14 麻疹にかかりまして
「セヴランさん!お待たせしてしまいましたか?」
「いや、俺もさっき着いたところだ。あの日はちゃんと帰れたな?」
「はい、もちろん。お酒も料理も美味しかったです!」
「それはよかった。‥‥エル、なんだか‥スッキリしたような‥?」
「え?」
「ああ、やはり。いつもどこか憂を帯びていた表情が明るくなったようだ。」
「‥‥はい、やっと。でもセヴランさん凄いですね?」
「これだけ剣を合わせた友人の事だぞ?何となくでも、わかるさ。」
エルローザの顔を見下ろしながら、セヴランが笑った。そしてもう何度目になるのか、片手をエルローザの頭に寄越そうとして、止めた。この大柄な男は、相手が19歳の男性と分かっていても、頭を撫でたくて仕方がないらしい。エルローザは苦笑して「少年じゃないですからね。」といつも通りに言うのだった。
セヴランと接して、エルローザは実感した。彼と接する時はこれまでも無意識にエルローザだったのだ、と。彼と剣を打ち合うのはとても楽しく、時間があっという間だった。その感覚は確かに、剣術好きなエルローザのもの。古く懐かしい、幼い日に感じた楽しさと同じ類のもの。
「今日もよろしくお願いします!」
「ああ!」
でも、もう少しだけ。もう少しだけ、あなたの友人エルベルトとして振舞わせてください。まだ、この時間を手放せる勇気がないのです。エルローザはこの日も変わらず、セヴランと剣の打ち合いを何度も行った。
そんな日々を過ごすエルローザは、日に日に苦しくなっていった。セヴランとの剣稽古が楽しければ楽しいだけ、エルローザは水底に沈むような気がした。気の置けない友人のように接してくるセヴランが、エルローザに笑いかけたり飲みに誘ったりする度に、心臓の奥がきゅっと締まった。
胸に余るこの感情の名を、エルローザは知らない。
「エル、家に来てみないか?」
稽古後の雑談時、セヴランが唐突にそんなことを言うので、エルローザは口に含んだ水を飲むタイミングを間違え、咳き込んだ。
「ゴッホッ‥ゴホッ、う‥‥ケホッ」
「す、すまない!驚かせたか?」
「ケホケホッ‥‥はぁ‥、驚きました。って、行けるわけないじゃないですか!」
「何故だ!」
「え?あの、セヴランさんの言う「家」ってサジテール侯爵家ですよね?」
「そうだが‥?」
「‥‥‥平民なのですよ?」
「家の者はそんなこと気にしないし、なんなら母上から、君を連れて来いと最近良く言われるほどなのだ。」
「侯爵家へお邪魔できるほどの服もマナーも持っていません。」
「それなら」
「いいえ!行けません、セヴランさん。でも、いつか、私が師匠の伯爵家に養子入りしたら、その時にまた招待してくれませんか?」
「‥‥ああ、もちろん。」
「ありがとうございます。」
きっとその時は、セヴランの友人ではいられないだろう。正式に養子入りすれば、必ず性別が知られてしまう。そうなった未来で、セヴランはどんな視線を向けるだろうか。軽蔑か、落胆か、非難か。そうなる前に、自ら告白しなければいけない。誠意を見せる事が出来る、唯一の方法がきっとそれだ。
ずっと続く時間はない。エルローザはそれを良く知っていたが、それでも、セヴランとの友情を壊す決心は、すぐ付きそうに無い。エルローザは言い訳をたっぷりと心の中で唱えて、次に会う時までには、と脆い決意を何度も繰り返すのだった。
* * * * *
年下の小柄な友人が可愛い。それが、セヴランにとってここ最近の一番の悩みだった。最初に会った時から少年と思うほどには華奢で、成人男性とは思えぬほど可愛らしい顔をしている、とは思っていたが。それでも、最初の頃はまだ、凛々しいなとか、努力家だな、とかそんな風に感じていたはずである。
それがいつの間にか"可愛い"に変わっていた。セヴラン"様"からセヴラン"さん"と呼ばれるようになった頃だったか、いやそれよりも前だったか。正確なことは思い出せないが、彼がだんだんと溌溂とし、笑顔が多くなった辺りから、自分はおかしくなったような気がする。とセヴランは冷静を装って自身を考察していた。
身長差のせいで、友人はセヴランをいつも見上げるのだが、下から無邪気に笑顔を見せられると、セヴランは顔に熱が集まるのを感じるようになっていた。
酔ってふにゃりと笑いかけられた時は心臓が止まるかと思ったし、アルコールで少し赤くなった顔のままひとりで帰すのは躊躇われた。あの澄んだ紫の瞳は、ふとした時にいつでも思い出したし、楽しげに話す声はいつまででも聞けるな、なんて考えもした。
「彼は、俺のような男でも恋愛対象だろうか。」
"友人"と言いながら、己の心の奥に下心がある事を、セヴランは認めたのだった。
そして、また今日も頭を撫でそうになってしまった、と反省しつつ、友人に対して罪悪感を抱く。彼は自分を「初めての友人」と言ってくれたのに、俺は彼を友人として見られなくなってしまっている。これは、彼に対する裏切りだろうか。それならなるべく早く、誠意を見せるべきではないのか。
そこまで考えて、セヴランは頭を抱えた。告白したら、今のような関係には戻れないかもしれない。最悪は軽蔑の視線を向けられることだ。いや、断じて、友人がそんな人間なんどと思っているわけではないが‥‥。
どうやら自分は、自分で思っていたよりも遥かに臆病者だったらしい。胸中で己に嘲笑を浴びせると、セヴランは思考を強制的に"次の剣の鍛錬内容について"へ移すのだった。




