29 きっと、ずっと一緒にいたの
日が傾いたころ、アニュレイ伯爵家の執事であるルダスが部屋の戸を叩いて、セヴランがアデーレを迎えに来たことを告げた。
アデーレはソファから立ち上がったところで、エルローザに尋ねた。
「お嬢様、エルベルト様の墓標などは、この国にございますか?」
エルローザは目を丸くして首を振った。エルベルトの墓は、アルブズ国にある。エルローザの名前が刻まれた墓標だが。それはアデーレも知っているはずだ。エルベルトの葬儀を行ったのはジュストとアデーレなのだから。
「あれば挨拶を、と思いましたので。フェリクス様から聞いたのですが、ウィリディス帝国では亡骸がなかったり、他国に墓標があったりする場合、ルース石を埋めて墓標を建てることがあるのだそうです。」
「ルース石‥」
「ございますか?」
「もちろん。」
ずっと、エルローザがお守りにしていたものだ。
アデーレは、エルベルトとして必死に生きていた時に、エルベルトのルース石をエルローザが拠り所にしていたことを知っていた。
「‥‥お墓、作ってあげたい。」
「はい。」
お墓を作りたいと言ったエルローザに、アデーレはどこかほっとしたような表情で頷いた。
「一緒に、ウィリディス帝国に来たのに、アルブズ国に置き去りにしちゃっていた‥。」
「今度はちゃんと、エルベルト様のお名前にしましょう。お花をお持ちしたいです。」
「うん。うん。‥‥場所が決まったら、連絡するから。」
「はい。」
ずっと一緒にいてくれて、ありがとうエルベルト。
そうしてふたりは部屋を出て、ロビーへ向かった。そこには来た時と同じようにセヴランが立っていた。
「セヴラン様、アデーレ様とお会いさせていただき、ありがとうございました。」
出迎えた時、エルローザはしっかりセヴランに挨拶できていなかったことを思い出して、精一杯の礼を取った。
「友人として当然のことです。あなたの出身を知っていたことが幸いしました。」
「‥彼女は、私の、大切な家族だったので。また会えるとは夢にも思っていませんでした。セヴラン様のお兄様にも、どうぞ感謝をお伝えください。」
「はい、もちろん。」
セヴランの笑みに、エルローザは何故か胸が締め付けられた。これ以上、何を望んでいるのか。答えのないまま自分に問いかける。
「お嬢様」
「、アデーレ」
「大丈夫です。きっと見つかります。」
「‥‥。」
ふたりの表情に何を見たのか。ほんの少しのやり取りで、エルローザが誰に対する気持ちについて悩んでいるのかを、アデーレは把握した様子だった。エルローザは、こくり、とひとつ頷いた。
「それで、これは経験からのことですが、」
アデーレがエルローザにしか聞こえない音量で話す。
「直感で行動することが、大切な時もあるのですよ。」
ぱちくりと目を瞬かせたあと、エルローザは自分の心の声をひとつだけ拾い上げた。
「セヴラン様‥、」
ふたりは挨拶を交わしているのだろうと待っていたセヴランに、エルローザが近づいて声をかける。それは意を決したような、真っすぐな視線だった。
「どうしたのですか?」
「もし、この後ご予定が無いのでしたら‥‥私にセヴラン様のお時間をくださいませんか?」
「‥‥エル、」
「や、やっぱり、こんなに突然ではご迷惑ですよね!あの、わ、忘れてください!」
「エル。俺の返事は聞いてくれないのか?」
「いえ‥‥そういう、わけでは‥。」
「エルからの誘いを、断るわけがないだろう。アデーレ殿をお送りした後、また訪ねよう。」
「サジテール卿、その必要はございません。馬車も、侯爵家の護衛も付けていただいておりますので。」
「しかし‥」
その時、馬車の中からひとりの男性が降りて来た。
「いやあ、俺はなんともタイミングのいい男だとは思わないか?弟よ!」
「兄上‥‥。」
「‥‥‥‥。」
フェリクスだ。
頭を押さえたのがセヴランで、無言でジト目を送ったのがアデーレである。
「お初にお目にかかります、アニュレイ伯爵令嬢。セヴランの兄、フェリクスと申します。我が弟が世話になっているようで。」
「エルローザ・アニュレイでございます、フェリクス卿。本日アデーレ様とお会いできたこと、深く感謝申し上げます。」
「いえ、妻がご令嬢に会いたがったのです。私の方こそ、ご令嬢に感謝を。」
エルローザは彼の登場に驚いたものの、紳士的な礼を見せてきたので、それに応じた。
そして、アデーレを想う一心で、フェリクスへ懇願する。
「彼女は私の姉のような方です。幼いころから一緒に居てくれた、大切な人です。なので、どうか‥‥よろしくお願いいたします。」
「お嬢様‥‥。」
「勿論です、ご令嬢。アデーレは私にとってこの世でただ一人の愛しい人ですから。」
「‥‥!」
その言葉と同じ感情をフェリクスの瞳に見て、エルローザはアデーレに視線を向ける。少し恥ずかしそうにしながらも、彼女は幸せそうな笑顔をエルローザに見せた。それが堪らなく嬉しくて、満開の花のような笑顔をふたりに向けたのだった。
「と、いうわけでアニュレイ伯爵令嬢。私が妻の護衛を務めますので、セヴランのことは差し上げます。」
「兄上!」
「ああ、弟よ。今日は帰って来なくても良いからな!」
「はぁ!?」
「いえ、そんなお泊りいただくほど長いお時間はいただきませんので、ご心配なく。」
「ははははは!残念だったな、セヴラン!」
「フェリクス様、その辺で‥‥。お嬢様、またお会いしてくださいますか?」
「もちろんよ、アデーレ。また会いましょう。あなたの旅の話も聞きたい。」
「はい。それでは、また。」
「ええ、またね。」
そうしてサジテール侯爵家の馬車が去り、アニュレイ伯爵邸の客間にエルローザはセヴランを案内するのだった。




