17 その時ではなかったのです
金属のぶつかる音が何10も響く。キン、キン、ガシャン。軽く弾く音、重く交わる音、風を割く音、刃の滑る音。2頭の馬は、聞きなれたものだと言うように少し離れた場所で各々好きに過ごしている。
その馬たちの主であるふたりは、キィンという一段と高い音を最後に、動きを止めた。エルローザとセヴラン、両者の剣の切っ先が互いの喉元へ向けられていた。すっ、とエルローザが剣を引くと、セヴランも剣を下ろした。ふたりはどさっと音を立てて倒れ込んだ。
「はぁ、はぁ。引き分け、ですね。」
「ああ。引き分け、だな。」
エルローザは肩で息をしていたが、セヴランの方はまだ余裕がありそうだった。とはいえ、この日はふたりが剣の手合わせを初めてから最初の引き分けだった。これまではセヴランの全勝だったが、初めてエルローザは引き分けにする事が出来たのである。セヴランは幾つかハンディを設けていたが、それでも現役の騎士団、それも副団長に対して引き分けとは大したものである。
最初の頃はセヴランの持って来た訓練用の木刀を使用していたが、エルローザの腕が上がり、最近では真剣での打ち合いも珍しくなくなっていた。
まだ動けないエルローザに、セヴランが水筒を取って来て渡した。エルローザはお礼を言いながら、水を飲む。生き返る心地だ。
「はあ、半年、くらいですか。やっと、引き分けまで、来る事ができました。」
「よくやった、エル。途中のあの返しはヒヤッとした。」
「それは、どうも、ありがとうございます。」
エルローザは少しずつ呼吸を整える。何度か大きく深呼吸をして、またひと口水を飲んだ。
「ふぅ。でもやっぱり、ちょっと悔しいですね。」
「勝ちたかったか?」
「それはもちろん!でも、今は引き分けで満足します。」
そんなことを言いながら、エルローザは笑った。セヴランも笑みを返す。暫くふたりは無言だったが、それは心地の良い静寂だった。髪を撫でる柔らかな風の音と、互いの呼吸だけを聞き、穏やかなこの休日がずっと続くようにと祈りたくなった。
けれど、エルローザはぎゅっと手を握る。彼女は既に心を決めてきた。今日、告げるのだと。
こっそり、息を吸う。何度も何度も自分を鼓舞する。そうしてエルローザは口を開いたが。
「セヴランさん!」「エル!」
「「‥‥‥‥」」
エルローザがセヴランを呼んだのと、セヴランがエルローザを呼んだのは同時で、これまたふたりは同時に黙り込んだ。
「「あの」」
「「‥‥‥‥」」
エルローザは手で顔を覆い、セヴランは天を仰いだ。ちゃんと決意してきたのに!とエルローザは心の中で叫ぶ。もう一度だ、と呼吸をひとつして、顔を上げた。
「‥セ、セヴランさん、あの、話があって。」
「あ、ああ。偶然だな。俺もエルに話があったのだ。」
どこかぎこちなくふたりは視線を合わせる。
「先と後と、どちらがいい?」
セヴランがそう聞いた。エルローザは一瞬迷って「先で」と答えた。
「‥‥私、ずっと、あなたに隠していたことがあるのです。今日はそれをお話ししたくて。」
「‥ああ。」
「本当にごめんなさい!私、私は‥‥エル‥」
エルローザの声を遮ったのは、早馬で駆けてきた騎士の叫び声だった。
「閣下!!!サジテール閣下っ!!!!!」
その声にセヴランが立ち上がる。すぐにその騎士がセヴランまで駆けてきて、ひと言告げた。
「殿下が!早急に城へ!!!」
一瞬だけ目を見開くと愛馬を呼び寄せ跳び乗った。
「エル!悪いが急用だ!君の話も俺の話も、また今度にしよう!」
「は、はい!」
エルローザの返事を聞きながら、セヴランと騎士は城の方向へ馬を走らせていった。
彼女には数秒だけ、状況を理解する時間が必要だった。セヴランの様子から、ただ事ではない何かが起こったらしいというのを察し、それが良くないことであるのも理解した。胸騒ぎがして、エルローザも早々に愛馬に跨ると、住居でもあり職場でもある薬屋まで、わき目も振らずに帰った。
休日のため、薬屋にイリスはいない。それは分かりきっていたのに、しんとした空間に少しだけ不安になった。何かしていないと落ち着かなく、エルローザは昨日も数えた薬草のストックを数えだした。それから数分。いや数10分だったかもしれない。荒い馬の蹄が近づいて来たかと思えば、ドンドンと薬屋のドアを叩く音がした。
「、はい!」
エルローザは不安を抱きながらドアを開ける。王宮の騎士がひとり、汗だくで立っていた。先ほどセヴランを呼びに来た騎士とは別の人だが、制服は同じである。
「アニュレイ卿の弟子のエルベルト殿で間違えないでしょうか!」
「は、はい、私がエルベルトですが。」
「アニュレイ卿より急ぎの知らせです!準備次第私と王宮へ!」
「え!?」
手渡された紙には、急いで書いたのだろう、荒い字が並んでいた。それでもいつもの癖はそのままで、確かにエルローザの師匠、イリスの字であった。
「「あの薬を持って王宮へ」って‥!?」
そう言われて思い浮かぶのは、またと言われていた名前の無い"あの解毒薬"しかなかった。エルローザは急いでその薬を持つと、騎士に促されて彼の馬に乗る。騎士はエルローザを前に乗せると後ろから手綱を握った。掛け声とともにふたりを乗せた馬は城まで駆けて行った。




