20 愛の歌
私が出てきた瞬間、会場中がかなりざわついた。まあ、それはそうだろう。だって……この素晴らしいコンテストに相応しくない装いだ。
今の私はただただ純白でシンプルなキャミソールタイプのロングワンピース一枚にサファイアのネックレス、飾りも何もない真っ直ぐ下ろしたストレートヘアで出てきたからだ。
これは若い頃にお父様がお母様にプレゼントしたもの。お母様は気合を入れて歌う時ほどシンプルな服を好んだからだ。
私は舞台に立った後伴奏をしてくれる楽団の皆さんに、演奏は不要だと伝えた。みんな驚いていたが、わかりましたと楽器を置いてくれた。
広い会場を見渡すと沢山の人だ。こんなに沢山の人がいるのに……ラフをすぐに見つけられた。
彼は驚いた顔をしていた。そりゃそうよね、あのドレスどうしたんだ?って思うもの。でも彼は私と目が合ったことに気が付き『ガンバレ』と口が動いた。
目が良いわけではないのに、彼のことは離れていても見えるらしい。私はニコリと微笑んだ。
舞台の真ん中に立つと、スポットライトが当たる。するとザワザワしていた会場がシーンと静まり返った。私は緊張して震える手でネックレスをひと撫でした。
――よし、もう大丈夫。
すぅ、吸い込む息の音まで聴こえる。私はラフに……あなたに出逢えた喜びを歌にのせて伝えたい。そしてみんなに愛する人に出逢える幸せを伝えたい。
豪華なドレスも、演奏も何もいらない。アカペラで歌い上げる。
私が歌う『愛の歌』は昔からこの国で歌われ続けてきた曲だ。子どもから大人まで誰でも知っている。決して技巧的な曲ではないが私はこのシンプルな曲で勝負しようと決めていた。
――ラフ、愛してるわ。
最後まで一人で歌うと、会場からは破れんばかりの拍手が鳴った。ぐすぐす、と啜り泣くような声も聴こえてくる。
ラフを見ると、彼は目頭を押さえて涙を堪えているのがわかった。ふふ、彼も案外泣き虫らしい。
お父様とジャンヌは号泣していて、弟のシルヴァンはパチパチと一生懸命手を叩いてくれている。
私はなんとか息を整えて、深々と礼をした。その瞬間にまた沢山の拍手が鳴る。
全て終わったんだと思うと、途端に力が抜けた。フラつく足取りでなんとか舞台裏にたどり着いた。
「アカペラなんて……パフォーマンスのつもり!?しかもあんな簡単な曲。そんなことしても私が一番よ」
マリヴォンヌはそう吐き捨て、私を睨みつけて去って行った。確かにそうかもしれない……でもいいの。私は自分のできることを精一杯できたと思う。
ああ、全てを出し尽くしたからか上手く動けないわ。私は舞台裏にしゃがみ込んでしまった。その瞬間ふわりと抱き上げられた。驚いて目を開けると、そこにはラフがいた。
「大丈夫かい?この世のものとは思えない程素晴らしい歌声だった。よく頑張ったね……私は君が誇らしいよ」
彼は愛おしそうに私に頬擦りし、嬉しそうに微笑んでくれた。
「ラフ……ごめんなさい。あなたがくれた……ドレスがね……ひっく……うう……」
「さっき話を聞いたよ。いいんだ、何も言わないでくれ。ロージーは何も悪くないんだから」
「でも……でも……」
「ここからは私の出番だ」
チュッと頬にキスをされ、控室に連れて行ってくれた。するとジャンヌが戻ってきてくれていて、甲斐甲斐しくお世話をしてくれた。
「ずっとここにいたいけれど、少しやらなきゃいけないことがあるんだ。また後で」
彼はそう言って私をジャンヌに託して、控室を出て行った。やらなきゃいけないことって何なのだろうか?
「お嬢様、そろそろ結果が出るようですわ」
「そう。会場に向かうわ」
私が会場に入ると、他の出場者達もみんなズラっと並んでいた。私を含めて二十人。もちろんみんな歌声に自信のある御令嬢ばかりだ。
「発表します。まずは三位から……」
このコンテストは三位から順に発表される。まだ呼ばれない。
「続いて二位……」
これも私の名が呼ばれることはなかった。もちろん、マリヴォンヌの名前もまだ。
「最後に歌姫の発表です。今回の歌姫は……マリヴォンヌ・カスタニエ!」
――やっぱりマリヴォンヌか。私はダメだった。
三位にも入れないなんて不甲斐ないわね。でもこれは公正な結果だ。仕方がない。
「だから私が勝つって言ったでしょう?大人しく引っ込んでればよかったのよ」
マリヴォンヌはこちらを見て、馬鹿にしたようにそう言った。
「……おめでとうございます」
「あら、ありがとう」
彼女が舞台の真ん中にカツカツと高いヒールを響かせて、たどり着いた。
しかし、そこで驚くべきことが起こった。コンテストを聴きにきていた客達からブーイングが起こったのだ。
「この順位はおかしい!」
「ロザリー嬢の名前がないなんて」
「そうだそうだ。一番拍手が大きかったのは彼女だろ!!」
ザワザワとそんな声が沢山聞こえてくる。私はそう言ってくれる人がいただけで有り難かった。
「静粛に!静粛に!!これは公正なる投票の結果……」
司会者がその場を静かにしようとするが、ブーブーとブーイングは止まらない。マリヴォンヌはチッと舌打ちをして、ものすごく怒っているのがわかった。
するとなんとラフが、ひょいと舞台に上がりニッコリと微笑みながらマイクを奪い取った。
「え……?」
彼は一体何をしているのだろうか?そしてさすがはこの国の有名人……みんなの視線が一気に彼に集まった。
「すみません、この王家主催の神聖なコンテストで気になることがありまして。それについて少しお話をさせてください」
彼はニコニコと微笑みながら話しだした。
「信じがたいですが、票の操作があったようなんです。ねえ?マリヴォンヌ嬢」
え?まさかそんなこと。
「な、なんのことでしょうか。そんなことするはずありません。濡れ衣を着せるのはやめてくださいませ」
「ほお……しらばっくれますか?コンテストの司会者を買収してたのに?」
その言葉に会場中がザワザワと煩くなる。マイクを取られた司会者は顔が青ざめている。
「彼の控室から、なぜか大量のロザリー嬢の票が出てきたんですよ?おかしいですよね」
ラフは袋からパラパラと私の名前が書かれた紙を、出して見せた。
「鍵をかけていたのに何故!?」
「すぐに燃やしなさいとあれだけ指示したの……あっ!」
マリヴォンヌは口を滑らせ、慌てて口を手で塞いだ。
「外の警備はあえて厳しくしていましたから。燃やすことなんてできなかったんですよ。こんな量を部屋で燃やしたら火事になりますしね」
ラフはニコニコと微笑みながら淡々と告げた。
「驚きましたよ。調べたらあなたに頼まれて票を入れた連中も沢山いたし、開票員にも協力者がいたようですね。みんなあなたに多額の金を貰っていたと吐いてくれましたよ」
「違う……違うわ……これは何かの間違いよ」
マリヴォンヌはガタガタと震えて、その場に崩れ落ちた。
「陛下!恐れながら申し上げます。王家主催のこの伝統ある『歌姫』のコンテストを不正で汚すわけには参りませぬ。今一度公正な投票をお願いいたします」
ラフがハッキリとそう告げたことにより、会場にいた陛下は立ち上がった。
「許す、もう一度投票を。歌姫はこの国の宝であり神聖なものだ。この件で疑いのある者は全て再度王家で調べ……不正が確認された場合は処罰を言い渡す」
「……というわけで、再度投票をし直します。皆さんご協力ください」
その瞬間、ワーワーと国民達から歓声があがった。私は呆然とその様子を見ていたが、壇上のラフはパチンとウィンクをしてニッコリと微笑んでいた。




