32 怖がらないで
「ローザ」
「イリス様!」
アニュレイ伯爵邸にある薬草室で、調合を行っていたエルローザのところにイリスが顔を出した。エルローザは切りの良い所で手を止める。イリスとエルローザは薬草室から1番近い談話室でお茶をすることにした。
「今度の皇家主催の夜会も、サジテール卿のエスコートを受けたようだな。」
「はい。これが今シーズン最大の夜会なのですよね?」
「陛下の誕生祭だからな。会場は王宮だし、規模も大きいだろう。」
「まだ社交界には慣れませんし、宮廷薬師としての勤務ももう少し先ですので、よく知っているセヴラン様にエスコートしていただきたくて。」
そこへ執事のルダスが数人の侍女を連れてやって来た。
「失礼いたします、イリス様、お嬢様。」
「ルダス、どうした?」
「サジテール卿より、お嬢様へ贈り物でございます。次の夜会用のドレスかと。」
エルローザはぎょっとしてルダスから手紙を受け取った。なるほど、ルダスの言う通り次の夜会で着て欲しいとのこと。エルローザは頭を押さえた。なんで毎回ドレスから靴からアクセサリーまでの1式をセヴランが用意するのか。
「そしてこちらが花束です。」
「またなの!?」
つい、エルローザは声を上げてしまった。ルダスの後ろの侍女たちが持っているのは、大きな白バラの花束である。イリスも隣で頭を抱えている。
「少し前まで落ち着いていたのに、どうしてまた‥‥。」
「ローザが受け取るからじゃないか?」
「お花にもドレスにも罪はありませんし‥。この前お会いした時にちゃんとお伝えしたのですよ?でもなんだか流されてしまって。」
そして自分の過去を話した後から、なんだか距離が違い気がしているエルローザである。嫌ではない。嫌ではないが‥‥心臓が持ちそうにないのでやめて欲しいというのが本音だった。
「花束以外は、私の部屋にお願い。花束は‥‥どこか空いていたかな‥。」
「お嬢様のお部屋の花をこの花束に換えさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、そうね。私の部屋に飾ってくれていた花は‥‥1輪は押し花にしてしおりにするから残しておいて。他は欲しい子がいたらあげてくれる?」
「かしこまりました。」
エルローザの部屋にある花も、セヴランからの贈り物だ。まだ綺麗に咲いていたので、きっと花が好きな侍女たちはもらってくれるだろう。そう思いながら、ルダスの背中を見送った。
「で、ローザ。」
「なんでしょう?」
「決めたのか?」
「‥‥はい。私決めました。」
「「あなたが好きです」って告白するのか?」
「、はい。告白、します‥!」
やはりイリスはからからと笑い声をあげた。
「じゃあ、その決心の訳を聞かせてもらおうじゃないか。」
「う‥‥。」
楽しげに笑うイリスに、エルローザは若干居心地が悪い。うぅ、と唸りながら、紅茶に口を付けて深呼吸をひとつ。
「前に、アデーレに会ったことは話しましたよね。」
「聞いたな。アルブズにいた頃の侍女で、ローザが双子だと知っていた人だと。」
「はい。姉のような方でした。アデーレと会って話をした後、セヴラン様に私の過去を聞いていただいたのです。」
「ああ。」
「その時に、分かりました。私はこの人を好きになっていたのだ、と。」
「そうか。」
イリスの声色は優しい。
「迷いました。伝えたらきっと、今みたいな友人には戻れないと思いました。でも。」
「でも?」
「伝えられる時は、限られていると。」
「‥‥。」
「師匠が、そう仰っていたのを思い出して。」
「ああ、そうだな。」
「怖がらなくて、いいのですよね。セヴラン様を好きと、愛おしいと思うこの気持ちは‥‥。」
「素晴らしいものだからな。」
「‥‥はい。」
あの後何度かセヴランと会って、エルローザは思い知った。こんな気持ちを抱えたまま、友人と続けるのは無理だと。セヴランが優しく微笑むたびに鼓動が速くなるし、さりげない気遣いに顔が赤くなる。それにこんな思いを抱いたまま友人を続けるのは、きっとセヴランに対して不誠実だ。
「これだけは忘れないように。ローザは私の自慢の弟子で、愛する娘だ。」
「師、匠。」
「それに女は、「私の愛を受けられるなんて光栄でしょ?」ってくらいの心持の方がいいんだよ。」
「それは、ちょっと、私には難しいような‥。」
「自信を持ちなって事さ。」
「う‥‥はい。がんばります。」
そうしてイリスからの激励を受け、今シーズン最大の夜会当日。エルローザはやっとセヴランからのドレスとアクセサリーに疑問を持った。
今回は淡いブルーが裾に向かって段々と濃くなり、裾に至ると黒色になるドレス。靴もドレスの裾に合わせて黒色だ。そして翡翠色のネックレスと髪飾り。
「ねえ、これって‥‥。」
「まあお嬢様!お気づきになりましたか?」
「前回のドレスと同じ色の宝石ですものね!」
エルローザがネックレスに手を当てると、彼女の身支度を整えてくれている侍女たちが楽しそうにそう言った。
「ま、待って。あなた達は気付いていたの?」
「「「「「もちろんです!!!」」」」」
「お相手のお色を身に着けるのは恋人の証ですもの!」
「同じ色と素材の衣装を着けるカップルも多いのですよ!」
「婚約式の定番でもありますし!」
「こい、びと‥‥?」
「はい!って、え?お、お嬢様?」
「ま、まさかとは思いますが‥」
「サジテール卿とは‥‥」
「友人よ?」
「「「「「!?!?!?」」」」」
そんなこんなでセヴランが迎えに来る直前まで、エルローザの身支度は終わらなかった。




