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廃棄された俺だけがアンドロイドの魂を修復できるらしい ~恋も出産も管理された未来世界で、機械の少女たちと反逆します~  作者: 好山 雪


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第6話 救難船ウェイフェアラー

違法修理技師ガイに案内され、レンとレナがたどり着いたのは、スクラップの下に埋もれた旧型救難船ウェイフェアラー


主動力炉は停止。


左側推進器は欠落。


船体には大きな亀裂が走り、飛べる状態には見えない。


それでもレンには、船の奥から中央へ集まる、消えかけた光が見えていた。


『救難信号……未完了……』


『乗員を……帰還させてください……』


 頭の中へ届いた女性の声は、すぐに途切れた。


 聞き間違いだったのかもしれない。


 風が壊れた船体の隙間を通り抜け、偶然、声のような音を作っただけ。


 そう考えることもできた。


 だが、俺には見えている。


 埋もれた船体の各所から、弱い光が中央へ集まっていた。


 完全には消えていない。


 この船の中に、まだ何かが残っている。


「レン?」


 隣にいたレナが、俺の顔をのぞき込んだ。


「何が見えたのですか?」


「船の奥に光がある」


「動力反応は検出できません」


「電気じゃないと思う」


「また、あなたにしか見えないものですか」


「たぶん」


 レナは不満そうに眉を寄せた。


「その曖昧な返答は、いつまで続けるつもりですか?」


「俺も分からないものは、分からないとしか言えない」


「開き直らないでください」


「喧嘩するなら外でやれ」


 ガイが低い声で割り込んだ。


 大きな作業用照明を肩へ乗せ、半分スクラップに埋もれた船体を見上げている。


「中へ入るなら準備しろ。こいつは何年も整備されてねえ」


「危険なのか?」


「安全だと思う要素があるか?」


 ガイは船体の亀裂を指した。


「気密なし。人工重力なし。床が抜けてる可能性もある。古い動力セルが破裂すれば、船ごと吹き飛ぶ」


「先ほどは、死人を起こす方が簡単だと言っていましたね」


 レナが言う。


「ああ」


「では、なぜ中へ入る準備をしているのです?」


「直せないって断定するには、中を見てからの方がいい」


「先ほどと発言が変わっています」


「技術者は現物を見て判断を変える」


 ガイはレナへ視線を向けた。


「家名と資料だけで全部決める連中とは違う」


 レナの金色の瞳が鋭くなる。


「また、アークライト家への批判ですか?」


「事実だ」


「あなたの限られた経験を、家全体の評価へ広げないでください」


「二人とも」


 俺は間へ入った。


「船へ入る前に疲れるぞ」


「私は疲労していません」


「胸から光が漏れてる」


「これは疲労ではなく、属性炉の出力不安定です」


「どちらにしても休め」


「あなたに言われたくありません」


 それもそうだった。


 俺の身体も、まともな状態ではない。


 少し休んだことで手足の感覚は戻った。


 だが、身体の奥に重い疲れが残っている。


 深く息を吸うと、胸に鈍い痛みが走った。


 レナとの戦闘で受けた傷。


 SOUL REPAIRの反動。


 ロックたちから逃げるために無理をした疲労。


 この状態で危険な船へ入るべきではない。


 それでも、ほかに選択肢はなかった。


 軌道上の診療所へ行くには船が必要。


 レナの身体を直すにも、俺を医師へ診せるにも、この星から移動する手段がいる。


「これをつけろ」


 ガイが二本の細いワイヤーを投げてきた。


 受け取ると、端に金属製の固定具がついている。


「命綱だ。船内は重力が死んでる可能性がある」


「どうやって使う?」


「腰の固定環へつなげ」


「固定環?」


「お前の保護服についてるだろ」


 言われて腰を見ると、左右に小さな金具があった。


 何のためのものか分からなかったが、船内作業用の装備だったらしい。


 俺が固定に手間取っていると、レナがため息をついた。


「貸してください」


「分かるのか?」


「基本的な船外活動装備です」


 レナは俺の手からワイヤーを取った。


 腰の金具へ接続し、固定部を二度確認する。


「これで外れません」


「ありがとう」


「あなたが船内で行方不明になれば、救助の手間が増えるからです」


「素直に親切って言えばいいのに」


「必要な処置を行っただけです」


 レナは自分のワイヤーを装着しようとした。


 左腕の動きが鈍い。


 右脚だけでは姿勢も安定しない。


「手伝う」


「不要です」


「今度は俺が手間を減らす」


 そう言うと、レナは少し黙った。


「……固定だけです」


「分かってる」


 腰の金具へワイヤーを取りつける。


 至近距離で見ると、レナの制服はひどく傷んでいた。


 黒と白の生地は焼け、金色の装飾も一部が剥がれている。


 胸元に刻まれた紋章。


 黒い空を横切る金色の航路と、その先にある星。


 名門家の印だと聞いた。


 だが今のレナに、権力を感じさせる余裕はない。


 むしろ、家の名前に支えられなければ立っていられないようにも見えた。


「終わった」


 俺が言うと、レナは短くうなずいた。


「問題ありません」


「痛くないか?」


「痛覚に似た警告信号は継続しています」


「それを普通は痛いって言うと思う」


「人間の感覚と同一ではありません」


「つらくない?」


 レナの答えが少し遅れた。


「……支障はあります」


 少しだけ、正直になった。


 ガイは船体の一部へ大型工具を取りつけた。


 作業腕《HEAVY GRIP》が低い音を立て、歪んだ外壁を持ち上げる。


 金属同士が激しく擦れた。


「ここから入る」


 持ち上がった外壁の下に、人が一人通れるほどの隙間ができる。


「本来の乗船口ではありません」


 レナが言った。


「本来の乗船口はスクラップの下だ」


「船体構造をさらに傷つける可能性があります」


「すでに傷だらけだ」


「だからといって、増やしてよい理由にはなりません」


「なら、お嬢様が手でどかしてくれ」


「現在の身体状態でなければ可能です」


「はいはい」


「返事は一度で十分です」


 ガイが俺を見る。


「いつもこんな調子なのか?」


「会ってまだ半日も経ってない」


「十分うるせえ」


 ガイが先に隙間へ身体を滑り込ませた。


 作業照明の光が、暗い船内を照らす。


 続いてレナ。


 最後に俺が入る。


 船体内部へ足を踏み入れた瞬間、身体がふわりと浮いた。


「うわっ!」


 足が床から離れる。


 上下の感覚が一瞬で分からなくなった。


 俺は慌てて手を伸ばし、近くの壁につかまった。


「人工重力、完全停止」


 レナは冷静に状態を確認している。


 右脚が動かなくても、無重力では大きな問題にならないらしい。


 壁を軽く押し、身体の向きを変える。


「初めてですか?」


「宇宙船に入るのも、浮くのも初めてだ」


「不必要に手足を動かさないでください。姿勢制御が乱れます」


「先に言ってくれ」


「通常は説明する必要のない知識です」


「千年前の人間には必要なんだよ」


 俺は命綱を手繰り、ガイのいる方向へ進んだ。


 ガイは壁の一部へ磁気固定具を打ち込み、三人分のワイヤーをつないでいる。


「船内で迷ったら終わりだ。必ずワイヤーの範囲から出るな」


「レナは船内構造を把握できる?」


「船型を特定できれば」


 レナの瞳に細い文字が走る。


「WFR系列。第三世代の中型星間救難船と思われます」


「古いのか?」


「現行規格から、およそ百六十年前の設計です」


「百六十年……」


「古いですが、救難船としては堅牢な構造を持っています」


 レナは周囲の壁へ手を触れた。


「各区画を独立させ、損傷部分を切り離しながら航行できる設計です」


「だから、これだけ壊れても光が残ってるのか」


「その光は確認できません」


「でも、完全に死んでないのは同意する?」


 レナはしばらく船内を走査した。


「非常用電力の残留反応があります」


「それなら同じようなものだ」


「大きく違います」


 船内は真っ暗だった。


 ガイの照明がなければ、数メートル先も見えない。


 廊下の壁には、過去に何かが衝突した跡。


 折れた手すり。


 宙へ浮いたままの小さな金属片。


 古い紙のようなものも漂っている。


 俺が手を伸ばすと、それは薄い透明板だった。


 表面には消えかけた文字。


 **RESCUE PRIORITY LIST**


「救助優先順位表……」


「触るな」


 ガイが言った。


「古い樹脂板は割れやすい。破片を吸い込むぞ」


 俺は手を引いた。


「ここは本当に救難船だったんだな」


「船名だけつけた偽物じゃなければな」


 ガイは壁の端末へ工具を接続した。


 反応なし。


 別の端末も同じ。


「主電源が死んでる」


「非常電力は?」


「生きてりゃ、これぐらいは反応する」


 ガイが端末を叩く。


 表示は点灯しない。


「非常セルへの経路が切断されてるか、全部空だ」


「俺が触れば分かるかもしれない」


 そう言うと、ガイがすぐに俺をにらんだ。


「さっき倒れた奴が何を言ってる」


「深く使わなければ大丈夫だと思う」


「思う?」


 レナの声が鋭くなった。


「あなたは、自分の能力について何も把握していません」


「だから調べる必要がある」


「自分の身体を実験材料にしないでください」


「ほかに触れる人がいない」


「まず医師の診察を受けるべきです」


「その医師のところへ行く船を直してるんだろ」


 レナが言葉に詰まる。


 ガイは俺とレナを交互に見た。


「お前の力が何かは知らねえ」


「だが、船全体へ使うのはやめろ」


「どうして?」


「船は作業ロボット一体とは違う。何万という回路と設備がつながってる」


 ガイは船内の奥へ照明を向けた。


「一気に全部見ようとすれば、お前の頭が先に焼ける」


 技術者としての直感。


 そして、俺が倒れる可能性を本気で考えている言葉だった。


「必要な場所だけ触る」


「俺が指定した場所だけだ」


「分かった」


「勝手に深く入るな」


「努力する」


「努力じゃなく守れ」


 ガイは廊下の奥へ進んだ。


 俺たちは命綱を伸ばしながら後を追う。


 途中、複数の扉が閉まっていた。


 扉ごとに区画名が刻まれている。


 **BRIDGE**


 **ENGINE BLOCK**


 **MEDICAL BAY**


 **LIVING BLOCK**


 **REPAIR DECK**


 **SEED VAULT**


「シード・ヴォルト?」


 俺が読み上げる。


「生命サンプルや救助対象の生体情報を保管する区画です」


 レナが答えた。


「救難船によっては、人工臓器やソウル・シード用の保存設備も搭載されています」


「ソウル・シード?」


「人格と生命設計情報を統合した、人工生命の基礎核です」


「それって、子どもを作るためのもの?」


 レナの表情がわずかに硬くなった。


「用途の一つです」


「アンドロイドにも子どもがいるのか?」


「存在します」


「どうやって――」


「今、それを説明する必要がありますか?」


 少し強い口調だった。


 話したくない理由があるのか。


 あるいは、俺があまりに無知なことへ苛立っているだけか。


「分かった。後で聞く」


「そうしてください」


 先へ進む。


 やがて、正面に白い扉が見えた。


 ほかの区画とは違い、汚れの下にも清潔さを意識した色が残っている。


 **MEDICAL BAY**


 その文字を見た瞬間、胸の奥が冷たくなった。


 足が止まる。


 実際には無重力で浮いている。


 それでも、身体が前へ進むことを拒んだ。


「レン?」


 レナが振り返る。


 ガイは医療区画の扉へ工具を取りつけている。


「この中を通れば、船の中央区画へ近い」


「別の道は?」


 自分でも声が硬いと分かった。


 ガイが俺を見る。


「あるかもしれねえが、崩落してる可能性が高い」


「じゃあ探そう」


「遠回りになる」


「構わない」


「お前、さっきまで急いでただろ」


「この道は嫌だ」


 白い扉。


 冷たい照明。


 電子音。


 動かない身体。


 意識があるのに、医師と家族が俺の治療方法を話し合っている。


 自分のことなのに、自分は声を出せない。


 記憶が一気に戻ってくる。


 呼吸が浅くなる。


「レン」


 レナの声が近くなった。


「生体反応が上昇しています」


「分かってる」


「医療設備に恐怖を感じているのですか?」


「……そうだ」


 否定する余裕はなかった。


「病院で死んだって話しただろ」


「はい」


「長い間、こういう場所にいた」


 白い壁。


 ベッド。


 機械。


 誰かに身体を動かされる生活。


「この扉を開けたら、また戻る気がする」


「現在のあなたの身体は動いています」


「分かってる」


「ここは、あなたがいた病院ではありません」


「それも分かってる」


 理解している。


 理屈では分かっている。


 それでも身体が拒む。


 呼吸が速くなる。


 右手が震え始める。


「早く行くぞ」


 ガイが扉の工具へ力を入れる。


「待ってください」


 レナが止めた。


「何だ」


「別の経路を確認します」


「時間がかかる」


「構いません」


「お前の身体も時間がねえだろ」


「それでもです」


 レナは船内構造を走査しようとする。


 金色の瞳に文字が走る。


 だが、すぐに胸部から火花が散った。


「っ……」


「無理するな」


 俺が言う。


「あなたのためです」


「だからだ」


 レナは助けようとしている。


 俺の恐怖を理解し、別の道を探そうとしている。


 さっきまで、自分の弱さを認めたくない彼女が。


「大丈夫じゃないけど」


 俺は白い扉を見た。


「行ける」


「無理をする必要はありません」


「無理してるかどうかは、自分で決めたい」


 レナの表情がわずかに変わる。


 それは、俺が彼女へ伝えたことと同じだった。


 守るためでも、本人の選択を奪ってはいけない。


「ただし」


 俺は続けた。


「急に開けないでくれ」


「何をするか、先に説明してほしい」


「分かりました」


 レナはうなずいた。


「扉を手動で開きます。内部に危険反応がないか、私が先に確認します」


「その後、レンが入れる状態か判断します」


「ありがとう」


 ガイは何も言わなかった。


 だが、工具へかけていた力を少し緩めた。


「開けるぞ」


 ガイが手動ロックを外す。


 白い扉が、ゆっくりと横へ開いた。


 内部は暗い。


 病院のような明るい照明はない。


 壊れた診察台。


 壁へ固定された医療装置。


 宙に浮く小さな容器。


 無人。


 電子音もない。


 それでも、身体は緊張したままだ。


 レナが先へ入り、左右を確認する。


「危険反応なし」


「足元――現在は床面ですが、複数の破片があります」


「私が先導します」


 俺は命綱を握った。


 一度、ゆっくり息を吸う。


 吐く。


 右手を動かす。


 指は動いている。


 足も、今は浮いているだけで失われてはいない。


 俺は白い扉をくぐった。


 胸が苦しい。


 だが、意識を失うほどではない。


 診察台の横を通る。


 なるべく見ないようにした。


 それでも視界の端に入る。


 身体が硬くなる。


「レン」


 レナの声。


「右手を動かしてください」


「何で?」


「動くことを確認するためです」


 俺は指を曲げる。


 開く。


「動いてる」


「はい」


「次は左手」


 左手も動かす。


「両脚も感覚があります」


「ある」


「あなたは今、自分の意思で移動しています」


 レナの言葉を聞きながら、俺はゆっくり前へ進んだ。


 ここは病院ではない。


 俺は患者として運ばれているのではない。


 自分で決めて、この中へ入った。


 恐怖は消えない。


 それでも、進むことはできる。


「通れたな」


 医療区画の反対側へ出る。


 深く息を吐いた。


「はい」


 レナはそれだけ答えた。


 褒めるでも、弱さを指摘するでもない。


 ただ、俺が選び、通り抜けたことを認めている。


「ありがとう」


「私は何もしていません」


「声をかけてくれた」


「必要な支援です」


「それを親切って言うんだと思う」


「定義の問題です」


 少しだけ、口元が緩んでいるように見えた。


     ◇


 医療区画を抜けた先は、広い格納庫だった。


 壁の一部が大きく破損し、外からスクラップが流れ込んでいる。


 小型救助艇らしき機体は、すべて失われていた。


 床へ固定されていた収納箱も、多くが開いている。


「ここから先は重力が弱く残ってる」


 ガイが工具を床へ落とした。


 工具はゆっくりと下へ沈み、金属床へ接触する。


 完全な無重力ではない。


 非常用の重力装置が部分的に生きているらしい。


 俺たちは床へ足をつけた。


「何か動いた」


 レナが格納庫の奥へ視線を向ける。


「どこ?」


「左奥。小型機械反応」


 ガイが照明を向けた。


 積み上がった収納箱の隙間。


 小さな丸い胴体が見える。


 二本の細い作業腕。


 折り畳まれた移動脚。


 壁面移動用らしい吸着装置。


 小型の整備ロボットだった。


 動いてはいない。


 だが、単眼が一瞬だけ点滅したように見えた。


「生きてる?」


「機械へ使う言葉としては不正確です」


 レナが言う。


「また、その話をする?」


「ですが、完全停止ではありません」


 レナは小型ロボットを走査した。


「補助電力が微弱に残っています。外部損傷は軽度」


「型式は分かるか?」


 ガイが尋ねる。


「PCO系列。救難船用の小型整備補助機です」


「古いが使えるかもしれねえ」


 ガイが近づき、外装を確認する。


「物理的には大した損傷じゃない。だが、制御が止まってる」


「俺が見てみる」


「軽く触るだけだ」


「分かってる」


 俺は小型ロボットの前へしゃがんだ。


 丸い胴体へ手を置く。


 淡い光が見えた。


 サーティーンほど深くない。


 レナのように複雑でもない。


 複数の作業命令と船内地図。


 工具の位置。


 修理記録。


 船員の呼び出しへ応じた履歴。


 その流れが、起動信号の手前で止まっている。


「電力が足りない?」


「非常電力線が切れてる」


 ガイが答える。


「こいつだけなら外部セルで起動できる」


 ガイは携帯電源を取り出し、ロボットへ接続した。


 小さな電子音。


 それでも起動しない。


「電力は入った」


「でも、始動命令が途中で止まってる」


「直せるか?」


「たぶん軽い」


 俺は光の流れへ意識を向けた。


 SOUL REPAIR。


 深く潜る必要はない。


 途切れた起動命令を、残っている制御領域へつなげるだけ。


 身体の奥から、ほんの少しだけ力を流す。


 青白い光が指先から小型ロボットへ移った。


 胸の奥に疲労を感じる。


 だが、サーティーンやレナのときとは比べものにならない。


 小さな接続が一つ、戻る。


 丸い胴体の単眼が点灯した。


「起動した」


 移動脚が展開する。


 小型ロボットは一度、左右へ揺れた。


 そして俺たちを順番に走査する。


『診断開始』


 機械的な声。


『船体損傷率、重大』


『主動力、停止』


『推進器、欠落』


『乗員数、不足』


『修理計画、無謀』


 格納庫に沈黙が落ちた。


「こいつ、起きて最初にそれか」


 ガイが言う。


『事実を報告』


「名前は?」


 俺が尋ねる。


 小型ロボットの単眼が俺へ向く。


『正式識別、PCO-4』


「ピーシーオー・フォー……」


 呼びにくい。


「ピコでいいか?」


『呼称変更』


『ピコ』


『短縮により、音声認識効率が上昇』


「気に入ったみたいだな」


「機械的な処理です」


 レナが言う。


『レナ、言い方、硬い』


 レナの金色の瞳が見開かれた。


「何ですって?」


『観測結果』


 ガイが声を上げて笑った。


「こいつは使えるな」


『ガイ、声量、過大』


「おい」


『レン、疲労、重大』


「それも分かるのか」


『姿勢、呼吸、皮膚温度から推定』


 ピコは小さな作業腕を動かし、今度はレナを走査した。


『レナ、損傷、さらに重大』


「理解しています」


『理解している行動ではない』


 レナの口元が引きつった。


「この機体の人格設定は、誰が行ったのですか?」


『長期学習による発言最適化』


「最適とは思えません」


『反論を確認』


 俺は思わず笑った。


 その瞬間、胸に痛みが走る。


「っ……」


『レン、無茶』


「まだ何もしてない」


『笑う際、胸部負傷へ負荷』


「細かいな」


『整備補助機として必要』


 ピコは格納庫の壁へ近づき、端末へ作業腕を接続した。


 表示は点灯しない。


 だが、ピコの単眼に船内情報が流れているようだった。


『船体診断記録、一部取得』


「修理に必要なものを出せるか?」


 ガイが尋ねる。


『主要欠損を表示』


 格納庫の壁へ、古い立体映像が投影された。


 ノイズだらけの船体図。


 左側推進器が赤く表示される。


『左側推進器、完全欠落』


 次に動力炉。


『主動力炉、制御弁破損』


 船体中央。


『船体外壁、複数箇所で気密不能』


 ブリッジ。


『航路演算コア、応答なし』


 最後に、船体深部。


『ゲート接続キー、部分破損』


「ゲート接続キー?」


「スター・ゲートへ接続するための認証装置です」


 レナが説明する。


「船体を直しても、それがなければ星間航路へ入れません」


「通常航行で診療所までは?」


「軌道上なら可能です。ただし、この星から離れるには必要になる可能性が高いでしょう」


 ガイは船体図を見上げた。


「部品はこの星で集められるかもしれねえ」


「本当に?」


「全部、新品を使う必要はない」


 ガイが一つずつ指す。


「磁気軸は軍用推進器の残骸から取れる」


「動力炉の制御弁は、同型船があれば流用できる」


「外壁は切り出して溶接」


「航路演算コアは――」


 そこで言葉が止まる。


「難しいのか?」


「救難船の演算コアは特殊だ」


 ガイは船体図のブリッジ部分を見る。


「通常の航路計算だけじゃねえ。遭難船の探索、危険区域の判断、複数の救難優先順位を同時に処理する」


「壊れていたら?」


「代用品じゃ、船本来の機能は戻らねえ」


「残ってる」


 俺は言った。


 ガイが俺を見る。


「中央へ集まる光がある」


「この船の中に、まだ判断しようとしてる何かがいる」


「船内AIですか?」


 レナが船体図へ視線を向けた。


「救難船には、高度な支援AIが搭載されている場合があります」


「ピコ。船内AIの名前は分かる?」


 ピコの単眼が点滅する。


『船内管理AI』


『正式名称――データ破損』


『呼称――MIRA』


「ミラ」


 船の奥から聞こえた女性の声。


 あれがミラなのか。


「位置は?」


『制御中枢』


『現在、アクセス不能』


「どうして?」


『中央通路崩落』


『主動力停止』


『非常接続経路、遮断』


「レンの能力で接続できる可能性があります」


 レナが言った。


 俺が驚いて彼女を見る。


「止めると思ってた」


「無条件では認めません」


「認める認めないの話なのか?」


「あなたは自分の限界を理解していません」


 レナは金色の瞳で俺をまっすぐ見る。


「ピコの起動程度なら、明確な異常は確認されませんでした」


「しかし、船内AIは比較にならないほど複雑です」


「だから、ガイと私が物理的な経路を確認した後です」


「私たちが指定した範囲を越えて接続しないでください」


「監視つきか」


「当然です」


 ガイも腕を組む。


「今回はお嬢様に同意だ」


「珍しいですね」


「調子に乗るな」


 ピコが船体図を拡大する。


『制御中枢への代替経路を検索』


『推奨経路、REPAIR DECK経由』


「修理区画か」


「中央通路よりは安全かもしれません」


 レナが言う。


「ただし、現在の私たちでは中枢へ到達しても、主電源を復旧できません」


「先に部品を集める必要がある?」


「そうだ」


 ガイが船体図へ複数の印をつけた。


「この星に落ちてる可能性がある部品は五つ」


「推進器用磁気軸」


「動力炉の制御弁」


「船体外壁」


「航路演算コアの補助素子」


「ゲート接続キーの認証部」


「全部、探しに行くのか?」


「一つは俺の工房に代用品がある」


「二つは廃棄区画で拾える」


 ガイの表情が険しくなる。


「残り二つは、ロックの保管庫にある可能性が高い」


「ロック・バルドの?」


「奴は価値の分からねえ部品でも、企業規格の物なら何でも集める」


 レナの手がTWIN ARCへ伸びる。


「では、回収します」


「盗む気か?」


「本来の所有者を確認できない廃棄物です」


「さっきまで家名と法を振り回してた奴が言うことか」


「違法回収業者が不当に占有している物品です」


「言い方を変えただけだろ」


「必要であれば、正当な対価を――」


「お前の家名で酸素は作れねえ」


「その表現は、もう聞きました!」


『会話、非効率』


 ピコの一言で、二人とも黙った。


「でも、ロックのところへ行けば戦いになる」


 俺は言った。


「今のレナじゃ危険だ」


「戦闘は可能です」


『次の最大出力後、停止確率、七十八パーセント』


「ピコ!」


『事実を報告』


 レナが単眼をにらむ。


 小型ロボットは表情を変えない。


「俺も能力を使える状態じゃない」


「ガイ一人で保管庫へ入るのも無理だ」


 俺は船体図を見る。


「正面から奪うんじゃなくて、運ばせることはできないか?」


「誰に?」


「ロックの保管庫の搬送装置」


 ガイの眉が動く。


「奴の保管庫は旧貨物船を使ってる」


「この船と同じように、昔の搬送システムが残ってるかもしれない」


「遠隔で動かせる?」


「通常なら無理だ」


 ガイは考え込む。


「だが、救難船の旧緊急権限を使えば、周辺の輸送設備へ退避命令を送れる可能性がある」


 レナが続ける。


「災害時、救難船は民間搬送設備を一時的に使用できます」


「ウェイフェアラーの権限が残っていれば、保管庫の搬送機を動かせるかもしれません」


「それなら、ここから部品を運ばせられる?」


「船内AIか航路演算コアが起動すれば」


 結局、ミラを起こす必要がある。


 だが、ミラを起こすには一部の部品が必要。


 すべてがつながっている。


「最初に何をすればいい?」


 俺が尋ねる。


 ガイは船体図を見ながら答えた。


「最低限の非常電力を中央へ通す」


「その後、ミラの状態を確認」


「動けば緊急権限を使う」


「動かなければ?」


「ロックの保管庫へ直接行く」


 レナが二本の剣を確認する。


「分かりました」


「戦う前提で言うな」


「必要なら戦います」


「必要じゃない形を考えよう」


 俺が言うと、レナはわずかに不満そうな顔をした。


「あなたは戦闘能力がないのに、戦闘へ参加しすぎです」


「レナに言われたくない」


「私は訓練を受けています」


「身体が壊れかけてる」


「負傷です」


「どっちでも、動かなくなったら同じだろ」


 レナが反論しようとする。


 だが、言葉が出なかった。


 自分が俺へ言ったことと同じ。


 身体を使い潰すことは、強さではない。


 俺も、レナも。


 分かっていても簡単には変えられない。


「今日は、これ以上動くな」


 ガイが言った。


「部品回収は明日だ」


「時間がありません」


 レナが反論する。


「お前が今停止したら、もっと時間がかかる」


「しかし、ロックが工房を突破すれば――」


「工房は捨てる」


 ガイは平然と言った。


「必要な工具は持ち出せる。ここが飛べるなら、新しい工房にすればいい」


「簡単に捨てられるのか?」


「物は直せる」


 ガイは少しだけ目を伏せる。


「人間もアンドロイドも、完全に壊れたら戻らねえ」


 その言葉に、サーティーンを思い出した。


 ガイも、何かを戻せなかった経験があるのだろう。


「ピコ」


 ガイが呼ぶ。


『応答』


「使える居住区を探せ」


『検索』


『LIVING BLOCK、気密なし』


『REPAIR DECK、部分使用可能』


『格納庫、危険物少数』


『推奨、格納庫で待機』


「ここで休むのか」


「ぜいたく言うな」


 ガイは携帯電源と照明を床へ固定し、簡易的な作業場所を作り始めた。


 ピコも小さな腕で工具を運ぶ。


『ガイ、配置、雑』


「うるせえ」


『転倒危険』


「重力が弱いから転ばねえ」


『浮遊衝突危険』


「分かったよ!」


 レナは壁際へ身体を預けた。


 TWIN ARCを手の届く場所へ置く。


 俺は少し離れた床へ座った。


 身体を休めようとすると、疲労が一気に押し寄せてくる。


 全身が重い。


 瞼が落ちそうになる。


「レン」


 レナが俺を呼ぶ。


「何?」


「先ほどの発言について」


「先ほど?」


「地下通路で、あなたへ身体を鍛える努力が必要だと言ったことです」


 レナは視線を俺から外した。


「あれは、あなたの過去を知らずに行った評価でした」


「事実ではあります」


「それでもです」


 言葉を探している。


 謝罪に慣れていないのだろう。


「不適切な発言でした」


 レナはようやく俺を見る。


「訂正します」


「それは謝ってる?」


「謝罪の意図を含んでいます」


「普通に『ごめん』でいいと思う」


「その表現は、軽すぎます」


「じゃあ、今のでいい」


 俺は笑った。


「ありがとう」


「感謝されることではありません」


「レナが間違いを認めるの、結構大変そうだから」


「どういう意味ですか?」


「そのままの意味」


 レナは不満そうに口元を引き締めた。


 それでも怒って剣を取ることはなかった。


「レンも」


 レナが続ける。


「能力を使う前に、必ず申告してください」


「善処する」


「善処ではありません」


「状況による」


「相談すると約束してください」


 真剣な声だった。


 俺が一人で決め、また倒れることを恐れている。


 出会ったばかりの相手へ、なぜそこまで。


 恩義。


 責任感。


 あるいは、自分を助けた人間を死なせたくないだけ。


 理由はまだ分からない。


「分かった」


 俺は答えた。


「できる限り、先に相談する」


「できる限り、では――」


「命に関わるなら、状況を待てないこともある」


「それでも、一人で決めないようにする」


 レナは完全には納得していない。


 それでも、少しだけ表情を緩めた。


「約束として記録します」


「記録するの?」


「当然です」


「破ったら?」


「相応の対応を行います」


「怖いな」


「破らなければ問題ありません」


 ピコが作業を止め、俺たちを見る。


『レンとレナ、会話長い』


「ピコには関係ありません」


『船内作業効率に関係』


「作業は終わったのですか?」


『休息場所、準備完了』


「優秀だな」


『当然』


 ガイが床へ座り、壁にもたれた。


「寝る前に一つ確認する」


「何を?」


「レン」


 ガイが真剣な目を向ける。


「船の奥にいるって言ったな」


「ミラのこと?」


「ああ」


「本当に声を聞いたのか?」


「完全な声じゃない」


「でも、救助が完了していないって言ってた」


 ガイは暗い船内を見回した。


「百年以上前の救難AIが、まだ任務を続けてるってのか」


「分からない」


「ただ、止まったままじゃない」


 レナも船の奥へ目を向ける。


「救難AIは、乗員や救助対象の安全を最優先します」


「しかし、長期間の記憶欠損がある場合、判断が歪んでいる可能性もあります」


「危険かもしれない?」


「可能性はあります」


 ガイは携帯照明の出力を落とした。


 格納庫が薄暗くなる。


「明日、中枢へ行く」


「ミラを起こせるか確認する」


 俺は床へ身体を横たえた。


 冷たい。


 硬い。


 病院のベッドとは比べものにならないほど寝心地が悪い。


 それでも、拘束されてはいない。


 寝返りも打てる。


 起きたければ、自分で起きられる。


 それだけで安心できた。


 目を閉じる。


 船体のどこかで、金属が軋む。


 風ではない。


 遠くで、小さな電力が流れた音。


 そして、眠りへ落ちる直前。


 再び、女性の声が聞こえた。


『救難信号……受信』


『応答可能な乗員を……確認』


『お願い……』


 最初に聞いた冷静な機械音とは違う。


 最後の一言だけが、誰かへすがる声に聞こえた。


『今度こそ……帰してください』


 暗い制御中枢で。


 消えかけた一つの光が、静かに点滅していた。




最後までお読みいただき、ありがとうございます。


第6話では、レンたちが旧型星間救難船ウェイフェアラーの内部へ入りました。


船は左側推進器、主動力炉、船体外壁、航路演算コア、ゲート接続キーなど、重要な設備を複数失っています。


レンの《SOUL REPAIR》だけでは、存在しない部品を作り出すことはできません。


船を飛ばすには、レンの能力だけでなく、ガイの修理技術、レナの航路知識、実物の部品が必要になります。


また、格納庫では小型整備ロボット《ピコ》が再起動しました。


遠慮のない診断を行うピコは、今後ウェイフェアラーの修理と船内生活を支える仲間となります。


そして、船の制御中枢に残る救難AIミラ


彼女が完了できなかった救難任務とは何なのか。


次回、レンたちはミラを再起動させるため、《ウェイフェアラー》の制御中枢を目指します。


第7話「ミラは、もう一度誰かを救いたい」へ続きます。

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