21 歌姫の望み
マリヴォンヌは連れて行かれ、再度投票がされることになった。彼女の両親が抗議していたが、陛下の決定に異を唱えられるわけもない。そして……時間が経過し再度投票結果が出た。
「皆さんお待たせしました。今回の投票は間違いなく正しい。私が全て監視した目の前で開票をしたからだ。尚不正をしていたことがわかったマリヴォンヌ嬢の票は無効とし、彼女は永久に出場できぬようにすると決めた!」
パーシヴァル殿下中心で投票をやり直してくださったらしい。
「では、発表に入る」
三位……二位……順に呼ばれるが私の名前はない。
「今回の歌姫は……ロザリー・ジェラール!」
私は自分の名前が呼ばれたことに反応ができなかった。その場で固まっていると、殿下から優しく促される。
「さあ、ロザリー嬢前にどうぞ。表彰させていただきますので」
その声でやっとフラフラと前に行くことができた。これは本当なのだろうか?
「とても見事な歌声だった。君こそ我が国の歌姫に相応しい。おめでとう」
陛下がわざわざ私の前に来て、歌姫に選ばれた者だけいただけるティアラを頭にそっと付けてくださった。
「ありがとうございます」
「この栄誉を讃え、褒美を取らせよう。ロザリー嬢、君の望みはなんだ?」
私の望み……私の望みなんて一つしかない。歌姫になれたのは……いや、こんな大勢の前で歌えたのは愛する彼のおかげなのだから。
「私はラファエル・アランブール様との婚姻を望みます」
はっきりと力強くそう告げた。その瞬間に一瞬だけシン、と静まり返った後すぐに会場中がザワザワと煩くなった。
ラフは目を見開いて固まっていた。喜んでくれるかと思ったけど……ああ、失敗したかもしれない。こんな公の場でこんなこと言うなんてはしたなかった。
「あの……もちろん、その……彼が望んでくださるのであれば。無理矢理とかそういうのではなくて……」
私は陛下の前なのに、さっきとは別人のようにごにょごにょと言い訳をしてしまう。陛下はフッと面白いものを見るように微笑んだ。その後ろでパーシヴァル殿下も陛下と同じ顔で笑っている。
「なるほど、確かにそれは私の一存では決められぬ。ラファエル!お主はどう思う?」
急に話を振られたラフは、ハッと正気に戻った。いつものキリッとした完璧な顔だ。彼は私の前に進み、跪いた。
「彼女は私の最愛の女性です。こんなに嬉しいことはございませぬ」
会場中に響き渡る声で、そう言ってくれた。私は嬉しくて涙がこぼれ落ちた。
「ラフ……」
「ロージー、愛してる。結婚しよう」
「はい!」
彼は指輪を薬指にはめた後、私を抱きあげて唇にキスをした。会場からは鳴り止まぬ拍手と歓声があがった。
「王家からもこの素晴らしき二人を祝福しよう!」
陛下の言葉に反応し、さらに会場は盛り上がった。まだまだ続く拍手の中、彼は私を抱き上げたまま爽やかに手を振って壇上から降りた。そしてそのまま控室に連れて行かれた。
「ああ、幸せすぎてまるで夢みたいだ」
「……私もです」
「夢じゃないと確認させてくれ」
そう言った彼に口付けをされる。チュッチュッ……と最初は触れるだけだったのに、徐々に深くなっていく。このまま食べられてしまいそうだ。
「んっ……ふっ……ラフ……」
気持ちいいけれど息ができなくて、苦しい。逞しい胸板を必死に押し返すと、彼は名残惜しそうにペロリと唇を舐めてやっと身体を離してくれた。うゔっ、濡れた瞳と唇がとても色っぽい。
「そんな可愛い声出されたら困る」
「なっ……!」
「ずっとキスしていたい」
彼に抱きしめられて、耳元でそう囁かれた。困るだなんて……それはこっちの台詞だ。私の方がめちゃくちゃ困っている。
しかしこの甘ったるい時間は長くは続かなかった。ドンドンドンとけたたましく扉が叩かれたからだ。
「お嬢様!無事ですか!?」
色んな意味で心配したジャンヌによって、私は無事保護されてとりあえず今日は解散することになった。
「ラファエル様が我が家の大事なお嬢様を大変愛してくださっていることはわかっておりますが、それとこれとは別問題です。お嬢様は今時珍しい純真無垢な汚れを知らない御令嬢ですので。紳士なラファエル様ならこの意味をご理解いただけるかと」
「……はい」
「ありがとうございます。アラン様、ラファエル様へご指導よろしくお願い致しますわね」
うふふ、と笑ったジャンヌは微笑んでいるが絶対に怒っている。
「……だ、そうです。ラファエル様、公爵家の御子息として恥じぬ行いをよろしくお願いします」
執事のアランは冷たい目で彼をチラリと横目で見て、そう言った。
「わかった……いや、ちゃんとわかっている。でも私達はもう結婚の約束をしたのだ」
彼はすぐにいつものキリッとした顔に戻ったが、私を見るとまたふにゃりと顔が緩んだ。
「ああ、だめだ。幸せすぎて顔がニヤついて戻らない。だってやっと長年の片想いが叶ったんだ。もう離れたくない……ずっと一緒にいたい」
ラフは私を抱き抱えてすりすりと頬擦りをした。私は真っ赤になり、カチンと固まった。
「ラファエル様、ほらロザリー様が困っていらっしゃいますから。それに殿下がお呼びですからさっさと行きますよ。緩んだその顔を引き締めてください」
「嫌だ!ロージーと共に帰る!」
「はい、はい。わかりましたから。お二人ともラファエル様が大変ご迷惑をおかけしました。失礼致します」
アランは子どもみたいに駄々をこねるラフを完全に無視して、ズルズルと引きずって行った。
そのいつもとは全く違うラフの言動に、私とジャンヌは顔を見合わせて吹き出してしまった。少し驚いたが、私はいつもの取り繕った顔の彼より今の感情を露わにするラフの方が好きだ。
「あはは、ラフがあんな我儘だなんて知らなかったわ」
「ふっ……くく。ラファエル様のあのようなお姿見たら、みんな仰天しますよ、アラン様に引きずられて……ははは」
二人でひとしきり笑って、家に戻った。すると、我が家のみんなはもう私が『歌姫』に選ばれたことを知っているようでパーティの準備が進んでいた。
「お嬢様、歌姫おめでとうございます!!」
使用人達に温かく出迎えてもらい、私はまた涙が出てきた。今日の私は泣き虫だ。
「みんな、ありがとう」
「それと……ご婚約もおめでとうございます!!」
紙吹雪が沢山舞い、クラッカーが鳴り……片付けのことを一切考えていないような浮かれたお祝いをしてくれる使用人達が最高すぎる。
「ありがとう。私はここで生まれて、みんなに会えてとても幸せだわ」
今夜は全員で夜通しパーティになった。普段は一緒に食卓を囲むことはないが、今夜は特別だとお父様が許可してくれたのだ。
「姉様、とっても素敵だった。僕ビックリしちゃった。みんなにも見せたかったなあ」
「シルヴァン、応援してくれてありがとうね」
私が頭を撫でると、彼は嬉しそうにニッコリと微笑んだ。
「私からも改めておめでとう。歌姫も……婚約も。いつの間にか……こんなに立派に大きくなったのだな」
ぎゅっと私を抱きしめ、頬にキスをした。お父様は喜びと切なさの混じった眼をしていた。
「お父様に育てていただいたおかげですわ。ありがとうございます」
私は涙を堪えて、とびっきりの笑顔を見せた。
「……さあ、食べよう。みんな張り切って作ってくれた」
「はい!」
そこからは乾杯!の声と共にわいわいと楽しいパーティが始まった。しばらく経った後、私はお礼を兼ねてみんなの前で歌を披露した。
笑ったり泣いたりみんなとても忙しい。そうしてジェラール家は幸せに包まれながら……夜が更けていった。




