーヒーにはすでにミルクが入っている。これもクライドの好みだ。
そういえば、これも当たり前のように出してるわね、とダリアは頭の中でつぶやく。
「ちょっと待って」ダリアの頭がようやく働きだしてきた。
「この話はクライドも了承しているの?」
「そうだよ。というか、俺が両親に頼んだ」
「は?」
「本当は君が当主として落ち着くまでもう少し待つつもりだったんだけどね。だけどあんな事件があったから急ぐことにした」
「待って。結婚よ? わかってる?」
「わかってるよ。君にとっては急かもしれないけど、俺はずっと考えていたからね。父も母も兄も、そしてメアリもみんな賛成してくれているよ」
ダリアはわけもわからず、隣に立つランダルの顔を見る。
ランダルは「私も賛成です」と告げた。「私も賛成です」聞いてもいないのにニッキーも答える。ダリアはショックを受けたような顔になった。
「なんだみんな賛成なら問題ないね」あっけらかんとクライドが言う。
「ちょっと待って、私は賛成していない」
「何が不満なのさ。イケメン、騎士団員として将来有望、当主たちからの信頼も厚い、ノーバック家当主代理としてすでに仕事はこなしているから君の補佐もできる、非の打ち所のない完璧な婿なのに」
「そういうことじゃなくて。あなたはいいの? 私が相手よ? 嫌われまくっている稀代の悪女よ?」
「いいに決まっているだろ。俺は君が好きなんだから」
満面の笑みを浮かべてのたまうクライドにダリアは言葉を失った。
固まっているダリアを見て、ランダルはニッキーにダリアにもお茶を入れるように命じた。
やがてダリアの前に温かい紅茶が出される。
「まあまあ、お茶でも飲んで落ち着いて」クライドが軽い調子で言う。
ダリアは無言でティーカップを手に取る。
いろいろ思うところも言いたいこともあるが、今はとりあえずお茶を飲む。一口飲んだら少し落ち着いた。
それを見てクライドが話を続けた。
「うちの兄とメアリとの結婚は、君がメアリを家から追い出す、という暴挙で終わったけど、ノーバック家としてもトレッド様から出入り禁止にされてからいろいろ考えていたんだよ」
「暴挙って」ダリアは不服そうに口をとがらせる。
「出入り禁止になってすぐくらいかな、兄がね、メアリと結婚したいからトレッド様に認めてもらえるよう頑張りたいって家族の前で宣言したんだよ。だから父が、メアリが結婚するまでという条件を設けて、それまでは思うようにやっていい、その代わり、メアリが他の男性と結婚したら、すっぱり諦めて他の女性を娶ることを考えなさい、と。
自己主張をあまりしない兄がそこまでいうのは本当に珍しいから、両親と俺は協力していたわけ」
初めて聞く内容に、ダリアは驚いた。
「兄は、マクレディ領の経済に頼り切っているノーバック領の現状を見直して認めてもらう作戦をとることに決めてね。
今まではノーバックのものは近くて需要の多いマクレディ領に納めるのが普通で、実際、運送の手間を考えると、多少値を下げてもマクレディ領に納めるのがお得だったんだけど、それを他の領へも販路を広げて、マクレディへの依存度を減らしていたんだよ」
それにはダリアも気づいていた。ここ数年、ノーバックから入ってくる木材の量が減り、マクレディ領内でも価格が上昇しているのだ。
マクレディ領は発展した豊かな領だが、それは交易によるものが大きい。山地や農地は少ないため、農作物や木材などは自領だけではまかないきれず、他領から買い付けることが多い。ノーバック領は場所も近く輸送コストも抑えられるため、マクレディ領での取扱量が多くなってしまうのは当然だ。
トレッドは、ノーバック領をマクレディに頼り切っていると怒っていたが、実際はマクレディもノーバック領に頼っているのだ。
「俺が王都で当主代理として動いていたからノーバックの次期当主は俺じゃないかと勘ぐっている人もいるみたいだけど、俺は兄に協力して王都で根回しをしているだけで、実際領地を走り回っていたのは兄だから、領民にとって次期当主は兄以外にはいないと思うよ」
クライドは必死だった兄の様子を思い出して、目を細めた。
「そんな簡単に領内の状況を変えられるわけもないんだけど、それでも数年かけて少しずつ上向いていたんだよ」
クライドはそこでコーヒーを一口飲んで続けた。
「そんなときに、トレッド様と奥様が亡くなったという話を聞いて」
ダリアの体が一瞬こわばった。
「今は出入り禁止とは言え、昔は仲良くさせてもらっていたし、突然両親が亡くなって大変だろうからと、うちの両親が手伝いを申し出たんだ。そしたらメアリに断られてね。自分が次期当主だから自分で全部やる、と、妹もいるから大丈夫だからと」
ダリアは目を見開いたが、自分は何もできなかったこと、ただ部屋の隅で膝を抱えていただけだったことを思い出して、黙って目を伏せた。
「あの一件でメアリは変わったよね。心を決めたというか、当主になる決意をしたというか。兄もそれを見てメアリを諦めようとしてたんだ。そしたら君からの提案だよ」
ダリアが顔をあげるとクライドと目が合った。
「お姉様を追い出す……」
「そう、それ。結果として君の計画に乗っかって、うちの家族は目的を遂げることができたわけ」
「クライドが婿に来る、というのはそのお礼ということ?」
「違うよ」クライドが苦笑する。
「俺ががんばっていたのは兄のためだけじゃなかったということ」
クライドは真剣な顔でまっすぐにダリアを見た。
「俺が騎士団に入って数年後、運良く武勲をあげた頃にトレッド様に会いに行ったことがあるんだ」
「お父様に?」
「そう、王都のマクレディ伯爵家別邸に来ていたときだから、君は知らないと思うけど。
ノーバック家の人間になんて会いたくもないだろうけど、俺が武勲をあげてちょっと有名になった頃だったからね、今なら会ってくれるんじゃないかと思ってさ。断られることも覚悟していたんだけど会ってくれたよ」
ダリアにとって初耳だ。
「お父様とはどんな話を?」
少しの沈黙の後なんとか絞り出した声は少し震えていた。
「トレッド様は情報収集能力と情勢を読むのがうまいよね。ノーバック家の現状を正確に把握していたよ。兄が必死に仕事をこなしていることも知っていて、まだメアリを諦めていないのかと呆れられたよ。
百戦錬磨の伯爵家当主と腹の探り合いをして勝てるわけないんだ。だからはっきり訊いたよ。兄とメアリのことを認めてもらうにはどうしたらいいかって。そしたら、メアリの結婚相手の条件は俺が認める相手かどうかだ。ノーバック家でも関係ない。俺を認めさせてみろ、そしたら考えてやってもいい、と」
「お父様が……」
「いい機会だから、もう一つ聞いたんだ。それはダリアも同じですか、と」
「は?」
「ダリアの結婚相手も、ノーバック関係なくトレッド様が認める相手かどうかですか?と聞いたら、そうだ、と」
「それでは、私はダリア様の相手となるべくがんばりたいと思います、と言ったらトレッド様笑ってたよ」
クライドは愉快そうに笑った。




