11 オレンジの片方
ここから2ページはエルローザの過去編です。
エルローザはアルブズという島国の生まれだった。
アルブズ国の貴族に、双子が生まれた。ミルクティー色の髪と淡いアメジストの瞳を持つ男女の双子だった。
「奥様!」
「お気を確かに!!」
双子を産んだ母親は正気を失ってしまった。この島国で双子は、忌むべき対象だった。不幸そのもので、不吉の予兆。後継ぎを産まねばならなかった夫人は、己が産んだ子供が双子だった事実を認められず、心を病んでしまった。
父親のエズライ伯爵は双子の妹の方を殺そうとしたが、執事のジュストが止めた。「使えるかもしれない。殺すのはいつでもできるから。」と言われて、今でなくてもいいかと思ったのだ。
これが、双子がこの世に生を受けた直後の出来事だった。
エズライ伯爵は、双子だという事実を知る使用人を入れ替えた。老執事ジュストだけは残した。しかし伯爵の知らないところで一人の侍女が残っていた。執事ジュストの手筈だった。その侍女、アデーレは双子付きになった。屋敷の中で、ふたりの子供が双子であると知る者は、心を病んだ夫人と本人たちを除いて、3人だけだった。
伯爵は、双子の兄の方には伯爵家の嫡男として不足の無い教育を施した。妹には一切の関心を向けなかった。
鏡合わせのようによく似た自分たちが、一緒に生まれたことを、子供たちは何となく分かっていた。そしてそれを「双子」と呼ぶことは侍女のアデーレから聞いていた。
いつからか、双子は入れ替わるようになった。妹の方に一切の関心が向いていないことが、入れ替わりを可能にさせたのだった。度々入れ替わり、その日の学んだことを教え合った。双子は同じだけ聡明で、同じだけ片割れの事を分かっていた。
「バーティ」
「ローザ」
夜は同じ部屋で眠くなるまで話した。兄として過ごした妹が学んだこと。妹として過ごした兄が見つけたこと。
「バーティ、こんどからやくがくの先生が来てくれるっていってたよ!」
「ほんとに、ローザ!うれしいな。ぼく、やくそうがすごく好きなんだ!」
「今日はどの本をよんだの?」
「これだよ。明日よむ?」
「うん!バーティがよんだなら、わたしもよむ!」
「そうだ、らいしゅうからけんじゅつの先生が来るっていってたよ!ローザもいっしょに教えてくれるって!」
「ほんとに、バーティ!うれしいな。わたし、けんを教わりたかったの!」
そうして話をしているうちに、双子は眠りにつく。
兄の方がどちらかと言えばおとなしく、妹の方がどちらかと言えば活発だった。ふたりの世界は、とても小さかった。
双子は、どちらも妹になったことがあるから分かっていた。この家で、この国で、双子は忌まれていると分かっていた。後から出て来た妹の方を特に忌んでいたことを分かっていた。だからこそ、片方に押しつけなかった。それでもたった一度だけ、妹が入れ替わるのを止めたいと言った。
「ねえ、バーティ、もう止めよう。」
「いやだ。」
「止めようよ。ローザになって、良いことなんてないでしょ?」
「ぼくたちは一緒じゃないの?」
「でも、」
「ローザはぼくにだけ、毎日毎日予定でいっぱいの日を過ごせって言うの?」
「バーティ‥‥でも、ローザは楽しくないでしょう?」
妹は堪らずそう言った。兄の顔が見れなくて、下を向くと床がゆらゆら揺れて見えた。そんな妹の手を、兄は優しく握った。
「ぼくたちは一緒だよ。嬉しいも、悲しいも全部同じじゃないとだめなんだ。ローザだけ悲しいは、いやだよ。」
「バーティ‥‥!」
ついに妹は涙をこぼした。ふたりは分かっていた。兄だけが必要で、妹は要らないことを分かっていた。でも、ふたりは双子だったから、ずっと一緒だったから。どっちかを犠牲にするなんて、出来る筈が無かったのだ。
一緒に生まれたから、全部半分。片方が泣いていたら、もう片方も一緒に泣く。痛いのも嬉しいのも一緒がいい。そんな双子を正確に知っていたのは、侍女のアデーレと執事ジュストだけだ。ひっそりと双子は生きていたのだった。
双子は両親に会ったことが無かった。兄の方ですら、会ったことが無かったのだ。知識としては、人は母親から生まれてくることも、父親と母親がいる事も知っていた。けれど、その存在を見たことはなかった。それでも良かった。お互いとアデーレとジュストさえいれば、ふたりの小さな世界はそれで良かった。
双子が7歳になった時、母親が死んだ。流行り病だ。ただでさえ精神を壊しており、生きようという気力の無かった伯爵夫人は、流行り病であっさりとこの世を去った。
「ねえ、やっぱり双子を産んだっていう噂は本当だったのでは?」
「口に出さないでよ、呪われそう。でも、だから若くして亡くなったのかもね。」
「噂が立つだけでも不吉だわ。それに、子供が生まれてから伯爵の事業は低迷しているようだし。」
「やはり双子は不幸を呼ぶ!」
「違いない。」
葬儀に参加することさえ出来なかったふたりの耳にも、そんな声は届いた。
ただ、そう生まれただけ。それだけ。
それだけだったのに。
「ねえ、ローザ。」
「どうしたの?バーティ。」
その晩、うとうとしながら兄が妹に話しかけた。
「今度は、違う国に生まれてこようね。」
「どこでもいいの‥一緒なら。」
「海を渡った、大陸の国ではね、双子が祝福されるんだって」
「‥‥しゅく、ふく?」
「おめでとうって言ってくれるんだって。僕たちが双子でも、だれも怒らないし、悲しまないんだって。」
「‥‥そんな国が、あるの?」
「本にね、書いてあったんだ。それに、薬草がたくさんあるんだって。」
「剣もあるかな?」
「あるよ。女の子でも、騎士になれるんだって。」
「じゃあ次はそこで一緒に生まれてこようね。」
「約束ね。」
「約束ね。」
手を握って、ふたりは眠った。心から祈って、願った。どうか次は、と。
それでもふたりなら、耐えられる。生きられる。そう、だったのに。




