約束 第3話
下矢田駅は、ターミナル駅である。
多くの飲食店、百貨店などが立ち並ぶ大きな街である。
しかし、オフィスは少なく、多くの乗客がさらに都心部へと向かう。
何千人という乗客が、一気に乗り換える。
コンコースは広いものの、その広さを感じることはない。
至る所に利用客が交錯する。
さらに、階段は狭く、上る人と下る人が交差し渋滞が発生する。
この為、階段付近では乗客が列を成している。
安齋もまたそのうちの一人であった。
反対側からくる人にぶつからないように歩く。
油断すると、人の向こう側から人が現れ、接触しそうになる。
安齋は神経を集中させながら歩いていた。
その影響なのか、
「少し、胸も痛いような気がする」
胸の辺りを摩ってみる。
「何だろうか?」
しかし、その痛みが収まることはない。
むしろ、少しずつ痛みが強くなっている。
息苦しくなってくる。
「駄目だ。
ちょっと、休もう」
彼は足取りを止めた。
ドンっ。
後ろから押されてしまった。
しかし、流れの中で止まってしまったので、後ろを歩いていた人が回避できなかったのだ。
「急にとまるなよ」
そんな呟きが聞こえる。
「すみません」
彼は必死に声をだしたが、その人に届いたかは定かではない。
「胸が痛い」
やっとの思いで、彼は端の空いたスペースに寄った。
胸を押さえながら、息を整える。
「はぁ、はぁ・・・」
息が荒い。
さらに汗が出てている。
ポケットからハンカチを出し、汗をぬぐう。
少しずつ痛みが弱まった。
「少し休めば治りそうだ」
息を整えたことで、少し痛みが和らいだ。
「大丈夫そうかな」
彼は、再び歩き出した。
エスカレータの前には、行列ができている。
朝夕を除き、この行列が途切れることはほとんどない。
安齋もこの行列に並んで下りホームを目指す。
胸の痛みは少し和らいではいたが、まだ違和感が消えない。
少しでも体に負担をかけないように、エスカレータの手すりに寄りかかる。
違和感が消えることはなかった。
「駄目だ、やっぱり少し休もう」
そう判断した。
ホームには多くの乗客がいる。
まだ、少し早い為、列は反対ホームの列とつながってはいなかった。
あと、10分ほどすると、その行列はホームの端から端へとつながってしまう。
まだある隙間を通り抜けながら、安齋はベンチを探して。
右に動き、左に動き、なんとかベンチにたどり着いた。
ベンチに腰かけ、休息をとる。
息を整えると、胸の痛みは和らいでいく。
ほぼ痛みはなくなった。
「時間は、、、」
腕時計を確認してみると、出勤時間までにはまだ余裕がある。
「まだ十分に間にあうな。
もうしばらく休もう。」
急に動き出す自信はなかったので、そう判断した。
彼は再び思いをめぐらすのだった。
少しずつ、多くの音が、彼から遮断されていく。
「安齋マネージャ、この前の資料の確認終わってないんですか!」
「すまん、まだ確認中だ」
「もう締め切り間近ですよ!
他の会社に遅れをとってしまいますよ!!」
「・・・・・・」
「明日までにお願いします!!」
そう言い放って彼女は自分の席に戻った。
周りの視線が彼に集まっていた。
これだけ、大きな声でやりあえば、誰でも注目してしまう。
そんな視線が気にならないわけがなかった。
「ふぅ~」
彼がため息をついた。
頭を手で抱える。
課長としての通常業務、そしてプロジェクトマネージャとしての業務。
両方をこなすのは大変だった。
残業も増えた。
優先順位を付けて、後回しにして残業で処理していた。
コトン
何かが置かれる音がした。
視線をそちらの方向にやると、1人の女性が立っていた。
「橋上君か」
「どうぞ」
「・・・・・・いつも悪いな」
コーヒーを一口すする。
「うっ・・・・・・」
「あ、熱かったですか」
「・・・・・・」
「大丈夫ですか?」
安齋の目からは涙がこぼれている。
それに気づいた橋上が声をかけたのだった。
「温かいなぁ~」
安齋はそう感じたのだった。
安齋は思考を現実に戻す。
電車の音、足音、人の声などが一斉に彼の耳に入ってくる。
「まだ、大丈夫か」
安齋は時計を見て確認をした。
彼は顔を上げ、目の前の光景を眺めてみる。
乗客が列を作っている。
新聞を読んでいる者、携帯電話を操作している者、読書している者など千差万別である。
電車が到着すると、彼らは一時的にそれらの行為を中断し、乗客が降りてくるのを待つ。
その後、列を作っていた乗客が電車の中に乗り込んでいく。
安齋にとって、その光景は、まるで電車が扉から乗客を吸い込んでいるように見えた。
そして、束の間の静寂がやってくる。
しかし、すぐにまた列ができ、その静寂さを壊してしまう。
そして、また、電車が到着する。
「同じこと繰り返しだな」
普段は、列に並び、電車に乗り込むだけである。
後は、混雑した車内で勤務地に向かうだけだ。
こんな光景を見ることは珍しいので、彼の目には新鮮に映ったのだ。
そして心地よくも感じるのだった。
彼は、いつの間にか瞼が落ち、眠りへといざなわれたのだった。




