34 愛を込めて
「やっぱり夜会は人が多いのですね。」
「今回は特に、陛下のご誕生を祝うものだからな。」
王宮に勤めているセヴランは入り組んだ中庭の形状も良く知っているようで、エルローザをエスコートしながら迷いなく進んでいく。
セヴランがエルローザを連れて来たのは、大きな噴水の広場ではなく、もっと奥にある樹の下。ベンチがひとつだけ置いてあるそこは、セヴランが良く夜会でひとりになりたい時に使う場所だった。会場のテラスからの視線は樹が遮るが、月の明かりが射す絶好の場所なのだ。
「ここは、セヴラン様の秘密の場所でしょうか?」
「秘密の場所、と言う程ではないがな。」
セヴランはベンチにハンカチを敷いてエルローザを座らせ、自分はその隣に腰を下ろした。エル、と声をかけようとしたが、エルローザの方が速かった。
「ねえ、セヴランさん。お話があるのです。」
夜会の会場より砕けた口調は、セヴランの良く知る友人のエルだった。セヴランはエルローザの話ならいつでもいくらでも聞く準備が出来ているのだが、今日だけは少し都合が悪い。
「君の話なら聞いてあげたいのだが、順番で言えば俺からだろう?」
「順番?」
「あの日の話を、聞いてくれないか。」
あの日。あの日とは、ふたりが最後に剣を合わせた日の事だ。皇太子に毒が盛られ、エルローザが解毒に成功した日でもある。あの時ふたりは、それぞれ互いに話があった。エルローザの話は、前に馬車の中で聞いた。
―セヴランさん、私の名前はエルローザというのです。本当は女なのです。ずっとエルベルトだと、男だと偽っていて、本当にごめんなさい。―
だから次に話すのは、セヴランなのだ。
「え、ええ。もちろん、聞きます。」
神妙な面持ちで、エルローザが頷いた。
ふわっ、と風がふたりの間を吹き抜ける。エルローザの後れ毛が靡いたが、ふたりの視線は互いの瞳を見つめたままだ。
セヴランがエルローザの片手をそっと取り、両手で握った。
「君が好きだ、エル。」
アメジストの瞳が零れそうなほど大きく見開かれる。月の光が映り込みキラキラと輝く様は、いつまでも見ていられる気がした。
「君の事を男だと思っていた時からずっと、好きだったのだ。」
エルローザは時が止まったかのように動かなかった。セヴランは懺悔でもするかのように、両手に握っていた彼女の手を額に当てた。
「君であるなら、性別なんて関係なかった。君だから、好きになったのだ。信じて欲しい。そして君を想うことを許して欲しい。愛している。叶うならどうか、俺と結婚してほしいと思っている。」
矢継ぎ早に言葉を告げて、セヴランはひとつ大きく呼吸をした。そっと顔を上げて、エルローザを見れば、数秒遅れて彼女の瞳が揺れた。セヴランは慌ててハンカチを取ろうとしたが、エルローザが座る場所に敷いたことを思い出した。そうしている間に雫が溜まっていくので、セヴランは己の指で彼女の目元を拭った。
「すまない、エル。やはり困らせてしまったようだな。」
「いえ、いえ!ちが、ちがうの‥です!」
今度はエルローザがセヴランの手を握った。
「わたし、私もっ!」
「エル?」
「私も、セヴランさんをお慕いしているのです‥!」
セヴランはエルローザを抱きしめた。彼女の存在を確かめるように、ぎゅうぎゅうと力を込めたが、壊れないように加減する理性は残っていたのは幸いである。
「本当か、エル。」
「はい。あなたが好きです、セヴランさん。」
背中に回って来たエルローザの手が、優しくセヴランを抱きしめ返す。ああ、夢か。いや、夢であっては欲しくないが、夢かと思うほどに、幸福で満たされていた。
「あなたに会えて、よかった。好き、好きです。」
「エル、あまり可愛いことを言わないで欲しい。放せなくなってしまう。」
「ふふふ、それは少し困ってしまうかもしれません。」
何でこんなにも可愛いのか、とセヴランは真剣に考えだした。
「エル」
「なんですか?」
「ローザ、と呼んでも良いだろうか。」
「‥ええ、もちろんです。」
エルローザの穏やかな声が、セヴランの鼓膜を揺らす。
呼吸を合わせたようにふたりは身体を放し、2秒ほど瞳を合わせると、エルローザが恥ずかしそうに微笑んだ。それがどうにも愛おしくて、セヴランは彼女の頬に手を当てると、そのまま唇を合わせた。
触れただけのキスだったのに、エルローザの顔はたちまち真っ赤になった。
「ローザ、君が可愛すぎて、俺はどうにかなってしまいそうだ。」
もう片方の手で彼女の腰をぐっと抱き寄せて、セヴランは彼女の唇を食んだ。触れるだけのキスは、エルローザの力が抜けてセヴランの胸に倒れ込むまで何度も何度も落とされたのだった。
ふたりはどちらも気付いていなかったが、この日は、エルローザとセヴランが初めて出会った日から丁度1年が経つ日だった。




