21 友情の再会
「サジテール卿がいらっしゃいました!」
ついに、皇太子の誕生を祝う舞踏会の日である。朝から磨かれたエルローザは、セヴランから送られてきた淡い緑色に沢山の花があしらわれた可憐なドレスを身に纏った。緊張で委縮する胃が痛む。朝から固形物が喉を通らなかった。
日が暮れるのがこんなに怖いと思ったことはなかった気がする。そんなことを思いながら現実逃避をしていたが、とうとうその瞬間が来てしまったらしい。
エルローザは、ゆっくりと屋敷を出る。敷地の外にある馬車はサジテール侯爵家のものだ。そしてその馬車の入り口に立つ、背が高く体格の良い濡れ羽色の髪の男性。セヴランだった。
「‥‥エルローザ・アニュレイでございます。サジテール卿、本日はよろしくお願いいたします。」
「セヴラン・サジテールです。エルローザ嬢。美しい貴女をエスコートする名誉を頂き、感謝いたします。」
この2か月で何度も練習した挨拶、カーテーシーを1番に見せるのがセヴランだとは。と思いながらもエルローザは貴族子女としての礼を取る。セヴランも形式張った口上を返し、エルローザへと手を差し伸べた。エルローザがその手を取ると、ゆっくりと引いて、馬車の中へエスコートする。ああ、本当に侯爵家だったのだ、とエルローザはまた現実逃避を始めようとしていた。
「エルローザ嬢、私が贈ったドレスを着ていただいて嬉しく思います。思った通り、美しい貴女に良く似合っています。」
「‥、こんなに素敵なドレスをいただけて、夢のようですわ。」
本当に夢にならないか、とも思ったが、本心である。これから王城までの馬車の中で、セヴランとふたりきりになるという事実にエルローザは絶望しそうになりながら、馬車の椅子に腰を下ろしたのだった。
セヴランとエルローザが馬車に乗ったのを確認した御者が、馬を走らせる。馬車が動き出して少し、エルローザは向かいに座るセヴランに、意を決して話しかけた。
「セヴラン様、あの‥!」
「今宵は俺の申し出を受けてくれてありがとう、エル。」
「‥‥どう、して。偽っていた私を、お怒りにはならないのですか?」
「君が偽っていたのは、性別だけだろう?そんなもの、些細なことだ。」
「そんな‥!」
「それとも友人として過ごしたあの時間は全て偽りだったのか?」
「いいえ!‥‥いいえ、剣に誓って。」
「それなら、いい。」
セヴランはこれまでと変わらず、優しく笑った。それだけでエルローザは目頭が熱くなり、ぐっと唇を噛んで耐える。
「それに、あの日、きっと君はこの事を俺に告げるつもりだったのだろう?」
ハッとエルローザはセヴランを見た。今度こそ耐えられなくて、視界がぼやける。朝から丁寧にお化粧をしてくれたみなさん、ごめんなさい。とエルローザが思った時、スッと目元に紫色のハンカチが添えられて、零れる前の涙を吸い取っていった。セヴランが身を乗り出していた。
「どうして分かるのですか?」
「友人の事だ。何となくでも、わかるさ。」
「‥‥!」
「ほら、泣くな、エル。」
「だって、セヴランさんが‥!こんな私を、まだ友人だと言ってくれるのですか?」
「嫌か?」
「そんなことは絶対にないです!」
エルローザの返答が力強かったからか、セヴランは声をあげて笑った。
「セヴランさん」
エルローザが改まった声で、セヴランの名を呼んだ。セヴランはその声に佇まいを直す。
「セヴランさん、私の名前はエルローザというのです。本当は女なのです。ずっとエルベルトだと、男だと偽っていて、本当にごめんなさい。」
あの日、言おうと決意した言葉だった。座ったままではあったが、エルローザは誠意を込めて頭を下げた。
「驚きはしたが、怒ってはいない。だからどうか、顔を上げて欲しい。エルローザ。」
「セヴラン、さん。」
「さっきも言った通りだ。君が女だったからと言って、エルが俺の友人であることに変わりはない。」
「はい‥はいっ!」
そうしてようやく、エルローザは笑った。
* * * * *
舞踏会の日よりも少し前のこと。
セヴランから贈られてきた、エルローザへのドレスを見て、イリスはため息を付いた。側に控えるルダスも苦笑いを浮かべている。
「やっぱり、そういう、ねぇ?」
「イリス様‥‥。」
「初めてのエスコートだっていうのに、こんな色のドレスを贈ってくるか、普通。」
「見事な、"翡翠色"のドレスですね。さすがはサジテール侯爵家。」
「そうだ。その"翡翠色"のドレスを私のローザに着せる、と。あの子は気付かないだろうな。」
「‥‥ええ、お嬢様はお気づきにはなりませんでしょう。その意図に。」
「今は未だ、な。まあすぐに求婚してこないだけ礼儀はあるようだし、様子見だ。」
こめかみがピクピクと動くので、イリスは片手でそれを抑えた。ああ気付いていたよ、ローザの話からでもなんだか距離感がおかしいような気がしていたんだ!とイリスは拳で机をたたいた。
エルローザを青年と思っていた時から、セヴランは好意を抱いていたのだろうことは、容易に分かった。
イリスは、エルローザが幸せならそれでいいと思っている。だが、私の娘を泣かせるような真似をしたら只じゃあおかないからな、と気持ちを込めて翡翠色のドレスを見つめた。‥‥念を込めて睨んだ、とも言う。
同時刻、セヴランは謎の悪寒がして、身震いをしていたとかなんとか。
「しかし、まあ。あの子に白バラを贈るとは。エル、ローザ‥‥ああ確かに。あの子の花だ。」




