第二十一話 ダイエット中の令嬢に再会しましたが、犬と一緒だと捗るそうです
『やっと休暇が取れそうなんだが、よかったら買い物に付き合ってくれないだろうか』
鯖の騒動から数日後。
「セシリア、迎えに来た」
昼前、我が家の玄関に現れたアドリアン殿下は、いつもの王太子らしい礼装ではなく、街へ出るための少し簡素な服装をしていた。
手紙は何度か届いていたけれど、顔を合わせるのは数日ぶりだ。
静かに過ごしたいと思っていたはずなのに、玄関に立つ姿を見て、少しだけ嬉しくなった。
「本当に休暇が取れたのですね」
「ようやくだ。ここ数日、父上にかなり働かされた」
「溜めていたのは殿下です」
「僕が好きで溜めたわけじゃない。鯖とキャンピングカーと元婚約者と記憶喪失が連続したんだぞ」
そう言われると、確かに殿下だけの責任ではない。
あの出来事は一日で起きたはずなのに、何日も王宮にいたような気分になったくらいだ。
「髪も元に戻られましたね」
「そこは真っ先に確認しなくていい」
爆発で膨らんでいた髪は、予想した通り翌朝には何事もなかったように元へ戻ったらしい。
理由は結局、誰にも分からなかった。
「お姉様!」
背後からミシェルが飛び出してきた。
「デートですわね!」
「買い物です」
「男女二人でのお出かけはデートといいますわよ?」
「護衛もおります」
「細かいことですわ!それより、私も行きたいです!」
「あなたは今日は家庭教師の日でしょう」
「ずるい!」
また始まった。
この数日、ミシェルは私が王宮で遭遇した出来事を聞き出そうとしては、何度も同じ言葉を口にしている。
「次に修羅場が起きたら呼んでくださいませ!」
「今日は買い物をするだけです。何も起きません」
「前もそう言ってませんでした?」
「……」
言った気がする。
「では、行こうか」
「はい」
殿下が差し出した手を取り、馬車へ乗り込む。
馬車が動き出すと、窓の外にはいつもの王都の景色が流れていく。
ここ数日は家で過ごしていたので、人通りの多い街を見るのも久しぶりに感じた。
殿下から届く手紙を読むだけの日々も悪くなかったけれど、こうして隣に本人がいると、やはり手紙とは違う。
王都の商業区へ向かう途中、尋ねてみた。
「それで、何を買われるのです?」
「弟と妹への贈り物だ」
「先日の?」
「ああ。南の離宮へ戻る前に何か渡してやりたくて」
夜市で殿下を父親と間違えた、あの幼い兄妹である。
突然現れた弟妹にも、殿下は思っていた以上に仲良くやれているようだ。
「何がいいのか君に相談したかった」
「私に?」
「僕が選ぶと剣とかになる」
「五歳ですわよ?」
「木剣なら」
「殿下」
「分かった。やめる」
諦めが早くなった。
以前なら、もう少し食い下がっていたかもしれない。
「妹君には?」
「人形だろうか」
「第二王子殿下と一緒に遊ばれるのでしたら、増やすとまた物語が複雑になりますわね」
「そうなんだよ……」
あの人形遊びは、生まれ変わって断罪される王太子を弟妹が救う話が、もうそろそろループ百回目に突入するとかなんとか……
八歳の第二王子がどこへ向かっているのか、少し心配になってきた。
人形遊びとはいえ、早く王太子が報われてほしいものだ。
「それで、最近人気の刺繍店があると聞いたんだ」
「刺繍?」
「子供用のハンカチなら邪魔にもならないだろう。名前を入れてくれるらしい」
「それは良さそうですわね」
「だろう?選ぶのを手伝って欲しいんだ」
殿下が少し得意そうに笑う。
ちゃんと考えていたらしい。
馬車を降り、しばらく歩く。
休日の商業区は人通りも多く、露店からは焼き菓子や香辛料の匂いが漂っていた。
「……平和ですわね」
「わざわざ確認するな。何か起きそうで嫌だ」
「そうですわね」
言った直後。
「はっ、はっ……もう少し……!」
「はっ、はっ、はっ、はっ」
後方から、荒い呼吸が聞こえてきた。
こちらへ向かって歩いてくる女性が二人いる。
一人はかなり汗をかき、顔を真っ赤にしていて、もう一人はその隣で励ましながら歩いていた。
二人とも動きやすそうな服装で、以前会った時よりもずっと軽やかな印象だった。
「あと少しですわ!あの噴水まで行ったら休みましょう!」
「はい……!今日は絶対、昨日より歩きます……!」
見覚えのあるお二人に、向こうも私たちに気づいた。
「あら」
「セシリア様!王太子殿下!」
「お久しぶりです」
先日の、病弱な幼馴染の令嬢だ。
もっとも、病弱と言っても原因の半分ほどは大量の食事によるものだったけれど。
あの時は少し動くだけでも辛そうだったのに、今日は自分の足でしっかり歩いている。
頬も以前より健康的な色に見えた。
「お元気そうですわね」
「はい!」
元気よく答えたものの、息は上がっている。
「毎朝歩いておりますの!」
「続いているのですね」
「もちろんです!」
「ぶひっ」
「……?」
足元から音がした。
「ぶひっ、ぶひっ」
「セザンヌ!どうしてここに?」
殿下が声を上げた。
「犬も一緒だと捗るので、最近はお散歩レンタルをしているんです」
「最初は家の周りだけだったんですけれど、少しずつ距離を伸ばせたのもセザンヌのおかげなんです」
「ぶひっ!」
「医師にも、無理をしない範囲なら続けるよう言われました」
「それは何よりです」
殿下も安心したように頷いた。
セザンヌは得意げに胸を張っているように見える。
以前は浮気疑惑の中心にいた犬が、今では立派な運動仲間になっていた。
「食事の方は?」
「減らしています!」
「本当に?」
「本当です!」
なぜか殿下が疑っている。
「例の彼は?」
「来ておりません」
二人が同時に答えた。
「一度だけ一緒に歩いたんですけれど、途中で焼き菓子を買ってきました」
「その次は果物を」
「健康に良いと思ったらしくて」
「追放しました」
「そうか……」
当然の処遇に、殿下も私も納得した。
「最近は少し身体も軽くなった気がするんです。去年のドレスも、もう少しで入りそうで!」
令嬢が嬉しそうに言う。
「それは励みになりますわね」
「はい!」
「ただ、一人だったら絶対に続きませんでした」
「毎朝迎えに来てくださるんです」
「約束しましたから」
「雨の日以外はずっとです」
そう言って、隣の令嬢を見ると、二人とも笑い合っている。
あの夜、一人の男を巡って険悪になりかけていたとは思えない。
婚約者を巡る揉め事から始まったのに、今では当人を置いて二人の方が仲良くなっているようだ。
「よかったですわね」
「はい。むしろ今は、彼よりこちらの方が大事かもしれません」
「それは本人には言わない方がいいぞ」
「もう言いました」
「言ったのか」
そこへ、ダイエット中の令嬢がセザンヌへ手を伸ばす。
「この子がいると、もう少し歩こうと思えるんです」
「ぶひっ」
「疲れて止まると、振り返って待ってくれるんですのよ」
「賢いですわね」
「でしょう!?」
なぜか飼い主でもないのに誇らしげだ。
セザンヌも褒められたことが分かるのか、短い尻尾を忙しなく振っている。
「セシリア様も一緒に歩きません?」
「今日は買い物がありますので」
「あら」
令嬢二人の視線が、私と殿下の間を行き来した。
「お二人でお買い物ですの?」
「いえ、護衛もおります」
「まあ」
なぜ皆、同じところを確認するのだろう。
「デートですね!」
「買い物です」
「デートだろう?」
「以前、夜市でもご自分でおっしゃっていましたわね」
「まあ……二人で出かけているんだから、デートでもいいんじゃないか?嫌か?」
「……いえ」
改めて聞かれると、色々な意味を考えてしまう。
殿下と二人で出かけること自体は、もう珍しくない。
けれど、それを「デート」と呼ぶだけで、今までとは少し違うもののように感じるから不思議だった。
「では、お邪魔してはいけませんわね!」
「また今度!」
「今度は一緒に歩きましょう!」
「ぶひっ!」
一行が去っていく。
少し先でセザンヌが立ち止まり、振り返っている。
「ほら!待ってくれてます!」
「行きますわよ!」
「今日こそ、もう一区画先まで!」
随分と元気になったようで、少しほっとする。
このまま無理をせず続けていけば、以前より外へ出る機会も増えるのだろう。
「うまくいっているようでよかったな」
「そうですわね」
「……僕たちも行こうか」
「はい」
再び並んで歩き出す。
先ほどまでと同じ距離のはずなのに、デートと言われたせいか、妙に殿下が近く感じる。
気にしないように前を向いた。
しばらくして、殿下がちらりとこちらを見た。
「セシリア」
「なんです?」
「さっきのデートでもいいという話だが、本当に嫌じゃないだろうか?」
「嫌でしたら、そもそも殿下のお買い物に付き合っておりません」
「……そうか」
少し嬉しそうに笑った。
それ以上は何も言わないし、私もそれ以上は聞かなかった。
今は買い物に付き合っているだけ。
少なくとも、そういうことにしておいた方が落ち着く。
「あっ!セシリア様!」
声をかけられて振り返ると、道端に大きな荷馬車が停まっていた。
その横で、見覚えのある令嬢が箱を抱えている。
「リリアーナ様?何をなさっているのです?」
「これから彼の領地へ向かうんです!」
「領地へ?」
「はい!私たち、田舎でスローライフを始めることにしましたの!」
次々に修羅場に遭遇する令嬢…次はどんな修羅場に遭遇するのか…
気になったら、ブックマーク、★★★★★、よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ
もし、こんな修羅場を見てみたい!などありましたら、感想でもらえると嬉しいです!





