20 僕の手をとって
王宮から送られてきたエルローザ用のドレスは、淡い桃色の生地にウィリディス帝国の色でもある深い緑の刺繍があしらわれた美しいものだった。エルローザにとって生まれて初めてのドレスだった。10歳までは確かに女の子として過ごしていたが、ドレスというよりワンピースだったし、今思えばきっと侍女たちのお下がりだったのだと分かる。
当日、伯爵家の侍女たちの手によりエルローザは美しく着飾られた。髪は短かったが、成人している女性は結い上げても下ろしても良いとされていたので、髪の長さが分からぬように結い上げられた。
そうしてエルローザは登城し、左右に貴族らが控える講堂の中央を真っ直ぐに進み、皇帝とその傍に控える皇太子に頭を垂れた。
「貴殿はアニュレイ宮廷薬師長に師事し、その知識を以って我が国の皇太子を救った。その功績を称えよう。エルローザ・アニュレイ。アニュレイ伯爵家の正式な養女とし、また皇太子を2度も救った功績からサジェス子爵位と南公国領の一部を授ける。」
「有難き幸せでございます。」
こうしてエルローザは公にイリスの弟子と認められ、次期宮廷薬師長として認識されることになった。
エルローザはその場に、セヴランの姿を探し当てた。一瞬だけ、視線が交わったが、彼女から逸らした。
ああ、ああ。
知られてしまった。ずっと嘘をついて騙していたことを知られてしまった。
ごめんなさい。友人になれて、嬉しかった。
あなたの事が、大好きでした。
正式にアニュレイ伯爵家に入ったエルローザは、居住を伯爵邸へ移し、ウィリディス帝国貴族としての基礎教育を受けることになった。2か月後に開かれる皇太子の誕生日の舞踏会にも招待されており、貴族の名前や、力関係、歴史、領地の特色に、ダンス。と覚えることが山の様にあった。
薬屋はイリスの務める宮廷薬師が引き継ぐことになったらしい。というよりも、エルローザを弟子として取る前にそこで働いていた薬師が、一時的にイリスの采配で宮廷薬師として働いていたのを元に戻しただけである。
愛馬のロッコはもちろん、伯爵邸へ連れて来た。
コンコン。とエルローザの私室がノックされる。
「お嬢様、ルダスでございます。」
「はい、どうぞ。」
「失礼いたします。お嬢様、イリス様がお呼びでございますよ。」
「わかりました。」
「お嬢様、私に敬語は使わなくてよろしいのですよ。」
「はい、ええと‥‥わかったわ、ルダス。」
ルダスは笑顔で頷くと、エルローザをイリスの執務室に案内した。
「し‥イリス様、お呼びでしょうか?」
「ああ、来たな。」
イリスはソファにエルローザを座らせて、その向かいに腰かけた。侍女がふたりに紅茶を淹れる。
「ローザ宛にサジテール家から手紙だ。」
「私に?」
「そうだ。ほら。」
「ありがとうございます。」
エルローザが手紙を受け取ると、イリスは開けるように促した。サジテールと聞いて思い浮かぶのはセヴランで、恨み言ではありませんようにと祈りながら封を切る。
「‥‥‥‥‥‥んん???」
「なんだって?」
「いや、あの、ええっと‥‥。」
「ルダス」
「はい、イリス様。お嬢様、失礼いたします。」
そう言ってルダスはエルローザの手紙を手に取った。
「ふむ‥‥サジテール卿より、今度の舞踏会でお嬢様をエスコートさせて欲しいと。」
「ほう?ローザ、確かサジテール卿とは友人だったんじゃないか?」
「‥‥友人だったのは、エルベルトです、師匠。」
「ローザ。」
「う、はい。男装していた私の友人でした。」
「よろしい。ならば丁度良い。色々なところからローザをエスコートさせて欲しいと申し込まれて断るのに疲弊していたところだ。ルダスも良いと思うだろう?」
「はい、イリス様。それに、サジテール卿よりドレスを贈らせて欲しいと。花はこのお手紙と一緒に届いておりますよ。白バラの花束でした。お嬢様のお部屋にお持ちしましょう。」
「見知らぬ子息どもに任せるより遥かに良い。ルダス、諾の返事を。」
「承知いたしました。」
「イリス様‥‥」
「不満か?」
「そんなことはありません。でも、私はあの方とは、男だと嘘をついてしかお会いしたことが無いのです。それに、私自身からお伝えして謝罪しようと思っていたのに、その機を逃してしまいました。今更どんな顔をして会えば‥‥。」
「それでも、ローザ。あちらはローザに会いたいそうだぞ?良い男なら女の嘘は水に流すものだ。初めての夜会なのだし、エスコートは見知った相手の方が良いだろう?」
「それは‥‥はい、分かりました。」
親愛なるエルローザ嬢。
貴女をエスコートする名誉を、どうか私にお与えください。




