25 まだわからない
「サジテール卿とのデートは楽しかったか、ローザ。」
「デッ!デートじゃありません、師匠!」
夕食の時、イリスがエルローザに揶揄いながら話しかけた。
「ふたりでお芝居に行き、その後喫茶店の個室で過ごし、宝石屋でアクセサリーを買ってもらって帰って来たんだ。完璧なデートコースだろう?」
「な‥!アクセサリーは断ったのに!「贈り物もダメなのに、一緒に出掛けた記念すら受け取ってもらえないのか」と仰って‥!!!」
結局あの後、セヴランは帰りがけに貴族用の宝石商へ立ち寄って、エルローザへピアスを贈ったのだ。
「一緒に出掛けた記念すら受け取ってもらえないのか‥‥」と悲しそうな顔をするセヴランに、エルローザは強く出られず、受け取ってしまったのだった。
「それが無くたって、デートに変わりないさ。」
「、私たちは友人です‥!」
イリスはエルローザの声色に何か感じたらしく、笑みを更に深くして「へぇ」と意味深に相槌を打つ。
「友人、です。そのはずです。」
「ただの友人が、あんなに毎日のように贈り物をするか?」
「う‥‥理由は聞けませんでしたけど、もう贈らないでくださいって言いましたし‥!」
「おや、それは不憫な‥‥」
イリスがセヴランに同情を見せるのは、実は初めてだったが、エルローザは知らない。
「数はともかく、服も花もセンスは良いと思ったんだがな。気に入らなかったのか?」
「師匠までそんな‥。だって多すぎて、私のお部屋どころかこのお屋敷がお花で埋まってしまいそうでしたし。」
エルローザは落ち着かないのか、先ほどからずっと紅茶をティースプーンで混ぜていた。
「嫌ではなかったわけだ。」
「それはもちろんです。友人からの気遣いが嫌なはずありません。」
「‥‥‥‥そうか。」
「なんでそんな悲しい目で見るのですか。」
「いや、やはり不憫だと思ってな‥‥」
「‥‥それに、その‥こんなに沢山いただいては、勘違いしそうで。」
「ん?」
くるくると渦を巻く紅茶を見下ろしながら、エルローザはぽつりと呟いた。
「あの‥‥師匠は、恋って、したことありますか?」
「‥‥‥ああ。若い頃にね。」
少しだけ苦みを含んだ声だ、とエルローザは思ってイリスを見た。エルローザの師匠は相変わらず美しい笑みを浮かべていたが、夕日色の瞳にほんの一瞬、少女の色を見た。
「どんな、感じなのでしょうか。誰かを好きになるのは、友人のそれとは違うのですか?」
「そうだねぇ。その人が自分じゃない相手と結婚したことを想像して、心から祝福できるのなら友情だろうし、少しでも嫌だなと思ったのならきっと友人としての好きではないのだろうさ。」
「‥‥結婚‥」
「まあ、1例だ。人それぞれに好きも幸せも違うのだから。ただ、相手の幸せを1番に願える、というのを愛と言うのだろうとは思う。それが友愛と呼ばれるものなのか、恋愛と呼ばれるものなのかは本人にしか分からないだろうけどね。」
エルローザは胸に手を当てて目を閉じた。セヴランが他の令嬢と結婚した時、私は心から祝福できるだろうか。彼の幸せを1番に願えるのか。
「幸せに、なって欲しいです。」
「そうか。」
「彼が愛した人と、幸せになって欲しいと、心からそう思います。」
「ああ。」
「でも、でも、師匠。もう今日みたいにお会いできないと思うと、苦しいです。胸の奥が痛いです。」
胸に当てた手をぎゅぅっと握りしめて、エルローザは戸惑いを見せた。
「大切な人だと、そう思います。けれど、私にはそれが友愛なのか、恋愛なのか分かりません。」
「だが、それは他人には分からない。」
「はい。」
「ローザ。自分にしか分からない。自分だけが、知っているんだ。」
「はい‥。」
「ローザなら分かるさ。ゆっくり考えるといい。でもね‥‥もし自分の想いに気付いたのなら、伝えるべきだ。」
「‥‥師匠‥?」
「伝えられる時ってのは、実は限られているものなんだ。その時は気付かないだろう。だからこそ、本当に誰かを愛おしく思えたのなら、伝えた方がいい。怖がらなくていい。それはとても素晴らしいことなのだから。」
平静であろうとするイリスの表情と声。しかしその瞳だけは、哀愁を隠し切れない夕日色が揺れていた。エルローザはそんな瞳に、イリスの過去を想像した。見た目こそ若々しく美しいが、実の年齢はエルローザの倍。その人生で何があったのか、エルローザは知ることはできない。それでも、同じ思いをしないようにと願うエルローザへの言葉だと、イリスの瞳に揺れる過ぎた日々への悔恨や未練の色が教えてくれる。
だから、エルローザはいつものように「はい、師匠。」と返事をした。
すっかり冷めてしまった紅茶を飲み干して、エルローザは自室に戻った。それからずっと考えた。
セヴランのことは、好きだ。大好きだ。それは友人だからだと、思っていたのだけれど、違うのだろうか。その日だけでは、分からなかった。エルローザには、自分の事なのに、自分の心なのに、その感情の名前を探すことがとても難しいものに思えたのだった。
「(そもそも、大切だと思える人がとても少ない人生だったのだもの‥‥。エルベルトになっていた頃は、生きるのに必死だった。エルローザになったのは最近で、初めての友人で、それが嬉しくて。それだけ、だったはず、なのだけれど‥。)」
イリスに対する"好き"とは違うものだ。ということは分かったのだが、イリスは師匠であり養母であり、そして姉のような、存在だ。友人とは違って当たり前なのでは?と、また思考は迷宮を彷徨う。
「(ああ、けれど‥‥)」
―君に、ぴったりの花だと思ったのだ。―
―ああ。素敵な名前だ、エルローザ。―
この言葉だけで、この先も生きていけるだろう。そう思えるほどに、幸福だと感じたことは確かだった。




