第二十二話 魅了魔道具を探していた令嬢に再再会しましたが、スローライフを夢見すぎなようです
「はい!私たち、田舎でスローライフを始めることにしましたの!」
「……スローライフ?」
「ああ、今流行っているな」
「ご存知なのですか?殿下」
「で、殿下!?殿下がなんでこんなところに!」
声を上げる男性を見ると、そこにいたのはミランダの元婚約者。
そして、リリアーナ様の幼馴染でもあるリンドバーグ伯爵令息だった。
「ずいぶん大荷物ですわね」
「これでもかなり減らしたんですの!」
「これで?」
「最初は馬車三台分あった」
「だって必要なものばかりでしたもの!」
リンドバーグ伯爵令息が、疲れた顔で荷台を見上げる。
「王都のドレスを十二着も持っていく必要があるのか?」
「田舎でも夜会があるかもしれませんわ!」
「スローライフをするんじゃなかったのか?」
「スローライフでもおしゃれは必要です!」
どうやら、すでに意見が食い違っている。
「それで、スローライフとは何なのです?」
「都会の喧騒から離れて、のんびり暮らすことですわ!」
リリアーナ様が目を輝かせた。
「朝は小鳥の声で目を覚まして、二人で畑へ行くんです!採れたてのお野菜で朝食を作って、焼きたてのパンも食べます!」
「パンも焼くんですの?」
「もちろん!それからジャムを作って、牛やヤギも飼って――」
「……ずいぶん忙しくありません?」
「スローライフですもの!」
私の知っている『のんびり』とは、少し違う気がする。
「午後は森へ薬草を採りに行くんです!」
「領内の森なら、場所によっては採取許可がいるぞ」
隣で聞いていたアドリアン殿下が言った。
「え?」
「共同管理林なら村の規則もあるし、勝手に持っていくと揉める」
「……では、自分たちの森で採ります!」
「薬草が自生しているといいな」
「植えます!」
「それなら畑だな」
「森の中に植えます!」
「日照は確認した方がいい」
「殿下。夢を壊しておりません?」
「僕は普通の話をしているだけだ」
本人に悪気はなさそうだけれど、リリアーナ様の顔から、少しずつ勢いがなくなっていく……かと思ったら、パッと復活した。
「それに、きっとダンジョンとかあるんですわ!」
ダンジョン……?
「珍しい鉱石を拾ったり、宝箱を見つけたりするんです!」
「ダンジョンは発見されたら、討伐隊がすぐ封鎖するぞ」
「えっ」
「魔物が出入りする場所を一般人に開放したら危ないだろう」
「私は入ることはできないんですか?」
「騎士団か、認可された討伐業者に同行するなら入れる場合もある」
「認可……」
どんどん現実的な話になってきた。
「では、スライムを料理したり!」
「スライム……」
確か、魔物だった記憶がある。
「スライムは天然記念物だ」
「えっ」
今度は私まで殿下を見る。
「天然記念物なのです?」
「ああ。一時期、乱獲されてかなり減ったらしい」
「なぜ乱獲されたんですの?」
「薬の材料になるという噂が広がった」
「なるのですか?」
「ならない」
「本当にただの乱獲ではありませんか」
可哀想なスライムである。
「特に銀色のスライムは絶滅危惧種だ」
「もっと駄目ですわね!?」
リリアーナ様が驚いている。
「見つけても捕まえない方がいい。役所へ報告して、生息地を保護することになっている」
「食べられませんの!?」
「食べるな」
「では、金色でしたらどうでしょう!?」
金色……あまり食欲をそそる色とは思えないけれど。
なぜ色を変えれば食べられると思ったのだろう。
「金色は……羽が生えている個体が、一例だけ報告されていたな」
「羽?」
「今も生息しているかは分からない」
「幻のスライムですわ!」
「だから見つけても食べるなよ」
「全部駄目ではありませんか!」
リリアーナ様が肩を落とした。
「私が思っていた田舎暮らしと違います……」
「そもそも、領地へ行く目的はスローライフじゃないだろう」
リンドバーグ伯爵令息が言った。
「父上から、そろそろ領地経営を覚えろと言われている。到着した翌日から、僕は代官と仕事をすることになっている」
「翌日から!?」
「秋の収穫量の確認と、橋の修繕と、用水路の整備。それから冬までに北側の街道も直したいらしい」
「……」
「君も領主の奥方になるつもりなら、いずれ孤児院や診療所、学校あたりは見てもらうことになると思う」
「私も働くんですの!?」
「何をしに来るつもりだったんだ?」
「スローライフを……」
「だから、それはどこから出てきたんだ」
どうやら、かなり忙しい生活になりそうだった。
「奥方?お二人で領地へ向かわれるということは……」
「そうです!聞いてくださいませ!」
リリアーナ様の顔がぱっと明るくなった。
先ほどまでスライムが食べられないと落ち込んでいた人とは思えない。
「告白しましたの!」
「それは何よりです」
「あの時、ミランダ様との婚約が解消されたと聞けて良かったです!」
「もともとリリアーナとは家同士の付き合いも長いこともあり、正式に婚約を進めることになった」
「まあ。それはおめでとうございます」
「それで!この人も私のことが好きだったんです!」
勢いよく隣の男性を指差す。
「そうでしたか」
「十年前から!」
「十年?」
長い。
「十年も好きだったのに、一度も言わなかったんですのよ!」
「君もだろう!」
「私は言えなかったんです!」
「僕だって言えなかった!」
「なぜです?」
尋ねると、二人が同時にこちらを見た。
「この人、私が七歳の時に『妹みたいだ』って言ったんです!」
「七歳だぞ!?リリアーナだって、僕に婚約が決まるかもしれないと言った時に『おめでとう』って笑ってただろう」
「泣いたら困らせると思ったんですもの……」
「僕はあの日、部屋で泣いたぞ!」
「そんなの知りませんわ!」
私はアドリアン殿下を見る。
「十年間、何をなさっていたのでしょう」
「僕に聞くな」
もっともだった。
リリアーナ様が少し恥ずかしそうに頬を押さえる。
「あの時は必死だったんです。でも、やっぱり怖くなってしまって、それで恋のお守りを……」
「魅了の魔道具を買った、と」
「恋のお守りです!」
「魅了の魔道具だっただろう」
殿下が訂正する。
あれのおかげで、殿下はしばらく妙な言葉遣いになっていた。
「結果的にはそうでしたけれど!でも、セシリア様に言われた通り、魔道具なんてなくてもよかったんです!」
リリアーナ様が幼馴染の腕へ抱きつく。
「もう二度とあんなものは買うなよ」
「わかっております!」
「絶対?」
「……たぶん」
「リリアーナ」
「買いませんってば!」
今度こそ大丈夫だろうか。
大きなため息をついているけれど、リリアーナ様を見つめる眼差しがとても優しい。
「それで、領地へ行く前に荷物をまとめていたということですのね」
「はい!まずはしばらく滞在して、どんなところか見てくるんです!」
まだ婚姻前なので、リリアーナ様は侍女や護衛とともに別邸へ滞在するらしい。
「きっと素敵なところですわ!湖があって、森があって、山もあって!」
「狼も出るぞ」
「えっ」
「冬は雪で道も塞がる。去年は橋も流された。それら全て、冬が来る前に修繕するんだ」
「……スローライフ……」
「領地経営だ」
リリアーナ様が遠くを見る。
「でも!好きな人と一緒なら、何だって楽しいですわ!」
すぐに復活した。早いのは足だけではないようだ。
隣の伯爵令息も、今度は何も言わなかった。
少し照れたようにしながら、荷馬車へ最後の箱を積み込む。
「セシリア様、殿下!それでは、行ってまいります!」
「お気をつけて」
「スライムは食べるなよ」
「食べません!」
そこなのだろうか。
馬車がゆっくり動き出す。
「また王都へ戻ったら、お話を聞いてくださいませー!」
窓から身を乗り出したリリアーナ様が、いつまでも手を振っている。
その隣から、リンドバーグ伯爵令息が危ないから座れと引っ張っていた。
あの二人なら大丈夫。
きっとどこに行っても、スローライフとやらを楽しんでいる姿が想像できた。
二人を見送った後、再び歩き出す。
やがて目的の店が見えてきた。
窓辺には色とりどりの刺繍が施されたハンカチが並び、店の前には何人もの客がいる。
「ずいぶん人気ですのね」
「最近、急に評判になったらしい」
「どんな方が刺繍を?」
「元騎士だそうだ」
「……」
「殿下……その方、もしかして――」
「なんだ?」
店の扉が開き、中から出てきた男性を見て私は確信した。
「いらっしゃいませ!」
「やっぱり」
以前、中庭で「ステータス・オープン!」と叫んでいた騎士だった。
次々に修羅場に遭遇する令嬢…次はどんな修羅場に遭遇するのか…
気になったら、ブックマーク、★★★★★、よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ
もし、こんな修羅場を見てみたい!などありましたら、感想でもらえると嬉しいです!





