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廃棄された俺だけがアンドロイドの魂を修復できるらしい ~恋も出産も管理された未来世界で、機械の少女たちと反逆します~  作者: 好山 雪


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第33話 赤髪の査定官は、自分の値段を決められない

常時監視を終え、自力で寝台と浮遊椅子を行き来できるようになったレン。


次の航路候補として示されたのは、《HELIX CLINIC》の再建、マリアの機械身体、そしてエリスの古い債務契約だった。


《ORIGIN REGISTRY》の監査記録によれば、エリスが清算したはずの契約は現在も有効。


彼女の名前は今も、《HELIOS》が人間の身体を担保にする根拠として利用されていた。


「私の値段は、二百六十八万七千クレジットだそうよ」


 エリスは笑った。


 いつもの、相手を試すような笑い方。


 けれど、十二本の機械指は、一つも動いていなかった。


「最初に借りた金額は?」


 俺が尋ねる。


「三万六千」


「返した金額は?」


「四十二万一千」


「それで、どうして増えてる?」


「利息」


「それだけで?」


「義肢の保守費用」


「神経接続の利用料」


「稼働時間に応じた耐久保証料」


「契約違反による追徴」


「債権者に許可されていない仕事で得た収入への分配請求」


「まだ聞く?」


 《ウェイフェアラー》の会議室。


 中央に、古い債務契約が表示されている。


『契約者――エリス・ヴァント』


『債権者――HELIOS LABOR SUPPORT』


『契約状態――継続』


『担保――両上肢義体、神経運動記録、労働収益および将来派生価値』


「将来派生価値って何?」


「私の腕を使って得た利益」


 エリスが答える。


「査定の仕事」


「修理」


「戦闘」


「誰かを助けたことで受け取った報酬」


「全部、《HELIOS》が一部を請求できる」


「今まで払ってたの?」


「払っていないわ」


「じゃあ、無効じゃないのか?」


「支払わないことと、契約がなくなることは別」


 彼女は自分の右腕を持ち上げる。


 褐色の肩。


 その先へ接続された、銀色の機械腕。


 人間より多い六本の指。


 高速で契約書を読み、複数の物品を同時に査定するための身体。


「この腕は、もう私のものよ」


「《HELIOS》の制御器も外した」


「保守も、自分でできる」


「でも、契約記録上は違う」


「取り返しに来る?」


 ガイが尋ねた。


「私の腕を外そうとしたら、相手の腕を先に外すわ」


「いい答えだ」


「良くありません」


 ユーノが言った。


 マーテルの身分章と、《ウェイフェアラー》の一時同乗者札。


 二つを胸へつけている。


「マーテル管理領で身体担保契約を執行する場合、本人への危害は禁止されています」


「なら安全?」


「ただし、義体を債権者の所有物と認定された場合、使用停止命令が出ます」


「身体から外さなくても、使えなくする?」


「はい」


 エリスが肩をすくめる。


「だから、マーテルの大きな港には入れない」


「最後に入ったのは?」


「七年前」


「それからずっと?」


「自由港と漂泊港だけ」


「査定の仕事を始めた理由も、それ?」


 エリスの笑みが、少しだけ薄くなる。


「契約を読むためよ」


「自分の?」


「最初はね」


 六本指が動き、古い契約書を拡大する。


「契約した時、私は十九歳だった」


「採掘事故で、両腕を失った」


「治療費は払えなかった」


「働けなければ、居住区から追い出される」


「そこへ《HELIOS》が来た」


 契約映像が再生される。


 若いエリス。


 今より短い赤い髪。


 肩から先には、何もない。


 医療寝台へ固定され、契約担当者の説明を聞いている。


『高性能義体を提供します』


『費用は、労働報酬から無理なく返済できます』


『契約期間中も、義体の使用権はあなたにあります』


「所有権については?」


 俺が尋ねる。


「説明されなかった」


「契約書には?」


「書かれていたわ」


 映像の横へ、小さな文字が表示される。


 義体所有権は債権者へ帰属。


 契約者は使用者。


 支払い遅延時、神経運動記録を含む全派生情報を債権者が取得する。


「読まなかった?」


「読めなかった」


 エリスの声から、笑いが消えた。


「鎮痛剤を入れられていた」


「表示速度も、私の視線追跡が間に合わない設定だった」


「読み上げを止めてほしいと頼んだ」


「でも、早く署名しなければ義体の適合時間を過ぎると言われた」


「署名しなかったら?」


「腕のないまま、居住区から出される」


 選べるように見える。


 契約する。


 契約しない。


 けれど、片方を選べば生きられないのなら、それは対等な選択ではない。


 エリスは口で署名承認を行った。


 直後、両腕の取りつけ手術が始まる。


「最初の仕事は、何だった?」


「貨物の仕分け」


「六本指なら、普通の作業員三人分を処理できると言われた」


「給料も三人分?」


「一・二人分」


「残りは?」


「義体代」


「一年働いた時、借金は最初の二倍になっていた」


「どうして?」


「指を使いすぎたから、関節摩耗費用を請求された」


「働かされたのに?」


「働くために使った証明がない、と言われた」


「何に使ったことになってる?」


「私的利用」


 エリスは十二本の指を開く。


「食事」


「着替え」


「髪を結ぶ」


「寝台へ入る」


「人に触れる」


「生きるために腕を使うたび、借金が増えた」


 会議室が静かになる。


 ガイの機械腕から、小さな駆動音だけが聞こえた。


「どうやって逃げた?」


 俺が尋ねる。


「契約書を読めるようになった」


「仕事の合間に、債権規則を覚えた」


「小さな文字を読むため、視覚補助を買った」


「それも借金?」


「ええ」


「でも、一つだけ見つけた」


 契約の第八十七条。


『契約者は、債権評価額へ重大な誤差がある場合、独立査定を要求できる』


「独立査定士へ依頼した?」


「査定料を払えなかった」


「それで?」


「自分で資格を取った」


 エリスは、機械腕を持ち上げる。


「《HELIOS》の仕事をしながら、査定試験を受けた」


「最初は落ちた」


「二度目も」


「三度目で合格した」


「自分の契約を、自分で査定した?」


「そう」


「結果は?」


「義体価格の水増し」


「架空の保守費用」


「法定上限を超えた利息」


「返済金の未計上」


「全部合わせると、《HELIOS》が私へ金を返すべきだった」


「契約は無効になった?」


 エリスは笑った。


 今度は、自分を馬鹿にするような笑み。


「ならなかった」


「どうして?」


「独立査定士は、契約関係者ではないことが条件だった」


「本人だから駄目?」


「自分の身体の価値を、自分で査定する資格はないと言われた」


「誰ならできる?」


「別の査定士」


「頼めなかった?」


「私の査定を承認した人間は、《HELIOS》から仕事を失う」


「全員、断ったわ」


 俺は契約画面を見る。


 二百六十八万七千クレジット。


 その数字に、エリスの身体も、七年間も、これから得る報酬も入っている。


「それで、契約記録を盗んだ」


 エリスが続ける。


「腕の遠隔制御器を外した」


「債務港から逃げた」


「以後は自由港で査定士をしている」


「身体を担保にしないという規則は?」


「私が仕事を受ける条件にした」


「守らなかった相手の物品は、査定しない」


「人間の身体を物品扱いする契約も認めない」


「《NOMAD’S REST》の規則にもなった」


 彼女が、自分の過去から作った規則。


 同じ契約を結ばされる者を減らすためのもの。


「なら、今回の記録は何?」


 俺は《ORIGIN REGISTRY》から取得した照会履歴を表示する。


『債務契約番号――EV-6012』


『人格資産照会』


『派生労働価値計算』


『契約雛形使用件数――四千八百二十一』


「四千八百二十一?」


 ミサキが低く繰り返す。


「同じ契約が、それだけ使われたの?」


「完全に同じではありません」


 ユーノが契約情報を確認する。


「エリスの契約を判例として、各地の規則へ適合させた派生契約です」


「私の名前が」


 エリスの指が止まる。


「今も、契約へ残っている?」


『基準債務者、エリス・ヴァント』


 ミラが読み上げる。


『高性能義体の労働価値回収に成功した事例として登録』


「成功?」


 エリスが笑う。


「逃げたのに?」


「返してないのに?」


「返済額ではなく、派生価値が基準です」


 ユーノが答える。


「この契約を元に、四千八百二十一件の債権が作られています」


「《HELIOS》にとっては、十分な利益です」


 エリスの両手が閉じる。


 金属同士が触れる音。


「私が署名したから」


「違う」


 俺は言った。


「違わないわ」


「私の契約が最初の事例」


「私が逃げて、原本を残した」


「私が完全に無効へできなかったから、ほかの人へ使われた」


「署名させたのは《HELIOS》だ」


「それでも、私の名前よ!」


 機械腕が食卓を叩く。


 金属板が大きくへこんだ。


 ガイが何か言いかける。


 俺は手で止めた。


 エリスは、へこんだ場所を見る。


「修理代は請求して」


「しない」


「船の備品よ」


「俺の船」


「だから、船長に払う」


「要らない」


「そうやって、何でも無料にするのは優しさじゃない!」


 強い声。


 俺は黙る。


「私には、払える」


「自分で壊したものは、自分で直せる」


「それまで奪わないで」


「……分かった」


「修理費を記録する」


「自分で直すなら、部品代だけ」


「それでいいわ」


 エリスの呼吸が、少しずつ落ち着く。


 彼女は何でも値段にする。


 それは冷たいからではない。


 自分が返したものを、返していないと言われ続けたからだ。


 払った記録。


 終わった証明。


 自分のものと他人のものを分ける線。


 それがなければ、また何かを奪われる。


「《HELIOS》は、この原本をどこに保管してる?」


 俺が尋ねる。


 ミラが照会履歴を追う。


『契約管理船《GOLDEN CAGE》』


 以前、十一人の労働者を救出した船。


 借金を理由に、神経債務帯をつけていた。


 現在位置が表示される。


『契約原本の移送中』


『六日後、マーテル管理領の債権保管所へ到着予定』


「到着したら?」


 エリスが尋ねる。


「マーテルの正式契約記録へ統合されます」


 ユーノが答える。


「異議申立ては可能ですが、原本の変更履歴を確認するには長い審査が必要です」


「どのくらい?」


「標準で十一年」


「最長は?」


「期限なし」


 エリスが赤い髪をかき上げる。


「相変わらず、よくできてる」


「何が?」


「諦めるまで時間を使わせる仕組み」


 彼女は立ち上がる。


「私の航路候補は削除して」


「いいの?」


「《HELIX CLINIC》の再建を優先して」


「マリアの身体もある」


「分かってる」


「エリスの契約は、六日後に保管所へ入る」


「私一人の問題よ」


「四千八百二十一件へ使われてるんだろ」


「だからこそ、私一人のために船を動かせない」


「エリス」


「会議は終わり?」


「終わってない」


 俺は浮遊椅子を動かし、出口の前へ出る。


「どいて」


「嫌だ」


「船長命令?」


「今は、俺個人の希望」


「便利ね、その言葉」


「エリスから本当の希望を聞くまで、会議を終わらせたくない」


「話したでしょう?」


「契約を削除してほしい?」


「そんなことは頼んでいない」


「原本を取り返したい?」


「必要ない」


「自分の名前を外したい?」


 エリスの動きが止まる。


「それは」


「どうしたい?」


「私が決めていいの?」


「エリスの問題だから」


「でも、船を危険にさらす」


「それは乗員全員で決める」


「私のために?」


「エリスも乗員だ」


「退出自由の契約よ」


「残るのも自由」


 いつもの笑みが戻りかける。


「残ってほしいの?」


 からかう声。


 ここで冗談に合わせれば、彼女は本当の回答を言わずに済む。


「残ってほしい」


 俺は、まっすぐ答えた。


「契約担当が必要だから?」


「それもある」


「査定士だから?」


「それも」


「それ以外は?」


「エリスと一緒にいたい」


 彼女の笑みが止まった。


「そういうことを」


「うん」


「レナやミサキにも言っているでしょう?」


「同じ言葉では言ってない」


「意味は同じよ」


「同じ部分もある」


「否定しないのね」


「できない」


 エリスは視線を逸らす。


「ずるいわ」


「エリスにも言われた」


「誰に?」


「エリス」


「そうだったわね」


 彼女は笑おうとした。


 けれど、今度はうまく笑えなかった。


「私は」


 十二本の指が、ゆっくり開く。


「私の名前を、あの契約から外したい」


「うん」


「私が成功事例ではなかったと記録させたい」


「うん」


「四千八百二十一件の契約へ、原本が不正だった証拠を送ってほしい」


「うん」


「できる?」


「方法を探す」


「危険よ」


「分かってる」


「《GOLDEN CAGE》には警備兵がいる」


「うん」


「原本を破壊するだけでは、派生契約は消えない」


「エリスが必要だな」


「そうね」


 彼女は、ようやく俺を見る。


「助けて」


 小さな声。


「私一人では、できなかった」


「分かった」


「契約として?」


「乗員から船長への要請として受ける」


「報酬は?」


「無事に帰ってきて」


「それだけ?」


「共同食の鍋も作って」


「そっちの方が高くつきそう」


 今度の笑みは、逃げるためのものではなかった。


     ◇


 航路会議を再開する。


「《GOLDEN CAGE》まで、通常航路で五日」


 レナが計算する。


「原本が保管所へ到着する一日前です」


「高速航路は?」


「船体分離確率、十八パーセント」


「通常で行こう」


「相手が加速した場合は?」


「《MOURNING STAR》で先行する」


 サヤが通信から答える。


『追跡だけなら引き受ける』


「協力費は?」


 エリスが尋ねる。


『イオナの人格保管費と相殺』


「妹から取るの?」


『私が払う』


「なら、適正価格を出す」


『任せる』


 ミサキは《HELIX CLINIC》の候補地へ連絡を送る。


 到着が遅れること。


 医療物資の一部を先に無人輸送すること。


 マリアには、機械身体の製造情報を失わないよう保存し、調査を継続すると伝える。


 全員の問題を同時には解決できない。


 だからといって、選ばなかった方を忘れるわけでもない。


「投票する」


 俺は言った。


「目的地、《GOLDEN CAGE》」


 賛成。


 俺。


 レナ。


 ミサキ。


 ガイ。


 ピコ。


 ユーノ。


 反対、零。


 保留、一。


「エリス」


「本人は投票を棄権するわ」


「どうして?」


「自分の問題だから」


「自分の問題なら、賛成に入れていい」


「利益相反よ」


「船の規則にある?」


「ない」


「なら、自分で決めて」


 投票表示が、エリスの前へ残る。


 彼女は長い間、それを見ていた。


 やがて、六本ある右手の人差し指で触れる。


『賛成』


 全会一致。


「航路を設定します」


 レナが告げる。


「目標、《GOLDEN CAGE》」


 《ウェイフェアラー》の船首が変わる。


 次の目的地が決まった。


     ◇


 会議後。


 エリスは一人で、へこんだ食卓を直していた。


 機械腕で金属板を押し戻す。


 力を入れすぎれば、反対側へ膨らむ。


 六本の指で慎重に圧力を分けている。


「手伝う?」


「部品代を記録しに来たの?」


「違う」


「では、何?」


「少し話したい」


「船長として?」


「俺として」


「また便利な区別ね」


 それでも、追い出されなかった。


 俺は浮遊椅子を食卓の横へ止める。


「腕、見せてもらっていい?」


「査定するの?」


「無理」


「正しい回答ね」


 エリスは右腕の肩部へ手をかける。


「どこを見たい?」


「契約番号がある場所」


 動きが止まる。


「どうして?」


「《GOLDEN CAGE》へ入ったら、本人確認に使われるかもしれない」


「合理的な理由」


「嫌なら見せなくていい」


「嫌とは言ってないわ」


 エリスは上着の右肩を外す。


 褐色の肌と銀色の義体がつながる場所。


 皮膚には古い手術痕。


 機械側の接続環には、小さな文字が刻まれている。


『EV-6012』


 債務契約番号。


 服を着ていれば見えない。


 彼女自身は、鏡を使わなければ読めない位置だ。


「触れる?」


 エリスが尋ねる。


「いいの?」


「本人確認のためでしょう?」


「それだけじゃない」


「では?」


「エリスの腕を知りたい」


 彼女の視線が変わる。


 いつもの軽い誘惑を返そうとして、やめた。


「右手で触れて」


「まだ力が弱い」


「だから」


 右手を持ち上げる。


 三本の指。


 肩の接続部へ触れる。


 金属は少し冷たい。


 その隣の皮膚は温かい。


「痛い?」


「今は」


「昔は?」


「接続部が炎の中にあるみたいだった」


「痛み止めは?」


「追加債務だったから、二日目から減らした」


「そんな状態で働いた?」


「働かなければ、一日分の遅延金が増えた」


 右の親指で、契約番号の刻印をなぞる。


「消さなかったの?」


「削れば、接続環が弱くなる」


「交換は?」


「高いわ」


「値段が理由?」


「それも」


 エリスは左の機械指で、番号へ触れる俺の手を支える。


「忘れないため」


「何を?」


「契約を読めなかった自分」


「逃げた自分」


「次は、誰にも同じものを署名させないと決めたこと」


 刻印は、ただの所有番号ではない。


 エリスが査定士になった理由。


 身体を担保にしない規則を作った理由。


 消したくない記録でもある。


「原本から名前を外せたら、この番号はどうする?」


「分からない」


「消してもいいし、残してもいい」


「簡単に言うのね」


「エリスの腕だから」


 彼女の左手が、俺の右手を包む。


 十二本ある指のうち、六本。


 その間へ、俺の動く三本の指が入る。


「レン」


「何?」


「今のは、かなり危険な言葉よ」


「どうして?」


「本気になるから」


 冗談の声ではなかった。


 距離が近い。


 外された上着。


 露出した肩。


 赤い髪が、俺の腕へ触れる。


「もう半分くらい、本気じゃなかった?」


「七割」


「査定できるんだ」


「今、上がった」


「何割?」


「教えない」


 エリスは俺の手を離さない。


「一つ、契約を追加したい」


「内容は?」


「原本から私の名前を外せたら、次の寄港地で酒を一杯」


「二人で?」


「もちろん」


「俺、酒を飲めるのかな」


「ミサキに確認して」


「許可されなかったら?」


「甘い飲み物に変更」


「分かった」


「まだ署名してない」


「署名が必要?」


「口頭で十分」


 エリスは、いつもの笑みを浮かべる。


 今度は、隠すためではない。


「私と二人で飲んで、私の過去ではない話をする」


「約束する」


「契約成立」


 右肩の上着を戻す。


 契約番号は見えなくなった。


 でも、消えたわけではない。


 六日後。


 俺たちは、その番号が誰の所有物でもないと証明しに行く。


     ◇


『主推進器、安定』


 ミラが告げる。


『《GOLDEN CAGE》まで、航行予定五日と九時間』


 操縦室の窓に、星が流れる。


 《MOURNING STAR》が先行する。


 エリスは補給席へ座り、必要な物資を計算している。


 数字を扱う指は速い。


 けれど、彼女自身の値段だけは画面から消えていない。


『債務残高、二百六十八万七千クレジット』


 俺は表示へ触れる。


「ミラ」


『はい』


「この数字を、乗員情報から外して」


『契約記録上、参照情報として登録されています』


「エリス」


「何?」


「消していい?」


 彼女は表示を見る。


 少しだけ迷う。


「乗員情報からは」


「分かった」


 削除する。


 金額が消える。


 代わりに残るのは、役割と名前。


『補給および契約担当』


『エリス・ヴァント』


 値段はない。


 それでも、彼女の価値が消えたようには見えなかった。


 むしろ、数字がなくなって初めて、一人分の名前がはっきり見えた。


次回、第34話「契約金庫は、撃っても開かない」。


《GOLDEN CAGE》へ追いついたレンたちは、四千八百二十一件の原本が眠る契約金庫へ挑みます。

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