23 鈍感な次男
セヴランは、すぐには現実を受け止め切れなかった。
想い人に告白しようと決めていたが、寸でのところで叶わず。
かと思えば、皇太子が毒を盛られて瀕死の重傷と知らせが届き、休日と言えど王城へ最速で掛け。
証拠や証人のかき集めに東奔西走していると、どうやら想い人が皇太子の解毒に成功したとの知らせを受け。
いや、ここまではまだ良かった。質実剛健な第1騎士団副団長の正気を失わせたのはその後である。
セヴランはこれまで同性に好意を抱いたことは無かった。かといって異性に対して恋愛感情を頂いたことも特にないが、どちらかといえば異性に対してそういった類の興味も欲もあった。だから自分が同姓を好きになるなど夢にも思っていなかったのだ。しかし、セヴランはエルベルトという青年を好きになった。友人という関係だったが、自分の下心に気付き、葛藤の末、遂に告白しようという所まで来ていたのに。
「‥‥は‥‥?」
「いやあ、僕も驚いたよ?最初に調べた時は確かにエルベルトっていう名前の青年だった筈なのだけど。アニュレイ卿が意図して隠していたみたいだね。」
「‥‥‥‥‥‥」
「兄さん?息している?」
「まあ無理もないわね。ずっと男性だと思っていた友人が、女性だったのですものね。」
「しかしセヴラン、気付かなったのか?」
「兄さんその辺は鈍感だからなぁ。」
「行方不明なフェリクスと、1番旦那様に似たヒューゴなら気付きそうだけれどね。」
「母上似のフェリクス兄さんと僕は気付きますね。」
「で、セヴランが還ってきそうにないが‥」
「兄さん!セヴラン兄さん!おーい、そのままだとアニュレイ卿のお弟子さんに会えなくなっちゃうよー!」
「っ!?!?!?!!」
「あら、お早いご帰還ですこと。」
「ヒュ、ヒューゴ‥‥エルが女性だと言った、か?」
「え、そこから?」
ヒューゴはやれやれと大袈裟に首を竦めて両手を広げた。セヴランは何とか意識を保っていたが、鼓動が信じられないくらいに速い。
「もう1回言うけど‥‥兄さんの友人でアニュレイ卿のお弟子さんのエルベルトさんが今回皇太子殿下の解毒に成功して、色々なことが片付いたから陛下より褒美を賜ることになった。ここまではいい?」
「あ、ああ。」
「そのエルベルトさん、実は女性で、エルローザという名前だってことが分かった。これはアニュレイ卿が意図して隠していたみたい。理由までは分からないけどね。」
「‥‥エルが、女性‥‥‥。」
「そう。あ、歳は隠していなかったみたいだよ。19歳の成人女性。」
「‥エルが、女性‥‥。」
「あれ?壊れた?」
セヴランの顔の前でヒューゴが手を振るが、セヴランの目にそれは映っていないようだった。
「なんて、ことだ‥‥。」
成人女性に対して少年と呼んだり頭を撫でたりしてしまったことを思い出して頭を抱えた。そして、エルベルト‥いや、エルローザの言動や表情を辿った。
―本当に、嬉しかったです。私を、友人と言ってくれて。―
―いつか、私が師匠の伯爵家に養子入りしたら、その時にまた招待してくれませんか?―
―私、ずっと、あなたに隠していたことがあるのです。―
ああ、きっと。彼女は性別を隠していたことが、後ろめたかったのだ。だから、終わったことのような、叶わなかった夢のような、そんな不確かな響きがあったのだ。笑っているのに、泣いているように見えたのも、そのせいだ。
なんて、ことだ。セヴランは頭を抱えた。彼女はあの日、きっときっと、自分に性別を隠していたことを伝えようとしてくれたのだ。
湧いてくるのは、気付けなかった自責の念と、それでも友人として接してくれた彼女への感謝と、そして‥‥。
「彼が、彼女であった所で、俺の大切な友人であることは変わらない。」
「‥うん、そうだね。それでこそ僕の自慢の兄さんだ。」
淡い桃色の生地にウィリディス帝国の色でもある深い緑の刺繍があしらわれた上品なドレスは、彼女に良く似合っていた。薄く化粧をし、唇に紅を乗せて、髪を結いあげた彼女はどこからどう見ても美しい令嬢で、半年もの間、彼女を男性だと思っていた自分の頭と目はきっと壊れていたのだろう、とセヴランは過去の自分を殴る想像をしていた。
サジェス子爵は、エルローザのために新たに作られた子爵位だ。南公国領は皇太子リシャール直属の管轄となっている。皇太子管轄内に初めて領地を与えられたのが、エルローザだった。これは、皇太子が帝位を継いだ時に宮廷薬師長の地位を確約するようなもの。そしてエルローザは、皇太子の恩人として認められたことと同時に、皇太子に最も近いとされる貴族達に仲間入りしたのである。
これが普通の令嬢であったならば、皇太子の婚約者だとか妃候補として名が挙がることになっただろうが、エルローザは次期宮廷薬師長である。皇族にも薬を処方する薬師が妃になれば、正室である后と世継ぎ争いになった時を考えると混乱しか招かないことは容易に分かる。薬を扱う者であれば毒を盛るかもしれないし、毒を盛ったことにされてしまうかもしれない。薬師にとって信頼は、技術と等しく大切なものなのだった。
セヴランは、エルローザがその場から退場する際に、一瞬だけ目が合った気がした。彼女は今、何を思っているのだろうか。まだ自分の事を友人と思ってくれているだろうか。そんなことを考えながら、どうやって彼女に会おうか、と思考を切り替えていくのだった。
そしてエルローザがサジェス子爵位を得てから数日後。
「セヴラン、あなた何か悩んでいるようだけれど。」
「母上‥。」
家族での夕食を終え、食後の紅茶を楽しみながら、サジテール侯爵夫人はセヴランに声をかけた。
「今度、皇太子殿下の誕生会が開かれるそうよ。」
「はい、存じております。」
「‥‥‥‥。」
当たり前のようにそう返事をしたセヴランに対して、侯爵夫人は無言で目を細めた。その視線にはなにやら非難めいたものが込められており、セヴランはそれを感じ取ると冷や汗を流した。しかしまったく、心当たりがなかった。
「今、あなたは何に悩んでいて?」
「それは‥‥。」
「アニュレイ伯爵令嬢にどうやって会おうか、でしょう?兄さん」
「ヒューゴ‥!」
「アニュレイ伯爵令嬢も、招待を受けているはずだが。こういった場に出るのは初めてだろうし、アニュレイ卿がご令嬢のエスコート相手を探している頃だろうな。」
「‥‥!!!」
侯爵の言葉にようやくセヴランは合点がいった。侯爵夫人は、エルローザに会いたいならエスコートさせて欲しいと申し出ろ、と言いたかったのか!と。
「‥エスコートの申し出は必ず花束と一緒に、ですよ。もし了承を得られたらドレスも贈りなさい。いいですね?」
侯爵夫人の念を押すような言葉に、セヴランは大きく返事をすると、手紙を書いてきますと急いで退席した。
「あれで本当にご令嬢の心を射止められるのかしら‥。」
「仕事はできるのだがな‥‥。」
「自分の気持ちに自覚はある様ですし、暫く僕たちは見守りましょう。」




