22 真っ白なバラを
エルローザが伯爵家の令嬢になったことで、前のようにセヴランと剣の鍛錬を行うのは難しくなった。しかしながら交友は続いており、セヴランは休みの度にエルローザを誘った。帝都の喫茶店、王宮のバラ園、お芝居に、歌劇。
それはいいのだ。エルローザの困り事は他にあった。
「あの、セヴランさん。」
「なんだ?」
ふたりはお芝居の帰りで、喫茶店へ寄った。貴族用の喫茶店の個室の席で、談笑するには最適だった。エルローザはセヴランの呼び方を改めていたが、こうした個室ではこれまでのように「セヴランさん」と呼んだし、セヴランも「エル」と呼んだ。ふたりの身内以外の者がいる場所では互いに「セヴラン様」と「エルローザ嬢」である。
「‥‥えっと、ですね。」
珍しくエルローザは言い淀む。ティーカップに口を付けると、ひと口だけ紅茶を飲む。
「贈り物が、多すぎます。」
「気に入らなかったか!?」
「いえ!そうではなく!!」
エルローザは言葉少なく苦言を呈したが、セヴランにはあまり伝わらなかったようで、仕方なしに直球を投げる。
「私たち、友人ですよね?」
「あ、ああ。」
「友人が男から女になっただけですよね?性別は関係ないってセヴラン様が仰いましたものね?」
「う、うむ。」
「では何故、友人が男から女になっただけで、大量の贈り物が?」
毎日のようにセヴランから届く贈り物に、エルローザは大変困っていた。伯爵邸は既に花でいっぱいだし、エルローザは多すぎるドレスに眩暈を覚えた。侍女たちだけは、エルローザを毎日違うドレスとアクセサリーで飾れるのを楽しんでいるようだったが。そろそろクローゼットの容量を超えそうである。
「違うのだ!いや、違わないが‥‥!」
「‥‥もしかして、私ではやはりセヴランさんと友人にはなれないのですか?」
「それこそ違う!エル、俺は‥!くっ‥‥!」
「セヴラン様?」
「かわ‥っではなく!君が男だとか女だとかは勿論全く関係ない!」
「‥‥‥では、なぜ?」
「連れて帰りたい‥‥‥」
エルローザは会話が成り立っている気がしなかったが、セヴランは突っ伏してしまったのでこの件の理由については諦めることにした。
「セヴラン様、理由はどうあれ、つまり贈り物が多くて困ってしまっているのです。お返しも出来ておらず心苦しいですし‥‥。」
「見返りを求めているわけではないのだ‥‥。」
「はい、それは、なんとなく分かっています。」
「友人だからか?」
「友人ですからね。」
セヴランが贈りたくて贈ってきているのだろうことを、エルローザはなんとなくでも分かっていた。だから最初は何も言わなかったが、流石に度が過ぎる。
「と、いうことですので。」
「‥‥小さなものなら受け取ってくれるだろうか。」
「いいえ、受け取りません。」
「エル‥‥。」
捨てられた子犬のようだな、とエルローザは思ったが、この男は体格が良すぎて子犬には到底見えなかった。しかし、耳が生えていたら悲しげに垂れていることだろう。
「お手紙、は、嫌ですか?」
「嫌なはずない!」
「では、文通にしましょう?」
「ああ!‥‥し、しかし、何を書けば‥。」
「何でもいいですよ。居酒屋で飲んでいた時みたいに、他愛のない事で。今日あったとこでも、感じたことでも。ね?」
「わかった。そうしよう。」
セヴランの姿勢が元に戻ったので、エルローザはほっと安堵の息をついた。
「そういえば、」
エルローザはずっと疑問だったことを口にする。
「いただいたお花は、白バラが多かったのですが、何か意味が?」
アニュレイ伯爵邸に届くセヴランからの花束は、白色が特に多く、その中でも白バラが群を抜いて多かった。尋ねられたセヴランは少し驚いたように目を見開き、それから恥ずかしいのか目線を逸らして頭を掻いた。
「君に、ぴったりの花だと思ったのだ。」
「私に?‥確かに、名前にローザ、バラの言葉は入っていますが‥‥どうして白をお選びになったのか聞いても?」
「‥‥"エル"だからだ。」
「え?」
「"エル"というのは、この国‥特に南部の古い言葉で"天使"を意味するのだ。白色が天使の羽根のようで。エルローザ、天使のバラ。それで白バラは君にぴったりだ、と‥‥。」
とうとうセヴランの顔は真っ赤になった。
「セヴラン、さん‥‥」
「エル‥?」
「ありがとう、ございます。」
きっとこれから、白いバラが大好きになるだろう。溢れる何かを必死に耐え、エルローザは精一杯笑って見せた。
「ああ。素敵な名前だ、エルローザ。」
どうしてこの人の言葉は、こんなにも胸に響くのだろうか。胸の奥の、きっと1番柔らかい所。そこに触れてくるのに、不快ではなく、じわりと広がる温度に涙腺が緩む。翡翠の瞳が優しく揺れて、一段と声が甘い。
セヴランに名を呼ばれて、結局エルローザは耐え切れず、ハンカチを濡らして帰ることになったのだった。
「エル、白バラなら受け取ってくれるか?」
「それとこれとは別です。」




