19 コンテスト
今日は歌姫のコンテスト当日。数日前にラフからは『応援している』という手紙と共に、美しいブルーのドレスとサファイアのネックレスが届いた。
サファイアの宝石言葉は『成功』だ。そして彼の美しい瞳を思わせる深いブルー。ドレスももちろん彼の色だ。
『私の代わりとして、君の傍にいさせて欲しい』
お守りとして、ネックレスを首から下げた。歌姫のコンテストは三年に一度しかない国をあげての一大行事だ。国民たちも音楽が好きな人が多く、みんなこのコンテストを楽しみにしている。
もちろん歌が一番の評価基準だが、毎回出場者の美しいドレス等も含めて総合的に評価されるのだ。歌唱力、表現力、美しさ、華やかさ全てを持ち合わせている人が歌姫に選ばれる。
このコンテストに出て、男性から見染められることもある。それくらい歌が上手いことは価値のあることだ。だから、出場する御令嬢達も命懸けだ。
着飾らねばならないためどの人のドレスもかなりボリュームがある。だから出場者達はみんな会場で直前に着替える。出場者にはそれぞれ控室が割り当てられているのだ。
お母様のお墓に「頑張って来ます。お母様どうか見守ってください」と伝え、お父様とシルヴァンにも「行ってくる」と伝えた。二人は会場に応援に来てくれるらしい。家の使用人達もみんな私が出るというだけで喜んでくれて、もう優勝したかのような盛り上がりだった。
会場入りする前、ラフが入口で待っていてくれた。その姿はとても目を引いて、沢山の御令嬢達がチラチラと彼を熱い視線で見つめていたが、彼は素知らぬ顔をしていた。
「ロージー……逢えて良かった」
「来てくださったのですね。ありがとうございます」
「始まる前に、どうしても君の顔を見たかったんだ。君が全ての力を出し切れるよう祈ってる」
彼は私の手を持ち上げて、甲にチュッとキスをした。周囲からは「キャーーッ!」と黄色い悲鳴が上がっている。
「はい。頑張ってきます。これ、大事にお守りにしています」
私は首からネックレスを出して、そっと見せた。彼は眉をへにゃりと下げて優しく微笑んだ。
「つけてくれて嬉しい」
「あなたが傍にいる気がします」
私はネックレスをギュッと抱きしめて、気合を入れ直した。
「行ってまいります!」
「……行ってらっしゃい」
ラフに頭を撫でてもらい、手を振って別れた。その場面を見ていたマリヴォンヌは鬼の形相で怒っていた。
「ちょっと、あなたごときがどうやってラファエル様をたぶらかしたのよ!恥を知りなさいよ」
「……あなた様には関係ないことです」
私はもう彼女の言葉に怯えるのはやめた。意味のない言葉だとわかったから。
「あなたなんてコンテストに出たって恥をかくだけ。笑われ者になるのだから、やめなさいよ。私は優しさで忠告してあげているの。どうせ勝つのは私よ」
彼女は自信満々に扇子をパタパタと仰ぎながら、私を睨みつけた。
「私は私の歌を歌うだけですわ」
「……っ!」
「失礼致します」
私は自分にできる最上の笑顔を作って、その場を去って自分の控室に入った。
「お嬢様……ご立派です。あんな女が今の歌姫なんて耐えられませんわ。昔からお嬢様に嫌がらせばかりして!」
幼少期に私が歌えなくなった原因があの女にあることを知っているので、ジャンヌは彼女が大嫌いだ。
「ジャンヌ、だめよ。どこで誰に聞かれているかわからないんだから。それにマリヴォンヌ様の技術が高いのは事実だもの」
そう……悔しいが彼女は上手い。幼い頃から先生をつけてトレーニングをし、正確に音とリズムを捉える。そして、見た目通り自信満々の華やかでゴージャスな歌声だ。
「あの女の歌は派手でやたら難しい曲ばかりで好きではありませんわ」
ジャンヌが淡々とそう言うのを、私は苦笑いをしながら見つめる。
「それに比べてお嬢様の歌声は、透き通っていて穏やかで心が温かくなります。私にとって一番はお嬢様の歌です!」
かなり主観と贔屓が入っているけれど、私を褒めてくれる気持ちは素直に嬉しい。
「ふふ、ありがとう。緊張がとけたわ」
そしてコンテストが始まった。私はエントリーがギリギリだったので一番最後になってしまった。そろそろ準備をしないと……と思った時に主催者の方から連絡があると呼び出された。
「何かしら?とりあえず行ってくるわね」
「心配なので私も行きます」
ジャンヌも連れて、控室には鍵をかけて行くことにした。話は当日欠席者が出たので、出番が早まるというだけのものだった。
「早くなるなら、もう着替えた方がいいかもしれないわね」
「そうですね。お化粧とヘアセットもありますし、そうしましょうか」
二人でそんな話をしながら、控室に戻ると……そこはあまりに酷いことになっていた。私は中を見て呆然と立ち尽くした。
「誰が……こんなこと!?」
部屋の鍵は壊され……ラフが贈ってくれた美しいブルーのドレスが、ズタズタに切りつけられていた。
「お嬢様……っ!」
ジャンヌも驚いて、カタカタと震えている。
「せっかく……彼が贈ってくれたのに。こんな……酷い……酷すぎるわ」
私はドレスを見て涙が溢れてきた。ラフが頑張ってって、私の代わりだよってわざわざ手配をして贈ってくれたのに。それを……こんな。
「あらぁ?どうされたの?」
後ろからマリヴォンヌのくすくすと笑う声が聞こえてきた。私が振り向くと、彼女はフンと鼻を鳴らした。
「あなた……まさかお嬢様のドレスを!?」
ジャンヌがマリヴォンヌをギロリと睨みつけた。すると彼女は「はぁ」とあからさまにため息をついた。
「あなた使用人の躾もできないの?証拠もないのに、犯人扱いなんて失礼すぎるわ。あんたみたいな使用人私ならどうとでもできるんだからね!」
「マリヴォンヌ様、全て私の責任です。申し訳ありません……ジャンヌは黙りなさい」
私はそう言うしかなかった。確かに証拠が何もない今はこっちが不利だ。
「ふん。でも良かったじゃない?似合わない豪華なドレスがなくなって。じゃあ私は出番ですので。お互い頑張りましょうね」
オホホ、と高笑いをして去って行った。このドレスを切り刻んだのは十中八九あの女だ。
「お嬢様、申し訳ありません」
「ううん、私こそごめんね。ああ言うしかあなたを守る方法がなくて。ジャンヌは私のために怒ってくれたのに」
切り刻まれたドレスを見て心が折れそうだ。やっぱり私なんかがコンテストに出るなんて間違いだったのだろうか。出たところで恥をかくかもしれない。だからこれは神様が出るなと言っているのかもしれない。
もやもやと心が闇に飲み込まれそうになったその時、ラフがくれたネックレスが首元で揺れた。
『君が全ての力を出し切れることを祈ってる』
そうだ。自分で諦めてどうするんだ。私はラフのために歌いたかったのに。ドレスがなくても、この身一つあれば歌は歌えるじゃないか。
卑怯なことをしてラフを手に入れようとするマリヴォンヌに私が負けるわけがない。負けたくない。
「ジャンヌ、お守りにお母様の形見持ってきてるわよね?」
「はい」
「それを着る。お母様に……いや、お父様とお母様に助けていただくわ」
「しかしこの服は……!」
「お母様が言っていたわ。本当に良い歌に派手な服は邪魔になるって。お母様がお父様に向けて歌を聴かせる時はいつもその服だった」
ジャンヌはこくんと、頷き私にお母様の形見のワンピースを着せてくれた。ヘアセットも当初考えていた凝った物ではなく真っ直ぐおろすだけ。お化粧も最低限にした。
「行ってくるわ」
「……お嬢様、お綺麗です。あの頃のアリエル様のようで……うっ……うっ……」
「泣くのは歌姫になってからにしてよね」
私はジャンヌにふふっ、と笑い大きく深呼吸をしてステージに足を踏み入れた。




