第4話 命令ではなく、君の言葉で
二本の短剣《TWIN ARC》を取り戻したレナ。
しかし、その瞬間、彼女の内部に封じられていた強制命令《MIND LOCK》が起動した。
レナの意識は残っている。
それでも身体は命令に支配され、守ろうとしていたレンへ刃を向ける。
戦闘能力を持たないレンは、レナを傷つけずに止めるため、かつて身につけた体術と、未知の力《SOUL REPAIR》に賭ける。
青白い刃が、俺の喉を狙って走った。
「――っ!」
考えるより先に、身体を後ろへ反らす。
VOLT ARCの切っ先が、首の皮膚を浅く焼いた。
青白い電光が視界を横切り、遅れて焦げた匂いが鼻へ届く。
あと数センチ遅れていたら、喉を切り裂かれていた。
俺は背中から金属板へ倒れ込んだ。
しかし、レナの攻撃は終わらない。
右手のVOLT ARCを引き戻す動きと同時に、左手のBLAZE ARCが振り下ろされる。
赤い刃が熱をまとい、灰色の空気を揺らした。
「くそっ!」
俺は地面を転がった。
直後、さっきまで頭があった場所へ赤い刃が突き刺さる。
分厚い金属板が音もなく溶け、赤熱した液体となって流れ落ちた。
武器を受け止めることはできない。
一度でもまともに当たれば終わる。
「レナ!」
俺は地面へ手をつき、どうにか身体を起こした。
サーティーンへ《SOUL REPAIR》を使った反動が、まだ残っている。
肺が重い。
両脚へ力が入りにくい。
それでも、今は止まっていられない。
レナは二本の剣を構えたまま、俺を見つめていた。
金色だった瞳の中心に、黒い輪が浮かんでいる。
けれど、その顔にあるのは敵意ではなかった。
恐怖。
苦痛。
そして、自分の身体を止められないことへの焦り。
「逃げて……ください」
レナの唇が震える。
「私から……離れて」
「何が起きてる?」
「強制命令が……起動しています」
「止められないのか?」
「停止要求を送信しています。しかし、拒否されています」
答えながらも、レナの右脚が前へ出る。
本人の意思とは関係なく、身体が次の攻撃へ移ろうとしている。
「解除する方法は?」
「外部から人格領域へ接続し、命令経路を遮断するか……」
レナの声が途中で途切れた。
黒い輪が強く発光する。
「または、命令中枢を物理的に破壊してください」
「破壊したら、レナはどうなる?」
「人格領域が損傷する可能性があります」
「それは却下だ」
「あなたが選択することではありません!」
レナの声が鋭くなる。
だが、その怒りが俺へ向けられたものではないことは分かった。
自分を制御できないことが、悔しいのだ。
次の瞬間、レナの姿がぶれた。
右側からVOLT ARC。
俺は肩の動きを見て、攻撃が始まる直前に左へ身体を沈めた。
青白い刃が頭上を通過する。
完全には避けられない。
放たれた電撃が近くの残骸を伝い、俺の腕へ流れ込んだ。
「がっ!」
筋肉が勝手に縮む。
右手の指が硬直し、肘が跳ね上がった。
身体の自由を奪われる感覚。
病室で動けなかった頃の記憶が、一瞬でよみがえる。
だめだ。
今、それを思い出すな。
「すみ……ません」
レナが苦しそうに言った。
謝りながら、BLAZE ARCを構える。
「謝りながら斬りかかるの、やめてもらえないか」
「私も……そうしたいです!」
赤い刃が横薙ぎに振るわれる。
俺は近くにあった細い鉄骨の向こうへ身を投げた。
鉄骨はBLAZE ARCに触れた瞬間、中央から焼き切られる。
壁にすらならない。
少し離れた場所では、ロック・バルドとその部下たちが俺たちの戦いを眺めていた。
ロックは武器を肩へ担ぎ、楽しそうに笑っている。
「こいつは運がいい」
男が言った。
「お嬢様が無登録者を始末してくれるなら、俺たちは待ってるだけでいい」
「お前が命令を起動させたのか!」
俺が叫ぶと、ロックは鼻で笑った。
「俺たちに、そんな高級機の制御コードが使えると思うか?」
嘘をついている様子には見えない。
レナが二本の剣を手にし、戦闘出力を上げたことが引き金になったのかもしれない。
あるいは、俺の存在を検知した命令が、自動的に起動した。
「誰が仕込んだかは知らねえが、俺たちには都合がいい」
ロックは周囲の部下へ合図する。
「男が死んだら、高級品を回収する。お嬢様が止まったら、先に人格コアを抜け」
レナの瞳が一瞬だけロックへ動いた。
怒りが浮かぶ。
しかし、身体は俺だけを攻撃対象として追い続けている。
命令の目的は、俺の排除。
理由は分からない。
俺はこの世界で目覚めたばかりだ。
レナを狙った何者かと関わった覚えもない。
それなのに、命令は俺を危険人物として認識している。
「レン」
レナが初めて、俺の名前だけを呼んだ。
「逃げてください」
「俺だけ逃げたら、レナはあいつらに捕まる」
「私の問題です」
「目の前で解体されそうな人を置いていけるか」
「私は人ではありません」
反射的に言ったようだった。
その直後、レナ自身が傷ついたような表情を見せる。
俺は首を振った。
「人間かどうかの話じゃない」
「では、何だと言うのです」
「嫌だって思ってるなら、それで十分だろ」
レナの瞳が揺れた。
「レナは、あいつらに捕まりたくない」
「俺を殺したくもない」
「それは全部、レナ自身の気持ちだ」
「しかし、私の身体は命令を実行します」
「なら、命令よりレナの気持ちが通る道を作る」
「何を言っているのですか?」
「俺にもまだ分からない」
「分からないのに、私の人格領域へ触れるつもりですか?」
「そうなる」
「無謀です!」
「この状況で、他に方法があるか?」
レナは答えなかった。
代わりに、身体が攻撃の構えへ移る。
俺は息を細く吐いた。
相手の武器を見るな。
肩を見る。
腰を見る。
足を見る。
攻撃が始まる前には、必ず身体のどこかが動く。
昔、護身術を教えてくれた先生の言葉を思い出す。
力と正面からぶつかるな。
力がどこから入り、どこへ抜けるのかを見ろ。
レナの身体は人間とは違う。
人工筋肉。
属性炉。
金属骨格。
だが、二本の脚で地面へ立ち、二本の腕で武器を振るう以上、重心は存在する。
右脚は損傷している。
踏み込むときは、左脚へ強く重心を移すはずだ。
レナの左足が、わずかに前へ出た。
「来る」
次の瞬間、レナが踏み込んだ。
青白い刃が斜め上から振り下ろされる。
俺は後ろへ逃げず、反対に前へ出た。
「なぜ近づくのですか!」
VOLT ARCが左肩をかすめた。
保護服が裂ける。
皮膚へ電撃が走り、焼けるような痛みが広がった。
それでも、刃の根元に近づけば致命傷は避けられる。
俺は右手をレナの手首へ添えた。
力で止めるのではない。
斬撃が向かう先へ、そのまま押し流す。
腰を回す。
VOLT ARCが俺の身体を外れ、背後の残骸へ突き刺さった。
そのままレナの右脚へ足をかける。
重心を崩す。
そう考えた。
だが、足が触れた瞬間、間違いに気づいた。
「重っ……!」
人間とは身体の密度が違う。
俺が足を払うより早く、レナの左肘が胸へ入った。
「ぐっ!」
息が止まる。
身体が後方へ飛ばされた。
背中から地面へ落ちる。
肺から空気が抜け、しばらく呼吸ができない。
レナは倒れた俺へBLAZE ARCを向ける。
赤い光が近づく。
俺は足元に落ちていた小さな金属片を蹴った。
狙ったのは顔ではない。
損傷している右脚の関節。
金属片が装甲へ当たり、レナの身体がわずかに傾く。
BLAZE ARCの刃が俺のすぐ横へ突き刺さった。
熱が頬を焼く。
俺は両手を使って地面を離れ、レナの懐へ潜り込んだ。
二本の短剣は近距離では振りにくい。
だが、レナには剣以外の武器もあった。
膝が腹部へ突き刺さる。
「かはっ!」
身体が折れた。
続いて肩をつかまれる。
投げられる。
そう判断した瞬間、俺は抵抗をやめた。
相手が投げようとする方向へ、自分から身体を跳ばす。
金属板へ叩きつけられる衝撃を、肩から転がって逃がした。
それでも背中が痛む。
視界が明滅する。
「今のも学習したのか?」
「あなたの行動傾向を……更新しています」
「やめてくれないか」
「私も、やめたいです!」
同じ方法は二度通じない。
戦闘が長引くほど不利になる。
すでに呼吸は乱れ、肩から血が流れている。
レナの攻撃は、本人が抵抗しているからこそ、まだ生きていられる。
完全に命令へ支配されたなら、最初の一撃で終わっていただろう。
「レン」
レナの声が弱くなる。
「次の攻撃を受ければ、死亡する可能性が高いです」
「可能性が高い、か」
「ほぼ確実です」
「言い直してくれてありがとう」
「感謝しないでください!」
レナの身体が低く沈む。
VOLT ARCを右側へ。
BLAZE ARCを左側へ。
二本の刃で、逃げ道を同時に塞ぐ構え。
右にも左にも避けられない。
後ろへ下がれば、距離を取られて次の攻撃を受ける。
なら、正面へ行くしかない。
「レナ」
「何ですか」
「命令が起動したとき、何か見えた」
「見えた?」
「レナの中に、黒い鎖みたいなものがある」
金色の瞳がわずかに見開かれる。
「人格命令経路を、視覚的に認識しているのですか?」
「たぶん」
「また、たぶんですか」
「今はそれで我慢してくれ」
レナの左脚へ力が入る。
攻撃が始まる。
「触れられれば、何とかできるかもしれない」
「失敗すれば、あなたも私も人格損傷を受ける可能性があります」
「それでも、命令中枢を壊すよりはいい」
「私は、その選択に同意していません」
「だから聞く」
俺はレナを正面から見た。
「助けてほしいか?」
レナの表情が止まる。
「何を……」
「俺が勝手に触るんじゃない」
「レナが嫌なら、やらない」
「この状況で、選択を私に委ねるのですか?」
「レナの身体だろ」
「なら、レナが決めるべきだ」
黒い輪が強く発光する。
命令がレナの発言を遮ろうとしている。
「私は、アークライト家の後継者候補です」
「それは立場だ」
「星間航路監査官として――」
「それは仕事だ」
「私は高性能ナビゲーター型として、自力で――」
「それは機能だ」
俺は一歩踏み出した。
「俺が聞いてるのは、レナ自身がどうしたいかだ」
レナの唇が震える。
黒い輪の奥で、金色の光が揺れた。
「私は……」
二本の短剣が動き始める。
「助けを求めることは、指揮官としての判断放棄ではありません」
レナが突然そう言った。
自分の言葉ではない。
過去に誰かから言われた言葉を思い出しているようだった。
「父から、そう教えられました」
「なら、今使え」
「ですが、私は一人で調査し……失敗しました」
「失敗したから、今度も一人でやるのか?」
「そうでは――」
「一人でできないことを認めるのが怖いだけじゃないのか」
レナの顔に痛みが走る。
言いすぎたかもしれない。
けれど、今は迷っている時間がない。
「助けてほしいなら、そう言ってくれ」
「命令でも、家の名前でもなく」
「レナ自身の言葉で」
二本の剣が俺へ迫る。
俺は逃げなかった。
真正面から踏み込む。
VOLT ARCが左肩へ食い込んだ。
「ぐっ……!」
電撃と痛みで視界が白くなる。
BLAZE ARCが脇腹を狙う。
俺は腰をひねり、赤い刃を紙一重で避けた。
服の端が燃える。
身体の奥まで熱が届く。
それでも、レナの胸元は目の前だった。
俺は右手を伸ばす。
「触れないでください!」
レナの左手が動く。
剣を振れない距離。
代わりに柄が俺のこめかみへ叩き込まれた。
鈍い音。
視界が回る。
膝から力が抜ける。
それでも、指先だけは届いた。
レナの胸部装甲へ、右手が触れる。
瞬間。
世界が変わった。
◇
星々を映す巨大な窓。
黒と白と金の制服。
今より小さな身体のレナが、背の高い男性を見上げている。
男性は厳格な顔をしていた。
だが、レナへ向ける目には深い愛情がある。
『レナ』
『指揮官は、すべてを一人で処理する者ではない』
『仲間の力を借りることも、責任の一つだ』
エドガー・アークライト。
レナの父親。
記憶が切り替わる。
宇宙船の中。
赤い警報。
表示される航路情報。
秘密輸送船。
存在しない子どもの記録。
改ざんされた救助座標。
レナは一人で端末へ向かっている。
『確証を得てから、父へ報告する』
『私一人で処理できる』
失敗したくなかった。
後継者に選ばれたことが間違いではないと証明したかった。
アンドロイドだから選ばれたのではない。
能力と努力を認められたのだと、誰よりも自分自身へ証明したかった。
誰にも相談せず、秘密輸送船を追った。
そして、墜落した。
暗い船内。
動かない身体。
救助信号を送り続ける。
父なら来る。
母なら見つけてくれる。
だが、救助は来ない。
座標が改ざんされていることに気づいたときには、通信機能が失われかけていた。
『助けを求めたから、失敗した』
違う。
助けを求めたことが失敗ではない。
助けを求めるまで、一人で抱え込んだことが失敗だった。
記憶のさらに奥。
白い施設。
透明な人工子宮。
淡い金色の髪を持つ少女。
ガラスの内側から、小さな手を伸ばしている。
『ここから出たい』
その声を隠すように、黒い命令が流れ込む。
『GENESIS ARCHIVEを封鎖』
『接触した異常生体を排除』
『情報漏洩を防止せよ』
黒い鎖が、レナの人格領域へ食い込む。
その中心に表示された名称。
**MIND LOCK**
◇
「ぐっ……!」
大量の記憶と感情が流れ込み、俺は手を離しかけた。
サーティーンとは比べものにならない。
レナは、命令を繰り返す作業機械ではない。
家族との時間。
誇り。
嫉妬。
後悔。
恐怖。
認められたいという願い。
誰かを守りたいという意思。
無数の選択が重なり、レナという一人の人格を作っている。
その流れの中へ、黒い命令が入り込んでいる。
すべてを直すことはできない。
胸部も脚部も損傷している。
記憶の奥には、さらに複雑な封印がある。
必要なのは、命令を完全に消すことではない。
レナ本人の意思が、もう一度身体へ届くようにすること。
「入口と……出口を……」
命令は頭部から身体へ流れている。
レナ本人の意思は、その下でせき止められている。
なら、別の道を作ればいい。
俺は自分の中から青白い光を送り込んだ。
黒い鎖を力任せに引きちぎるのではない。
その横へ、金色の流れが通れる道をつなぐ。
黒い命令が抵抗する。
『異常接続を検出』
『外部人格を排除せよ』
冷たい声が頭の中へ響く。
頭痛が走る。
心臓が異常な速さで打つ。
指先の感覚が消え始めた。
足が動かない。
呼吸が浅くなる。
病室。
白い天井。
動かない身体。
最後まで曲がらなかった指。
「嫌だ……」
恐怖が広がる。
手を離せ。
このまま続ければ、また身体が動かなくなる。
レナと出会ったばかりだ。
命を懸ける理由などない。
頭の中で、自分を守ろうとする声が聞こえる。
「レン……」
レナの声が届いた。
「離れてください」
「嫌だ」
「あなたは死にます」
「まだ、答えを聞いてない」
「答え……?」
「レナは、どうしたい?」
黒い鎖が締まる。
VOLT ARCが肩へさらに食い込もうとする。
「命令の話じゃない」
「アークライト家の後継者としての答えでもない」
「レナ自身が、どうしたいかだ」
「私は……」
「俺に勝手に直されたくないなら、そう言ってくれ」
「助けてほしいなら、それも言ってくれ」
「君が決めろ」
レナの金色の光が、黒い鎖の下で揺れる。
『助けを求めることも、指揮官の責任だ』
父親の言葉が、記憶の中で繰り返される。
「私は……」
レナの唇が震えた。
「私は、一人で……」
「一人でやりたいのか?」
短い沈黙。
その答えは、否だった。
「助けて」
小さな声だった。
それでも、命令ではなかった。
家名でも、役職でもない。
レナ自身が選んだ言葉。
「助けて、レン!」
「分かった!」
俺は残っている力をすべて流し込んだ。
**SOUL REPAIR**
青白い光が、レナの金色の意思と重なる。
黒い鎖を消すのではない。
命令に塞がれていた道を開き、レナの意思を身体へつなぎ直す。
右腕。
左腕。
胸部。
脚部。
感覚領域。
一本ずつ。
慎重に。
レナ本人の流れだけを選び取る。
VOLT ARCが停止する。
BLAZE ARCの炎が消える。
黒い輪が金色の瞳から剥がれ落ちる。
『排除処理を継続――』
「この身体は、レナのものだ!」
俺は冷たい命令へ叫んだ。
青白い光が弾ける。
黒い鎖の表面に亀裂が走った。
完全には壊れていない。
奥には、まだ封印が残っている。
それでも、《MIND LOCK》による強制命令は止まった。
二本の短剣がレナの手から落ちた。
金属板の上で、乾いた音を立てる。
「レン……?」
レナの瞳が、元の金色へ戻っていた。
俺は答えようとした。
だが、声が出ない。
胸の奥が空になったようだった。
視界が狭くなる。
指先の感覚が消える。
両脚から力が抜けた。
「レン!」
地面へ倒れる直前、レナの腕が身体を受け止めた。
今度は彼女が、俺を支えていた。
「呼吸してください!」
「してる……つもりだ……」
息がうまく吸えない。
手を動かそうとする。
だが、右腕が持ち上がらない。
「動け……」
恐怖が胸を埋め尽くす。
「動いてくれ……!」
指先へ意識を集める。
反応がない。
病室の最後と同じ。
意識があるのに、身体が動かない。
「嫌だ……」
自分でも分かるほど、声が震えた。
「また、動けなくなるのは……」
レナは何も知らない。
俺が病室でどれほど長い時間を過ごしたのか。
最後まで指一本動かせなかったことも知らない。
それでも、俺の恐怖だけは理解したらしい。
レナは俺の右手を取った。
「レン」
はっきりとした声だった。
「私の声を聞いてください」
「あなたの指は、わずかに動いています」
「本当か……?」
「はい」
レナが俺の手を持ち上げる。
人差し指が小さく震えている。
自分の意思なのか、筋肉の反射なのかは分からない。
それでも、完全には止まっていない。
「呼吸機能も維持されています」
「意識もあります」
「ゆっくり息を吸ってください」
俺はレナの声に合わせ、細く息を吸った。
「吐いて」
肺に残った空気を吐き出す。
「もう一度です」
吸う。
吐く。
何度か繰り返すうちに、胸が少しずつ動くようになった。
視界も戻ってくる。
指先へ、弱い感覚が戻った。
「死んでない?」
「現時点では生存しています」
「もう少し安心できる言い方はないのか」
「事実を正確に伝えています」
いつもの硬い返答。
それを聞いて、少しだけ笑えた。
レナは俺を支えたまま、身体を走査している。
「生体エネルギーが著しく低下しています」
「使いすぎたみたいだ」
「今の力が、機械を修復したという能力ですか?」
「ああ」
「私の人格領域へ直接接続したのですか?」
「そうみたいだ」
「そうみたい、ではありません!」
レナが声を上げた瞬間、胸部の亀裂から火花が散った。
「……っ」
「レナも無理するな」
「それは、あなたが言う言葉ではありません」
「それもそうだな」
俺もレナも、まともに動ける状態ではない。
だが、まだ終わっていなかった。
ゆっくりとした拍手の音が響く。
「いや、面白いものを見せてもらった」
ロック・バルドが近づいてくる。
周囲の男たちも武器を構え直していた。
「高級アンドロイドの強制命令を止める無登録者か」
ロックの左目に埋め込まれた補助装置が、俺を調べるように動く。
「お前も、思ったより高く売れそうだ」
レナは俺をゆっくりと地面へ座らせた。
「動けますか?」
「少しなら」
「走れますか?」
「それは無理だ」
「正直なのは結構です」
レナは地面へ落ちた二本の短剣を拾った。
右手にVOLT ARC。
左手にBLAZE ARC。
両腕は震えている。
胸部も右脚も壊れたままだ。
「戦えるのか?」
「戦えます」
「強がりじゃなく?」
レナは短く黙った。
「長時間の戦闘は不可能です」
「少しだけ正直になったな」
「あなたの影響ではありません」
ロックが笑いながら武器を持ち上げる。
「女一人と、立つこともできねえ男」
「それで六人を相手にするつもりか?」
レナの金色の瞳が鋭く光る。
「訂正してください」
「あ?」
「この人は、立てないのではありません」
レナは一瞬だけ、俺へ視線を向けた。
「私を助けるために、力を使い切ったのです」
ロックの笑みが消える。
「そして、もう一つ」
レナは右脚を引きずりながらも、二本の剣を構えた。
「私は、壊れているのではありません」
VOLT ARCに青白い電撃が走る。
BLAZE ARCに赤い炎が灯る。
「負傷しているだけです」
レナの声が冷たく響く。
「私を物として扱ったことよりも」
「今、この人を傷つけたことを後悔させます」
俺は金属板へ手をつき、震える身体を起こそうとした。
戦う力は残っていない。
だが、見ることはできる。
敵の位置。
足場。
積み上がった残骸。
右上に傾いた巨大貨物船。
船体を支えている細い柱。
「レナ」
「何です?」
「右上の貨物船が見えるか?」
レナの視線が一瞬だけ動く。
「右側の支柱が外れかけています」
「BLAZE ARCで切れるか?」
「可能です」
「正面の三人を、左へ誘導してくれ」
「敵を押し潰すつもりですか?」
「違う。船体を落として、退路を塞ぐ」
レナは支柱と敵の位置を確認した。
わずかに口元を上げる。
「無登録者にしては、悪くない判断です」
「まだ言うのか、それ」
「評価を上方修正しただけです」
ロックたちが一斉に動き出す。
レナも地面を蹴った。
俺とレナの、最初の共同戦闘が始まった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
第4話では、《MIND LOCK》に支配されたレナが、自分の意思に反してレンへ襲いかかりました。
レンの《SOUL REPAIR》は、強制命令を完全に消去したわけではありません。命令に塞がれていたレナ自身の意思を、一時的に身体へつなぎ直しただけです。
そしてレナは、父エドガーの教えを思い出し、初めて自分の言葉で「助けて」と伝えました。
しかし、深い人格領域へ接続した代償により、レンは再び身体が動かなくなる恐怖を味わいます。
満身創痍の二人を、違法回収業者ロック・バルドたちが包囲する。
次回は、レンの観察力とレナの二本の短剣《TWIN ARC》を組み合わせた、二人の初めての共同戦闘です。
第5話「高級機のお嬢様と、細腕の素人」へ続きます。




