30 愛おしいと思ったのです
「突然お引き止めして、ごめんなさい。」
「謝らなくていい、エル。君から話したいと誘ってくれて、嬉しかったのだから。」
「ありがとうございます、セヴランさん。」
エルローザが拾い上げた自分の心。それは、セヴランに自分の事を知って欲しい、というものだった。せめて、エルベルトとして男装していた理由だけでも知って欲しい。そう思ったと同時に、彼がこれまでその理由を聞いてこなかったことに気付いた。
「(きっと、私が話すのを待ってくれていた。)」
だからこそ、聞いてほしい。そう思った。
「私が、エルベルトを名乗って、男装していた理由を、聞いて欲しいと。そう、思って。セヴランさんには、つまらない話かもしれないのだけれど。それでも聞いて欲しいです。」
「つまらない筈がない。君の話なら何でも聞かせて欲しいのだから。」
「‥ありがとうございます。」
彼の優しさが、嬉しくて、苦しかった。
「エルベルトは、私の双子の兄の名前なのです。入れ替わって遊んでいた日に、私の代わりに死んでしまった、双子の兄の名前。」
エルローザは過去を話した。可哀想だと思われたくなくて、多くの部分を濁したのに、セヴランが聞き上手だったのか、気付けば何故か洗いざらい話してしまっていた。
「双子、だったのか。」
「はい。」
「きっとよく似ていたのだろうな。」
「はい。よく似ていたから、入れ替わって遊んでいたのです。」
「しかし王族でもないのに、幼い頃に命の危険があったのか‥。」
「ええと、暗殺とかではなくて‥‥。」
「まさか、双子だから、か?」
「‥‥はい。」
「‥‥‥‥ほぅ?」
「(っ!?殺気!?)」
「男装して仕事をするのは、やはり辛かったのか‥?」
「いえ、男装については特に。」
「それなら、辞めた理由は‥?ああ、すまない。言い辛かったらいいのだ。」
「え、っと‥‥周りと合わなかったので。」
「‥‥若かったから反感を買った、とかか?」
「どうして‥‥あ、いえ!その‥‥‥はい。」
「‥‥‥‥へぇ。」
「(ぅ!また殺気!?)」
濁していたはずの所を説明することになってしまう度に、セヴランから滲み出る殺気を感じたのは、気のせいだと思うことにした。
そうして、エルローザは結局、何も隠せずに今日までのこと話してしまった。
アルブズ国で双子が不幸そのものだったこと。
妹のエルローザは特に要らないものだったこと。
エルベルトが、自分と入れ替わったために死んでしまったこと。
エルローザはエルベルトとして生きることになったこと。
たくさん勉強したこと。
同僚に嵌められたこと。
国を出たこと。
旅をしたこと。
どうしても、ウィリディス帝国に来たかったこと。
イリスに出会ったこと。
セヴランに出会ったこと。
皇太子の解毒に貢献したこと。
アデーレと再会したこと。
そして、今、こうしてセヴランと話をしていること。
「???」
ここまで全部話すつもりではなったのだけれど?と話し終えたエルローザは頭一杯に疑問符を浮かべていた。
勿論、過去を思い出すのは、楽しいことではなかったし、強い悔恨に涙が浮かぶこともあった。けれど、セヴランが目を逸らさずに聞いてくれたからだろうか、エルローザの瞳から涙が零れることはなかった。
「エル、隣に行っても良いだろうか。」
「?、はい。」
エルローザの話が終わると、セヴランは許可を得てエルローザの座るソファに腰を下ろした。馬車の中よりも近い距離に、エルローザの鼓動が速まる。
「エル、」
「はい。」
少しだけ、セヴランの声は固かった。エルローザを見る視線はいつにも増して真っ直ぐで、翡翠色が光る。
「抱きしめても良いだろうか。」
「はい‥‥え?」
気付けば、セヴランの胸の中にいた。決して強くはない力で、エルローザの背にセヴランの腕が回った。
言葉は、無かった。
ただ、ただ。無言でセヴランはエルローザを抱きしめた。エルローザは静かに息をのみ、数秒遅れて目頭に熱を感じた。
「(ああ、私は)」
そっと、ゆっくりと、エルローザもセヴランの背に手を回して、彼の胸の額をくっつけた。
その体温と鼓動が、エルローザを慰める。
「(私は、この人を‥‥)」
「ありがとう、俺に話してくれて。」
「‥聞いてくれて、ありがとうございます。あなたに、聞いて欲しかったから。」
「ああ。」
溢れる感情を必死に飲み込んだから、エルローザの声は震えてしまった。
聞いて欲しかった。
知って欲しかった。
受け入れて欲しかった。
私という人間を見て欲しかった。
触れて欲しかった。
全部、あなたに。
同時に祈った。
どうか彼が幸せでありますように。
どうか悲しいことがありませんように。
どうか、あなたを包む全てが優しい世界でありますように。
彼に出会う事が出来て、本当に幸せだと、心からそう思った。
「(この人を好きになってしまっていたのね。)」




