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廃棄された俺だけがアンドロイドの魂を修復できるらしい ~恋も出産も管理された未来世界で、機械の少女たちと反逆します~  作者: 好山 雪


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第8話 医師は、俺を実験材料にしなかった

旧型救難船ウェイフェアラー救難AIミラを再起動し、必要な部品を手に入れたレンたち。


しかし、レンは全身の神経機能が停止する危険を抱え、レナの胸部属性炉も限界を迎えようとしていた。


残された時間はわずか。


ガイたちは半壊した救難船を応急修理し、人間とアンドロイドの両方を診察する軌道診療施設《HELIX CLINIC》を目指す

 金属を叩く音が、十九時間近く途切れなかった。


 ガイの《HEAVY GRIP》が推進器用磁気軸を持ち上げる。


 ピコが細い配線の間を走り回る。


 救助したアンドロイドたちは、動ける者から順に作業を手伝った。


 船体外壁の補修。


 動力炉制御弁の交換。


 応急配線の固定。


 生命維持区画への最低限の電力供給。


 誰か一人でも欠けていれば、《ウェイフェアラー》は二度と空へ上がれなかっただろう。


 俺は格納庫の簡易寝台に横たわり、その音を聞いていた。


「レン、起きてる?」


 レナの声がする。


 返事をしようとして、喉がうまく動かなかった。


 代わりに右手の指をわずかに曲げる。


「確認しました」


 レナは俺のそばへ座った。


 右脚は完全に動かなくなっている。


 胸部の亀裂には、ガイが取りつけた応急固定具。


 そこから漏れる金色の光も、以前より弱い。


「作業は?」


 ようやく掠れた声が出た。


「左推進器の磁気軸交換が完了しました」


「推進器そのものは?」


「欠落部分を、別規格の小型推進器二基で補っています」


「それ、飛べるのか?」


「飛行は可能です」


 短い間。


「安全な飛行は不可能です」


「だと思った」


「笑わないでください。胸部負傷へ負荷がかかります」


「ピコみたいなこと言うな」


『聞こえている』


 寝台の下からピコが顔を出した。


「いたのか」


『配線点検中』


「俺の寝台の?」


『レンが落下しないよう固定』


「これ、固定されてるのか?」


『逃走防止ではない』


「聞いてない」


 レナが俺の腕へ視線を向けた。


「医療区画へ移動しましょう」


「ここでいい」


「格納庫では治療できません」


「船の医療設備は壊れてるだろ」


「簡易監視装置は復旧しました」


「白い部屋は嫌だ」


 口にした瞬間、レナの表情が固くなった。


 彼女は俺の身体を守ろうとしている。


 それは分かる。


 だが、医療区画へ運ばれると考えただけで、胸が狭くなる。


 自分の身体が、また自分のものではなくなる。


 そんな感覚が戻ってくる。


「レン」


 レナは少し強い声を出した。


「現在のあなたは、継続的な監視が必要です」


「嫌だ」


「子どものようなことを言わないでください」


 その一言で、頭の中が白くなった。


 病室。


 医師の声。


 家族の声。


 治療を嫌がる俺へ向けられた、困った患者を見る目。


『神代さん、治療しないと困るのはあなたですよ』


『大人なんだから、我慢してください』


 俺が怖いと伝えても、正しい治療を拒否する幼い患者として扱われる。


 レナの言葉に悪意はなかった。


 それでも、身体が先に反応した。


「レン?」


「……触るな」


 自分でも驚くほど低い声が出た。


 レナの伸ばしかけた手が止まる。


「俺のことは放っておいてくれ」


「放置できません」


「また勝手に決めるのか」


「何を――」


「助けるためなら、俺が嫌だと言っても関係ないのか?」


 レナの瞳が揺れた。


 《MIND LOCK》に身体を奪われた彼女へ、俺は言った。


 身体も意思も、本人のものだと。


 それなのに、今のレナは俺を守るため、同じことをしようとしている。


「私は……」


「大変なのは分かってる」


「でも、今は行きたくない」


「それが合理的でなくても、俺が決めたい」


 レナは何も言わなかった。


 そのまま立ち上がろうとする。


 動かない右脚が床へ引っかかり、身体が傾いた。


 俺は反射的に手を伸ばしたが、腕が上がらない。


 代わりにガイの太い腕がレナを支えた。


「二人とも倒れるまで意地を張る気か」


 いつの間にか、ガイが格納庫へ入っていた。


「レナはレンを無理に運ぶな」


「しかし――」


「怖がってる人間を引きずるな」


 ガイは俺を見る。


「レンも、診察を受けねえなら代わりの方法を言え」


「何もしない、は選択肢じゃねえ」


「……分かってる」


「なら、移動する時期と方法を自分で決めろ」


 ガイはそれだけ言うと、レナから手を離した。


「発進まで二十分だ」


「それまでに結論を出せ」


 レナは壁へ手をついたまま、顔を伏せていた。


「先ほどの発言を撤回します」


「レナ」


「私は、あなたの恐怖を治療拒否として単純化しました」


 彼女はゆっくり俺を見る。


「あなたを守るという理由で、意思を無視しかけました」


「ごめん」


 今度は、難しい表現ではなかった。


 短い一言。


 それだけに、レナが本気で言っていることが分かった。


「こっちも、言いすぎた」


「いいえ」


「指摘は正しいです」


 レナは少し迷ってから尋ねる。


「医療区画には入りたくない」


「しかし、身体の状態は確認したい」


「その理解で合っていますか?」


「ああ」


「では、簡易監視装置をここへ移動します」


「必要な作業を一つずつ説明します」


「嫌なものがあれば、先に言ってください」


 俺はうなずいた。


「それなら大丈夫だと思う」


『合意を確認』


 ピコが記録する。


「何でも記録するな」


『医療関連の合意、重要』


 今度だけは反論できなかった。


     ◇


『全区画へ通達』


 ミラの声が船内へ響いた。


『星間救難船ウェイフェアラーは、限定飛行を開始します』


『現在の船体状態は、通常の出航基準を満たしていません』


『可能であれば、出航を中止してください』


「出航前に自分で止めるな!」


 機関区画からガイの声が返る。


『推奨を提示しました』


「もう飛ばす!」


『了解しました』


『では、全員、衝撃に備えてください』


 俺は格納庫の壁へ固定された簡易寝台に乗せられている。


 レナは隣の座席。


 救助した十三体のアンドロイドたちも、固定具で床や壁へつながれている。


 ピコは天井近くの整備用レールへ吸着していた。


 船体の奥で、低い振動が始まる。


 百年以上停止していた動力炉が、弱々しく回転を始めた。


『主動力炉出力、十二パーセント』


『応急左推進器、点火準備』


『右推進器、出力制限』


『船体気密、確保率六十二パーセント』


「六十二で飛ぶのか?」


『残りの区画を閉鎖することで、居住区域の気密は維持できます』


「途中で開いたら?」


『呼吸可能な時間は短くなります』


「答えが怖いな」


『現実に配慮した回答です』


 船体が大きく揺れた。


 格納庫の外。


 スクラップの山を押しのけるように、《ウェイフェアラー》が動き始める。


 何百年分もの埃と金属片が、船体から崩れ落ちる。


 俺は窓の代わりに壁へ投影された外部映像を見た。


 灰色の空。


 地平線まで続く機械の墓場。


 俺が目覚めた星。


 サーティーンが停止した場所も、あのどこかにある。


「置いていくみたいだな」


 思わず呟く。


「サーティーンを?」


 レナが尋ねた。


「ああ」


 胸元に入れた記録媒体へ触れる。


「一緒に行く」


 レナはそれ以上何も言わなかった。


『応急左推進器、点火』


 轟音。


 身体が寝台へ押しつけられる。


 船体全体が激しく震える。


 外部映像が乱れ、灰色の空が傾く。


「ガイ!」


『聞こえてる!』


 通信越しに工具の音がする。


『左推進器が予定より外へ振れてる!』


『固定具を追加する!』


「飛行中に?」


『止めたら落ちる!』


 レナが座席の端を強く握る。


 金色の瞳に船体情報を表示している。


「ミラ、姿勢を右へ二・四度」


『右推進器出力が不足しています』


「重力制御板の第三列を一時的に反転してください」


『船内姿勢が崩れます』


「三秒以内なら耐えられます」


「俺は耐えられるのか?」


「固定具を信じてください」


「それ、ガイが取りつけたやつだろ」


『レン、失礼』


 ピコが天井から言う。


「ピコも手伝ったのか」


『固定強度、十分』


「じゃあ信じる」


『第三列、反転します』


 身体が急に横へ引かれる。


 胃の中身が浮く。


 船体の傾きが少し戻った。


『姿勢、安定』


『高度上昇』


 外部映像から、スクラップの山が遠ざかっていく。


 ラスト・ナインの大地が広がる。


 灰色だと思っていた星には、黒い海と赤く光る処理施設。


 軌道へ伸びる巨大な廃棄輸送路。


 遠くから見れば美しい。


 その美しさの下に、捨てられた機械や人々がいる。


「飛んでる……」


 俺は小さく言った。


「はい」


 レナが答える。


「まだ墜落していません」


「言い方」


「事実です」


 船体の振動は続いている。


 それでも、俺は笑った。


 病室では、窓の外を見ることしかできなかった。


 今は壊れた宇宙船の中で、星の外へ出ようとしている。


『ラスト・ナイン大気圏を離脱』


 灰色の空が暗くなる。


 やがて、窓の向こうに星々が現れた。


 夜空とは違う。


 瞬かない光。


 何も遮るもののない、無数の星。


 息をすることを忘れた。


 これは、物語の中ではない。


 自分の目で見ている。


 自分の身体で、ここまで来た。


 右手を動かす。


 指はまだ動く。


「レン」


 レナがこちらを見ていた。


「泣いています」


「分かってる」


「痛みが増したのですか?」


「違う」


 俺は頬を拭った。


「うれしいんだ」


 レナは一瞬、理解できないような顔をする。


 その後、外の星へ視線を向けた。


「そうですか」


 彼女の声も、ほんの少しだけ柔らかかった。


     ◇


 《HELIX CLINIC》は、ラスト・ナインの軌道上を周回する小さな施設だった。


 正規の宇宙港とは程遠い。


 複数の古い居住モジュールと医療船をつなぎ合わせた、いびつな形。


 外壁には企業や政府の正式な識別章がない。


 代わりに、青い螺旋状の記号が描かれている。


『ヘリックス・クリニックへ接続要請を送信』


 ミラが告げる。


 しばらくして、若い女性の声が返ってきた。


『こちらヘリックス・クリニック』


『船籍と救助対象数を申告してください』


『星間救難船ウェイフェアラー』


『船籍情報は百四十一年前に失効しています』


『救助対象十五名』


 短い沈黙。


『失効してる船で十五人運んできたの?』


『乗員候補を含める場合、十八名です』


『候補って何』


『正式船長が不在です』


『説明は後で聞くわ』


 女性の声が早口になる。


『生体患者は何人?』


『人間一名』


『アンドロイド十四名』


『そのうち二名が重篤です』


『接続ポート三へ』


『船体の左側、今にも外れそうだから絶対に壁へ当てないで』


「ガイ、聞いた?」


『聞いてる!』


「左を当てるなって」


『俺に言うな、ミラに言え!』


『現在の操船はガイ・ベルクが担当しています』


『責任転嫁するな!』


『接続まで残り二十メートル』


 船体がゆっくりと施設へ近づく。


 外部作業員らしき小型ロボットが複数現れ、牽引ワイヤーを接続。


 最後は引っ張られるようにして、接続口へ固定された。


『接続完了』


『船体の一部が接触しました』


「当てたの?」


 通信の女性が聞く。


『軽微です』


『軽微の基準は?』


『外壁損傷率の増加、〇・三パーセント』


『あとで請求するから』


 通信が切れる。


「怖い医者じゃないといいな」


 俺が呟く。


 レナがこちらを見る。


「先入観を持たないでください」


「病院が怖いって言ってるだろ」


「先ほどの合意は維持します」


「無理には運びません」


 レナは言葉を選びながら続ける。


「ただし、診察を受ける方向で話し合います」


「分かった」


     ◇


 接続扉が開くと、青い作業服を着た人々が一斉に船内へ入ってきた。


 人間。


 アンドロイド。


 見た目だけでは判別できない者もいる。


 彼らは種族を確認するより先に、患者の状態を確認した。


「歩ける人は右」


「動けない人は搬送台へ」


「人格コアに外部接続されていた人は、意識があっても勝手に端末へ触らないで」


 指示を出しているのは、一人の女性だった。


 二十代後半ほど。


 肩につく青黒い髪。


 白衣ではなく、濃紺の医療用作業服。


 灰青色の目が、忙しく周囲を確認している。


「重症者は?」


 ガイが俺とレナを示す。


「この二人だ」


 女性はレナの胸部を一目見て、表情を変えた。


「属性炉損傷。SOUL CORE保護層も危ない」


 次に俺を見る。


「人間?」


「そうらしい」


「そうらしいって何」


「生体登録がない」


「冗談は後」


 女性は俺の瞳、呼吸、皮膚の状態を確認する。


 手首へ触れようとしたところで、俺の身体が反射的に引いた。


 彼女の手が止まる。


「触られるのが嫌?」


「病院が苦手で」


「ここは診療所」


「同じようなものだろ」


「患者から見れば、まあそうね」


 女性は俺から半歩離れた。


「私は水城ミサキ」


「医師で、AI生命倫理の研究もしている」


「先に聞くわ」


「今、意識ははっきりしてる?」


「ああ」


「自分で判断できる?」


「できる」


「診察を受ける意思は?」


 すぐには答えられなかった。


 周囲では搬送台が動いている。


 医療機器の音。


 白く明るい通路。


 病院の記憶が戻りそうになる。


「医療区画へは行きたくない」


「分かった」


 即答だった。


「では、ここでできる検査だけする」


「何をする?」


「瞳孔反応、脈拍、呼吸、皮膚温、簡易神経反応」


「血液採取はしない」


「身体内部の詳細走査もしない」


「まず触れてもいい?」


 俺はミサキの手を見る。


 勝手に進めない。


 嫌だと言えば止まる。


 それだけで、胸の苦しさが少し軽くなった。


「手首なら」


「ありがとう」


 ミサキは俺の手首へ指を当てた。


 脈を測る。


 次に小さな端末を近づける。


「光を当てるわ」


「嫌なら目を閉じていい」


「大丈夫」


「次、右手を握って」


 言われたとおりに動かす。


「左手」


「両足の指は?」


 動く。


 少し遅い。


 だが、動く。


「SOUL REPAIRを使った後、全身が動かなくなりかけた」


 レナが説明する。


 ミサキの視線が俺からレナへ移る。


「本人に説明してもらう」


「しかし、正確な記録は私が――」


「あなたの情報も後で聞く」


 ミサキの口調は強い。


「でも、患者本人が話せるなら、まず本人から」


 レナがわずかに黙る。


「レン。何が起きた?」


 俺はサーティーンのこと。


 レナの《MIND LOCK》を止めたこと。


 ミラを再起動したこと。


 能力を使った後に、手足の感覚と呼吸が失われかけることを説明した。


 ミサキは途中で口を挟まず、最後まで聞いた。


「機械やアンドロイドの人格経路に接続する能力」


「使用時に、自分の生体エネルギーを消費する」


「深く接続するほど、神経機能が低下する」


「今のところは、そうだと思う」


「思う、ね」


 ミサキは端末へ情報を入力する。


「詳しく調べたい」


 その言葉で、身体が硬くなった。


 ミサキはすぐに気づく。


「調べたいとは思ってる」


「でも、あなたが嫌だと言えばしない」


「知りたいことと、やっていいことは別だから」


「本当に?」


「医師としても、研究者としても当然」


「珍しいことなのか?」


「残念だけど、珍しく感じる患者は多いわね」


 ミサキは小さく息を吐いた。


「あなたの身体は、医学的には異常だらけ」


「登録がない」


「細胞年齢がほぼ完全にそろっている」


「古い損傷や生活履歴の痕跡がない」


「作られた直後の身体に近い」


「でも、記憶と人格は成人」


「調べれば、多くのことが分かるかもしれない」


 ミサキは俺をまっすぐ見る。


「それでも、身体はあなたのものよ」


 その言葉は、レナへ言った言葉と同じだった。


 俺の身体は俺のもの。


 医師にも。


 研究者にも。


 救おうとする相手にも。


 勝手に使う権利はない。


「最低限なら、調べてほしい」


「何が最低限?」


「今、死ぬ危険があるか」


「能力を使わなければ大丈夫なのか」


「また身体が動かなくなるのか」


「分かった」


 ミサキはうなずく。


「その三つに必要な範囲だけ検査する」


「結果も全部説明する」


「私以外の人へ見せる場合は、先に許可を取る」


「それでいい?」


「ああ」


「では、診察を始める」


     ◇


 レナは別の医療区画へ運ばれることになった。


 胸部属性炉とSOUL COREの保護層は、俺よりも緊急性が高い。


 だが、彼女は搬送台へ乗ることを拒んだ。


「歩けます」


「右脚が完全停止してる」


 ミサキが言う。


「左脚にも過負荷」


「胸部炉は出力が二割を切ってる」


「それを歩けるとは言わない」


「自力移動は可能です」


「可能かどうかじゃなくて、悪化するかどうかで判断して」


 ミサキが搬送台を指す。


「乗って」


「命令ですか?」


「医療上の提案」


「拒否した場合は?」


「危険を説明する」


「それでも拒否するなら、本人の判断能力を確認してから尊重する」


「ただし、倒れて意識を失ったら緊急処置する」


 レナは少し驚いたようだった。


「強制しないのですか?」


「あなたは自分で判断できるでしょう」


「では、歩きます」


「胸部炉が停止する確率は?」


 ミサキが端末を示す。


「この距離を歩けば、現在の推定で十二パーセント」


「搬送台なら二パーセント以下」


「それでも歩く?」


 レナは画面を見る。


 しばらく沈黙。


「……搬送台を使用します」


「賢明ね」


 ミサキが台を操作しようとする。


 レナは周囲を確認し、低い声で尋ねた。


「拘束具は?」


「使わない」


「落下防止ベルトも?」


「本人が希望すれば使う」


「希望しなければ?」


「ゆっくり運ぶ」


 レナは台へ乗り、少し迷ってから言った。


「落下防止ベルトは使用します」


「了解」


 ミサキがベルトを手に取る。


 その瞬間。


 レナの右手がVOLT ARCの柄へ動いた。


 ミサキの身体が固まった。


 ほんの一瞬。


 肩が上がり、呼吸が止まる。


 顔から血の気が引く。


 レナはその変化を見逃さなかった。


「私を恐れているのですか?」


 静かな問いだった。


 ミサキはすぐには答えなかった。


 それでも、無理に笑わなかった。


「ええ」


 はっきりと認める。


「戦闘用のアンドロイドや、武器を展開した機体を見ると、身体が固まる」


「過去に何か?」


「家族を失った事故がある」


「暴走した警備アンドロイドが関係していた」


 レナの金色の瞳が冷たくなる。


「それで、アンドロイド全体を危険視しているのですか?」


「理性では、あなたとその機体が別人だと分かってる」


 ミサキは震える手を一度握る。


「でも、身体がそう判断してくれない」


「だからといって、あなたの治療を拒否するつもりはない」


 レナはミサキを見つめた。


「恐怖を抱えたまま、私へ触れるのですか?」


「必要なら」


「ただし、武器は閉じてもらえると助かる」


 レナは少し迷い、VOLT ARCとBLAZE ARCを収納した。


「これでよろしいですか?」


「助かる」


 ミサキはゆっくり息を吐き、ベルトをレナへ示す。


「触れていい?」


「許可します」


 ミサキは慎重にベルトを固定した。


 二人の間に信頼はない。


 レナは、自分を恐れる人間に傷ついている。


 ミサキも、恐怖を消せていない。


 それでも、恐怖があることと、相手を物として扱うことは別だ。


「ミサキ」


 レナが搬送される直前に言った。


「私は、あなたの家族を襲った機体ではありません」


「分かってる」


「ですが、あなたがすぐに恐怖を克服できないことも理解します」


 ミサキの灰青色の瞳がわずかに見開かれる。


「治療中に身体が動かなくなった場合は、先に伝えてください」


「努力する」


「努力ではなく、申告してください」


「それ、さっきあなたがレンに言ってたわね」


 レナは視線をそらした。


「必要な規則です」


 搬送台が医療区画へ進んでいく。


 俺はその背中を見送りながら、少しだけ安心した。


     ◇


 診療所の中には、さまざまな患者がいた。


 人間。


 アンドロイド。


 身体の一部だけが機械化された者。


 どちらにも分類できない外見の者。


 正規病院のように広くも、清潔でもない。


 壁には補修跡。


 医療装置も型式がそろっていない。


 それでも、誰かの身分を確認してから治療を始める様子はなかった。


「先生」


 小さな声が聞こえる。


 通路の隅に、十歳にも満たない少女が立っていた。


 髪は淡い水色。


 左目は人間のもの。


 右目は金属製の人工眼。


 皮膚の一部に、細い光の線が走っている。


「ノイ、起きてたの」


 ミサキが少女へ近づく。


「寝ているように言ったでしょう」


「新しい船が来たから」


 ノイと呼ばれた少女が、俺を見る。


「その人、人間?」


「そうみたい」


「そうみたいって何?」


「本人も分からないことが多いの」


 ミサキが答えると、少女は俺へ近づいた。


「登録、ある?」


「ない」


「私も」


 少女は少しだけ笑った。


「同じだね」


 何が同じなのか、すぐには分からなかった。


 ミサキが説明する。


「ノイは人間とアンドロイドのハイブリッド」


「正式な出生許可がない」


「見つかったら?」


「マーテルの保護施設へ送られる」


「保護って、悪いことなのか?」


 少女の表情が消えた。


 ミサキはノイを見てから答える。


「施設による」


「医療や教育を受けられる場所もある」


「でも、親から引き離されることがある」


「人格や感情の安定化処置を受ける場合もある」


「それは本人が望んで?」


「望まない場合でも」


 胸の奥が重くなる。


「子どもを持つのに許可がいるって、レナから少し聞いた」


「恋愛は自由」


 ミサキは壁へ寄りかかる。


「誰を好きになるかまでは、法律で完全に止められない」


「でも、パートナーとして登録するには適合審査がある」


「子どもを持つには《REPRODUCTION CLEARANCE》が必要」


「収入、住居、遺伝情報、人格安定性、政治的危険性」


「いろいろ評価される」


「許可されなかったら?」


「正式な医療機関では人工子宮もSOUL SEEDも使えない」


「自然に生まれたら?」


「その子どもは無登録になる」


 ノイが人工眼を指で隠した。


「学校に行けない」


「病院にも行けない」


「ゲートも使えない」


「でも、ここには来られた」


「ミサキ先生がいるから」


 ミサキは苦い顔をした。


「ここも安全じゃないけどね」


「マーテルから見れば、無許可医療施設」


「私たちがやっていることの一部は違法」


「子どもを治療するのが?」


「制度上は、保護施設への通報を優先する必要がある」


「治療の前に?」


「緊急なら治療が先」


「でも、状態が安定したら通報義務がある」


「ミサキはしてない?」


「してない」


「捕まるぞ」


「知ってる」


 ミサキは淡々と答えた。


「だから、あなたたちの船が来たのは、正直かなり迷惑」


「それ、助けた相手に言うのか」


「言う」


「でも、追い返す気もない」


 強い人だと思った。


 怖くないわけではない。


 迷わないわけでもない。


 それでも、自分の判断で患者を助けている。


「先生」


 ノイがミサキの服を引く。


「マーテル、来る?」


「今は分からない」


「来たら、また隠れる?」


 ミサキは少女の頭へ手を置いた。


「今度は、もっと安全な場所を探す」


 俺はその会話を聞きながら、《ウェイフェアラー》のことを考えた。


 船は壊れている。


 燃料も少ない。


 追跡される可能性もある。


 それでも、星の外へ出ることはできる。


 もしかすると、ノイたちを別の場所へ運べるかもしれない。


 だが、俺一人で決めることではない。


 また、誰かを守るという理由で勝手に選びそうになっている。


「ミサキ」


「何?」


「あとで相談したいことがある」


「診察が終わってから」


「分かった」


「その前に、検査結果が出た」


     ◇


 ミサキは小さな個室を用意した。


 医療区画ではない。


 元は物資保管室だったらしく、白い壁も診察台もない。


 椅子が二つ。


 小さな机。


 必要な端末だけが置かれている。


「ここなら話せる?」


「ああ」


「レナも同席させる?」


「レナの状態は?」


「応急処置は終わった」


「胸部属性炉を安定させたけど、本格修理には専用部品が必要」


「意識はある」


「呼んでくれ」


 数分後。


 レナが搬送台で運ばれてきた。


 胸部には新しい固定具。


 右脚は動かないままだが、表情は少し落ち着いている。


「患者本人の同意を確認しました」


 ミサキが言う。


「レナへ検査結果を共有していい?」


「ああ」


「では説明する」


 空中へ俺の身体情報が表示される。


「まず、あなたは人間」


「少なくとも、現在の身体構造は生物学的人間と一致している」


「機械化部品も、人工筋肉もない」


「普通の人間なのか?」


「普通ではない」


 ミサキは別の情報を表示する。


「細胞年齢がほぼ完全に統一されている」


「通常、人間の身体には、細胞ごとに損傷や老化のばらつきがある」


「あなたにはそれがほとんどない」


「それは若いってこと?」


「新しく作られた身体に近い」


 レナの瞳に文字が流れる。


「《BIOLOGICAL REBUILD》」


「レンが目覚めた装置の表示です」


「その名前なら、説明がつく部分はある」


 ミサキはうなずく。


「身体そのものを、遺伝情報から再構築した可能性が高い」


「ただし、あなたの記憶と人格をどうやって移したのかは分からない」


「死んだ俺を、誰かが作り直した?」


「推測としては」


「誰が、何のために?」


「そこまでは分からない」


 ミサキは次の画面を出す。


「次に《SOUL REPAIR》使用後の状態」


「能力を使うと、全身のエネルギー消費が急激に上昇する」


「特に脳、末梢神経、筋肉」


「簡単に言えば、身体全体を燃料として使っている」


「使い続けたら?」


 ミサキの表情が険しくなる。


「一時的な麻痺」


「意識喪失」


「呼吸停止」


「重い場合は、神経組織が回復できない可能性もある」


「つまり」


 喉が乾く。


「また、身体が動かなくなる?」


「可能性はある」


 病室の記憶。


 動かない指。


 白い天井。


 息が浅くなる。


 レナの手が、俺の右手へ伸びかける。


 だが、途中で止まった。


「触れても?」


 彼女が尋ねる。


 勝手に握らない。


 俺がうなずくのを待っている。


「頼む」


 レナが手を握る。


 冷たい人工皮膚。


 それでも、はっきりとした力がある。


 ミサキは続ける。


「ただし、今すぐ必ずそうなるわけではない」


「能力使用量と接続深度を制限すれば、危険を下げられる可能性はある」


「基礎体力をつけることも無駄ではない」


「でも、鍛えれば無制限に使える能力ではないと思って」


「使うなとは言わないのか?」


「医師としては使ってほしくない」


 ミサキは即答する。


「でも、その力で助かる人がいることも分かった」


「だから、全面禁止だけが正しいとは言えない」


「条件を決める必要がある」


 レナがすぐに口を開く。


「使用前の申告」


「使用時間の制限」


「使用後の神経反応確認」


「単独使用の禁止」


「レナ」


「何です?」


「俺の意見も聞いてくれ」


 レナの口が止まる。


「……失礼しました」


 ミサキが小さく笑う。


「いいチームね」


「どこが?」


「似た者同士」


「私はレンほど無謀ではありません」


「現在、胸部炉を壊して右脚が止まってる人の発言ね」


「必要な戦闘でした」


「レンも同じことを言いそう」


 反論できない。


 ミサキは机へ肘をつく。


「能力使用の規則は、本人と仲間で決める」


「私は医学的な危険を説明する」


「最終的に使うかどうかを決めるのはレン」


「でも」


 灰青色の瞳が俺をまっすぐ見る。


「使った後、誰かがあなたを運び、治療し、心配することも忘れないで」


「あなた一人の身体だけど、結果まで一人で背負えるわけじゃない」


 胸へ刺さる言葉だった。


 俺は、能力を使うのは自分の選択だと思っていた。


 間違いではない。


 だが、倒れた後にレナやガイがどうするかまでは考えていなかった。


「分かった」


「簡単に言わないで」


「これから覚える」


「それならいい」


 ミサキは端末を閉じる。


「最後に一つ」


「あなたの身体は、詳しく調べれば重要な発見につながる可能性が高い」


「マーテルや企業が知れば、確実に欲しがる」


「保護という名目で?」


「たぶんね」


「研究、管理、再現」


「あなたが同意しなくても、危険人物として拘束する可能性がある」


 レナの表情が険しくなる。


「レンの存在は、マーテルへ報告しないでください」


「しない」


「即答ですね」


「報告すれば、ノイたちのことまで知られる」


 ミサキは立ち上がった。


「それに、本人の許可もない」


「医師として守る?」


「それだけじゃない」


 彼女は少し考える。


「この力が何なのか、私も知りたい」


 身体がわずかに緊張する。


 ミサキはすぐに付け加えた。


「でも、知りたいからって勝手に調べない」


「さっき言ったでしょう」


「知りたいことと、やっていいことは別」


 俺はゆっくりうなずいた。


「ミサキなら、少しずつ調べてもいい」


「条件は?」


「何をするか先に説明する」


「嫌だと言ったら止める」


「結果を隠さない」


「了解」


「記録しておく」


「ピコみたいだな」


「医療では記録が大事なの」


 ミサキが扉へ向かう。


 その途中で、診療所全体に警報が鳴った。


 赤い照明。


 低く繰り返される警告音。


 俺の身体が硬くなる。


 だが、今度は病院の機械音ではない。


 ミサキが壁の端末を確認する。


「識別艦接近」


 レナの金色の瞳が起動する。


「所属は?」


 端末に、白い円環を重ねた紋章が表示された。


 レナの顔色が変わる。


「マーテル」


 診療所の通路で、慌ただしい足音が響く。


 ノイが扉の外に立っていた。


「先生」


 人工眼が不安に揺れている。


「来たの?」


 ミサキは少女へ近づき、肩を抱く。


 端末に大型装甲艦の映像が表示された。


 重い外骨格を身につけた男が、通信画面へ現れる。


 四十代ほど。


 短く刈り込まれた髪。


 顔には傷。


 目には、迷いのない冷たさがある。


『こちらマーテル直属《ORDER ENFORCEMENT》』


『第七回収部隊指揮官、ダリウス・ヴェイン』


 男の背後には、白い装甲兵が並んでいる。


『無許可診療施設《HELIX CLINIC》へ通告する』


『無登録児童』


『逃亡アンドロイド』


『違法人格保持個体』


『および、異常能力を有する未登録生体を確認した』


 異常能力を有する未登録生体。


 俺のことだ。


 どうして、もう知られている。


 ロックが情報を売ったのか。


 レナがTWIN ARCへ手を伸ばす。


「武器を展開しないで」


 ミサキの身体が震えながらも、レナを止める。


「まだ患者がいる」


「相手は交渉を目的としていません」


「分かってる」


 ミサキはノイを後ろへ下がらせる。


 ダリウスの声が続く。


『抵抗しなければ、治療可能な者は保護する』


『社会復帰が困難な個体についても、適切な処置を保証する』


 ノイがミサキの服を握る。


「適切な処置って何?」


 誰も答えられない。


 通信画面の中で、ダリウスは淡々と告げた。


『神代レン』


『レナ・アークライト』


『ならびに無登録児童を引き渡せ』


『猶予は十分間』


『期限を過ぎた場合、施設への強制介入を開始する』


 通信が切れる。


 警報音だけが残った。


「患者は何人?」


 俺がミサキへ尋ねる。


「自力で動けない人が七人」


「子どもが四人」


「ほかにも、マーテルへ渡せない人がいる」


「ウェイフェアラーへ運べる?」


「船の状態で?」


「安全じゃない」


 俺は答えた。


「でも、ここに残ったら連れていかれる」


 レナが船内通信を開く。


「ミラ、応答してください」


『通信を確認』


「現在、離陸できますか?」


『応急推進器の再使用には、高い故障リスクがあります』


「可能か不可能かで答えてください」


『可能です』


「ガイは?」


『機関区画で修理を継続中』


『返答は、“また飛ばすのか”です』


「飛ばす」


 俺は言った。


 レナとミサキが同時にこちらを見る。


「ただし、俺たちだけじゃない」


「診療所の患者を全員乗せる」


「レン」


 レナが厳しい声を出す。


「現在の船体で全員を運ぶ危険性を理解していますか?」


「理解してない」


「だから、みんなで決める」


 俺はレナを見る。


「俺一人で助けるとは言わない」


 ミサキを見る。


「患者たちにも説明する」


「ここへ残るか、船へ乗るか」


「自分で選べる人には選んでもらう」


 ミサキはしばらく黙っていた。


 そして、小さく息を吐く。


「本当に、面倒な患者ね」


「よく言われる」


「私は医師として、危険な船への移動を勧められない」


「でも、マーテルへ引き渡すこともできない」


 ミサキは診療所の避難表示を起動した。


「全患者へ状況を説明する」


「移動希望者は三分以内に準備」


「医療記録と薬品を持ち出す」


「レナ」


「何です?」


「動ける?」


「右脚以外は」


「前線へ行かないで」


「拒否します」


「医療上の提案」


「却下します」


「即答しない」


「では、戦闘以外の避難支援を優先します」


「それなら妥協する」


 二人が短いやり取りを交わす。


 ノイが俺を見上げた。


「その船、安全?」


 嘘をつくことはできない。


「安全じゃない」


「落ちる?」


「落ちるかもしれない」


「それでも乗るの?」


「ああ」


「どうして?」


 俺は少し考えた。


「ここに残るより、自分で行く場所を選びたいから」


 ノイはしばらく俺を見た。


 そして、ミサキの手を握る。


「私も乗る」


 警報音が鳴り続ける中。


 診療所の外では、マーテルの白い装甲艦が接続準備を始めていた。


 残り時間。


 九分二十二秒。


 水城ミサキは医療用端末を抱え、通路の中央へ立つ。


「ヘリックス・クリニックの全員へ」


「今から避難を開始します」


「行き先は、壊れかけの旧式救難船」


「成功率は高くない」


「それでも、誰かに人生を決められるより、自分で選びたい人はついてきて」


 施設中の扉が、一斉に開いた。



最後までお読みいただき、ありがとうございます。


第8話では、《ウェイフェアラー》が危険な初飛行を成功させ、軌道診療施設《HELIX CLINIC》へ到着しました。


そこでレンたちが出会ったのは、人間、アンドロイド、ハイブリッド、無登録児童を区別せず治療する医師、水城ミサキです。


ミサキはレンの異常な身体と《SOUL REPAIR》へ研究者として強い関心を抱きながらも、本人の同意なしに調べることを拒みました。


「知りたいことと、やっていいことは別」


その姿勢は、これまで自分の意思を無視されることを恐れてきたレンにとって、大きな意味を持ちます。


一方、ミサキは過去の事故から、戦闘用アンドロイドへ恐怖を抱いています。


レナを恐れながらも治療するミサキと、自分を恐れる人間に傷つきながらも彼女の事情を受け入れようとするレナ。


二人の関係も、ここから少しずつ変化していきます。


しかし、マーテル直属の回収部隊を率いるダリウス・ヴェインが診療所へ到着。


レン、レナ、無登録児童の引き渡しを要求しました。


残された時間は十分。


次回、レンたちは診療所の患者を《ウェイフェアラー》へ避難させるため、ダリウス率いる回収部隊と対峙します。


第9話「弱者を守る価値はない」へ続きます。

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