表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
廃棄された俺だけがアンドロイドの魂を修復できるらしい ~恋も出産も管理された未来世界で、機械の少女たちと反逆します~  作者: 好山 雪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/26

第3話 黒髪の令嬢は、俺を信用しない

旧型作業ロボット《サーティーン》に守られたレンは、スクラップの谷で重傷を負った黒髪の女性と出会う。


彼女の名は、レナ・アークライト。


しかし、身元も認証番号も持たないレンは、彼女にとって救助者ではなく、正体不明の危険人物だった。


---

「神代レン」


 黒髪の女性――レナ・アークライトは、確かめるように俺の名前を繰り返した。


 金色の瞳が、頭の先から足元までゆっくりと動く。


 ただ見られているだけではない。


 細い光が瞳の奥を走り、俺の身体を調べているように見えた。


 俺は両手を上げたまま、その場から動かなかった。


 少しでも近づけば、右手に握られた短剣が飛んでくる。


 そんな緊張感があった。


 剣の刃には青白い電撃がまとわりついている。


 金属の刃が光っているのではない。


 刃そのものが、電気で形作られているようにも見えた。


「市民識別情報を確認できません」


 レナが言った。


「生体登録、出生記録、医療履歴、所属組織、星間移動履歴――いずれも照合不能」


「俺に言われても困る」


「照合不能な人間が、廃棄惑星の立入制限区域に存在する方が問題です」


「好きで来たわけじゃない」


「では、誰に運ばれたのですか?」


「分からない」


「どこから来たのですか?」


「たぶん、地球」


「地球?」


 レナの眉がわずかに動いた。


「少なくとも、俺が知ってる場所の名前は地球だった」


「地球という名称を持つ惑星や居住区は、現在確認されているだけでも百を超えます」


「百?」


「文化保存区画の通称まで含めれば、さらに増えます」


 俺は答えに詰まった。


 俺にとって地球は一つしかない。


 それが当たり前だった。


 だが、目の前にいる女性は、本気で百以上あると言っている。


「標準暦は分かりますか?」


「西暦なら……」


「西暦?」


 また、知らない言葉を聞いたような反応だった。


「二〇二六年……だったと思う」


 病院で迎えた最期が何年だったか。


 薬と入院を繰り返した生活の中で、日付の感覚は曖昧になっていた。


 それでも、少なくとも三千年を超えるような時代ではなかったはずだ。


 レナの瞳の中で、いくつもの細い文字が高速で流れた。


「その暦を基準とした場合、現在は三一二八年です」


「……何年?」


「三一二八年」


 聞き間違いではなかった。


 千年以上。


 病院で死んでから、千年以上先の未来。


 すぐには理解できなかった。


 頭が追いつかない。


「冗談じゃなく?」


「現在の状況で、あなたへ冗談を言う必要があると思いますか?」


 レナの短剣が少しだけ持ち上がった。


「いや、思わない」


 俺は素直に答えた。


 身体が再構築され、見知らぬ惑星で目覚めた。


 空には人工的な輪を持つ天体。


 巨大な宇宙船。


 人間と見分けがつかないアンドロイド。


 今さら千年以上の時間が流れていると言われても、完全には否定できない。


「ここは地球なのか?」


「違います」


 レナは即答した。


「ここはラスト・ナイン。星間共同廃棄規定に基づき、複数企業が管理するスクラップ惑星です」


「スクラップ惑星……」


「廃棄された宇宙船、旧型機械、軍事装備、規格外部品が集められています」


 周囲を見れば、その説明には納得できた。


 地平線まで積み上がる機械。


 壊れた船。


 頭部を失った人型機械。


 俺が目覚めた場所は、文明の中心ではない。


 未来世界のごみ捨て場だった。


「じゃあ、あんたはどうしてここに?」


 質問した瞬間、レナの表情が変わった。


 わずかではある。


 だが、警戒だけではない何かが瞳の奥に浮かんだ。


「質問しているのは私です」


「こっちも状況を知りたい」


「あなたには、私の質問へ答える義務があります」


「どういう義務だよ」


「私はアークライト家の正式な航路監査権限を持っています」


「アークライト家って何だ?」


 レナが黙った。


 金色の瞳が、わずかに見開かれている。


 どうやら、知らないこと自体が信じられないらしい。


「本当に知らないのですか?」


「だから、未来のことは何も知らないんだって」


「星間航路を利用しながら、アークライト家を知らない者はほとんど存在しません」


「星間航路も利用した覚えがない」


 レナは俺を見つめた。


 嘘を見抜こうとしているようだった。


 だが、俺には説明できる証拠がない。


 記憶にあるのは病院の白い天井と、最後に聞いた電子音。


 そして目覚めたときに表示されていた、《ARK SYSTEM》という文字だけだ。


「俺は病院で死んだ」


 俺は言った。


「死んで、次に目を開けたら、ここにいた」


「死者は目を覚ましません」


「俺もそう思ってた」


「人格データを移植した人工生命である可能性は?」


「今の言葉の半分も分からない」


「記憶複製体では?」


「だから分からないって」


 レナは短く息を吐いた。


 呆れているようにも見えた。


「あなたの身体は生体反応を示しています。人工筋肉、補助脳、埋込型通信機器も確認できません」


「たぶん普通の人間だ」


「普通の人間は、登録なしで突然発生しません」


「俺だって好きで発生したわけじゃない」


「それを信じる証拠がありません」


「だったら、何を言っても同じじゃないか」


 俺がそう返すと、レナの口元が不快そうに引き締まった。


 少し言い方が強かったかもしれない。


 だが、こちらも疲れていた。


 サーティーンを修復した反動が残っている。


 両脚はまだ重く、呼吸も浅い。


 そのうえ、千年以上未来の廃棄惑星にいると聞かされた。


 落ち着いていろという方が難しい。


「一つだけ確認したい」


 俺はレナの胸元へ視線を向けた。


 黒と白を基調とした服の中央に、大きな亀裂が走っている。


 内部からは金色の光が不規則に漏れていた。


「その傷、大丈夫なのか?」


「問題ありません」


 返答が早すぎた。


「右脚も動いてないだろ」


「一時的な駆動不良です」


「左腕もほとんど上がってない」


「戦闘に必要な機能は残っています」


「さっき起きようとして倒れた」


「足場が不安定だっただけです」


 レナは再び立ち上がろうとした。


 左手を床へつき、右脚へ力を込める。


 胸元の光が強く明滅した。


 身体が半分ほど持ち上がる。


 だが、右脚の膝から下が動かない。


 金属が擦れるような小さな音が鳴り、レナは再び床へ膝をついた。


「……っ」


 声を上げることはなかった。


 それでも、痛みをこらえるように唇を噛んでいる。


 アンドロイドでも痛みを感じるのか。


 当然なのかもしれない。


 目の前の彼女は、機械の形をした道具には見えなかった。


 表情がある。


 怒りも、警戒も、悔しさもある。


 俺は一歩だけ近づいた。


 短剣の切っ先が上がる。


「動かないでください」


「支えるだけだ」


「必要ありません」


「必要に見える」


「あなたの主観です」


「倒れてるのは事実だろ」


「私は倒れているのではありません。一時的に姿勢を低くしているだけです」


 どう見ても負けず嫌いだった。


「それを倒れてるって言うんじゃないのか」


「言いません」


「未来では言わないのか?」


「あなたと議論するつもりはありません」


 レナは短剣を構え直した。


 だが、腕が微かに震えている。


 電撃の出力も、先ほどより弱くなっていた。


「少なくとも、敵じゃない」


「敵は自分を敵だと名乗りません」


「じゃあ、どうしたら信じる?」


「まず、その胸元に隠している物を出してください」


 俺は一瞬、何のことか分からなかった。


 レナの視線が、保護服の内側へ向いている。


 サーティーンの記録媒体。


 俺はゆっくりと手を入れ、小さな黒い部品を取り出した。


「これは?」


「さっき俺を助けてくれた作業ロボットの記録媒体だ」


「WORKER規格の記録コアですね」


「分かるのか?」


「旧式ですが、一般的な作業機の規格です」


「中身を確認できる?」


「機体があれば可能です。記録コア単体では、専用の接続機器が必要です」


「そうか」


「その機体を破壊したのは、あなたですか?」


 俺は顔を上げた。


「違う」


「では、なぜあなたが記録コアを持っているのです?」


「俺を守って、止まったからだ」


「作業ロボットが、あなたを?」


「ああ」


「所有者の命令で?」


「誰の命令もなかったと思う」


「通常の作業機が、登録のない人間を自律的に保護したと?」


「信じないだろうけど」


「信頼性の低い説明です」


 レナの声は冷たい。


 俺は記録媒体を握りしめた。


「サーティーンが俺を守ったことは本当だ」


「サーティーン?」


「WORKER-13だったから、そう呼んだ」


「一時的な呼称を与えたのですか?」


「呼びにくかったから」


「機体識別番号で十分です」


「俺には十分じゃなかった」


 言葉が少し強くなった。


 レナの瞳が細くなる。


 俺は続けた。


「命令だったのか、学習の結果だったのかは分からない。でも、あいつは俺を押し出して、自分ごと解体機を谷へ落とした」


「作業機に搭載された保護優先処理が作動した可能性があります」


「それでもいい」


「よくありません。機械の処理へ人間的な意味を与えれば、判断を誤ります」


「人間的な意味かどうかを決めるのは、誰なんだ?」


 レナは答えなかった。


 金色の瞳の中で、何かが揺れた。


 怒りではない。


 困惑に近い。


 自分自身にも関係する問いだったのかもしれない。


 俺は記録媒体を再び保護服の内側へしまった。


「取るつもりなら渡さない」


「価値の低い旧式記録コアです。奪う理由はありません」


「価値が低くても、俺には必要だ」


「なぜです?」


「覚えておくって決めたから」


 レナはしばらく俺を見つめていた。


 やがて短剣をわずかに下げる。


 完全に信用したわけではない。


 ただ、今すぐ攻撃する必要はないと判断したようだった。


「あなたの説明が事実だと仮定します」


「仮定なんだな」


「証拠がありませんから」


「はいはい」


「返事は一度で十分です」


「細かいな」


「規則を守ることを細かいとは言いません」


 レナは険しい表情を崩さなかった。


 しかし、先ほどより会話は成立している。


「レナは、どうしてここに?」


「呼び捨てを許可した覚えはありません」


「アークライトさん?」


「レナ・アークライトです」


「フルネームで呼べってこと?」


「状況に応じて判断してください」


「難しいな、未来の会話」


「あなたの礼儀に問題があるだけです」


 俺はため息をついた。


 助けようとしているのに、ずいぶんな言われ方だ。


 ただ、彼女にも事情はあるのだろう。


 墜落した船。


 重い損傷。


 見知らぬ男。


 警戒するなという方が無理かもしれない。


「じゃあ、レナ・アークライト。ここで何があった?」


 彼女は口を閉ざした。


 右手の短剣へ視線を落とす。


「航路監査中に事故が発生しました」


「事故?」


「航行制御系統が異常を起こし、船体がラスト・ナインの重力圏へ落下しました」


「一人で乗ってたのか?」


「必要な乗員はいました」


「いました、ってことは……」


「回答する必要はありません」


 声が硬くなった。


 亡くなったのか。


 行方が分からないのか。


 それ以上聞くべきではないと感じた。


「救助信号は?」


「送信しました」


「なら、助けが来るんじゃないか?」


「……来るはずです」


 短い間があった。


 その言葉を、彼女自身が信じきれていない。


 墜落してからどれほど時間が経っているのかは分からない。


 だが、船体の焼け跡は新しい。


 それでも救助が来ていない。


「ここは危険なんだろ」


「ラスト・ナインは、企業管理区域と非管理区域が複雑に混在しています」


「さっきの解体機みたいなのが、まだいる?」


「自律解体機だけではありません」


 レナは周囲へ視線を向けた。


「違法回収業者。身元を失った住民。企業の追跡を逃れた犯罪者。人格コアを狙う解体屋」


「人格コア?」


「アンドロイドの記憶や人格を保持する中枢です」


「それを狙うって……」


「記録を売る者もいれば、初期化して別のボディへ移植する者もいます」


「本人の許可なしで?」


「違法行為に許可を求める者はいません」


 レナの右手に力が入った。


 初めて見せる種類の怒りだった。


 自分のこととして話している。


「だから、俺を回収業者だと思ったのか」


「可能性は排除できません」


「こんな何も持ってない回収業者がいるか?」


「囮という可能性があります」


「疑い深すぎないか」


「疑わなかった結果が、この状況です」


 その言葉の奥に、後悔があった。


 事故ではない。


 彼女は、誰かに裏切られた可能性を考えている。


 それでも、俺へ話すつもりはないらしい。


 俺は周囲の残骸を見た。


 このままでは、どちらも危ない。


「安全な場所に移動しよう」


「あなたの指示を受ける理由はありません」


「じゃあ、レナが決めてくれ。どこへ行く?」


「船内に戻ります」


「その船、まだ安全なのか?」


「外部よりは安全です」


「本当に?」


「航路船の構造について、あなたより私の方が詳しいです」


 それは間違いない。


 だが、レナは動けない。


「中まで運ぶ」


「断ります」


「一人じゃ行けないだろ」


「行けます」


「今、見てたけど」


「見ないでください」


「無理だよ。目の前にいるんだから」


 レナの頬がわずかに赤くなった。


 怒りなのか、恥ずかしさなのか。


 アンドロイドにも顔色の変化があるらしい。


 彼女は短剣を床へ突き立て、それを杖のようにして立とうとした。


 胸部から異音が鳴る。


「待てって」


「触れないでください」


「そのまま動いたら、もっと悪化する」


「修理知識があるのですか?」


「この時代のものは分からない。でも、無理に動かしたら悪くなることぐらい分かる」


「私の損傷は、通常の修理技術では――」


 言葉が途中で途切れた。


 レナの身体が大きく傾く。


 俺は反射的に前へ出た。


 左肩と背中へ腕を回し、身体を支える。


「っ!」


 レナの短剣が俺の首元へ動いた。


 だが、途中で止まった。


「離してください」


「離したら倒れる」


「命令です」


「聞けない」


「あなたは――」


 レナの身体は見た目より重かった。


 人間の女性を支えるより、明らかに重量がある。


 それでも、持ち上げられないほどではない。


 人工筋肉や装甲を考えれば、むしろ軽いのかもしれない。


「船の入口はどこだ?」


「離しなさい」


「入口を教えてくれたら離す」


「交渉条件として成立していません」


「じゃあ、倒れたままでいる?」


 レナが俺をにらむ。


 数秒後、諦めたように船体の裂け目へ視線を向けた。


「右側の亀裂から、補助通路へ入れます」


「分かった」


「支えるだけです。抱き上げる必要はありません」


「そんな体力はない」


「……失礼ですね」


「重いって意味じゃない」


「言い訳は不要です」


 会話だけ聞けば元気そうだった。


 俺はレナの左腕を自分の肩へ回し、ゆっくりと立ち上がった。


 右脚が動かないため、ほとんど俺が体重を支える形になる。


 一歩進むたび、レナの内部から小さな異音が聞こえた。


「痛いのか?」


「感覚信号はあります」


「それを痛いって言うんじゃないか?」


「人間の痛覚とは構造が異なります」


「つらい?」


「……回答の必要はありません」


 否定はしなかった。


 船体の裂け目まで、十メートルほど。


 短い距離のはずなのに、俺には長かった。


 SOUL REPAIRの反動で脚へ力が入りにくい。


 レナを支えている腕も震え始める。


「あなたも正常ではありませんね」


「さっき、少し力を使った」


「何の力です?」


「機械を……直すような力」


「工具も補助装置も持っていないあなたが?」


「俺もよく分かってない」


「また、説明不能ですか」


「嘘を作るよりいいだろ」


 そのとき、遠くで金属が鳴った。


 カン。


 カン。


 一定ではない。


 何かが残骸を踏んでいる。


 レナの身体が一瞬で硬くなった。


「止まってください」


 俺も足を止める。


 彼女は金色の瞳を細め、周囲を走査した。


「複数の生体反応。人間が六名、補助装置装着者が二名」


「味方?」


「救助部隊の識別信号ではありません」


「じゃあ、隠れよう」


「もう発見されています」


 レナの言葉と同時に、上方から声が響いた。


「そのまま動くな!」


 機械の山の上に、複数の人影が現れた。


 服装は統一されていない。


 金属板を継ぎ合わせた防具。


 工業用の補助腕。


 切断工具を改造した銃。


 どれも、廃品を組み合わせて作ったように見える。


 先頭にいるのは、大柄な男だった。


 頭髪を短く刈り込み、左半分の顔に金属製の補助装置をつけている。


 右手には、先端が三つに分かれた長い武器。


 男は俺たちを見ると、黄色い歯を見せて笑った。


「驚いたな。墜落船を見に来たら、まだ生きた高級品が残ってる」


 レナの身体から、先ほどまでとは違う緊張が伝わる。


「ロック・バルド」


 レナが男の名前を口にした。


「知ってる相手か?」


「ラスト・ナイン非管理区域の回収業者です」


「業者っていう雰囲気じゃないけど」


「違法な人格コア売買で複数の指名記録があります」


 男――ロックは、大げさに肩をすくめた。


「おいおい、名門のお嬢様は言葉が固いな。俺たちは捨てられた物を拾って、必要な奴へ渡してるだけだ」


「所有者のいるアンドロイドを解体した記録もあります」


「所有者?」


 ロックは笑い声を上げた。


「自分で人格を持ってるって言い張る機械が、今さら所有者の話をするのか?」


 レナの金色の瞳が鋭くなる。


「私は誰の所有物でもありません」


「そうかい。だが、その身体には値段がつく」


 ロックの視線が、レナの胸元から脚へゆっくりと動いた。


 人を見る視線ではない。


 売り物の状態を確認する目だった。


「アークライトの家紋付きだ。人格コアだけでも相当な額になる」


 俺は無意識に、レナを支える腕へ力を込めた。


「離れろ」


 自分でも驚くほど低い声が出た。


 ロックが俺を見る。


「何だ、お前。そいつの所有者か?」


「違う」


「なら引っ込んでろ。登録もない、補助装置もない。そんな身体じゃ、この星で一日も持たないぞ」


「この人は物じゃない」


「人?」


 周囲の男たちが笑った。


「高級アンドロイドは、人間より人間らしく作ってある。そう思い込む奴もいるらしいな」


 ロックは武器の先端をレナへ向けた。


「だが中身は部品だ。頭を開けば人格コア。胸を開けば人工筋肉と属性炉。脚も腕も、規格が合えば別の機体へ移せる」


 胸の奥に、熱いものが広がる。


 サーティーンの姿が浮かんだ。


 ただの作業ロボットだった。


 人間のような顔も、会話能力もなかった。


 それでも俺を守った。


 目の前のレナは、サーティーンよりはるかに明確な意思を持っている。


 それを部品と言い切る男の言葉が、許せなかった。


「本人が嫌だと言ってる」


 俺は言った。


「それで十分だろ」


 笑い声が止まる。


 ロックはしばらく俺を見つめ、やがて呆れたように息を吐いた。


「なるほど。頭の壊れた無登録者か」


「少なくとも、人を値段で見るよりはましだ」


「言うじゃねえか」


 ロックが指を動かした。


 周囲の男たちが一斉に武器を構える。


 レナが俺の肩から腕を外した。


「後ろへ下がってください」


「一人で戦える状態じゃない」


「あなたがいても戦力にはなりません」


「はっきり言うな」


「事実です」


 レナは短剣を正面へ構えた。


 右手に握られているのは、青白い電撃をまとった刃。


 だが、左手は空いている。


 船体の裂け目の近く。


 黒い金属片の下で、赤い光が見えた。


 もう一本の短剣。


 レナの武器だ。


 片方だけが彼女の手元に残り、もう片方は墜落時に飛ばされたのだろう。


「左にも剣がある」


 俺が言うと、レナの視線が一瞬だけ動いた。


「BLAZE ARC……」


 赤い刃の名前らしい。


「取ってくる」


「待ちなさい!」


 俺はレナから離れ、短剣へ向かって走った。


「あなたに扱える武器ではありません!」


「使うつもりはない!」


 背後で銃声が鳴った。


 金属片が俺のすぐ横で弾ける。


 ロックの部下が撃った。


 俺は頭を低くし、残骸の陰へ滑り込む。


 未来の銃なのか、改造工具なのか分からない。


 ただ、当たれば無事では済まない。


 赤い光を放つ短剣は、厚い金属板の下に挟まっていた。


 俺は両手をかけ、引き抜こうとする。


 重い。


 見た目は短剣なのに、腕にずしりと重量がかかる。


「何だ、これ……!」


 刃が赤く明滅する。


 持ち主を認証できていないためか、完全には展開されない。


「使えないなら置きなさい!」


 レナの声。


 振り返ると、彼女は一人でロックたちを迎え撃っていた。


 青白い短剣を振るい、放たれた弾を弾く。


 右脚を引きずりながら、最小限の動きで攻撃を避ける。


 損傷していても、俺とは比較にならないほど速い。


 だが、一撃を受け流すたび、胸元の亀裂から火花が散る。


 長くは持たない。


「使うんじゃない!」


 俺は短剣を持ち上げた。


「返すだけだ!」


 レナと俺の間には、数メートルの距離。


 普通に投げれば届く。


 だが、刃を相手へ向ければ危険だ。


 俺は柄をレナへ向け、地面を滑らせるように短剣を放った。


 赤い刃が金属板の上を走る。


 ロックの部下が踏みつけようとする。


 レナは青白い短剣を振り、電撃を地面へ流した。


「ぐあっ!」


 男の補助脚が停止し、身体が傾く。


 その隙に、レナは赤い短剣の柄を左手でつかんだ。


 二本の武器が、彼女の手にそろう。


 右手の青白い刃。


 **VOLT ARCヴォルト・アーク**


 左手の赤い刃。


 **BLAZE ARCブレイズ・アーク**


 レナの金色の瞳に、二重の光輪が浮かんだ。


 空気が震える。


 右側では電撃が走り、左側では熱が渦を巻く。


 ロックの顔から笑みが消えた。


「さすがはアークライト家の戦闘機体か」


「私は戦闘機体ではありません」


 レナは二本の剣を構えた。


「航路監査官です」


「同じことだ。高く売れる」


「あなたの価値観を、私へ適用しないでください」


 レナの姿が消えた。


 そう見えた。


 次の瞬間には、ロックの部下の前へ移動している。


 VOLT ARCが銃身へ触れ、補助装置を停止させる。


 続けてBLAZE ARCが振るわれ、武器だけを溶断する。


 男の皮膚には触れない。


 殺さずに無力化している。


 二人目。


 三人目。


 損傷しているとは思えない速さだった。


 だが、四人目へ向かおうとした瞬間、レナの身体が止まった。


「レナ?」


 金色の瞳に、赤い文字が走る。


 その場にいる誰にも見えないはずの表示。


 なぜか俺には読めた。


 **EXTERNAL COMMAND DETECTED**


 外部命令検出。


 レナの右腕が微かに震える。


「何……?」


 彼女自身も、何が起きたのか分かっていない。


 二本の剣から、VOLTとFIREの光が不規則に噴き上がる。


 胸元の亀裂。


 その奥に見えていた黒い鎖のようなものが、急激に広がった。


 レナが頭を押さえる。


「違う……」


 低い声。


「私は、その命令を承認していません」


 金色の瞳が一度消えた。


 次に開いたとき、瞳の中心に黒い輪が浮かんでいた。


 頭の中へ、冷たい言葉が流れ込む。


 **MIND LOCKマインド・ロック**


「レナ?」


 俺は一歩近づいた。


 レナの顔がこちらへ向く。


 表情には明確な恐怖があった。


 だが、身体は俺を敵として捉えている。


 VOLT ARCの切っ先が、ゆっくりと持ち上がる。


「逃げて……ください」


「何が起きてる?」


「私の身体が……」


 レナの左手も動いた。


 BLAZE ARCが赤い炎をまとい、俺へ向けられる。


 ロックたちではない。


 俺だけを狙っている。


「近づかないで……」


「レナ」


「逃げなさい!」


 レナの姿が消えた。


 青白い刃が、俺の喉元へ迫った。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


第3話では、レンとレナが互いの立場や価値観を知り始めました。


未来社会の登録情報を一切持たないレンは、レナにとって存在そのものが異常です。一方のレンも、アンドロイドを物や部品として扱う未来社会の価値観を受け入れることができません。


二人の前に現れた違法回収業者ロック・バルド。


レナは二本の短剣《TWIN ARC》を取り戻しますが、その瞬間、彼女の内部に仕込まれていた強制命令《MIND LOCK》が起動しました。


次回、レナは自分の意思に反してレンへ襲いかかります。


戦闘能力を持たないレンは、彼女を傷つけずに止めることができるのか。


第4話「命令ではなく、君の言葉で」へ続きます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ