閑話 婚約式前
閑話なのに長くなってしまいました。
注意:キスが多いです。
婚約式が1月後に迫る中、この日エルローザはサジテール邸を訪れていた。侯爵夫妻とセヴランと、婚約式の打ち合わせである。
エルローザの着るドレスは、セヴランの瞳と同じ翡翠色で裾に黒色の刺繍が入ったものだ。この国では結婚式は純白を、婚約式では相手の色を纏う風習がある。婚約式でのセヴランの衣装も、アメジスト色とミルクティー色を基調としたものになる予定だ。
大方の話を終えると、サジテール侯爵夫妻は出掛けてしまった。ちなみにヒューゴは仕事で王宮へ行っている。セヴランはエルローザを温室へ誘った。
「わあ!素敵な温室ですね!」
「気に入ったか?」
サジテール侯爵家の温室は壮観だった。天井や側面のガラスにまでこだわりがある様で、陽の光を浴びてキラキラと輝く様はなんとも美しい。まっすぐ進むと奥はドーム型になっており、その中央にはガゼボがある。屋根の部分は蔦が巻くような意匠の透かしだ。
「はい、たくさんの花々が美しいです。お庭も見事でしたが、温室も素晴らしくて甲乙つけ難いですね。お義母様はお花がお好きなのでしょうか?」
「いや、これはうちの庭師によるものだ。母上は確かに花が好きだが、特別拘っているわけではない。」
「なるほど。それで先程は「薬草を植えても良い」と仰ってくださったのですね。」
「薬草もいいが‥。」
「セヴラン?」
婚約後、セヴランはエルローザに「セヴランと呼んで欲しい」と頼んだ。最初は慣れなさそうに呼んでいたエルローザも、婚約式が間近に迫った今では慣れた様子だ。
セヴランはエルローザの腰を抱いて、ガゼボへエスコートする。しかしベンチに先に座ったのはセヴランで、エルローザがきょとんとしている間に、彼女を横向きに膝の上に座らせた。
「あの、」
「先の話になるが」
「‥‥はい。」
エルローザが膝の上に座るのは当然、というようにセヴランが話の続きを口にするので、エルローザはそのまま頷くしかなかった。
「結婚して、爵位を継いだら君がここや庭を管理することになるわけだが、」
「そ、そうですね。」
「ここの温室に植える花は、俺が決めてもいいだろうか?」
なんとなく、エルローザはセヴランの思惑に気付き、くぎを刺す。
「全部同じ花はダメですよ?」
「分かっている。」
「いろいろな種類のお花を植えてくださいね?」
「もちろんだ。」
「‥それなら、はい。セヴランに任せます。」
「ありがとうローザ。」
ここでのエルローザのミスは、色について言及しなかったことだった。
ちゅっ。とセヴランの唇がエルローザの唇に触れる。
「せ、セヴランっ」
「どうした?」
「どうした?ではありません!こんなところで…!」
耳を赤くしてエルローザが抗議するので、セヴランは温室内に控えていた使用人たちに目配せをした。それだけで彼らは音を立てずに退散してしまう。
「これでいいか?」
「そういう問題ではなくて‥‥!」
「?」
「だってこんな‥!」
恥ずかしくてエルローザは顔を覆う。手の隙間から「こんな、外みたいな場所で‥‥」とか細い声が漏れ、それを耳聡く聴き止めたセヴランはエルローザを抱きしめた。
「セヴラン、分かっていてやっていますね?」
「恨むのなら君の可愛らしさを恨んでくれ。」
悪びれず腰と背中に手を這わすセヴランに、エルローザは少しだけむず痒くなって、ついこんなことを言ってしまう。
「‥私が男装していた頃から好きだった、と仰っていましたけど‥‥本当ですか?」
「俺の愛を疑うというのか?」
「そうではなくて。だって態度が違いすぎるのですもの‥!当惑くらいします!」
あの頃のセヴランは、エルローザから見て確かに友人で、剣の師匠だった。セヴランからそれ以上の感情を向けられたことは、彼女の記憶には無かった。だからこそ、そう聞いてしまったのだが、数秒後に何かを間違えたと気付く。
「何度君を抱きしめたい衝動に駆られたことか、分かっていないようだな?」
「え、ええと?」
「なるほと、俺がどれほど我慢していたのか伝わっていなかったようだ。」
「せ、セヴラン?」
「ちゃんと君に伝わるように態度で示そう。安心して欲しい、ローザ。」
「えっと…あの、そろそろ下ろしてくださっ」
エルローザは危険を感じて身を捩ったが、全くの無意味であった。
顎を捕らえられ、軽くはない大量のキスがエルローザの呼吸を奪っていく。
「んっ、ん。せ、セヴっ‥んん!」
腰に回された手の動きと、呼吸のために開いた口に入れられた舌が、エルローザの思考を完全に攫っていった。
どのくらい貪られていたのか、解放される頃には力が入らず、エルローザはセヴランの胸に寄りかかるしかない。
「ふはっ‥‥は、はぁ‥。」
「伝わったか?」
「疑っていた、わけでは、無かったのですが‥???」
「そうか。」
ちゅっ。
「あの、」
「ん?」
ちゅっ。
「セヴラン」
「なんだ」
ちゅっ。
「私の気持ちはちゃんと伝わっていますか?」
「‥‥ローザ?」
「私が、セヴランをお慕いしているという気持ちは、ちゃんと全部伝わっていますか?疑ったことはありませんか?」
「ローザ‥‥、それは、」
セヴランが顔を逸らした。その反応に、エルローザは視線を鋭くした。
「あるのですね?」
「‥‥。」
セヴランの頬を両手で挟むと、エルローザはゆっくりと自分に向ける。
「セヴラン、こちらを見てください。」
「ローザ、」
「私はあなたのことが好きです。」
「っ!」
「自分の気持ちに気付くのが遅かったので、まだ疎いかもしれませんが。セヴランに会えるだけで嬉しいですし、お手紙をいただくと舞い上がる気持ちです。こうして一緒に過ごせる時間が幸せだと感じます。」
セヴランは言葉を失った。
「あなたに触れられるのは恥ずかしいのですが、それ以上に胸がいっぱいになります。甘い何かが溢れるような、そんな感じがします。それに、」
ちゅっ。
「私も、あなたに触れたいと思っています。」
「‥‥っ。」
「‥伝わりましたか?」
最後の最後で照れを隠せなかったのか、エルローザは頬を染めてはにかんでしまった。セヴランは目を覆って空を仰ぎ、数秒。エルローザを抱きしめて、彼女の肩に顔を埋めた。
「君が、夜会で、他の男性と踊っていた時に、」
「はい。」
「笑顔を向けていたから、」
「はい?」
「そいつが俺よりも、君と背や歳が近くて、」
「???」
「君とお似合いに見えて、その時に君の愛を疑ってしまった。許して欲しい。」
エルローザはどの男性のことを言っているのか全く分からなかった。だが、折角意を決し、羞恥を隠して気持ちを伝えたにもかかわらず、セヴランの疑いは思ったよりも小さな嫉妬だったようで、今になってその羞恥が込み上げてきた。
しかし未だセヴランはエルローザの肩に顔を埋めたままだったので、エルローザは顔の熱を冷ましながら、彼の濡れ羽色の髪を撫でた。
「その方がどなたかは存じ上げませんが。私はセヴランの大きな手も、背中も大好きです。それに年上なのにこうやって甘えたな時は可愛らしいと思っていますよ?」
「‥‥君は本当に俺の天使だ。」
エルローザはしばらくの間、セヴランに抱きしめられたままだった。




