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廃棄された俺だけがアンドロイドの魂を修復できるらしい ~恋も出産も管理された未来世界で、機械の少女たちと反逆します~  作者: 好山 雪


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第42話 百七十三の灯が、別々の道を選ぶ

《ウェイフェアラー》には、百七十三人の人格記録が保護されている。


だが、全員が《ORIGIN REGISTRY》との戦いを望んでいるわけではない。


船に残りたい者。


安全な診療所へ移りたい者。


身体を求める者。


目覚めることさえ拒む者。


レンは多数決で一つの未来を押しつけるのではなく、百七十三通りの意思を守ったうえで、船の航路を決めようとする。


「多数決にはしない」


 俺が言うと、会議卓の上に浮かんでいた投票画面が停止した。


『設定を確認します』


 ミラの声。


『最多票を《ウェイフェアラー》の次期航路として採用しない、という意味でしょうか』


「うん」


「では、何のために投票するのですか?」


 レナが尋ねる。


「一人ずつ、行きたい場所を確認するため」


「船は分裂できません」


「分かってる」


 四つの航路が表示されている。


 一つ目。


 再建中の《HELIX CLINIC》へ人格記録を移し、安全な保管を続ける。


 二つ目。


 《ウェイフェアラー》に残るが、危険な航路への参加意思は保留する。


 三つ目。


 自由港《BLUE KNOT》へ戻り、身体や独立保管装置を探す。


 四つ目。


 《ORIGIN REGISTRY》の人格照合中継所へ向かい、残された資産登録と回収権限を取り消す。


 多数決なら簡単だ。


 一番多い選択肢へ向かえばいい。


 だが、五十一パーセントの意思で、残り四十九パーセントを危険へ運ぶことになる。


「投票ではなく、意向確認へ名称を変えよう」


 俺が言う。


「誰が勝ったかを決めるものじゃない」


『表示を変更します』


 画面から《投票》の文字が消える。


 代わりに現れたのは、


『個別航路希望』


 という文字だった。


「目覚めていない者は?」


 レナが尋ねる。


「起こさない」


「過去の移送許可記録があります」


「その条件を一人ずつ確認する。今の状況へ当てはまらなければ、俺たちが代わりに回答しない」


「船長判断も使用しないのですね」


「緊急避難以外では使わない」


 レナは頷いた。


 人格保管庫の壁に、百七十三の小さな灯が浮かび上がる。


 灰色。


 白。


 深い藍色。


 これまでは保存状態を示す色だった。


 今日からは、それぞれの希望も表示される。


「レン」


 レナが俺の浮遊椅子の横へ来た。


「この画面は、右側からでは操作しにくいですね」


「少し見づらい」


「詰めてください」


「椅子を持ってくる?」


「必要ありません」


 浮遊椅子の座面は、通常の椅子より少し広い。


 姿勢保持装置や医療補助器具を取りつけるためだ。


 レナは俺の右側へ身体を滑り込ませた。


「座るの?」


「画面を確認するためです」


 彼女の腰が俺の腰へ触れる。


 右脚は補助具で固定されている。


 安定した姿勢を取るため、レナの右腕が俺の肩へ回った。


「近くない?」


「椅子が狭いので」


「別の椅子を――」


「必要ありません」


 二度目は少し強い声だった。


 黒い髪から、微かな整備用洗浄液の香りがする。


「本当は?」


 小声で尋ねる。


 レナは正面を見たまま答えた。


「近くにいたかったのです」


 俺の肩を抱く腕へ、少し力が加わる。


「理由としては不十分ですか?」


「十分」


「では、このまま進めます」


 何事もなかったように端末を操作する。


 俺の方は、表示された文字へ集中するのが難しくなった。


『船長』


 ミラが呼ぶ。


「何?」


『心拍数の上昇を検出しました』


「異常ではない」


「私が原因です」


 レナが答える。


『了解しました』


「了解するんだ……」


「事実ですから」


 金色の瞳が、わずかに笑っていた。


 最初に応答したのは、マリア・セルヴァだった。


 観測卓に、彼女の姿が投影される。


「ずいぶん楽しそうな座り方ね」


「操作画面を共有しています」


 レナが答える。


「ええ。そういうことにしておくわ」


「マリア。身体の修理は?」


「予定より順調よ。ガイとピコが、下の二本の腕を別々に動かせるようにしてくれている」


「直接移動の試験は?」


「まだ。遠隔操作を三回してから決める」


 急いで人格を身体へ入れるつもりはない。


 農業作業用の青い機体は、整備区画で修理が続いている。


 胸部には、マリア自身の名前。


 腕には、一粒の白い種を植えた土壌容器が抱えられていた。


「航路はどうしたい?」


「《ORIGIN REGISTRY》の中継所」


 答えは決まっていた。


「理由を聞いても?」


「私の新しい身体に、まだ古い資産登録が残っているから」


 マリアの契約上、青い機体の所有者は彼女自身だ。


 しかし、人格記録の側には《保存資産》という分類が残されている。


 人格が資産。


 身体は本人所有。


 同じ一人に、二つの矛盾した権利表示がついている。


「中継所へ行けば消せる保証はない」


「分かってる」


「危険もある」


「それも分かってる」


 マリアは整備区画の映像を見る。


「私は土に触る身体を選んだ。次は、その身体に入る私を誰の資産にもさせないと決めたい」


「確認した」


 希望表示が青へ変わる。


 百七十三の灯のうち、一つが鮮やかに光った。


 次はボルド・エイト。


 投影映像は出ない。


 彼が望んでいるのは身体ではなく、船外を見る観測器と声だけだ。


『中継所への航行を希望する』


 低い合成音声。


「理由は?」


『私は採掘用アンドロイドだった』


 船外カメラに、ボルドの視点を示す枠が現れる。


 再建中の診療所。


 その向こうに広がる星。


『所有者が変わるたび、名前の後ろにつく番号も変わった』


「ボルド・エイトの、エイト?」


『違う』


 初めて聞く答えだった。


『八番目の所有者という意味だ』


 俺は言葉を失った。


『以前の番号は記録から消した。エイトだけは、私自身が残すと決めた』


「なぜ?」


『誰かに所有された事実を忘れないため』


 ボルドの希望表示も青へ変わる。


『私は身体を求めない。だが、身体を持たないことを理由に、再び設備として登録されたくない』


「分かった」


『中継所の外部監視を担当したい』


「危険だぞ」


『承知している』


「途中でやめてもいい」


『それも承知している』


 二つ目の青い灯。


 その隣に、深い藍色の灯がある。


 セラ・ノーン。


 彼女は目覚めないことを選んでいる。


『既存指示を確認します』


 ミラが読み上げる。


『《ORIGIN REGISTRY》による人格回収機能が停止するまで、覚醒を希望しない』


「移動については?」


『現在の保護環境より危険性が低い場所への緊急移送のみ許可。目的達成のための航行については、回答記録なし』


「なら、セラの票は作らない」


『了解しました』


「船に残すのですか?」


 レナが尋ねる。


「今より危険になる」


「でも、中継所へ近づくまでは《ウェイフェアラー》の方が安全です」


「航路の途中で、安全な保管場所が見つかれば?」


「移すかどうか、既存条件と照合します」


「誰が決める?」


 レナの問いに、少し考える。


「ミラとミサキが危険性を評価する。最終判断は船長として俺がする」


「本人の回答が得られない場合ですね」


「うん」


 すべてを本人に決めてもらうことはできない。


 眠っている者。


 応答できない者。


 記録が損傷している者。


 判断を避ければ、安全になるわけでもない。


「俺が決めたことは記録へ残す。後から本人が確認できるようにする」


「結果への責任も?」


「俺が持つ」


 レナは俺を見る。


「一人で?」


「船長判断の責任は俺にある」


「そうではありません」


 肩へ回された腕が動く。


 彼女の指が、俺の首筋へ触れた。


「判断するあなたの隣にいることは、私が決めます」


「レナ」


「責任を奪うとは言っていません」


 耳元へ唇が近づく。


「重いなら、私にもたれてください」


 身体が触れ合う。


 支えられるというより、抱き寄せられている。


「会議中だけど」


「静かにしています」


 静かならいいのだろうか。


『次の応答を受信』


 ミラの声に、俺は表示へ意識を戻した。


 個別確認は、五時間以上続いた。


 完全覚醒が必要な者は起こさない。


 低負荷通信が可能な者だけが、自分の希望を送る。


 言葉を発する者。


 色だけを選ぶ者。


 回答を拒否する者。


 途中で考えるのをやめ、保留を選ぶ者。


 同じ答えは一つもなかった。


 《HELIX CLINIC》への移送を希望する者がいた。


 中継所への航行を望む者もいる。


 船には残りたいが、作戦へ人格や能力を使われることは拒む者。


 どこへ行っても危険だから、選べないと答える者。


 身体を探すため、《BLUE KNOT》へ戻りたい者。


 今は誰とも話したくない者。


 俺たちは一つずつ記録した。


 説得しない。


 理由の説明を要求しない。


 希望が変わったときの連絡方法だけを確認する。


 最後の応答が終わる頃には、人格保管庫の壁が多くの色で満たされていた。


 青。


 緑。


 橙。


 白。


 深い藍。


 星空のようだった。


 だが、一つとして同じ星ではない。


「結果を表示します」


 レナが集計画面を開く。


 中継所への航行を明確に希望した者。


 《HELIX CLINIC》への移送を希望した者。


 船内保護の継続だけを望み、航路判断を船長へ委ねた者。


 回答を保留、または拒否した者。


 既存の睡眠指示を維持する者。


 数字は出ている。


 それでも、最大の数字を選ぶつもりはない。


「《HELIX》への移送希望者は?」


『五名です』


 ミラが答える。


「人格記録の分離は安全にできる?」


『本人ごとの最終確認を含め、四時間で完了します』


「ミサキへ受け入れ確認を」


『すでに受理されています』


「移送を始めて」


 壁の五つの灯が、ゆっくりと緑に変わった。


 数時間後、この船を降りる。


 見捨てるのではない。


 自分で選んだ場所へ移るのだ。


「《BLUE KNOT》を希望した者は?」


『現時点で移送手段を確保できません。全員が、次回寄港まで船内保護を継続する条件へ同意しています』


「保留と拒否は?」


『現在の保管場所を変更しないことを希望しています』


「作戦参加拒否は?」


『航路にかかわらず、人格接続、能力転用、分析協力を拒否しています』


「そこは全員分、もう一度表示して」


 壁面へ大きな文字が現れる。


『作戦協力――初期設定は拒否』


 申し出がない限り、誰の人格も使わない。


 以前の俺なら、自分一人で能力を使えばいいと考えたかもしれない。


 だが、《SOUL REPAIR》は変わり始めている。


 人格や能力をつなげられるようになったからこそ、つながない選択を先に決めておく必要がある。


「中継所へ行く場合、人格接続へ協力すると答えたのは?」


『ボルド・エイトを含む三名。ただし、それぞれ条件が異なります』


「必要になったとき、個別にもう一度確認する」


『了解しました』


 レナが航路図を開いた。


「中継所へ向かう最短経路は、マーテル管理航路を二つ通過します」


「第七部隊は来ない」


「ほかの部隊は不明です」


「懸賞請負人もいる」


「はい」


「安全な迂回路は?」


「十一日余分にかかります。補給量は足りますが、人格保管庫の冷却装置へ負担が増えます」


「どちらが安全?」


「一概には判断できません」


 最短経路は、敵に見つかる危険。


 迂回路は、船の故障と冷却設備への負担。


 また選ばなければならない。


「ガイの評価は?」


『冷却系は持たせる』


 通信から声が返る。


『ただし、途中で大規模故障が起きれば予備部品が足りねえ』


「サヤは?」


『《MOURNING STAR》で先行できる』


 別の声。


『迂回路上の補給地点を確認する。使えそうなら信号を送る』


「ユーノ」


『マーテル管理航路を通れば、別部隊の照会を受ける可能性が高い。ダリウスの判断は、第七部隊にしか適用されない』


「エリス」


『時間を買うか、発見されない可能性を買うかね。私は迂回路を勧める。ただし、船の予算はかなり減るわ』


 全員の意見がそろう。


 最後に決めるのは俺だ。


「迂回路を使う」


 俺は言った。


「《MOURNING STAR》を先行させる。サヤには戦闘を避けてもらう。補給地点が危険なら接近しない」


『了解』


「ガイとピコは人格保管庫の冷却系を優先整備。通常区画の電力制限は受け入れる」


『食堂の加熱器もか?』


「食事へ影響する?」


『温かい食事が一日二回から一回になる』


「乗員に確認して」


『了解だ』


「ユーノはマーテルの通信監視。応答は俺の許可があるまでしない」


『分かった』


「エリスは補給契約。身体や人格を担保にする条項が一文字でもあれば断って」


『当然ね』


 レナを見る。


「航路を作って」


「すでに準備しています」


「さすが」


「もっと褒めても構いません」


「二人分の席を一人で使いながら?」


「私は半分しか使っていません」


「俺が狭いんだけど」


「嫌ですか?」


「嫌じゃない」


「なら、褒めてください」


 会議中なのに、金色の瞳が俺だけを見ている。


「レナが隣にいてくれて助かった」


「航路作成については?」


「それも助かってる」


「もう一つ」


「まだ?」


「はい」


 少し考える。


「近くにいると、安心する」


 レナの動きが止まった。


 予想していなかったらしい。


「これでいい?」


「……はい」


 彼女は正面へ向き直る。


 しかし、俺の肩を抱く腕は先ほどより強くなった。


「航路決定を入力します」


 最終確認画面が現れる。


『目的地――《ORIGIN REGISTRY》人格照合中継所』


『航路――外縁迂回路』


『到着予定――十三日後』


「船長認証を」


 右手を持ち上げる。


 三本の指を、確認板へ伸ばす。


 距離が少し足りない。


 レナが自分の手を下へ添えた。


「支えます」


「押すのは俺がやる」


「はい」


 彼女の掌の上に、俺の手が乗る。


 右腕を前へ。


 指先が確認板へ触れた。


『船長認証を確認』


 次にレナが手を重ねる。


『航法士認証を確認』


 二人の手が重なったまま、航路が確定する。


『《ウェイフェアラー》、出港準備へ移行します』


 壁の灯が、一斉に瞬いた。


 五つの緑の灯は、これから《HELIX CLINIC》へ移る。


 深い藍色の灯は眠り続ける。


 青い灯は、中継所を目指す。


 橙の灯は、まだ答えを待っている。


 全員が同じ道を選んだわけではない。


 それでも、それぞれの道を消さずに船を進める。


「レン」


 レナが小さく呼ぶ。


「何?」


「危険な航路へ入る前に、二人だけの時間を予約します」


「予約?」


「エリスの予定表に、すでに登録しました」


「いつ?」


「今夜です」


「何をするの?」


「まだ決めていません」


 俺の手を握ったまま、指を絡める。


「ですが、十三日もあるのです」


 唇が耳元へ近づく。


「急がずに、少しずつ決めましょう」


 声の意味を考え、顔が熱くなる。


「また心拍数が上がっています」


「誰のせいだと思ってる?」


「私です」


 レナは誇らしげに答えた。


 窓の外で、《HELIX CLINIC》の誘導灯が進路を開く。


 五つの人格記録を安全に送り届けた後。


 百六十八の灯を載せた救難船は、十三日間の航海へ出る。


 誰かに与えられた目的地ではない。


 俺たちが聞き、選び、責任を持つと決めた航路へ。


それぞれの希望を残したまま、次の航路が決まりました。


次回、十三日間の航海が始まり、電力制限下の《ウェイフェアラー》で少し不便な船内生活が始まります。

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