18 甘えられる相手
そして今は馬車に揺られている。二人の気持ちが通じたので彼の執事のアランと私の侍女のジャンヌが気を利かせて、二人っきりにしてくれた。
「ラファエル様、わかっておられると思いますが節度を持ったお付き合いをしてくださいね。何もないことを示すために窓は開けておくように」
「お嬢様、まだ口付け以上は絶対に許してはいけませんからね!旦那様の許可を得る前なのですから」
お互いに聴こえるような大きな声で、それぞれが釘を刺される。
「わかってる」
「わかっているわ」
彼と私の声がほぼ同時に重なったので、ついお互いの顔を見合わせて笑ってしまった。
そして二人きりで馬車に乗り込む。アランとジャンヌは別の馬車を手配したらしい。
「アランは心配性で困る」
「うちのジャンヌもかなり心配性です」
少しだけ気まずくなりながら、お互いの手を重ね合わせる。それくらいは許されるはずだ。
「今日は自分の好きなものを、ロザリー嬢に知ってもらえて幸せだった」
「私も新たなあなたを知れて幸せでしたわ」
「自分のことを……知られてがっかりされるのが怖かったんだ。周りの目を気にして、取り繕ってばかりの臆病者ですまない」
私はプルプルと左右に首を振った。
「臆病者なんかじゃないです。ラファエル様はいつも努力されてて、真面目で誠実で素敵です」
「……ありがとう。君にそう言われたら今まで頑張ってきたことも報われる」
彼は優しく目を細めて私の髪をさらりと撫でた。
「ねえ、ロザリー嬢のこと愛称で呼んでもいいかな?私だけの……特別なものが欲しい」
「愛称ですか?」
そういえば恋人同士は愛称で呼び合うって聞いたことがあるわね。でも私は今まで誰からも呼ばれたことはない。
「ええ、ロージーとお呼びしても?」
「ロ、ロージー……?」
なんか甘い響きが恥ずかしいし、自分じゃないみたいだ。
「私のことはラフとお呼びください」
「ラフ……様」
なんか愛称で呼び合うなんてくすぐったい。照れながら初めて口に出してみる。
「様を抜いて。私達はもう恋人なんだから」
彼は甘ったるい声を出して、私の唇を人差し指でちょんちょんと突いた。
「ええ!?それは……できません。あなたを敬称なしでお呼びするなんて」
「いいから。お願い」
色っぽい瞳でジッと見つめられ、頬をスリスリと手でなぞられた。
「じ、じゃあ二人きりの時だけ……ラフ」
私は意を決して、なんとかその名を呼んでみた。すると彼は真っ赤に頬を染めた。
「んんっ……!そう呼ばれる妄想なら何度もしていたけど、本物は破壊力がすごい」
「ん?妄想?」
「こっちの話だよ。これからはそう呼び合おうね、ロージー。二人きりの時だけなんて言わず、いつでもそう呼んでくれ」
彼は嬉しそうに頬にチュッチュとキスをした。恥ずかしくて彼の方を真っ直ぐ見ることができない。ラフはこういうスキンシップに慣れているようで、余裕な表情なのが少し悔しい。
「君と離れるのが辛い。早く夫婦になりたい」
「ええっ!?夫婦って……ま、まだ今日お付き合いを始めたばかりですよ」
「そうだけど、私はもう充分すぎるほど待った。君に何年も片想いしていたからね」
パチンとウィンクをして、私をスマートに馬車からおろした。そして、彼はお父様に私に求婚したことを伝えると言って聞かなかった。
「だ、だめです!ラフがいきなりそんなことを言ったらお父様倒れちゃいます!!」
「しかし隠して付き合うなどできない。君を大事にされているお父上だからこそ、きちんと説明したいんだ」
私が止めるのも聞かずに、我が家に入り彼は真剣な顔でお父様に話し出した。
「私はロザリー嬢のことを愛しています。先程、彼女とお互いの気持ちが同じだとわかりました。どうか結婚を前提にお付き合いをさせて下さい」
きっと「認めない」とか「嫁に行くな」と叫ぶだろうなと思っていたお父様は、予想に反してとても落ち着いていた。
「きちんと話していただいてありがとうございます。娘は……親バカだと思われるでしょうが、とても優しい良い子です。妻が死んでからは色々苦労もかけてきました。どうか……幸せにしてやってください。ロザリーは一人で頑張ることが多いので、あなたが甘えさせてやって欲しい」
「はい!私の全てをかけて大切にします」
「ロザリーをよろしくお願いします」
切ない表情で優しく微笑むお父様を見て、私は涙が出てきた。その溢れた涙をラフが指でそっと拭ってくれた。
「ただし……結婚するまでは清い関係で!!わかっていますね」
優しかったお父様が急にギロリと、ラフを睨みつけた。こんな怖い顔のお父様を初めて見たので驚いた。
「わ、わかっていますとも。もちろんです」
もうキスをしてしまったとは絶対に言えないなと思った。全てを知っているジャンヌは私を見て一瞬だけニヤリと笑い、すぐにキュッと無表情に戻した。
「お父様、私ね……『歌姫』のコンテストに出ようと思うの。そして、それが終わったらラファエル様と婚約を考えています」
「ロザリーがコンテストにっ!?」
お父様は信じられないというように、大きく目を開いた。
「……ええ。どうなるかわからないけれど、挑戦してみたいの。そう思えたのはラファエル様のおかげよ」
私が横にいる彼を見つめると、ラフはこくんと縦に頷き私の手をきゅっと握ってくれた。
「そうか。ロザリーがまた人前で歌いたいと思ってくれる日が来るとは。私には……君にそう思わせてあげることができなかったから」
「お父様、ありがとうございます。今までずっと私を守ってくれて。とても嬉しかった。でも……立ち止まっていたくないの。お母様は私が歌うことを、どう思われるかわからないけれど」
「……天国のアリエルもきっと喜んでいるよ。ああ、今日はいい日だ。嬉しいことを二つも聞けるだなんて」
お父様の目が潤んでいるのがわかった。私がお父様の涙を見るのはお母様が亡くなられた時以来だけど、今日の涙はとても幸せな涙だった。
ラフはその後にお母様のお墓参りもしてくれて、私達が付き合ったことを報告してくれた。
「必ず幸せにしますので、どうかお許しください」
彼は膝をついて深く頭を下げた。私も隣で「お母様、この方が私の大好きな人です」と報告をした。
それを聞いてラフは真っ赤になり、しばらくその場から動けなくなった。
「そういう不意打ち……やめて下さい」
「ラフって自分が言うのはいいのに、私に言われると弱いですよね?」
「そりゃ……そうですよ。私はロージーに心底惚れていますから」
私達はお墓の傍にあるベンチに腰掛けた。お墓と言っても、ここはお母様が寂しくないようにと好きだったお花がたくさん植えてある美しい庭の一角だ。以前なら彼にこう言うことを言われたら「嘘だ」と思っていたけれど、今なら彼が本気でそう言ってくれているのがわかる。
「ふふ、愛しています」
「なっ……!そ、そ、そんなの私の方が何十倍……いや何百倍愛していますよ!!」
よくわからない張り合いを見せてくるので、私はくすくすと笑ってしまう。
「……だめだ。君には一生敵いそうにない。格好良く取り繕うこともできないし」
なんて頭を掻きながら、拗ねて視線を逸らす姿が子どもっぽくってなんだか可愛らしい。
「ラフは可愛いですね」
「えっ!?」
「良かった、本当のあなたが可愛い人で」
彼は急に私の肩にぽすんと頭を置いて、すりすりと甘えるような素振りをした。
一体どうしたのだろうか?私が顔を覗き込むと……彼は頬を染めたまま私をチラリと見上げた。
「前にあなたが甘えてもいいと……言ってくれたので、甘えています」
「ふふ、やっぱり可愛いですね」
「私が甘えられるのはあなただけです。そして、あなたも私にだけは甘えてください」
「ええ、私は幸せですね」
「……私の方が幸せです」
疲れていたのか、彼はそのままうとうとと……眠りについてしまった。きっと毎日忙しいものね。彼が私の傍で癒されているのであればこんなに嬉しいことはないな、と私はラフの髪をさらりと撫でた。
そして彼が驚いていきなり飛び起きたのは小一時間過ぎた後だった。いつの間にか私の肩ですやすやと寝てしまっていたことを知って、恥ずかしがる彼は……やっぱり可愛かった。




