19 事の顛末と
ウィリディス帝国には、貴族たちの治める領土の他に、戦争で属国とした公国が南北にひとつずつあった。二つの公国は現在、元来その国を支配していた王族の血筋を引く姫と、皇族の王子とを結婚させて治めている。それぞれの公爵家の家名よりも、北公国と南公国と呼ばれることが多かった。
南公国では、現皇帝の従弟が現公爵だ。その公爵は自分の娘と婚約している第3皇子を皇太子にすべく、皇太子リシャール暗殺を目論んでいた。
偶然エルローザが出くわした盗賊も、皇太子リシャールに毒を盛ったのも、この公爵の手によるものだった。
また、南公国は正確にはウィリディス帝国の西南部に位置しており、西方の海に面している。帝国内では唯一、鎖国気味なアルブズ国貿易している場所である。
その貿易の中で、南公国を治める公爵は、アルブズ国の貴族と取引を始めた。アルブズ国固有の、無味無臭の猛毒についてである。門外不出の筈のその毒を、公爵は大金を叩いて買い取った。売ったのはアルブズ国のエズライ伯爵。エルローザを殺した父親だった。
と、ここまで調べ上げたうえで、皇太子とマルセルはエルローザを呼んで話を聞いた。もちろん、エルローザの過去も大方把握していた。彼女がその毒の解毒剤を作れることも把握はしていた。自分たちの調べた情報とエルローザの話が一致するかを確認していたのだった。
皇太子の派閥により全ての裏が取れ、皇帝に提出されると、結果の分かりきっている裁判が形だけは開かれた。
第3皇子は南公国の公爵に加担していたとして廃嫡。公爵とその妻は永久牢獄。その他公爵家関係者は貴族位の取り上げを行った。南公国は皇太子の管轄になった。
また、アルブズ国に対して慰謝料と開国を要求した。これは帝国の威厳のためであった。
島国で武力の少ないアルブズ国は、交渉の末に開国の要求をのんだ。慰謝料の殆どはエズライ伯爵家から支払われ、その後にエズライ伯爵家は消えたという。
その裁判の後、皇帝と皇太子より、イリスとエルローザは公の場で功績を称えられることになった。その案内を受け取ったイリスは、伯爵邸にエルローザを呼んだ。
「師匠?」
「ローザ、あの一件の裁判が終わって、王宮から正式に褒美を賜ることになった。」
「は、はい‥。え?」
「まあ、2回も殿下を助けたのだから当然の褒美だ。」
「‥‥‥え、と?え?正式って、公の場でって、ことですか?」
「そうだ。それで今日ローザを呼んだのは、私の立ち位置を説明していなかったなと思い出したからだ。」
「はぁ‥‥。」
「私はイリス・アニュレイ。アニュレイ伯爵であることは知っているね。」
「はい。」
「そして王宮薬師長でもある。」
「‥‥‥‥は?」
「アニュレイ家は代々、王宮薬師長が継いできた家名でね。というのも、王宮薬師長という地位の方が伯爵位よりもずっと高いんだ。王宮薬師長の別名みたいな扱いで、アニュレイ伯爵家には領地も無いしね。古い言葉でアニュレイは薬指を意味する。」
「え、待って下さい師匠。師匠は、だって、普段、薬屋で‥‥!」
エルローザは、はたと気付く。薬屋の休暇中に貴族に会っているようだ、と、エルローザは知っていたではないか。
「これまでずっと王宮勤めだったからね。見込みのある弟子を見つけたから、8日に一度しか来ない!と言って出てきたんだ。」
「‥‥‥」
絶句である。
「次期アニュレイ伯爵、つまり時期薬師長を育てるっていうのは私の1番大切な役目だからね。王宮側も"弟子を見つけた"と言えば、却下できないのさ。」
からからとイリスは笑った。エルローザはまだ思考が追い付かない中、だからみんなアニュレイ"伯爵"ではなくアニュレイ"卿"と呼んでいたのだな、と思った。アニュレイ卿、つまり"薬師長閣下"と。
「で、ここからはローザの話だ。」
「私、ですか。」
「ああ。正式に王宮にも認められることになるんだ。そうしたらローザは、私の養子になる。覚悟は良いか?」
「はい、師匠。私を後継者に、と認めて下さったのですよね。」
「もちろん。ローザ以外に、私の後継者は務まらないからな。」
「まだまだ未熟者ですが、今後もよろしくお願いいたします。あれ、これからも師匠って呼んでいていいのですか?」
イリスは、ふむ、と考えた。
「まあ、悪くはないが、公の場では良くない、か。ローザ、試しに"お母さま"って呼んでくれ」
「お母さま‥‥」
「あ、ダメだ。むず痒くて耐えられん。私も師匠‥‥前伯爵の事は"お父さま"なんて呼ばなかったしな。」
「それなら、イリス様、と呼びます。」
「ああ、そうしてくれ。」
エルローザは頷いた。イリスと正式に縁続きになる。それはエルローザにとって喜ばしいことだったし、後継者にと認められたことは何よりも誇らしかった。
ただ、ひとつだけ後悔がある。あの日から一度もセヴランに会えていないことだ。きっと、エルローザが呼ばれている公の場には、セヴランもいるのだろう。
イリスの養子になり、公の場に呼ばれる。その時、エルローザは、女性として、本来の性でセヴランの前に姿を見せなければいけない。
「自分で伝えようと、思っていたのに‥‥。」
あんな風に彼と過ごすことはもう無い。そう思うと悲しくて、苦しくて、涙が溢れて止まらなかった。
それでも、時は進む。エルローザは伯爵邸で貴族としてのマナーを叩き込まれながら、その日を迎えるのだった。




