17 真実の愛
そしてランチの後は一面の花畑に連れて行ってもらった。
「これは……マーガレットですか?」
「ああ、そうだよ」
私は走って花畑の中に入って行った。サワサワと吹き抜ける風が気持ちよくて、その場で伸びをした。
「マーガレットといえば、幼い時恋占いしませんでした?好き……嫌い……って花びらを千切っていくやつです」
私は懐かしくなって花を覗き込んだ。うん、やっぱりこのお花だわ。懐かしいわね。
「残念ながら私はしたことがないな」
「こんなことするのは、女の子だけですかね?」
「……過去にあなたに占われた相手が羨ましい」
ムッと口を引き結んで、不機嫌そうにそう言った彼に困惑した。ラファエル様はこんなに表情を露にする方だっただろうか?占ったのは子どもの頃の話だ。
「してみよう」
彼は大きな手で一つマーガレットを取り、花びらをちぎり始めた。
「好き……嫌い……好き……」
そして最後の一枚。
「好き」
彼が手を離すと、最後の花びらが風で空に舞って消えて行った。
「……この占いは当たるだろうか?試してみようかな」
「え?」
これは子どもの遊びだ。それに「好き」から始めると必ず「好き」になると決まっている。彼は知らないかもしれないけれど。
「このラファエル・アランブールの全てをかけて、ロザリー・ジェラールを生涯愛し抜くと誓おう。君がいれば何もいらない。どうか結婚して欲しい」
私の目の前に片膝をつき、光り輝く指輪を差し出してくれた。さっきからドクドク……と心臓が煩い。
「ピンクのマーガレットの花言葉は『真実の愛』だ。花束なんかでは私の気持ちが足りない。この場所で……どうしても君に求婚したかった。薔薇よりも可愛らしいマーガレットの方が君にピッタリだと思って」
ラファエル様の指輪を持つ手が震えている。彼ほどの男が緊張しているのだ。お花の種類もちゃんと私に似合うものを考えてくださったのが嬉しかった。
「ありがとうございます。私も……ラファエル様が好きです」
私は真っ直ぐ自分の素直な気持ちを伝えた。彼はその場で目と口を開いたままフリーズして動かなくなった。
「ラファエル様!ラファエル様っ!大丈夫でいらっしゃいますか?」
「君が私を……君が私を好き!?」
「……はい」
彼は私を強く強く抱きしめた。息が止まりそうだが、彼の愛の重さだと思い苦しさを耐えて受け止める。
「本当ですか?」
「本当です」
「本当に……本当に……本当?」
「ええ、あなたのことが好きです」
「……嬉しくて泣きそうだ」
ラファエル様は私の首筋に顔をのせて、落ち着くまでしばらくじっとしていた。
「私、歌姫のコンテストに出ることに決めました」
彼は私の発言に驚いたのか、急にガバリと顔を上げた。
「あなたのおかげで自分を変えたいと思えました。私『なんか』って言う自分とはさよならしたいの。だからこれを受け取るのは、コンテストが終わった後でもよろしいですか?自分の中で自信が欲しいのです」
「わかった、じゃあ待ってる。この指輪は……終わったら受け取って欲しい」
私がこくんと頷くと、彼にぎゅっと抱きしめられた。
「私は君が『歌姫』じゃなくてもいいんだ。そんなことは私にはどうだっていい。君が君でいるだけでいいんだ。でもロザリー嬢が一歩進もうと自分で思ってくれたこと、そして歌っている姿をちゃんとした舞台で聴けることがすごく嬉しい」
ラファエル様は歌姫でもなんでもない、そのままの私を好きになってくださった。そのことがすごくありがたくて、すごく嬉しい。
「はい。でも出るからには『歌姫』に選ばれたいと思っています。応援してくださいますか?」
そう言ったことが、意外だったのかラファエル様は少し驚いた顔をした。
「もちろん応援するよ。君の力が全て出しきれるように祈っている」
あのマリヴォンヌにラファエル様を絶対に渡したくなんてない。彼を守れるのは私しかいない。
「当日はラファエル様に向けて歌います。会場で聴いていてくださいませ」
私がにっこりと微笑むと、彼は真っ赤に頬を染めた。
「そん……な……可愛いこと言われたら困る」
私がキョトンと首を捻ると「あぁー……っ!もう!」と大きな声をあげて乱暴にガシガシと頭をかいた。
そしてがっくりと項垂れてピクリとも動かなくなってしまった。私は心配になって、彼の肩に手を置いてそっと揺すった。
「ラファエル様?大丈夫ですか?」
いきなりどうしたというのであろうか?彼は絞り出すような声で呟いた。
「……大丈夫じゃないです。全然大丈夫じゃない」
「ええ!?あ……今人を呼びま……」
もしかして急に体調が悪くなったのかと思い、ジャンヌを呼ぼうと立ち上がった瞬間にグッと腕を引かれ私は彼の胸の中にスッポリと収まった。
「二人がいい。もう少しこのままでいたい」
彼の心臓がバクバクとものすごく早く動いているのが聞こえる。私も同じようにすごいスピードで動いている。
「君が可愛すぎて、大丈夫じゃないんだ。もっともっと君を知りたい。君に近付きたい」
「こ、これ以上は近付けませんわ」
私達は今は隙間がないくらいピッタリと抱き締め合っている。彼にそんなことを言われて私は身体中の体温が上がった。
「……もっと近付けるよ」
そう言った彼は手を緩めて、身体を少しだけ離し私の頬をするりと撫でた。
「愛してる」
蕩けそうな甘い瞳で私を見つめ、チュッと私の唇に触れた。一瞬だけだったけれど、柔らかくて温かかった。私は驚きのあまり目を閉じるのも忘れて、パチパチと瞬きを繰り返した。
「い、いま!?触れ……ええ!?」
私は数秒経って、やっとキスされたのだと理解してボンっと音がするほど顔を真っ赤に染めた。恥ずかしさとパニックで目も潤んできてしまう。
「……かわい。まいったな」
ラファエル様は「我慢……我慢……」とぶつぶつと言いながら、口元を手で隠してギュッと目を強く瞑った。
「付き合った日にキスなんて、ラファエル様は案外手が早いですね」
私は恥ずかしさから、ツンと唇を尖らせてあえて意地悪を言った。彼はかなり慌てている。
「す、すまない!両想いだってわかったら触れたくてしょうがなくて。君のことを大事にしたい気持ちは本当だ」
「……」
「嫌だったか?」
彼は捨てられた子犬のように、自信なさげに私に問いかけた。その潤んだ瞳で私を見つめる顔が可愛すぎて胸が高鳴った。
「嫌じゃなかった……自分に戸惑っています」
彼の視線に耐えきれず、私は自分の両頬を手で覆って少し俯いた。
「……っ!」
彼が息を呑むような音が聞こえた。サワサワという心地よい風の音しかしないほど静かだ。
「もう一回……してもいいかな」
私は返事をする代わりに、彼を見上げた後そっと目を閉じた。唇に柔らかくて優しいキスが落とされる。さっきより長い口付けだ。
ファーストキスはあっという間に終わってしまったが、二回目は彼を沢山感じることができた。
真っ赤になっている私を見て、優しく微笑み……名残惜しそうにしながら彼はそっと離れた。
「もっと色々したいけれど、この先は婚約後の楽しみにしておくよ」
なんて耳元で囁かれて困ってしまう。色々ってなんなんだろう。恋愛小説で王子様とお姫様はいつだってキスをして終わりだ。その先と言われても……わからない。
「私、その……誰ともお付き合いしたことがないし、何も知らないの。だからあなたに迷惑かけちゃうかもしれないわ」
お母様がいないこともあり、我が家ではそういう知識を具体的に私に教えてくれる人がいない。お父様は『家にいてくれ』なんて言って嫁に出す気がないので、私に知識を与える気もない。
「ゆっくり二人で進んでいこう。大丈夫、私に任せて」
「……はい」
それからは手を繋いで広い花畑を散歩し、色んな話をして笑い合っているとあっという間に日が暮れてしまった。こんな穏やかな幸せがあるんだと胸が温かくなった。




