33 その色を持つ理由
夜会に赴いたセヴランとエルローザは、両陛下と皇太子に挨拶をし、ダンスを踊った。
ダンスを踊りながら、エルローザはセヴランの胸ポケットにあるハンカチが紫色だと気付く。初めての夜会でも、彼は確か紫色のハンカチを胸ポケットに入れていた。そして紫は、エルローザの瞳の色でもあった。セヴランが本当に意図してその色を身に着けているのか、自意識過剰なのか‥エルローザは聞く事が出来なかった。
「大丈夫か、エルローザ嬢。」
「あ、はい。大丈夫です。」
いけない。今はダンス中だ。エルローザはセヴランの声で意識を戻す。
「踊る度に、上達しているようだ。」
「本当ですか?それなら嬉しいです。練習した甲斐があります。」
「本当だ。足の運びがとても軽やかになった。」
「最初はヒールを履きなれていなかったので。それにどうしても男性側の癖が。」
「ああ、なるほど。それは無理もない。」
「今はどうですか?女性らしく踊れているでしょうか?」
「もちろん。どこから見ても、素敵なご令嬢だとも。」
エルローザは少しだけ照れてはにかむと、セヴランはグッとエルローザの腰を引き寄せた。
「っ!?」
エルローザのステップが少しだけ乱れたが、セヴランのリードでカバーされる。疑問符を浮かべてセヴランを見上げると、彼は困ったような顔で小さく謝った。
「すまない。」
「いえ。どうかしましたか?」
「なんでもないのだ。」
「それなら、いいのですが。」
体調がよくないのかと、エルローザはセヴランの顔色に注視する。ほんの少し赤味があるようだが、熱があるほどでもない。汗もかいていないようだし、呼吸も正常だ。本当に何もなければ、それでいいのだが。と、つい薬を処方するような目線になる。
そうしている間に曲が終わり、ふたりは一度離れて礼を取った。
「疲れただろう。一度休もうか。飲み物を取ってくるから、少し待っていてくれ。」
そう言ってセヴランは足早に去っていった。エルローザはそのまま壁際に寄って、ひと息つく。まだ貴族の知り合いは少ないエルローザは、下手に声をかけられないようにと誰とも視線を合わさぬように、遠くで踊る人たちの足元を見ていた。
しかしそれでも、声をかけてくる者はいるようだった。
「エルローザ嬢」
聞き覚えの無い声だが、確かに名を呼ばれてエルローザは視線を動かした。見覚えのない男性が笑みを浮かべて立っている。
「こんなところで出会えるとは。お会いするのは初めてですね、クレマン・コリーヌと申します。」
「エルローザ・アニュレイですわ、クレマン卿。」
コリーヌ伯爵家の次男である。エルローザの記憶にその名前があったのは、イリスが面倒だと言っていた求婚の件である。クレマン・コリーヌからの求婚は3回目だった。2回目まではイリスの判断で断っていたが、3回目の時にエルローザに話があったのである。もしかして知り合いではないよな?と。もちろん、エルローザは首を横に振ったので、3回目の求婚も断りが行っているはずである。
「1曲いかがですか?」
「先ほど踊って疲れていますの。」
無感情なエルローザの応答に、クレマンは驚いた表情を浮かべる。どうやら断られるとは思っていなかったようだ。
「足を踏まれても気にしませんよ。」
ダンスが下手でも構わないから踊ってやる、という意味だ。エルローザはそれが分かったので、表情も声色も変えずに再度断る。
「卿のお相手はとても務まりませんわ。」
あなたとは踊らないと言っているのだが?と言えば、クレマンは青筋を立てた。彼はエルローザの腕を掴もうと手を出して来たが、エルローザはひらりと身を引いてそれを避ける。それが侮辱されたと捉えたのか、クレマンは周りに聞こえないような低い声でエルローザを脅した。
「元平民風情が調子に乗りやがって。コリーヌ伯爵家が縁を結んでも良いと言っている意味が分からないのか?」
「元平民の処方は受けたくない、ということでよろしいですわね?」
エルローザは次期宮廷薬師長を確約された身である。彼女はいずれ皇族への処方も担当することになるのだ。そんな彼女の処方を拒否するということは、彼女を信頼して処方を受ける皇族への侮辱でもある。
「貴様‥!」
クレマンが凄んだ、その時。
「私のパートナーになにか?」
セヴランがやってきて、エルローザを抱き寄せた。エスコートの時よりも、ダンスの時よりも近い距離で、エルローザは一瞬状況を理解できなかった。
「サジテール卿っ、い、いえ!なにも‥!」
「それでは失礼する。」
セヴランはエルローザの腰を抱いたまま、その場を離れて行った。
「セヴラン、さま‥?」
無言で会場を歩くセヴランに、エルローザが控えめに声をかけた。
「、あ、ああ。エルローザ、すまない。長くひとりにしすぎたようだ。」
「いえ、ありがとうございました。」
はっと我に返ったように、セヴランはエルローザへ謝罪する。ふたりは会場の端まで来ていた。
「飲み物だ。アルコールではないから、安心して飲んで欲しい。」
「ありがとうございます。いただきます。」
セヴランからグラスを受け取ったエルローザは、そのまま口を付けた。ダンスよりも先ほどのクレマンとのやり取りで喉が渇いていたのだ。はしたないかと思ったが、セヴランもグラスを一気に仰いでいたので、エルローザも倣うように飲み干した。
ふぅ、とふたりは同時に息をついたので、顔を見合わせて笑った。
セヴランがエルローザの空になったグラスを取ると、ウェイターに渡した。渇きを潤して落ち着いたのか、セヴランはエルローザを中庭へ誘った。人が多く疲れていたエルローザはそれに応じて、足を進めたのだった。




