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廃棄された俺だけがアンドロイドの魂を修復できるらしい ~恋も出産も管理された未来世界で、機械の少女たちと反逆します~  作者: 好山 雪


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第5話 高級機のお嬢様と、細腕の素人

強制命令《MIND LOCK》を一時的に退けたレンとレナ。


しかし、二人ともすでに限界に近い。


目の前には、違法回収業者ロック・バルドと五人の部下。


戦えるのは負傷したレナだけ。


それでもレンは、積み上がったスクラップと敵の配置から、生き残るための道を探す。


 ロック・バルドの部下たちが、一斉に動き出した。


 正面から三人。


 右側の残骸を回り込む者が一人。


 左側から距離を取り、銃のような工具を構える者が一人。


 そして中央のロックは、三つに分かれた長い武器を肩に担いだまま、こちらの動きを観察している。


 俺は金属板へ片手をつき、どうにか上半身を起こした。


 両脚へ力が戻りきっていない。


 立ち上がったとしても、走ることは難しい。


 戦うなど論外だ。


 それでも、目は動く。


 考えることもできる。


「レナ、右上」


「確認しています」


 返事と同時に、レナが一歩前へ出た。


 右脚を引きずっている。


 胸部装甲の亀裂からは、不規則に金色の光が漏れていた。


 それでも、二本の短剣を構える姿には、先ほどまでとは違う迷いのなさがある。


 右手に、青白い電撃をまとったVOLT ARC。


 左手に、赤い熱を帯びたBLAZE ARC。


 黒い髪が風に揺れる。


 ロックの部下が叫んだ。


「動けるうちに脚を狙え!」


「人格コアは傷つけるな! 値が落ちる!」


 その言葉に、レナの金色の瞳が冷たく細められた。


「やはり、訂正する価値もありませんね」


 レナの身体が前へ沈む。


 左脚へ力を集中。


 次の瞬間、彼女の姿が消えた。


 いや、完全に消えたわけではない。


 視線が追いつかないほど、一気に距離を詰めただけだ。


 **ARC STEPアーク・ステップ**


 最初の男が、慌てて武器を振り上げる。


 レナは正面から受けない。


 VOLT ARCを武器の側面へ触れさせた。


 青白い電撃が補助装置へ流れ込む。


「がっ……!」


 男の右腕に取りつけられた強化装置が停止。


 持ち上げていた武器が自分の肩へ落ちる。


 レナはその脇を抜け、二人目へ向かう。


 BLAZE ARCが赤い線を描いた。


 切断されたのは男の身体ではない。


 腰から伸びる補助動力ケーブルだけだ。


 火花が散り、男の脚部装置が動きを止める。


「殺すな!」


 ロックが命令する。


「囲め! 脚を止めればいい!」


 正面の三人が、レナを取り囲むように広がった。


 狙いどおりだ。


「もう少し左だ!」


 俺が叫ぶ。


「分かっています!」


 レナはVOLT ARCを振るい、正面の男を牽制する。


 避けようとした男たちは、自然と左側へ追い込まれていく。


 その頭上。


 巨大な貨物船の残骸が、斜めに積み上がっている。


 船体を支えているのは、右側に残った一本の金属柱。


 腐食し、中央に大きな亀裂がある。


 あれを切れば、船体は右へ傾きながら落ちる。


 敵を押し潰す必要はない。


 進路と退路を塞げばいい。


「今だ!」


 レナが左手を振り抜いた。


 **BLAZE FANGブレイズ・ファング**


 赤い熱線が一直線に走る。


 火炎を飛ばしたのではない。


 BLAZE ARCへ集めた熱を、一瞬だけ刃の軌道へ残したのだ。


 金属柱の亀裂が赤く光る。


 遅れて、低い破断音。


 巨大貨物船が軋んだ。


「上だ!」


 ロックの部下が叫ぶ。


 積み上がっていた船体が、ゆっくりと傾き始める。


 男たちは慌てて左右へ逃げた。


 レナも後方へ跳ぶ。


 巨大な船体が落下。


 地面が揺れた。


 灰色の粉塵と錆びた金属片が、周囲へ噴き上がる。


 貨物船はロックたちを押し潰すことなく、俺たちとの間へ横たわった。


 巨大な壁。


 これで正面からは追ってこられない。


「行くぞ!」


 俺は立ち上がろうとした。


 だが、膝が思うように伸びない。


 地面へ手をつき、何とか片脚を立てる。


 次の瞬間、レナの腕が背中へ回った。


「失礼します」


「待て、自分も怪我してるだろ」


「あなたを放置するより合理的です」


 レナは俺の右腕を自分の肩へ回した。


 先ほどとは逆だ。


 今度は彼女が俺を支えている。


「走れるのか?」


「走れません」


「正直だな」


「ただし、あなたよりは速く移動できます」


「そこは否定できない」


 俺たちは、貨物船とは反対側へ進み始めた。


 レナの右脚は満足に動かない。


 俺の両脚にも力がない。


 二人で一人分にも満たない歩き方だった。


 それでも、止まってはいられない。


 貨物船の向こうから、ロックの怒声が響いた。


「回り込め!」


「この程度で逃げ切れると思うな!」


 銃声。


 貨物船の一部が爆ぜる。


 通常の弾丸ではない。


 金属を削るための高出力工具を、武器に改造しているらしい。


「左の通路へ」


 レナが言う。


「その先は?」


「墜落前の走査記録では、廃棄船の連結区域です」


「道を覚えてるのか?」


「私の記憶能力を、あなたと同じにしないでください」


「その言い方、少し元気が戻ったな」


「あなたが緊張感を失っているだけです」


 後方で、金属を切断する音が続く。


 ロックたちは落下した貨物船を迂回するのではなく、切り開いている。


 時間は稼げても、長くは持たない。


 俺たちは狭い通路へ入った。


 両側に積まれた宇宙船の外壁が、巨大な谷を作っている。


 頭上には太い配管。


 足元には細かい部品が散らばり、歩きにくい。


 レナの足が一度止まった。


「どうした?」


「後方から一名、上方から二名」


 俺には何も見えない。


 だが、レナの金色の瞳には、障害物の向こうにいる敵の反応が見えているらしい。


「上方?」


「船体を登って、先回りしています」


「その身体で戦えるのか?」


「先ほども答えました」


「長時間は無理なんだろ」


「短時間なら可能です」


 レナは俺を壁へ寄りかからせた。


「ここにいてください」


「一人で行くな」


「足手まといを抱えたままでは戦えません」


「はっきり言うな」


「事実です」


 レナが二本の短剣を構える。


 しかし、胸部の光は先ほどより弱い。


 右脚の装甲からは、黒い液体のようなものが漏れている。


 人間で言えば出血に近いのかもしれない。


「何秒持つ?」


「正確な予測は困難です」


「大体でいい」


「最大出力なら十七秒」


「少なすぎるだろ」


「通常なら十分です」


「今は通常じゃない」


 レナは答えず、上方を見た。


 俺も周囲を確認する。


 船体の間を通る細い配管。


 地面近くに置かれた丸い容器。


 上方から来る敵。


 もしかすると。


「レナ、電気を流せる範囲は?」


「対象によります」


「あの配管は?」


 レナが金色の瞳で走査する。


「廃棄船の冷却液搬送管です。内部には水分と金属粉が残っています」


「なら、敵が降りる瞬間に流せるか?」


「可能ですが、あなたも感電します」


「俺は配管から離れる」


「本当に?」


「今度はちゃんと離れる」


 レナが疑うように俺を見る。


「信用がありませんね」


「さっき人格領域に勝手に入ったから?」


「それもあります」


「同意を取っただろ」


「接続方法と危険性の説明が不足していました」


「今、それ話す?」


「後で必ず話します」


 怒られることが決まったらしい。


 頭上で金属が鳴った。


 一人。


 二人。


 ロックの部下が、船体の縁から飛び降りる。


 強化脚部で着地の衝撃を吸収。


 同時に武器を構える。


「今だ!」


 レナがVOLT ARCを配管へ突き立てた。


 **VOLT FANGヴォルト・ファング**


 青白い電撃が配管の中を走る。


 地面へ降りた二人の補助脚へ一斉に流れ込んだ。


「なっ――!」


「ぐああっ!」


 強化脚部が停止。


 二人の身体がその場へ崩れる。


 致命傷ではない。


 だが、しばらくは動けない。


「残り一人」


 レナが振り返る。


 背後の通路から、三つに分かれた長い武器が突き出された。


 ロックだ。


「よくもやってくれたな!」


 武器の先端が展開。


 三本の刃の間に、灰色の光が集まる。


「伏せろ!」


 レナが俺へ飛びついた。


 次の瞬間、灰色の衝撃が通路を貫いた。


 俺たちがいた場所の金属片が、まとめて圧縮される。


 形が潰れ、ひとかたまりの金属になった。


「重力系の装置か?」


「簡易圧縮ランスです」


「当たったら?」


「人間の身体では原形を維持できません」


「聞かなきゃよかった」


 レナは俺の上から身体を起こす。


 彼女の左肩から煙が上がっていた。


 俺をかばったときに攻撃の端を受けたらしい。


「レナ!」


「問題ありません」


「それ、信用しないことにした」


「今は信じてください」


「都合がよすぎるだろ」


 ロックが通路の向こうから迫る。


 その後ろには、動ける部下が二人。


 逃げ道は前方。


 だが、この速度では追いつかれる。


 レナは立ち上がり、ロックへ向き直った。


「先へ行ってください」


「無理だ」


「歩けるでしょう」


「レナを置いていくのが無理だ」


「また非合理的な判断を」


「さっき聞いたばかりだろ」


 俺はレナの腕を自分の肩へ戻した。


「一人で全部やろうとするな」


「あなたに言われたくありません」


「それは本当にそうだな」


 反論できなかった。


 ロックが武器を構える。


「仲良く話してる余裕があるのか?」


「捕まったら、二人まとめて高く売ってやる」


 俺はロックの武器を見る。


 三本の刃。


 中央へ集まる灰色の光。


 発射するたび、側面の小さな容器が赤く点滅している。


 エネルギーを一度ためる必要がある。


 連射はできない。


 だが、次を撃たれる前に逃げ切れるほどの距離もない。


 通路の右側。


 巨大な円筒形の部品が、斜めに積まれている。


 固定具は一本。


「レナ、右の円筒」


「推進器用の旧型燃焼筒です」


「爆発する?」


「燃料は残っていません」


「転がせる?」


 レナが固定具を見る。


「BLAZE ARCで切断可能です」


「俺たちまで巻き込まれないか?」


「この傾斜なら、ロックたちの方向へ落ちます」


「やろう」


「命令しないでください」


「お願いする」


「……それなら構いません」


 レナがBLAZE ARCを振るった。


 固定具が切断。


 巨大な燃焼筒がゆっくりと傾く。


 ロックが状況に気づく。


「止めろ!」


 部下が駆け寄る。


 だが、数トンはありそうな円筒を人間二人で止められるはずがない。


 燃焼筒は地面へ落ち、通路を埋めるように転がり始めた。


「退け!」


 ロックたちが後方へ逃げる。


 巨大な円筒が残骸を巻き込み、通路を塞いだ。


 ロックの姿が見えなくなる。


「これで少しは時間を稼げる」


「三分程度です」


「十分だ」


「どこが十分なのですか?」


「今は一秒でもありがたい」


 俺たちは再び歩き始めた。


 速くはない。


 だが、追跡者との距離は少しずつ広がっている。


 しばらく進むと、通路の先に開けた場所が見えた。


 巨大な宇宙船の船体を横倒しにし、その一部を建物のように改造している。


 船体外壁には、複数の照明。


 簡易的なアンテナ。


 周囲には修理中らしい小型機械が並んでいる。


「誰か住んでる」


 俺が言うと、レナの表情が険しくなった。


「安全とは限りません」


「外よりはましじゃないか?」


「ロック・バルドの協力者である可能性があります」


「ここにいたら、三分後に捕まる」


「正確には、残り二分二十二秒です」


「入ろう」


 俺たちは船体へ近づいた。


 入口らしき場所には、厚い金属扉。


 横に小さな操作盤がある。


 レナが触れる前に、扉の上にある円形の装置が動いた。


 こちらへ向く。


「武器を捨てろ」


 低い男の声が響いた。


 船体の上部。


 大柄な男が立っていた。


 油で汚れた作業着。


 太い腕。


 短く切った黒髪に、無精ひげ。


 右腕には、大型の作業補助装置が装着されている。


 その手には、工具なのか武器なのか判断できない巨大な機械。


「ここは俺の工房だ」


 男は俺たちを見下ろした。


「面倒事を持ち込むなら、今すぐ帰れ」


「怪我人がいる」


 俺は言った。


「見れば分かる」


 男の視線がレナへ向く。


 黒と白と金の服。


 胸元の家紋。


 男の表情が変わった。


 驚きではない。


 嫌悪だった。


「アークライト」


 レナが顔を上げる。


「私の家を知っているのですか?」


「星間航路を握ってる連中を知らねえ奴はいねえよ」


 男は鼻で笑った。


「高級機のお嬢様が、こんなごみの星へ何の用だ?」


「事故によって墜落しました」


「事故ね」


 男の視線は冷たい。


「それで、家の連中が助けに来るまで、ここの住民を使うつもりか?」


「そのような意図はありません」


「高い場所にいる連中は、いつも同じことを言う」


 レナの口元が引き締まる。


「あなたの個人的な感情で、必要な処置を拒否するのですか?」


「必要な処置?」


 男は乾いた笑いを漏らした。


「ずいぶん立派な言い方だな」


「俺の工房に来て、俺の部品と電力を使わせろ。だが、お前は名門だから当然だ」


「そのように言った覚えはありません」


「同じ顔をしてる」


 二人の間に、鋭い空気が流れる。


 このままでは話が進まない。


「俺は神代レン」


 俺は口を挟んだ。


「この人はレナ・アークライト」


「見れば分かる」


「俺たちはロック・バルドに追われてる」


「それも見れば分かる」


「なら、少しだけ中に入れてほしい」


「対価は?」


 即答だった。


 当然なのかもしれない。


 ここでは水も電力も部品も貴重だ。


 善意だけで見知らぬ人間を助け続ければ、自分が生きられなくなる。


「今は何も持ってない」


「なら帰れ」


「待ってください」


 レナが一歩前へ出た。


 右脚が崩れそうになるが、剣を杖代わりにはしない。


「アークライト家の名において、使用した資源に相当する正規通貨と――」


「家名で酸素は作れねえ」


 男の声が低くなる。


「ここじゃ、明日の水と今日の部品がすべてだ」


「家に連絡できれば、補償は確実に――」


「連絡できてねえから、ここにいるんだろ」


 レナが言葉を失う。


 男の言うとおりだった。


 アークライト家の名は、この星では何の保証にもならない。


 俺は工房の周囲を見た。


 入口の横。


 小型運搬機が一台、壁へぶつかった状態で停止している。


 片側の車輪が不自然な方向を向いている。


 その近くで、小さな修理ロボットが何度も同じ動作を繰り返していた。


 作業腕を持ち上げる。


 途中で止まる。


 最初へ戻る。


「対価になるか分からないけど」


 俺は男へ言った。


「あの運搬機、右側の駆動命令が詰まってる」


 男の目が細くなる。


「何だと?」


「車輪自体は完全に壊れてない。動こうとしてるけど、途中で止められてる」


「外から見ただけで分かるわけがねえ」


「俺には見える」


「補助視覚もねえ生身の人間に?」


「説明は難しい」


「説明できねえ奴は信用しねえ」


「なら、確認させてくれ」


 男はしばらく俺をにらんだ。


「触って壊したら?」


「俺たちを外へ出せばいい」


「最初から外へ出した方が早い」


「直せたら、少しだけ休ませてほしい」


 沈黙。


 遠くから、金属を切断する音が響いた。


 ロックたちが障害物を突破し始めた。


 男も音を聞いたらしい。


 舌打ちする。


「三十秒だ」


 入口の扉が開いた。


「中へ入れ」


     ◇


 船体を改造した工房の中は、想像以上に広かった。


 天井から大小さまざまな工具が吊り下げられている。


 壁際には、分解途中の機械。


 宇宙船の推進器。


 人間用の補助腕。


 アンドロイドの関節部品。


 中央には大きな作業台があり、その上に複数の端末が並んでいた。


 油と金属と、わずかに焦げたような匂い。


 病院とは正反対の場所。


 それなのに、なぜか少し落ち着いた。


 何かを直すための場所だからかもしれない。


 男は入口を閉め、複数の固定具を作動させた。


「ロックの連中なら、十分は持つ」


「さっき三分って」


「外の障害物だけならな」


 男はレナへ視線を向ける。


「そこへ座れ」


「命令される理由は――」


「立ったまま胸部炉を漏らして、床を焼きたいなら好きにしろ」


 レナが自分の胸元を見る。


 亀裂から漏れた金色の光が、近くの金属板を熱していた。


「……使用させていただきます」


 彼女は作業台横の椅子へ腰を下ろした。


 座ったというより、倒れ込むのを最後まで我慢したように見えた。


「お前もだ、細腕」


 男が俺へ言う。


「細腕?」


「名前より見たままの方が覚えやすい」


「神代レンだ」


「ガイ・ベルク」


 男は自分の名だけを告げると、停止した運搬機を指した。


「三十秒で分かったことを見せろ」


「三十秒で直せとは言ってなかっただろ」


「時間を延ばしたけりゃ、価値を見せろ」


 俺は運搬機へ近づいた。


 身体はまだ重い。


 ここで深いSOUL REPAIRを使えば、本当に動けなくなるかもしれない。


 だが、これはサーティーンやレナとは違う。


 複雑な人格領域を持つ機械ではない。


 軽く触れ、流れを確認するだけなら。


 俺は運搬機の外装へ手を置いた。


 淡い光。


 右側の車輪へ続く命令が、一か所で何度も跳ね返されている。


 物理的な破損ではない。


 車輪を制御する安全装置が、誤った角度情報を受け取っている。


「右車輪の角度センサー」


「どこだ」


「外側じゃない。内側の二番目」


 ガイはすぐに工具を取り、外装を開けた。


 迷いのない動き。


 何本もの配線の中から、小さな部品を取り出す。


 表面には薄い亀裂があった。


「よく見えたな」


「見たというより、止まってる場所が分かった」


「意味が分からねえ」


「俺も分からない」


「そればっかりだな」


 ガイは別のセンサーを取りつけ、運搬機を起動した。


 右車輪が正しい角度へ戻る。


 機体は壁から離れ、ゆっくりと前進した。


 ガイが俺を見る。


 先ほどまでの露骨な敵意が、わずかに薄れていた。


「完全な素人じゃねえらしい」


「修理はガイがした」


「場所を見つけたのはお前だ」


 認めたくはないが、事実は認める。


 そんな言い方だった。


「約束どおり、少し休ませてくれ」


「少しだ」


 ガイはレナの前へ移動し、胸部の損傷を確認した。


 金属製の器具を近づける。


 レナが反射的に腕を上げた。


「動くな」


「何をするつもりですか?」


「壊れた場所を見る」


「負傷です」


「どっちでもいい」


「よくありません」


「なら勝手に止まれ」


 相性が悪い。


 会ったばかりなのに分かる。


 ガイはレナの言葉を気にせず、外部走査を始めた。


 数秒後、眉間にしわを寄せる。


「右脚の駆動束が三割しか残ってねえ。胸部属性炉も出力が安定してない。左肩は、さっき新しくやったな」


「戦闘に必要な最低限の機能は維持しています」


「次に全力を出したら停止する」


「必要であれば使用します」


「停止した後、誰が運ぶ」


「私の判断です」


「だから高級機は嫌いなんだ」


 ガイが吐き捨てる。


「自分が高性能だからって、壊れるまで使うのが正しいと思ってやがる」


「あなたに私の判断を評価する権限はありません」


「俺の工房で停止されりゃ、俺が片づけることになる」


 二人がにらみ合う。


 俺は壁へ背中を預け、呼吸を整えた。


 体力が少しずつ戻っている。


 それでも、身体の奥に空洞があるような疲労は消えない。


「レナを直せる?」


 俺が聞くと、ガイは険しい顔のまま答えた。


「応急処置ならな」


「完全には?」


「この辺のごみを集めただけじゃ無理だ」


「必要なものは?」


「高密度の人工筋肉束。ナビゲーター系の属性制御弁。右脚の関節軸」


「この星にはない?」


「探せばある」


 ガイは俺へ視線を移す。


「だが、お前の方が先だ」


「俺?」


「見たところ生身だろ。外傷だけじゃねえ。呼吸も脈もおかしい」


「能力を使った反動だと思う」


「また説明できねえ力か」


「ああ」


「医者に診せろ」


 その言葉を聞いた瞬間、身体が硬くなった。


 白い壁。


 電子音。


 消毒薬の匂い。


 動かない指。


 何もできず、誰かに運ばれる自分。


「病院は……」


 言葉が続かなかった。


 ガイが俺の表情を見る。


 何かを察したようだが、優しい言葉はかけなかった。


「嫌いでも行け」


「この星に病院があるのか?」


「正規病院はねえ」


 ガイは壁の古い端末へ触れた。


 空中に小さな地図が表示される。


 ラスト・ナイン。


 その周囲を回る、いくつかの軌道施設。


「フリー・ルートの診療所が軌道上にある」


「フリー・ルート?」


「登録のない奴や、企業に追われた奴を診る連中だ」


「そこならレナも診てもらえる?」


「人間もアンドロイドも扱う」


「行く方法は?」


「船だ」


 俺は工房の中を見回した。


「ここの船は?」


「どれも飛ばねえ」


「修理できないのか?」


 ガイの目が鋭くなる。


「簡単に言うな」


「悪い」


「宇宙船は運搬機とは違う。動力、推進、気密、生命維持、航路演算。どれか一つでも欠ければ、空へ上がった後に全員死ぬ」


 正論だった。


 俺が何か言う前に、レナが口を開いた。


「私の船の通信装置を修復できれば、救助要請を――」


「墜落した場所を見た」


 ガイが遮る。


「あれはもう飛ばねえ。通信中枢も船体ごと焼けてる」


 レナの顔が硬くなる。


「確認せずに断定しないでください」


「確認した。お前が意識を失ってる間にな」


「私の船へ無断で侵入したのですか?」


「売れそうな物があるか見に行った」


 レナの手がTWIN ARCへ伸びる。


「冗談だ」


「笑えません」


「家紋を見て触らずに戻った」


「最初からそう言ってください」


 ガイは深く息を吐いた。


「面倒なお嬢様だな」


「あなたほどではありません」


 また始まりそうだ。


「飛べる船は、本当にないのか?」


 俺は二人の間へ割り込んだ。


 ガイはしばらく黙っていた。


 その視線が、工房の奥へ向く。


「飛べる船はない」


「じゃあ、飛べるかもしれない船は?」


 ガイの眉が動いた。


 答えがある。


 俺はそう感じた。


「あるんだな」


「細腕のくせに勘は悪くねえ」


「どこに?」


「廃棄船の格納区域」


 ガイは壁から重い上着を取った。


「旧型の救難船が一隻、埋まってる」


「状態は?」


「最悪だ」


「具体的には?」


「左推進器がねえ。動力炉は停止。船体には亀裂。航路演算も死んでる」


「それでも、さっき『飛べるかもしれない』って顔をした」


「してねえ」


「しました」


 レナが静かに言った。


 ガイが彼女をにらむ。


「お前まで乗るな」


「表情解析の結果です」


「勝手に解析するな」


「外部へ表示している情報を認識しただけです」


「言い方が腹立つな」


 ガイは大きなため息をついた。


 そして工房の奥に置かれた大型工具を持ち上げた。


「見せるだけだ」


「修理は?」


「現物を見てから言え」


 そのとき、工房の入口に衝撃が走った。


 厚い扉が大きくへこむ。


 ロックたちが追いついた。


「ガイ!」


 外からロックの声が響く。


「そいつらを渡せ!」


「断る」


 ガイは即答した。


「今なら取り分をやる!」


「お前と分けるぐらいなら、ごみ箱へ捨てる」


「そうかよ!」


 二度目の衝撃。


 固定具の一つが外れる。


 扉は長く持たない。


「裏口は?」


 レナが尋ねる。


「ある」


「最初から案内してください」


「お前らを入れたせいで、俺の工房が壊されてんだぞ」


「修理費用は補償します」


「家名で酸素は――」


「その話は聞きました!」


 二人とも元気だ。


「とにかく行こう!」


 ガイは作業台の下にあるレバーを引いた。


 床の一部が開き、地下へ続く斜路が現れる。


「廃棄船区画へつながってる」


「ロックたちは?」


「工房の自動防衛装置が、あと五分は遊んでくれる」


「武器があるなら最初から使ってくれ」


「弾薬は高い」


「命より?」


「お前らは昨日まで知らなかった他人だ」


 冷たいようだが、間違ってはいない。


 それでもガイは、俺たちをロックへ渡さなかった。


 何か理由があるのか。


 単にロックが嫌いなのか。


 今はまだ分からない。


 俺たちは斜路を下った。


 ガイが先頭。


 その後ろにレナ。


 最後に俺。


 レナの歩みが遅くなった。


 右脚の限界が近い。


「肩を貸す」


「不要です」


「さっき俺には貸しただろ」


「あなたとは状況が違います」


「何が?」


「私は戦闘可能です」


「歩けなくなったら戦えない」


 レナは答えない。


 俺は彼女の左側へ回り、腕を肩へ乗せた。


「触れないでください」


「本気で嫌なら離す」


 レナが一瞬黙る。


「……今は、移動を優先します」


「分かった」


「許可したわけではありません」


「はいはい」


「返事は一度で十分です」


 暗い地下通路を進む。


 ガイが背後を振り返った。


「お前ら、本当に会ったばかりか?」


「そうだけど」


「会話がうるせえ」


「ガイに言われたくない」


 少し前まで、死ぬかもしれない戦いをしていた。


 今も追われている。


 それでも、こんなくだらない会話ができることが不思議だった。


 病院では、話す力さえ失っていた。


 今は自分の足で歩き、誰かと言い争っている。


 それだけで、未来へ来たことが悪いことばかりではないと思えた。


「ところで」


 レナが口を開く。


「先ほどの戦闘で、あなたは自分の身体をほとんど制御できていませんでした」


「いきなりだな」


「知識はあるようですが、筋力、持久力、反応速度が不足しています」


「分かってる」


「能力へ依存する以前に、身体を鍛える努力が必要ではありませんか?」


 足が止まりそうになった。


 責める意図はなかったのかもしれない。


 レナは、見た事実を口にしただけだ。


 それでも、その言葉は胸へ刺さった。


「そうだな」


 俺は前を見たまま答えた。


「動かせなかった時期が長かったから」


 レナの身体が、わずかに硬くなる。


「動かせなかった?」


「病気で」


 俺は短く言った。


「最後の方は、指一本動かすのも難しかった」


 地下通路に、足音だけが響く。


 レナは何も言わない。


「だから、今の身体も使い方が分かってない」


「知識だけ昔のままで、筋肉がついてきてないんだと思う」


 冗談めかして笑おうとしたが、うまくできなかった。


「でも、レナの言うとおりだ」


「鍛えないとな」


「私は……」


 レナが何か言いかける。


 しかし、言葉は続かなかった。


 謝罪の仕方が分からないのかもしれない。


 俺も、今すぐ謝ってほしいわけではなかった。


 事実として、身体を鍛える必要はある。


 病気だったことは、これからも無理を続ける理由にはならない。


 ただ。


 少しだけ、痛かった。


     ◇


 地下通路を抜けると、巨大な空間へ出た。


 天井は暗闇の中に消えている。


 左右には、何隻もの宇宙船が折り重なるように積まれていた。


 小型船。


 貨物船。


 軍用らしき装甲船。


 どれも船体の一部が失われ、宇宙へ出られる状態には見えない。


「これ全部、廃棄船か」


「ここはラスト・ナインだ」


 ガイが答える。


「役目を終えた船も、事故を隠すために捨てられた船も、全部同じ場所へ来る」


「事故を隠すため?」


 ガイは答えなかった。


 その横顔には、深い影がある。


 彼自身の過去に関係しているのだろう。


 俺たちは船の残骸の間を進んだ。


 さらに奥。


 巨大な船体の下に、白く汚れた外壁が見える。


 ほとんどがスクラップに埋もれている。


 船首の一部だけが外へ出ていた。


 表面の文字は錆び、途中から消えている。


 それでも、船名の一部は読めた。


 **WAYFARER**


「ウェイフェアラー……」


 俺が名前を口にする。


 旅人。


 遠くへ向かう者。


 今の俺たちには、妙に似合う名前だった。


 だが、船の状態はひどい。


 左側の推進器は、船体ごとえぐり取られている。


 外壁にはいくつもの亀裂。


 操船区画らしき部分も、半分が潰れていた。


 ガイが腕を組む。


「言っただろ」


「こいつを飛ばすぐらいなら、死人を起こす方が簡単だ」


 レナが船体を走査する。


「主動力反応なし。航路演算装置も停止。生命維持区画は確認不能」


「無理か?」


 俺が尋ねると、レナはすぐには答えなかった。


 ガイは鼻で笑う。


「無理に決まってる」


 俺は船体へ近づいた。


 冷たい外壁へ手を伸ばす。


 触れる直前。


 見えた。


 船の奥深く。


 幾つもの区画が完全に暗くなっている。


 途切れた配線。


 壊れた制御系統。


 それでも、すべてが消えているわけではない。


 船体の各所から、細く弱い光が中央へ向かっている。


 サーティーンよりも大きい。


 レナよりも広い。


 数え切れないほどの記録と命令が、かすかにつながっている。


 完全には死んでいない。


「いや」


 俺は小さく言った。


「まだ、残ってる」


 ガイが眉をひそめる。


「何がだ」


 俺は船体の奥を見つめた。


 聞こえるはずのない女性の声が、かすかに頭の中へ届く。


『救難信号……未完了……』


『乗員を……帰還させてください……』


「この船は、まだ完全には死んでない」


 暗い格納区域の中で、《ウェイフェアラー》の消えかけた光が、ほんの一度だけ明滅した。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


第5話では、レンの観察力とレナの《TWIN ARC》を組み合わせ、違法回収業者ロック・バルドたちから逃れることに成功しました。


二人が逃げ込んだのは、違法修理技師ガイ・ベルクの工房。


名門アークライト家を信用しないガイと、家名に誇りを持つレナは、出会った直後から衝突します。


また、レナの何気ない言葉によって、レンがかつて身体を動かせなかったことが明らかになりました。


知識はあっても、今のレンには戦うための筋力も持久力もありません。


その弱さと向き合い、身体を鍛え直すことも、これからのレンに必要な戦いとなります。


そして三人が見つけた、半壊した旧型救難船ウェイフェアラー


次回、レンたちは船内へ入り、停止した救難AIと小型整備ロボットに出会います。


第6話「救難船ウェイフェアラー」へ続きます。

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