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廃棄された俺だけがアンドロイドの魂を修復できるらしい ~恋も出産も管理された未来世界で、機械の少女たちと反逆します~  作者: 好山 雪


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第41話 彼女の最初の手紙には、夕食が映っている

眠りへ戻ったイオナは、姉の復讐ではなく、食事や景色の記録を送ってほしいと頼んだ。


しかし、サヤは誰かと食卓を囲むことに慣れていない。


妹へ嘘をつかず、心配もさせない映像を撮るため、彼女は《ウェイフェアラー》の狭い食堂へやってきた。


手には、賞金稼ぎが三年間食べ続けてきた黒い保存食を持って。


「私が食べているところを撮れ」


 昼前。


 サヤは俺の部屋へ来るなり、そう言った。


「今?」


「夕食のときだ」


「どうして俺に?」


「私が自分で撮ったら、一人で食べていることが分かる」


「誰かと食べればいいんじゃないか?」


「だから来た」


 白い髪の賞金稼ぎは、黒い人工眼で俺を見る。


 片手には映像記録端末。


 もう一方の手には、金属製の箱を抱えていた。


「それは?」


「食料だ」


「箱に見えるけど」


「箱の中に入っている」


 蓋を開ける。


 黒い直方体が十二本、隙間なく並んでいた。


「食べ物?」


「長期航行用完全栄養固形食。一本で一日に必要な栄養を摂取できる」


「味は?」


「ない」


「食感は?」


「硬い」


「何年食べてる?」


「三年」


「それをイオナへ見せるのか?」


 サヤは黙った。


 妹から頼まれたのは、食べたものの記録だ。


 嘘を送るつもりはないらしい。


 だが、この黒い塊を一人でかじる姿を送れば、心配させるのは間違いない。


「食堂で相談しよう」


「誰に?」


「料理ができる人」


「余計なことをするな」


「黒い塊を夕食と呼ぶよりはいい」


「栄養的には完全だ」


「食事としては不完全だと思う」


 サヤが箱を閉じる。


「お前までイオナのようなことを言うな」


 俺は浮遊椅子を通路へ向けた。


 動き出そうとすると、サヤが俺の顔を見つめている。


「何?」


「寝不足か?」


「少し」


「医師へ報告したのか?」


「体調は悪くない」


「理由を聞いている」


「その……」


 昨夜のことを思い出す。


 レナの部屋で二人だけの夕食を食べた。


 その後、彼女は宣言どおり俺を帰さなかった。


 同じ寝台に横になり、長い時間話をした。


 彼女の右腕が俺の胸へ回り、黒い髪が首元に広がっていた。


 胸部属性炉の淡い金色の光が、薄い寝衣越しに見えた。


 唇が触れた回数は、途中から数えていない。


 朝。


 目覚めると、レナはすぐ隣で俺を見ていた。


『いつから見てた?』


『二時間十一分前からです』


『寝顔を?』


『はい』


『飽きなかった?』


『いいえ』


 そう答えてから、彼女は俺の頬を撫でた。


『次は、レンが先に目覚めてください』


『どうして?』


『私が目を閉じているところを、あなたにも見てほしいからです』


 それだけで胸が熱くなった。


 起き上がろうとした俺を、彼女はもう一度寝台へ引き戻した。


『まだ朝です』


『だから起きるんじゃないのか?』


『朝まで一緒にいると言いました。朝になった瞬間に終わるとは言っていません』


 その後、さらに三十分ほど部屋を出られなかった。


「レン」


 サヤの声で意識が戻る。


「顔が赤いぞ」


「船内温度のせいかな」


「現在の船内温度は二十二度だ」


『正確には二十二・三度』


 ミラが訂正する。


「何でもない」


「そうか」


 サヤは追及しなかった。


 ただし、視線が俺の首元で止まる。


「そこ」


「何?」


「赤くなっている」


 レナに口づけられた場所だ。


 上着の襟で隠れていると思っていた。


「怪我じゃない」


「見れば分かる」


 サヤの人工眼が細くなる。


「随分と仲がいいんだな」


「恋人だから」


 言葉にすると、今でも少し照れる。


 サヤは数秒、俺を見た。


「そうか」


 短く答え、先に通路を歩き出す。


 なぜか少しだけ歩調が速くなっていた。


 食堂へ入ると、エリスが在庫端末を操作していた。


 六本指の機械腕が、食材の残量を高速で整理している。


「何、その箱」


「サヤの夕食」


 俺が答える。


「食べ物なの?」


「お前も同じ反応をするのか」


 サヤが箱を開ける。


 エリスは黒い固形食を一本持ち上げた。


 匂いを確認。


 成分を読み取る。


 机の角へ軽く打ちつける。


 硬い音がした。


「非常用の断熱材?」


「食料だと言っている」


「これを三年?」


「ああ」


「よく舌が生き残ったわね」


「味覚は正常だ」


「正常な味覚があるなら、もっと問題よ」


 エリスは固形食の成分表示を開いた。


「蛋白質、脂質、糖質、微量元素。確かに必要なものは入ってる。でも水分が少なすぎる」


「長期保存用だからな」


「戻せば使えるかも」


「戻す?」


「料理にするのよ」


 サヤの警戒心が一気に上がる。


「余計なものを混ぜるな」


「妹さんへ送るんでしょう?」


 サヤが止まる。


「なぜ知っている」


「船内の夕食参加申請に《映像記録あり》って書いてあったから」


「申請?」


「ピコが作ったの。四人用の食卓に何人来るか分からないと、椅子の取り合いになるでしょう?」


「食事にまで申請が必要なのか」


『参加は自由』


 天井からピコの声。


『席は有限』


「今日は何人?」


「レン、あなた、私、レナ」


 エリスが答える。


「ミサキは《HELIX WAYFARER》の設備調整。ガイとユーノは診療所で壁の補修。ピコは知らない」


『テーブル下を予約済み』


「やっぱりいるのか」


 四人用の食卓。


 今日はちょうど四人。


「お前たちは映らなくていい」


 サヤが言う。


「私だけ撮る」


「一人に見せたくないから来たんでしょう?」


 エリスが指摘する。


「一人ではない」


「映らないなら、イオナには分からないわ」


「声が入れば十分だ」


「どうして隠すの?」


「隠してはいない」


「なら、一緒に映りましょう」


「契約外だ」


「食卓に契約は必要ないって、妹さんにも言われたんじゃない?」


 聞いていたのかと思ったが、サヤ本人の行動記録に含まれていたのだろう。


 エリスは黒い固形食を調理台へ置いた。


「これ、私が使っていい?」


「食べられなくするな」


「今より悪くする方が難しいわよ」


「失敗したら弁償しろ」


「同じものを?」


「ああ」


「それは嫌」


 二人の交渉は、しばらく続いた。


 最終的に、十二本のうち二本だけをエリスへ渡すことで決まった。


 夕食まで、あと六時間。


 サヤは一度《MOURNING STAR》へ戻ると言った。


「記録の準備をする」


「台本でもあるの?」


 俺が尋ねる。


「必要だろ」


「普通に話せばいいんじゃないか?」


「何を?」


「今日あったこと」


「特にない」


「妹と話した翌日だぞ」


「それは昨日の記録になる」


「細かいな」


「送る情報は正確にしたい」


「サヤ」


 食堂の入口から、レナの声がした。


 黒い髪を下ろし、普段の船内服を着ている。


 俺の首元を一度見て、満足そうに目を細めた。


「今夜、レンの隣へ座るのですか?」


「まだ席は決めていない」


「いつもは私の席です」


「名前でも書いてあるのか?」


「書いていません」


「なら、空いている者が座る」


 レナとサヤの視線がぶつかる。


 エリスが小声で俺に言った。


「船長の隣、人気席ね」


「俺に言われても」


「嬉しくない?」


 赤い髪を耳へかけ、顔を寄せてくる。


「少しは嬉しいでしょう?」


「否定はしない」


「正直でよろしい」


 エリスの機械指が、俺の顎を軽く持ち上げた。


「私は正面に座るわ。あなたが誰を見て食べるのか、よく分かるから」


「監視?」


「観賞よ」


 今度はレナがこちらを見る。


 金色の瞳に、分かりやすく不満が浮かんだ。


「エリス。近すぎます」


「昨夜ずっと独占した人が言う?」


「なぜ知っているのですか」


「船長の顔を見れば分かるわ」


 サヤの視線が、また俺の首元へ向く。


「私は帰る」


 彼女は急に言った。


「夕食には来るんだろ?」


「来る」


「逃げない?」


 エリスが尋ねる。


「誰が逃げるか」


「なら、レンの隣は空けておく」


「決めるな」


「嫌?」


「……席は有限なんだろ」


 サヤはそう言い残し、食堂を出ていった。


 夕食の時間。


 食卓の上には、見慣れない料理が並んでいた。


 黒い固形食を湯で戻し、細かく砕いたもの。


 培養肉の脂と香草を加え、円形に焼いている。


 表面には焼き目。


 中からは湯気が上がっていた。


「形が変わっている」


 サヤが警戒する。


「味も変えたわ」


 エリスが胸を張る。


「原材料の七割は、あなたの完全栄養固形食よ」


「残り三割は?」


「食事を楽しくするもの」


「成分を言え」


「食べてから」


「毒は?」


「入れてない」


「本当に?」


「サヤ」


 俺が止める。


「俺たちも同じものを食べる」


「だから安全とは限らない」


「エリスは料理が上手だよ」


「船長は私を信用してくれるのよね」


 エリスが嬉しそうに俺の皿へ一つ置く。


「愛情も混ぜておいたわ」


「異物を混入しないでください」


 レナが即座に反応する。


「比喩よ」


「なら許可します」


「許可が必要なの?」


 四人が席へ着く。


 レナは俺の左。


 サヤは右。


 エリスは正面。


 ピコは申請どおりテーブルの下だ。


「映像記録を始めるぞ」


 サヤが小型端末を正面へ置く。


 画角を調整する。


 だが、映っているのはサヤ一人だけだった。


 俺たちは端に切れている。


「本当にそれで送るの?」


 俺が尋ねる。


「ああ」


「一人で食べてるように見える」


「話しかけるな。声が入る」


「隠す必要ないだろ」


「隠していない」


 録画開始の灯がつく。


 サヤは背筋を伸ばした。


「イオナへ」


 普段とは違う、固い声。


「今日は標準時で十八時に食事を摂取している。栄養状態に問題はない」


 エリスが俺を見る。


 俺もエリスを見る。


 レナは真面目に聞いている。


「現在地については、安全上の理由により開示しない。任務の進行は――」


 サヤが止まった。


 イオナは復讐の進み具合を送るなと言った。


「任務は……」


 続く言葉が出ない。


 やがて録画を停止した。


「失敗だ」


「食事の記録にしては、報告書すぎるわね」


 エリスが言う。


「お前ならどうする」


「まず、美味しそうな料理を映す」


「原材料は私の保存食だ」


「料理したのは私」


「それから?」


「一緒に食べる相手を紹介する」


「必要ない」


「イオナは知りたがってたぞ」


 俺が言う。


「サヤが誰といるのか」


「お前たちを説明すると長くなる」


「短くていい」


「どう言えばいい」


「思ったまま」


「それが分からないから聞いている」


 サヤは苛立ったように腕を組んだ。


 レナが料理を切り分けながら口を開く。


「練習してみては?」


「練習?」


「録画せず、今ここにイオナがいると思って話してください」


 サヤは誰もいない空席を見る。


 本当は四つしかない椅子の横に、イオナのための場所があるように。


「……イオナ」


 声が少し柔らかくなる。


「今日は、レンの船で食事をする」


「レン“たち”の船です」


 レナが訂正する。


「今、口を挟むな」


「正確な記録を望んでいたので」


「分かった。レンたちの船だ」


 サヤが続ける。


「料理は、私の保存食を赤髪の女が勝手に加工した」


「エリスよ」


「エリスが加工した」


「勝手ではなく、二本分の使用許可を得たわ」


「細かいな」


「契約担当なので」


「左にいるのがレナ。こいつは――」


 サヤが言葉に詰まる。


「レンの恋人です」


 レナが自分で答えた。


 俺の左腕へ身体を寄せる。


 肩が触れた。


「近い」


「イオナへ関係性を正確に伝えています」


 レナは俺の腕へ自分の腕を絡めた。


「映像がないぞ」


「本番では映してください」


 サヤは反対側から俺を見る。


「そこまで必要か?」


「はい」


「……右にいるのが、レン」


「俺の説明は?」


「面倒な男だ」


「それを送るの?」


「間違ってはいない」


「もう少し何かない?」


 サヤの黒い人工眼が俺を捉える。


「待つことだけは得意だ」


 昨夜、イオナと話したとき。


 サヤが泣き終わるまで、俺は隣にいた。


「それから、聞かなくてもいいところで、いちいち触っていいかと聞く」


「大事だと思うけど」


「悪いとは言っていない」


 サヤは視線を逸らす。


「手は、温かかった」


 小さな声だった。


 レナの腕に、わずかに力が入った。


「本番でも言うのですか?」


「言わない」


「なぜです?」


「必要ないからだ」


「私は必要だと思います」


「なぜお前が決める」


「サヤがレンをどのように見ているか分かるからです」


「ただの事実だ」


 エリスが楽しそうに顎へ手を当てる。


「事実を選んで話すところに、気持ちが出るのよ」


「お前は黙っていろ」


「はいはい」


 練習のはずだった会話は、そのまま食事へ移った。


 サヤが黒い固形食から作られた料理を口へ入れる。


 慎重に噛む。


「どう?」


 エリスが尋ねる。


「柔らかい」


「味は?」


「ある」


「それだけ?」


 サヤはもう一口食べる。


「……悪くない」


「素直じゃないわね」


「三年間食べていたものとは思えない」


「それを最初に言って」


 俺も食べる。


 香草の匂い。


 表面は香ばしく、中は少し粘りがある。


 元の黒い塊からは想像できない味だった。


「美味しい」


「でしょう?」


 エリスが笑う。


「また作ってくれないか?」


「レンが頼むなら」


 赤い髪の女が身を乗り出す。


「料理だけでいいの?」


「それ以外に何がある?」


「今度、二人きりの食事なら教えてあげる」


「エリス」


 レナの声が低くなる。


「冗談よ。半分は」


「残り半分は?」


「秘密」


 サヤが三人を見回した。


「お前たちは、いつもこんな会話をしているのか」


「最近は増えました」


 レナが答える。


「騒がしいだろ?」


 俺が聞く。


「ああ」


「嫌?」


 サヤは料理を口へ運ぶ。


 飲み込んでから答えた。


「《MOURNING STAR》よりは、うるさい」


「答えになってない」


「静かにしろとは言っていない」


 食事が半分ほど進んだところで、サヤが映像端末へ手を伸ばした。


 画角を広げる。


 今度は四人全員が映った。


 テーブルの下から、ピコの頭も少しだけ見える。


「撮り直すの?」


「ああ」


 録画灯がつく。


 サヤは一度息を整えた。


「イオナへ」


 先ほどより自然な声だった。


「今日は《ウェイフェアラー》で夕食を食べている」


 料理の皿を持ち上げる。


「三年間食べていた保存食を、エリスが料理にした。形も味も変わったが、原材料は同じらしい」


「美味しい?」


 エリスが横から尋ねる。


「今、それを言う必要があるか?」


「イオナが知りたいと思う」


 サヤは少し迷った。


「美味しい」


 認める。


「正面の赤髪がエリス。左がレナ。隣がレン。テーブルの下にいるのがピコだ」


『正式な紹介を要求』


 ピコが下から出てくる。


『《ウェイフェアラー》保守主任、ピコ。サヤの食事参加を歓迎する』


「こういう船だ」


 サヤの声に、わずかな笑いが混じる。


「今日は、私からこの食卓に座った」


 俺を見る。


「イオナに言われたからだけではない」


 次の言葉を探すように、間を置く。


「ここにいてもいいと思ったからだ」


 食堂が静かになる。


「まだ、この船の乗員になると決めたわけではない」


 サヤは慌てて付け加えた。


「契約も《MOURNING STAR》もある。だが、ときどき食事をする程度なら――」


「毎日でも構いません」


 レナが言った。


「席は有限だ」


『増設を推奨』


 ピコが答える。


「次の寄港地で、大きいテーブルを買いましょう」


 エリスが提案する。


「予算は?」


『食事環境改善費を新設』


「勝手に費目を増やさないで」


 録画中なのに、いつもの会話が始まる。


 サヤが停止ボタンへ手を伸ばした。


 だが、押さなかった。


 そのまま記録を続ける。


「この船は、やはりうるさい」


 最後にカメラへ向き直る。


「次は、今日見た星を送る」


 録画を止める。


「今のでいいの?」


 俺が尋ねる。


「ああ」


「途中を切る?」


「切らない」


「エリスとピコの会話も?」


「残す」


「俺の説明、短くない?」


「十分だ」


「温かい手の話は?」


 エリスが楽しそうに聞く。


「入れない」


「どうして?」


「必要ない」


「照れてる?」


「次に言ったら、お前の機械指を一本ずつ固形食の箱へ詰める」


「怖い怖い」


 サヤが端末を操作する。


『受信者――イオナ・グレン』


『外部記録受信――許可』


『次回の自発覚醒まで、未開封で保管します』


 送信確認が表示された。


 ここで送っても、イオナがすぐ読むわけではない。


 返事も来ない。


 サヤは確認欄を見つめている。


「送らないの?」


「送る」


 指が止まったままだ。


「起こしたくなった?」


 俺が尋ねる。


「少し」


「でも?」


「起こさない」


 送信ボタンを押す。


『記録を保管しました』


 橙色の小さな灯がつく。


 昨日、人格保管庫に残ったものと同じ色。


「終わったな」


「ああ」


 サヤが息を吐く。


 緊張が解けたのか、椅子へ深く座り直した。


 口元に、料理のソースが少しついている。


「サヤ」


「何だ」


「動かないで」


 俺は右手を持ち上げた。


 三本の指で布をつかみ、彼女の口元へ伸ばす。


 途中で止める。


「取ってもいい?」


 サヤは布と俺の手を交互に見る。


「また聞くのか」


「嫌なら自分で」


「……取れ」


 頬へ布を当てる。


 ソースを拭う。


 距離が近くなり、彼女の白い髪から微かな金属油の匂いがした。


 サヤは動かない。


 黒い人工眼ではなく、涙を流せる右目で俺を見ている。


「取れた?」


「うん」


「なら離れろ」


「分かった」


 手を戻す。


 サヤはなぜか、少し不満そうな顔をした。


「何?」


「何でもない」


「もう少し拭いた方がよかった?」


「そういう意味ではない」


 エリスが口元を隠して笑っている。


 レナは俺の左腕を抱いたまま、サヤを見つめていた。


「サヤ」


「何だ」


「明日も、その席へ座りますか?」


 サヤが俺の隣の椅子を見る。


「空いていれば」


「では、明日は私が先に座ります」


「好きにしろ」


「反対側は空いています」


 レナが俺へさらに身体を寄せる。


「サヤがどうしても隣を希望するなら、そちらへ」


「希望していない」


「そうですか」


「何だ、その顔は」


「残念です」


「なぜお前が残念がる」


「サヤが素直になる時期を観測しているからです」


「余計なことをするな」


 録画を終えた後も、サヤは席を立たなかった。


 皿に残った最後の一口を食べる。


 水を飲む。


 俺たちの会話を聞いている。


 《MOURNING STAR》へ戻ると言ったのは、共同食事の終了から二十七分後だった。


「また来る?」


 俺が尋ねる。


「次の記録が必要になったらな」


「記録がなくても来ていい」


 サヤは食堂の入口で振り返る。


「考えておく」


 それは彼女がよく使う、断りの言葉ではなかった。


 本当に考えるときの声だった。


『船長』


 サヤが去った後、ミラの声が響く。


『百七十三名の保護人格に対し、今後の航路に関する意向確認の準備が整いました』


 次の目的地を決める時期が来た。


 誰か一人の救いではなく。


 百七十三の異なる意思を載せた、救難船の航路を。


イオナへ送られた、賑やかな夕食の記録。


次回、百七十三人の保護人格へ行き先を問い、《ウェイフェアラー》の次の航路を決定します。

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