28 名付け人たち
アデーレは13歳の時に、生まれたばかりの双子の侍女となった。彼女の祖父、ジュストの手筈だった。
「祖父ジュストは、ウィリディス帝国の南公国出身なのです。」
「‥‥そう、だったの。あなたとジュストが血縁だったことも初めて知った。ジュストは、お元気?」
「数年前に亡くなりました。高齢だったので、きっと寿命だったのでしょう。最期までお嬢様の事を心配しておりました。」
「‥、ずっと心配をかけたままで、ごめんなさい。」
エルローザは胸の前で手を組み、ぎゅぅっと瞼を閉じてジュストを想った。エルローザを生かしてくれたのは、ジュストだったと知っていた。
「祖父は私のことを隠していました。旦那様に見つかる訳にはいかなったのです。」
「それは分かるわ。父上は、私たちが双子であることを隠したかった。知っているのは執事のジュストだけだと思っていた。」
「ええ、そうです。そして祖父は、あなた方を守りたかった。だから私を近くに置いたのです。祖父の影響で、父も私も双子が良くないという考えを持っていなかったから。」
「‥‥この国で、双子は‥」
「海を渡った大陸の国では、双子は祝福されるのです。」
―海を渡った、大陸の国ではね、双子が祝福されるんだって―
微笑みを浮かべたアデーレに、エルローザは昔エルベルトから聞いた言葉が重なった。彼はアデーレから聞いたのだ。そして、その国を知っていて、その国の古い言葉から名前を付けたのだと気付く。
「ねえ、アデーレ。私たちの名前って、もしかして、あなたたちが付けてくれたの‥‥?」
「はい。僭越ながら。おふたりの"エル"は祖父ジュストが、"ベルト"と"ローザ"は私が。」
双子の両親は、双子に名前を付ける事すら忘れていた。だから、執事のジュストと侍女のアデーレがふたりに名前を付けた。やはり執事のジュストと侍女のアデーレだけが、双子にとっての家族だったのだ。
「ありがとう、ありがとう。アデーレ。エルベルトにも、教えてあげたかった。」
「きっと聞いていらっしゃいます。エルベルト様は、エルローザ様の事が大好きでしたから。きっと近くで見守っていらっしゃいます。」
「そうね。それに、次もまた一緒に生まれてこようねって、約束したから。エルベルトはきっと待っていてくれているはずだわ。」
もし自分が先に命を落としたとしても、待つだろうとエルローザは思った。片割れが、オレンジの片方が揃うまで、もう片方を見守りたいと思うだろう。幸せになって欲しいと。自分の分まで生きて欲しいと願うだろう。そうして寿命を迎えた後、一緒にまた生を受けたい。
「きっとこれまで、ずっと心配をかけていたと思う。」
あまりにも、エルローザは不安定すぎたから。
「でも、もう大丈夫。娘のように思ってくれる薬師の師匠にも、私が男性でも女性でもいいと言ってくれる友人にも出会えたの。周りの方もみんな親切で、私を、ひとりの人間と扱ってくれる。それが普通のことだと、教えてもらった。」
「お嬢様‥‥。」
「姉のように思っていたあなたにも、会えた。」
「はい、はい‥!」
アデーレがエルローザの手を両手で包み込んだ。
紅茶を飲み、お菓子を食べるとふたりはようやっと落ち着いて座る事が出来た。
エルローザはセヴランの手紙に書かれていた内容を思い出して、手を叩いた。
「セヴラン様のお兄様と結婚したのだと聞いたわ。おめでとう。ああ、本当に良かった。」
「ありがとうございます。」
「どこで出会ったの?セヴラン様のお兄様は長い間旅をしていたと伺ったから‥‥やっぱりアルブズ国?」
「ええ、そうです。お嬢様の生家を出て、両親のいる領地へ戻ったのです。領地は港町ということもあり、古くから私の家系はアルブズ国内では珍しく外国との貿易を生業にしておりました。その手伝いをしていた時、貿易船に乗っていたフェリクス様と出会ったのです。」
「そうだったの。それで、一緒に旅について行くことに?」
「正直、心残りも不安もありましたけれど‥。フェリクス様について行くのだと、決めました。その時はまさか、ウィリディス帝国の侯爵家のお方だとは思ってもいませんでしたが。」
アデーレは苦笑した。当時は本当に流浪の変わった学者か、旅芸人のようで、貴族だとは考えもしなった。とアデーレが言う。国境付近に着いた時に、そういえば自分の実家がウィリディス帝国にあるからついでに挨拶していこう、という風な言葉にアデーレは頷いたが、着いてみれば侯爵家の長男だったという事実に気絶しそうになったという。
「ね、ねえ、アデーレ‥聞いてもいい?」
「なんでもどうぞ、お嬢様。」
エルローザは落ち着かない様子で、手を組んだり開いたりを繰り返していた。
「アデーレは、その、セヴラン様のお兄様を好き、なのよね?」
「ええ。」
「その‥‥その"好き"は、友人に対する"好き"とは、違うものなの?」
アデーレは一瞬目を丸くして、優しく目を細めた。イリスと同じ表情だ、とエルローザは思った。
「はい、違います。"好き"は人それぞれ異なるものですから、私にとっての"好き"という感情について、になりますが。」
「アデーレにとっては、どう違うの?」
少し考え、言葉を探すようにアデーレは口を開く。
「私は、欲張りなので、あまり綺麗な感情ではないかもしれません。でも、その人のことを考えるだけで幸せで、遠くに行くと思うと苦しくて、その手で触れて欲しいと、そう思ってしまったのです。」
「それが、恋、というものなの?」
「そう‥ですね。感情の焦点が自分ならば、恋、というものなのでしょう。」
でも、とアデーレは続ける。
「もし、相手が自分を好きになってくれなくても、それでも相手の幸せを願いたいと、そう思うのなら。恋ではなく、愛なのではないでしょうか。」
「‥‥‥愛‥‥。アデーレは、セヴラン様のお兄様を愛しているのね?」
「はい。そしてフェリクス様は私を選んでくださいました。私が良いのだと言って手を差し伸べてくださいました。だから私は、その手を掴んだのです。」
「師匠‥‥イリス様も、同じことを仰っていた。「ただ、相手の幸せを1番に願える、というのを愛と言うのだろう」と。」
「イリス様‥お嬢様の義母様ですね。」
「ええ。でも"お母さま"と呼んだら「むず痒いからダメだ」って言われたの。ずっと「師匠」と呼んでいたから。」
「まあ。照れていらっしゃるのでしょうか?」
「半分はそうだと思う。でももう半分は本当に止めて欲しがっていた気がする。」
「知った仲、というやつですね。」
「薬師の弟子にしてもらって、もう3年くらいになるから。」
優しくアデーレが笑う。エルローザは、いつかイリスとアデーレを会わせたいと思った。ふたりともエルローザにとって大切な家族だから。
「アニュレイ卿の仰っていた言葉に、私も同意いたします。誰かの幸せを願う、それはとても尊いことだと。愛であると。」
「ありがとう、アデーレ。」
「‥‥お嬢様が、自分のお気持ちを見つけられることを祈っておりますね。」
「ええ、きっと。」




