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赤い瞳とお祓い屋  作者: 相宮祐紀
第二章 童子の声
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九   封筒

「ですが、みたところ霊は玉田《たまだ》さまのそばにはいません。いままでのお話からしておそらく、お宅にいるのだと思われます」

 柳《やなぎ》は玉田ミヨをまっすぐに見ている。柳の霊の視えかたはわからない。いまは視えにくくなっているとはいえ、この赤くなる目とはちがって、昼間でも霊を映すことができるというのを聞いただけだ。葉末《はずえ》は目をこらしてみたが、当然なにも見出せなかった。柳が「いない」と言っているので、きっとここにはいないのだろう。嘘をついたり、てきとうなことを言ったりするようには思えない。

「わたくしに取り憑いているのでは、ないということでしょうか、柳さま」

「はい、そう思うのですが……」

 柳は一瞬口ごもり、けれど玉田ミヨから目をそらさず言った。

「じつは近頃わたしのほうは、霊が視えにくくなっていまして。この弟子に頼っているのです」

「えっ……」

 葉末は思わず声を洩らした。柳が嘘を吐くとは思わないが、そこまで正直に述べてしまうとは考えていなかったのだ。柳は葉末をかえりみて、ちいさくうなずいてから続けた。

「弟子は夜になるととくに、霊が視えやすくなるのです。ですから、夜になってからいちど、お宅にお邪魔させていただくことは、できるでしょうか。玉田さま」

 玉田ミヨが葉末に視線を向ける。葉末ははっと居住まいを正した。夜になってから家を訪問すれば、男の子の霊がいるのかどうかこの目で確認することができる。玉田ミヨにくっついているのか、そうでないのかも明らかになるだろう。だから、葉末は頭をさげた。

「どうぞ、お邪魔させてください」

「いいえ。頭をあげてください」

 玉田ミヨが凛として言った。ためらいながらも顔をあげると、玉田ミヨは畳に手をついていた。

「こちらから、おねがいいたします。どうぞ家までおいでください」

 端正な所作で頭をさげる。ありがとうございます、と柳がこたえ、葉末はふたたび頭を垂れた。





 夜に玉田家へ行くことが決まり、玉田ミヨはひとまず帰っていった。湯呑を片づけたあとの台所で、葉末は柳に声をかけられた。

「水瀬《みなせ》さん」

「はい、お師匠さん」

 葉末がこたえると、柳は朗らかな笑みで言った。

「協力ありがとうございます。今夜、よろしくおねがいしますね」

「いえ。お役に立てればよいのですが……」

「とんでもない、たすかるんです。霊のすがたが視えたときには、わたしにようすを知らせてください。煙のようには視えるんですが、細かいところはわかりにくいので」

「はい、了解いたしました!」

 葉末が声を張って応じると、柳はまぶしげに目を細めた。そしてふいに懐を探ると、封筒をひとつ取り出した。柳はそれを葉末に渡した。戸惑いながらも受けとると、すべすべとしてさわり心地がよい。上等のものだとすぐにわかった。

「これは……」

「月方《つきがた》家のお嬢さんからです」

 一瞬、なにを言われたかわからなかった。ようやく理解が追いついたとき、葉末はその場で封筒を開けていた。糊などは塗られておらず、すぐにひらくことができた。真っ白い便箋を広げると、うつくしい字が綴られていて、思わずちいさく息をつく。まちがいなく、鞠子《まりこ》嬢の筆跡だ。

「どうして……」

 柳家にいることは知っている、と鞠子嬢は書いていた。困ったときには帰ってくるとよいとも、三月経ったら呼びもどすので、そのつもりでそこにいるようにとも。

「そんなことは、できません……」

 もどることなどできるはずがない。そんなことをすれば、鞠子嬢がまた病にかかり、苦しむことになるかもしれない。それに、どうして鞠子嬢に居所が知れてしまったのだろう。

「勘のいいかたですね」

 柳がおかしそうに言った。

「わたしがお邪魔したところ、すぐにわかってしまわれたみたいで」

 まいったというふうに、頭のうしろを掻いている。葉末は便箋を胸に押し当てた。確かに、鞠子嬢は鋭いひとだ。隠しごとなどできはしない。今度も見破られてしまったのだ。

「ともかく、お嬢さんはお元気そうでした。わたしの相手もしてくださって」

「そうでしたか……」

「お嬢さん、お手紙では、なんて?」

 柳が遠慮がちに問うてくる。葉末はすぐに内容をこたえた。すると柳は、静かに笑んだ。

「でも……」

 柳の笑みを目にして、葉末は思わず言いつのる。流し台の向かいの窓から差し込んでくる日の光。その澄みきった明るさにふれ、ふいにとけそうだったから。なんだか急に、そう見えたから。

「もどることは、できません……」

 口にしてから、はっとする。もどれないなどと言うことは、ずっとここにおいてほしいと頼むこととおなじになる。それもできない。柳に協力すると約束はしたが、柳の感覚が復活すれば、ここにいる理由はなくなるのだ。葉末が唇を噛みしめていると、柳がひょいと覗き込んできた。もう、光と同化しそうには見えない。

「わたしの感覚は、三月もすればおそらくもどると思います。それと、水瀬さんの赤い目も」

 見透かしたようなことを言われ、葉末は思わず息を飲んだ。柳はにこりとしてから続ける。

「突然そうなったでしょう。三月もすればもとのようになりますよ。それってそういうものなんです」

 柳のかろやかなことばを聞くと、ふしぎと身体の力が抜ける。

「そうなのですか……」

「はい。そうです。だからなにも気にせずに、いるべきところに帰ってください」

「いるべきところ」

「月方家です」

 柳はなんのためらいもなく、そこがいるべき場所だと決める。鞠子嬢の筆跡をたどり、葉末はおぼえずうなずいていた。

「お嬢さまが、お呼びくださったら……」

「はい」

「でも、もしもとにもどらなかったら」

「もどります」

 柳は言い切った。まっすぐ、葉末の目を見据えた。

「かならず、もとにもどりますから。水瀬さんはだいじょうぶです」

 力強いそのことばに、葉末は安堵させられた。目に力をこめ、柳を見つめ返す。

「では……、それまでは存分に、この目をお使いくださいませ。誠心誠意ご協力いたします」

「それは、頼もしいですね。どうもありがとうございます」

 柳は愉快そうに笑う。ぱたり、流し台から水滴が落ちた。

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