15 アメジストが融ける
その日、エルベルトはいつもよりも酔っていた。
「エル、呂律が怪しいぞ。」
「そぉですねぇ」
セヴランはエルベルトと友人になってから、半年以上が経ったことに気づいたが、もっと前から友人であったような気分だった。
「飲みすぎたんじゃないか?」
「ええ~?」
「かっ‥‥‥いや。ほら、水を飲め。」
こてん、と首を傾げたエルベルトに、セヴランは思わず心の声が漏れそうになった。何故、何故そんなに可愛らしいのだ!と無言で叫ぶセヴランは、完全にエルベルトが好きだと自覚していたし、いっそ開き直ってすらいた。
「ありがとぉございます、セヴランさん。」
「くっ‥」
「?」
笑顔が眩しくて胸が苦しい。皇族に仕える第1騎士団の副団長は、これまでのどの戦いよりも重傷だった。
「あ、そぉだセヴランさん。」
「どうした?」
「わたし、アルブズの生まれだって知っていました?」
「アルブズと言えば、あの島国の。それは知らなかったな。どうしてこの国に?」
「お仕事を辞めさせられちゃったのでぇ、思い切って旅に出たんです~。丁度大きな貿易船が、ルーフス国に行くところだったので、ロッコも一緒に乗せてもらいましたぁ。」
「その頃から一緒だったのだな。まあ愛馬が一緒なら、西方の海洋を渡るのは厳しかったろう。それで陸路でここまで来たのか。」
「うん、大変だったんですけど、ロッコが一緒にいてくれたので何とかなりましたぁ。」
そう言ってエルベルトは、ふにゃりと笑った。笑顔だけではなく、口調もふにゃふにゃしているので、やはり大分酔いが回っているようだった。そしてセヴランは、己の口から出る声が、甘さを含み始めていたことを知っていた。自分の気持ちに気付いて欲しいと思いながら、気付かないでくれと矛盾した思いを抱く。
「だが、なぜこの国に?」
「ずぅっと前からの夢だったのです。いつかぜったい、この国に来るって約束だったので。」
「‥誰との?」
「わたしの、大切な人です。」
「‥‥‥‥」
その笑顔はあまりにも切ない。時が止まったように、セヴランは動けなかった。
「もう、会えないんですけどねぇ。」
国に残して来た想い人だろうか。それともこの国にいたが亡くなってしまった想い人だろうか。どちらにせよ、彼の心には忘れられない人がいる、ということか。セヴランは、ずしりと心が重くなるのを感じた。その瞳に、俺を映してはくれないだろうか。その想い人の次でいい。それでもいいから、俺を見てはくれないか。
「セヴランさんも大切な人なんですよぉ。」
「‥エル?」
「とぉっても大切な、初めての友人です。」
「‥‥ああ、ありがとう、エル。俺にとっても、エルは大切な人だ。」
「ありがとぉございます。」
嬉しさが溢れる顔で、少しだけ溶けたような瞳で、エルベルトがそう言ったから。セヴランは思わず向かいのせいに手を伸ばし、彼の頭を撫でた。
「‥‥しょーねんじゃないですよ?」
「知っているが‥撫でずにはいられなかったんだ。」
「しかたないから撫でさせてあげます。」
「ああ、感謝する。」
「変なセヴランさん。」
ふふふ、とエルベルトは笑いながら頭を差し出した。最初に山で会った時には短かったミルクティー色の髪は、今では肩のあたりまで伸びていた。どうやら伸ばしているようで、普段は後ろでひとつに縛っている。セヴランはエルベルトがその髪を下ろしたところを見たことはないが、きっと少女に見間違えてしまうのでは、と想像していた。
エルベルトが少年でも、男性でも。少女でも、女性でも。どんな姿の彼を想像しても、セヴランはエルベルトの事が好きだという気持ちに変わりがない事に気付く。
男色だったのかと思ったが、そうではなく、君だから好きになったのだな。
エルベルトの頭を撫でていた手をどけると、彼はこちらを見てまた笑った。
告白しよう。セヴランは強く決意した。
告白して、自分の気持ちを否定されなければそれでいい。それからアプローチしていけばいいのだ。こんなにも邪な想いを抱いたまま、友人を続けるのは不誠実にも程がある。好きだと、そういう対象として好きなのだと伝えよう。
―セヴランさんも大切な人なんですよぉ―
例え彼に拒否されてこの関係が終わったとして、セヴランはその言葉だけで生きていける気がした。




