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約束  作者: おがわかなた
6/10

約束 第6話

コツコツ

ヒールの音が廊下に反響する。

複数の人が歩いているような錯覚に陥るが、ここを歩いているのは橋上一人である。

まるで、普段とは違うどこか異世界に来たような感覚に襲われる。

ガチャ

扉を開ける音が、廊下・部屋に伝わる。

始業時間の1時間前だ。

そこには誰もいない。

机や椅子、OA機器がそこにあるだけである。

「おはようございます」

会社にはまだ誰もいない。

しかし、彼女は毎朝挨拶をする。

習慣になっていたということもあるが、

いつも使っているOA機器などへの感謝の気持ちもこめられていた。

それらのOA機器は、使用していないため、静かである。

皆が使用している時間帯はけたたましい音を立てている。

しかし、いまは何の音も立てていない。

「今日も1日よろしくお願いします」

そのギャップを彼女は楽しんでいた。

静けさを楽しみながら、彼女はコート脱ぎ、ハンガーで壁にかける。

フロアの一部に、コーヒーメーカーが設置されている。

彼女は、その前に黙ったまましばらく動かずにいた。

時計の音だけが、会社を支配する。

彼女はその音を聞きながら、立ち尽くしてた。

どれだけの時間が経過しただろうか。

彼女はおもむろに動き出し、コーヒーメーカーに水を入れる。

前に入れた水がお湯として出てきて、コーヒーを落とし始めた。

始めは水滴だったものが次第に線になりコーヒーの瓶に落ち始める。

彼女は、この光景をじっと眺める。

「・・・・・・」

時計の音とコーヒーが落ちる音だけが部屋を支配する。

彼女はその音を楽しんでいた。

ゆっくりと目を閉じて思いにふけるのだった。


会社は、色々な音が入り混じっていた。

会話する声、OA機器の動作音が鳴り響く。

しかし、それ以上に大きな音、いや声が会社に響く。

「もう、しっかりしてくださいよ!!」

『また、始まったわ。

 彼女のヒステリーにも困ったものね』

課長に、一人の女性が大声で話していた。

別にたいしたことでもないのに、些細なことを大げさにしているだけだった。

『もう、課長も困っているじゃない』

橋上は立ち上がり、コーヒーを入れなおす。

そして、課長に新しいコーヒーをもって行ったのだ。

「どうぞ、新しいコーヒーお持ちしましたよ」

「・・・・・・」

課長の目が少し潤んでいるように見えた。

『中間管理職って大変よね』

彼女はそう感じるのだった。

『ましてや、プロジェクトマネージャ兼務なんてね』

「・・・・・・ありがとう、いつもすまないね」

「いいえ、どういたしまして」

彼女は微笑みを返し、自分の席へ戻り、再び仕事を始めるのであった。


プルルッ

橋上は、電話の音で、我に返った。

「電話、電話。

 お待たせいたしました、ジュフィ電機でございます」

「・・・・・・」

「もしもし、聞こえていますでしょうか?」

「・・・・・・」

「あー、もしもし」

「・・・・・・」

もしかしたら、向こうは一生懸命しゃべっているのかもしれない。

しかし、こちらからは何も聞こえない。

ナンバーディスプレイは非通知になっているため、相手の電話番号も分からない。

「こちらから何も聞こえないので、一度電話を切らせて頂きます」

彼女は受話器を置いた。

再び電話が来るかもしれない。

彼女は電話を待った。

しかし、電話は来ない。

彼女は首をかしげた。

用事があるなら再度電話があるはずだ。

それなのに、一向に電話が来ない。

彼女は再度首をかしげた。

「橋上さん、どうしたんですか」

「いや、無言電話よ」

電話中に他の社員が出社していた。

「何度か声をかけたけど、何も言わないのよ」

「音は聞こえなかったんですか?」

「音?」

「だって、携帯電話でかければ、電車の音とか、アナウンスとか聞こえるんじゃないですか?」

「そうね。

 でも、何も

「橋上さん、間違ってなってもいない電話を取っただけじゃないですか?」

「何、失礼ね。

 でも、受話器とった時は、電話つながっている音だったわよ」

「・・・・・・」

「少し、ざぁーっていう音なっていたわよ」

「友達に聞いたことありますけど、電話の交換機の不具合で電話がつながらなくなることもあるらしいですよ」

「じゃ、電話会社の問題?」

「可能性はありますね。

 急ぎの用事だったら、連絡きますよ。

 気にしなくていいんじゃないですか」

「そうね、あまり気にしてもしょうがないわよね」

そして、その日、無言電話が再度くることはなかった。

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