16 翡翠が灯す
「師匠師匠、私決めました。」
「なんだ、とうとう「あなたが好きです」って告白するのか?」
「なっ!?!?違いますよ!違いますそんなんじゃなくて!」
からからとイリスは笑い声をあげた。エルローザの反応が予想通りだったからなのだろう。期待された通りの反応をしてしまったエルローザは顔を更に赤くした。
「師匠ってば!もう、揶揄わないでください。それに、セヴランさんのことは好きですが、友人としてです。」
「悪い悪い。それで、ローザ。サジテール卿に、本当は女ですって言うのか?」
「はい、師匠。ずっと騙してごめんなさいと、私はあの方に謝罪をしなければなりません。」
「このところその件で悩んでいたんじゃあなかったか?急に決心がついた訳を聞かせてもらおうか。」
「え、いえ、えと、特に、そんな、訳なんて‥!」
「そんなに分かりやすく動揺してどうするんだ‥‥。」
エルローザはイリスに背中を押して欲しかっただけだったが、イリスはその訳を聞きたがった。エルローザが真っ赤な顔のままぶんぶんと首を横に振るので、イリスは呆れたように「ほら、さっさと話しな」と催促する。
何で全部知られているのだろう、とエルローザは思いながら、口を開いた。
「この前のお休みも、いつも通り剣の鍛錬をして、夜は街の居酒屋に行ってお酒を飲んだのです。そこで、少し、いつもよりも、酔っていまいまして。」
「ほぅ?」
少しだけイリスの眼光が強くなった気がしたが、エルローザは話を続ける。
「そのせいでいつもより少しだけ、自制心が弱くなっていて、ですね。その‥‥「セヴランさんは私の大切な友人です」と伝えてしまいまして。ふ、普段はそんなこと言わないのですけど‥。」
「それで?」
「そ、それで、セヴランさんも「俺にとっても、エルは大切な人だ」っておっしゃってくださったのです。その時のお顔とお声が、あまりにも優しくて。私はこんな方をずっと騙しているのかって、泣きそうになっちゃって。」
エルローザはあの日のセヴランの翡翠の瞳を思い出した。熱が籠っていたような気がしたのは、自分が酔っていたからだろう。それでも、あの瞳を当分忘れることは出来そうになかった。
「泣いたのか。」
「いえ!泣いていません!ちゃんと耐えました!その後、セヴランさんが、あ、頭を撫でてくれて。その時に「次に会う時にはちゃんと言おう」って、決めたのです。」
エルローザは真っ直ぐイリスを見て言った。自分は決めたのだと主張するような視線を受けて、イリスは夕日色の瞳を細めた。
「そう決めたのなら、頑張っておいで。」
「はい、ありがとうございます。師匠。」
そうしてふたりは小休憩を終え、いつもの通りに仕事に戻る。エルローザは相変わらず裏手の薬草室で調合を任されており、依頼されている薬と、常備薬のストックを確認する。
明日の分は大丈夫そうだが、それ以降のためには幾つか摘んで来る必要がありそうだった。必要な薬草を確認する中で、もうそろそろ前に作った薬の期限が切れそうだと思い出した。イリスに「この国では使わないだろう」と言われた薬である。そのための薬草も採ってくるものリストに追加したのだった。
「師匠、明日の分の薬は準備できているので、明日は薬草採取と購入に出かけてきますね。」
「ああ、もう少なくなったか。」
「はい。明日の目的はこのリストです。」
「どれ‥‥。ローザ、これはまたか。」
「はい、師匠。これは私の‥‥安定剤みたいなものなので。使わなくても、作り続けたいのです。」
「へえ。前に聞いた時は「エルベルトであるために」と言っていたけれど。今回は「安定剤」か。」
「はい。私はエルベルトじゃなくても、エルローザなので。この薬を作る事は、私たちにとって意味のある事だから。」
「それならいい。」
「師匠?」
「前の時は、なんだかその薬を作るのを強迫されているようだと思っていた。けど、今は違うようだからね。それならいいんだ。」
「ありがとうございます。師匠。」
確かに、その薬を作りたいという気持ちが以前とは違っていた。以前は"作らなきゃ"と何かに強いられていたような気がする。しかし今は"作りたい"と思うのだ。もちろん、今でも自責の念に駆れるし、あの日の事を夢に見て悔恨に苛まれる。涙して朝を迎える日も少なくはない。
それでも、これからはエルローザとして生きると決めたのだ。
だからこそ、その薬を作り続けたいと思うのだ。エルベルトを殺した毒の唯一の解毒薬を。これを持っていれば、いつあの日に戻っても、エルベルトを助けられる。そんな気がした。
もしもイリスの跡を継げたのなら自分も弟子を取って、この薬の作り方を残したいとさえ思う。
そんなエルローザの心情の変化を分かったのだろうイリスは、その解毒薬を作り続けることを了承したのだった。




