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赤い瞳とお祓い屋  作者: 相宮祐紀
第二章 童子の声
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十一  指先

「玉田《たまだ》さまはわたしと一緒に」

 柳《やなぎ》が玉田ミヨに声をかける。葉末《はずえ》は縁を駆けだした。さざめくような笑い声を追い、障子を開けてべつの部屋へ入る。足音だけが走ったあとに、目の端に布のひらめきが映る。色や模様はわからなかったが、子どもが着ているものの一部だろう。葉末は部屋を横切って、襖を引き横の部屋に移った。

「どこに隠れているのでしょうか!」

 部屋を見回し、大声で呼ぶ。そのとき、耳もとで笑い声がした。声が行ったほうを振り向くと、ちいさな足が駆けていく。葉末は即座にきびすを返し、うすよごれたその素足を追った。うしろから来た柳と玉田ミヨに、ぶつかりかけて頭をさげる。

「こっちですか?」

「こっちです!」

 葉末は柳にうなずいてみせ、ふたたび縁を走り抜けた。つきあたりまで行ったとき、目の前を黒いものがかすめる。髪の毛、と気づいたときには、それは視えなくなっていた。

 かくれんぼしましょ、かくれんぼしましょ────

 声がまた遠ざかっていく。葉末はすぐさま追いかけた。さきほど話していた部屋に飛び込む。これではかくれんぼというよりは、おいかけっこになっている。けれどもすがたが隠れているので、やはりかくれんぼだろうか、ふとそんなことを考えて、葉末は大きく頭を振った。それはどちらでもよいことだ。

「水瀬《みなせ》さん」

 柳に呼ばれ、葉末ははっとかえりみた。

「煙のようなものが廊下に」

 柳は霊が煙のように視えるのだと先刻聞いたばかりだ。葉末はすぐさま廊下へ飛び出した。あたりをみまわすが、なにも視えない。目を凝らしても、なにも視えない。耳を澄ませても声がしてこず、周囲は静まりかえっていた。

「お師匠さん、玉田さま────」

 みうしなったと、振り返った、とたんに目に飛び込んでくる。眼前にぶらさがっている、首。目をみひらいた首。

 葉末はぎゃあと悲鳴をあげてあとずさり、その拍子に足がもつれた。うしろへ倒れかけたところで手を掴まれ、振りほどきかけて引き寄せられる。

「水瀬さん、わたしです。だいじょうぶですか」

「お師匠さんっ」

 柳の腕に受けとめられて、葉末はその袖を握りしめた。

「お師匠さん、いま、首がっ」

「平気です。耳を澄ませてください。わたしにもなにか、うっすらですが聞こえます」

 柳は落ち着き払って言った。その声を聞いて、目が覚める。手や足が出てきたのだから、首だけが現れることもあるだろう。むやみやたらとこわがっていては、玉田ミヨを不安にさせるうえ、ちいさな霊にも失礼になる。

「わかりました。お師匠さん」

 葉末は柳の袖を離すと、首があったほうをもういちどみた。ゆっくりと息を吸い、感覚を研ぎ澄ませる。すると、ふたたび声がした。

 ────かくれんぼしましょ、かくれんぼしましょ……

 声が近い。まだそばにいる。葉末はそろりと足を進めた。

「どこに隠れているのでしょうか……?」

 かくれんぼしましょ、かくれんぼしましょ────

「近くにいますね、このあたりですね……?」

 かくれんぼたのし、かくれんぼたのし────

「たのしいですか? よかったです……!」

 そろり、そろりと足を動かし、葉末は前へ手を伸ばす。冷えてどろりと重い空気が、手に指にまとわりついてくる。そっとかき分けるようにして進む。ふいに、なにかが指先にふれ、ぞくりと背筋に寒気が走る。それはなにやらくらげめいた、ふよふよとした冷たいもので。ふれているのにふれていないような、ふしぎな感触のものだった。やわやわと撫でているうちに、葉末は似た手ざわりを思い出した。寿々(すず)だ。寿々にふれられたとき、おなじような心地がしたのだ。

 それなら、いまふれているのかもしれない。すがたの視えない子どもの霊に、この手がふれているのかもしれない。葉末は手を引っ込めかけて、いやいやと思いとどまった。口の端を持ちあげて笑顔をつくり、手の先に向かってことばをかける。

「さあ、みつけてしまいましたよ? でてきてください、えっと……」

 ────文吉《ぶんきち》

 幼い声が返される。葉末ははっとして前をみた。すぐ目の前に、顔だけがあった。

 さかさまになり髪が逆立っている。天井から吊りさがっているようだ。葉末は悲鳴を飲みくだし、子どもの顔をじっとみつめた。煤けたようにうすよごれているが、くりくりと大きな目をした、かわいらしい子だった。葉末の手はその頬を、両側から包み込んでいた。

「文吉さん……なのでしょうか……?」

 名前を呼びたいと思った。そのときにちょうど声が返った。だから、それがこの子の名ではないかと思ってしまったのだ。葉末がおそるおそる問うと、子どもはさかさまの顔だけのまま、こくりとひとつうなずいた。葉末はほっと、息をついた。

「文吉さんですね、ありがとう。みつけましたよ。こんばんは」

 すると、文吉の冷たい頬が、ふうとゆるんだ。笑っていた。

 ────みつかっちゃった。

 文吉は言い、そしてすがたを現した。首から下が視えるようになり、空中で逆立ちしているようすが明らかになる。それがなにかの曲芸のようで、おかしみがあり、葉末は思わずふきだした。文吉はにっこりとして、宙返りのように身体の向きを変え、とんと廊下に降り立った。

 葉末はその場にかがみ込み、文吉と目線を合わせた。文吉は、ところどころ破れた短い着物に、長めの髪をぼさぼさとおろした五、六才にみえる男の子だった。肌も着るものも黒くよごれて、少し痩せているように思える。

「こんばんは、文吉さん。わたくしたちは、あなたとお話がしたいのです。かまいませんか?」

 葉末が問うと、文吉はちょこりと小首をかしげた。

 ────もういっかい、かくれんぼしたら、いいよ。

 それを聞き、葉末はすぐに応じた。

「よし、やりましょう、かくれんぼ!」

 脚を叩いて、立ちあがる。

「もういちど、かくれんぼですか?」

 柳がうしろからたずねてくる。玉田ミヨはそのうしろで心配そうに見ている。葉末は大きくうなずいてみせた。

「はい、もういちどかくれんぼです! そのあとお話ができるそうです」

 ね、と文吉を振り向くと、ちいさな口に手を当てて笑った。





 それから、かくれんぼをすること四回。文吉はようやく満足した。はじめに夜を待っていた部屋に文吉を含めた四人で入り、柳の仕事が始まった。

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